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20. 魔女はいつでも忙しい

 水飲んで風呂入って食事して麦酒(ビール)飲んでいる間に、点滴を受けてハートレイも回復した。その日はそれで眠ったが、次の日十七地区の現在の状況について修道士(ブラザー)の一人から説明を受けた。


「南区が襲撃を受けました」


 ビルをはじめ様々な知り合いの顔を思い浮かべて青くなると「すぐに鎮圧されましたが」と続けられた。ちょっとした銃撃戦など日常炒飯(チャーハン)スープ付きだろうと思ったが、顔に出たらしい。ブラザーが続けた。


「トンプソンガン(トミーガン)が使われたんです」

「都市法違反?」

「そうです。もっとも、制圧されてから隠蔽されたらどうにもならない。連射できる火器は圧倒的に強くて、普通ならあっという間に落ちるはずだがそうはいかなかった」

「なぜ?」

「No.3が帰還しました」


 ちょっと肩をすくめた。ブラザーは淡々と説明を続ける。


「あまりに地獄になじみすぎてみんな忘れてますが、あの人普通都市出身なんですよ。サブマシンガンにも慣れている。連射(フルオート)を魔法だと思ってビビってる組員をあっという間に立て直して反撃しました。もともと相当なめてたらしく、襲撃人数もわずか三十人。前哨戦かもしれませんがね。彼の指示で動画撮影してて、撃破してすぐに普通都市に抗議しています」


 あいつらしいスピーディな行動だ。


「で、実際そちらの住民だったのですか」

「二十名ほどはそうでした。元警備員で素行不良で放逐された者などです。十名ほどは地獄市民でした。ただし全員死んでしまったので、襲撃理由や武器の搬送経路は不明です」


 普通都市だってこっちに武器が渡ったらマズいから神経尖らせてるのにどうやって運んだんだ。


「トミーガンは返却されたのですか」

「そういうことになってます」


 全部じゃなかろう。もちろん査察は受けただろうが、あいつが絡んでるならどうにかするだろう。


「普通都市は謝ったんですか」

「まさか。でもあの男は交渉が上手くて、地獄のどこかに作る予定だった工場を南区に誘致しましたよ。まあ脅したんでしょう。サブマシンガンがこっちに来たなんて天国都市に知れたらヤバいですからね」


 申請さえすればもっと近代的な武器の使える普通都市だが、いつでも上の顔色をうかがっている。あちらに弱みを見せるよりか、どっちにしろ予定していた工場を約束する方がマシなんだろう。


「なんにしても早目に制圧できてよかった。No.3がいくら凄腕でも三十人相手じゃ大変だし」

「なんだか凄腕の部下? を手に入れたらしいですよ」

 それは初耳だ。


「どんな人?」

「それはまだわかりません」


 もしかして一度俺を捕まえたことのある車椅子丸メガネかな。あいつまだ生きてたよな。それともカレンの元婚約者のパツキンか。耳のおっさんがきぃーっとなるだろうな。

 情報に感謝してブラザーに礼を言った。彼はわずかに口角を上げた。



 次の日にはハートレイ共々レイキューシャで十七区の北区に送り届けられた。途中、隣りあう第十普通地区を通ったが、ちゃんと検問をクリアーした。双十字関係者にはチェックがゆるい。

 突っ切ると東区だがレイキューシャなのでスルー、北区に入ると、道の両側に人々が双十字を掲げて集まっている。


「ハートレイ卿!」

「崇貴卿さまーーっ!!」


 予想してなかったのだろう、ハートレイは目をまん丸くして口を開けていたが、人々の敬意のこもった声にみるみる瞳を潤ませた。

 民衆は熱狂的に彼の名を呼んだ。彼はためらいなく防弾ガラスを下ろし、凄い勢いで手を振った。

 沸き立つ人々。ガードに制止されるまで全力で応えていたハートレイは、無理に窓を閉められてもしばらく動悸が収まらないらしかった。


「こんな夢のようなことが起こるなんて、死亡フラグでしょうか」


 真顔で呟く彼に吹き出しそうになったが耐えて「もうそれこなしたからそんなことないと思う」と抑えた。


 俺は彼より人が悪いから、前任の崇貴卿によって兄を失ったシェリーが工作して盛り上げたんだろうな、と考える。まあハートレイの性格からして神父としての仕事は真面目にやってたんだろうし、ちょっとウザイけどいい人、ぐらいの印象は持たれているとは思う。


