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5.そんなプレイにゃ付き合えない

 何かを引き裂くようなアルトサックスの音が響いている。生バンドの演奏だ。一応ここは高級な部類のナイトクラブなんだろう。


 おねえちゃんたちはみんな揃いのコスチュームだ。上部は三角形で、頂点の辺りからストラップでつられた形のホルタ―ネックだ。下の方はハイレグの水着みたいになっていて、輪っかで留めるタイプの網タイツをつけている。

 タイツから水着部分にたどり着くまでの絶対領域が実に悩ましい。

 髪の色はさまざまだが、全員ボブカットだ。

 コスチュームの真ん中にはそれぞれエスニック文字が書かれている。


「おい、今いる中でどの女が一番高いかわかるか?」


 取り調べをした男が声をかけてきた。


「わかりますよ。あれでしょう」


 金髪碧眼の美少女を指さす。十六か十七だと思う。胸のサイズは並みだが色白で、身のこなしが綺麗だ。


「ちっ、なんでわかんだよ!」


 おねえちゃんたちは粒ぞろいで、その子が特にいいわけじゃない。だがコスチュームに書かれた字でわかった。


「金―ゴールドって書いてますね」

「おまえ、カンジが読めるのか」

「学生の時流行ったんですよ。読めそうもないのを読めるってかっこいいじゃないですか」


 言ってから後悔した。相手の目がすわっている。これで般若心経も唱えられると言ったら撃たれるかもしれん。


「学生の頃か。いいご身分だな」


 ウィスキーを飲んでいたもう一人の男が静かな声を出した。

 二人とも黒スーツに黒のタイだがこっちの男は胸元に鮮やかな赤いポケットチーフを覗かせている。中肉中背、年の頃は三十過ぎぐらいか。取り調べの男より少し上だと思う。


 腹の辺りに銀と書かれた女の子が酒を運んでくる。若い方が受け取り際に彼女の胸を触り、派手な嬌声を上げさせた。


「それにしても、個室で面談ってわけじゃないんですね」

「これはボスのプライベートな取引だからこの程度よ」


 以前俺のいたところでは公私混同は認められなかったがここでは当たり前らしい。


「おい、来たぜ」


 赤チーフが指摘した。


「しけた野郎が雁首揃えてんな」


 薄笑いを浮かべた男が馬鹿にしたような声を出す。

 俺より少し上くらいの年か。かなり太っていて髪の色は黄色い。てっぺんを尖らせた派手な髪型だ。暗い赤の上着の下は艶のある黄色の絹地にペイズリーの模様のあるスタンドカラーのシャツだ。オレンジ色のマフラーをかけているがこれも生地は絹だ。

 親指以外の指にはすべて妙なデザインの指輪がはめられている。それには特に宝石らしいものはついていない。ボトムはなんか普通。靴は本ものの革製で上質だ。


「よう、ビル」


 赤チーフが手を差し出し、たがいにほんの一瞬合わせた。

 相手のガードは三人で周りを囲んでいる。


 金と書かれたコスチュームの金髪が笑顔でグラスののったトレイを持って近寄ってくるが、いきなりビルとかいう男に突き飛ばされる。


「きゃあっ」


 グラスの割れる音に女の悲鳴が重なる。馬と書かれたコスチュームの子が慌てて近寄って助け起こしている。


「おい、まさかあんなのでごまかす気じゃないだろうな」

「いや。ありゃあただのホステスだ」

「女は見つかったのか」

「残念ながら。とりあえずこの店の本当のNo.1を来させる。くつろいでくれ」


 ビルはむっとした顔つきのままソファーにふんぞり返った。その背後にガードが一人立ち、残り二人は両脇を固める。


「ところで、そいつはなんなんだ」


 俺の方に顎をしゃくる。


「こいつが実は女でNo.1だとかぬかしやがったら全員ぶっ殺すぞ」


 ないわー、と心の中で否定する。


「組の客人だ。シロウと言う」

「どうも。初めまして」


 にっ、と笑って手を差し出したが無視された。


 しばらくして十六、七の美少女が来た。栗色の髪をやっぱりボブカットにしている。細身のわりには胸が豊かでコスチュームに書かれた文字は王だ。


「ふん」


 ビルは少女を抱え込んで膝の上に乗せ、いじくりまわしている。

 彼女は無表情だ。諦めたように大人しくしている。こんなことが重なってチナミのようなタイプの美女が生まれるのかもしれない。


 突然ビルが憤って、膝の上の少女を床に落とした。

 その子は黙ったままで苦痛も訴えずにそのまま倒れている。


「下げろ!」


 ビルがわめいた。


「どいつもこいつもつまらん女が似たような態度でその場だけしのごうとしてやがる。下らん! あの女は見つからないのか。マシなのはあいつぐらいだった!」


 この様子じゃ俺が関わらなくともチナミは気に入られなかったかもしれない。うかつなことをした。


 ビルはテーブルの上のものを蹴飛ばして無茶苦茶にした。グラスがいくつも割れて靴先が濡れた。


「なめろ!」


 いきなりそれが俺に突きつけられる。


「へ?」

「汚れた! さっさとなめろ!」


 苛立った相手は更に足を伸ばした。

 うわっ、と思って周りを見るが全員無表情だ。これは地獄都市の一般的な慣習なのだろうか。


 いや、そんなことはないだろう。よく見ると他の奴らはいくらか引いている。

 俺はビルをまっすぐに見た。


「本当にいいんですか?」

「るせえ、さっさとやれ!」


 彼の足首をつかむともう一度声をかける。


「店中見ていますよ。ここにいたヤツらは帰るや否やあちこちに話しますね。今日、男に靴を舐められて喜ぶ変態を見たと」


 ビルが一瞬言葉を忘れる。その隙にたたみかける。

 今、一歩でも引いたら殺される。


「あんたはたぶん別エリアのボスが幹部の息子だろ。だけど周りはあんたを持て余していた。あんたも今はいいが先のことを考えると不安にならざるを得なかった。七光りだけで分相応な暮らしをしているが自分自身には何の実力もないのだから。そんなある日、組織がサルベージした品の貴重品を取った残りクズを見つけた。ゴミと思われてたそれをあんたは磨き、適切な相手に売った