 車は石畳の広場を突っ切り教会の前に止まった。そこにも人が集まっていて盛大な歓迎を受ける。ハートレイが下りると、翡翠色のチャイナドレスのシェリーが組員を連れて現れ、彼に手を差し出した。彼はその手を固く握り、何度も振り回した。

 シェリーはにっと笑うと彼をかがませ、伸び上がって頬に口づけた。

 ハートレイは一瞬でイチゴより赤くなったが周りの一般大衆、たぶん大多数はサクラ、が大歓声を上げ口笛を吹いた。


「......なかなかやりおるな」


 聞き慣れた声が下から響いた。俺は「玉っ」と叫び抱き上げた。彼女はちょっと迷惑そうな顔をして「下を見て叫ぶな」と言った。


「グレイスが連れてきてくれたのか」

「本人じゃないがの。下ろせ」


 小さくてやわらかな姿は、たとえその瞳に皮肉っぽい叡智をたたえていてもやっぱりなごむ。強張っていた心の一部が緩んだ。

 人々の大歓声の中、シェリーはもう一度ハートレイの手を握った。


「悪くない演出じゃな」


 地獄都市のボスは一般人の支持をさして必要とせず、無視することによってスピーディかつ機能的に動けるというメリットがある。それでもあまりに不満がたまれば野心を持った者につけ込まれる。


 このセレモニーは、ガス抜き兼新崇貴卿から好意を示されるボスの人気のレベル上げだ。幹部にはカリスマ的人気を誇る彼女だが、ただの市民には親しみがないのだろう。

 その後始まったハートレイの説教はなかなか堂に入ったものだったが、俺はこっそり玉を連れてその場を離れた。


「よう、シロウ、ちびちゃん。久しぶりだな」


 外で警護の組員に何らかの指示を出していたジムが、俺に気づいて手をあげた。こちらも上げて友好を示す。


「おまえのセッタイの担当は俺だから、不満があったら遠慮なく言えよ」

「セッタイしてくれるんだ」


 残金を数えつつ出前を頼んでいた時からすれば、俺も出世したもんだ。


「ああ。だがカジノは禁止な。経理担当が卒倒しかけた」

「あんな無茶しないよ」


 こっちだってご免だ。全額なくしてグレイスの僕になる所だった。あの巨乳美女に赤いハイヒールで踏まれたり、ムチでぶたれたりしたら大変だ。戻れなくなる。



 ジムはシェリーの館に連れて行ってくれた。そこはリフォームされていたが土台は元のままらしい。薔薇のアーチやグリフォン像は残っているが、迷路は省かれてただの庭園になっていた。広くしきられた中にドーベルマンがたくさんいた。


「おっと、こいつは姐御の客だからな」


 凄い剣幕で走ってきた犬たちが紹介を受けて「あ、そ」という顔をする。正直ビビった。


「賢いもんだぜ。ちゃんと上位者順に言うことを聞く」

「じゃあ俺は?」

「もちろん最下位のゲストだ」


 アタリマエだががっかりする。ジムは陽気に「姐御の次はNo.2じゃないんだぜ」と笑った。誰だろうと思ったら向こうから来た。


「ほら、アイツだ」

 むくむくとした白っぽい色の長毛種の猫だった。気取った足取りで近寄ってくる。

「名前は?」

「ねえよ」


 猫は尊大な様子で俺と玉を眺め、つまらなさそうにすぐに歩き去った。



 シェリルやビル、カレンはどうしているかと気になったが玉は知らなかったし、情報を持つ者もいなかった。


「どうにかしてるじゃろ」


 玉はにべもなく決めつける。長年生きてきただけあって、なかなかクールだ。

 彼女の興味はもっぱら北区どれの天然素材を使った和風料理にあった。ちょうど届いた小麦粉を見て勢い込んだ。


「海もあるのだからタコじゃ、タコを捕ってたこ焼きを作るのじゃ」

「タコってもしかしてデビルフィッシュか! あんなの食う気か」

「モチロンじゃ」


 ジムがげっ、という顔をした。玉はすました顔をしている。


「しかしすぐには間に合わんな。仕方がない。うどんでも打つとしよう」


 体の小さな彼女の代わりに作ったが、カツオブシとやらがないので不満そうにコンソメスープに浮かべて食べていた。


「魚はあまり捕らぬのか」

「もっと寒くて飢えてた時代は捕ったけどな、今はそれほどでもないな」


 もちろん海辺の人々は漁をするし、塩漬けや冷凍物は普段の食卓に上るけど、合成肉の方が親しみやすいらしい。


「小麦以外に何があるのじゃ。キャベツとタマネギ? ならお好み焼きかの」


 シェリーは畑を増やしたが、自由に扱える素材は限られていた。禁止されてるわけではなく、苗や種モミは天国都市にライセンスのある品が普通都市から来る。金額は割と安いが毎年購入しなければならない。前年度の収穫を種もみとしても、ほとんど実らないのだ。


————操作されている


 たぶん寒冷期の地獄都市の餓えも何らかの調整だったんだろう。他の都市は飢えたことがない。



「月の聖人を決めて毎月一度はイベントにしてグッズを売るある。コンプリートしたいヤツもいるはず。他、年に二度ほど大掛かりな祭をして、市民がサイフのヒモを自主的に緩めるようにするある」

「いいですね。まず一月は七福神、二月はバレンタイン、三月はウサギで四月は仏陀ですね」

「細かいことは素案を作ってハートレイと打ち合わせるように」


 戻ってきたシェリーはチャイナドレスのまま早足で歩いていた。なかなか忙しそうだ。じゃまにならないようにあてがわれた部屋に引っ込むと、ジムがジョッキを抱えてきた。ついてきたメイドが玉にはジュースを渡してすぐに下がった。


「とりあえずビールだ、乾杯!」

 ぐいっと空けるとさわやかな苦みが広がる。修道院の味とは違うが悪くはない。


「............」

「お、どうした。考え込んで」

「いや。修道院の麦の種モミはどうしてるのかなと思って」


 レイキューシャに乗ってきたブラザーたちはハートレイの就任式につきあった後教会で休憩してるはずだ。明日の朝帰ると聞いている。


「ちょっと行ってくる」「おう、送るぜ」


 地獄の人は平気で飲酒運転をするが俺はそれになじめない。断ってバスの路線を聞いた。



「伝統的に引き継がれたものを使っています。ええ、収穫の一部をそれにあてています」


 ビンゴだ。マントの中で親指を立てる。譲ってほしいと頼んでみた。


「かまいませんけれどここの教会領の畑も同じはずですよ」


 もしそちらからもらえない場合の約束をして立ち上がろうとしたら止められた。


「こちらもちょっとしたお願いが。西区に行くことがあるようでしたらこれを教皇さまにお渡し願いたいのです」


 新任の崇貴卿はしばらく教区を離れないそうだ。了承すると小さな箱を渡された。開くと青い紐が入っている。


「なんですか、これ」

「ある女神への信仰心に関わる大切な紐です。偶然手に入れたので、ぜひ」


 修道院の人たちはめったに西区に行くことはないらしい。いつになるかわからないと断って受け取った。



 戻ってシェリーを探した。電話中だったので少し待ち、終わるや否や「教会領の種モミ......」と言いかけたらニヤリと笑った。


「もう手に入れている。少しずつ導入しているし、万が一のことを考えて分散して保管している」


 すでに彼女は動いていた。だが、表立ってはなんの違反でなくとも、他都市の不興を買って害虫や病気を仕掛けられたりしないように密かに進めていた。


「だから種モミも前年度と同じくらい購入しているある」


 シェリーは足元に寄ってきた猫を抱えてちょっと撫でると、すぐに離してテーブルの上のクリスタルの煙草入れからシガーを一本取った。途端に部下の一人が飛んできて火をつけた。


 紫煙をくゆらせながら「他に何か案があるか」と尋ねるので、玉がさっき言ってた簡易な和食について尋ねてみた。お好み焼きは似たような食べ物があるようだった。


「じゃバリエーションとして推奨して小麦の消費をうながすのは? あ、ヤキソバって知ってます? 東区の高級料理なんですけど、あれも麺は小麦粉だったと思う。売り出してみるのはどうでしょう」

「ふむ」

「あと、玉が”カツオブシ”ってものをほしがっているので海産物関係の人と話させてやってください」


 シェリーはちょっと首を傾げると、東区から来た民間人が保存食として作っていた気がする、と教えてくれた。


「文献でしか知らないものを試行錯誤して作ったが、上手くいったので保存食として売り込みにきたと聞いた」


 細かいことまでよく覚えている人だ。担当者の名を教えてもらい、後日会いに行くことにした。

 俺は彼女に礼を言い、玉の待つ部屋に帰った。



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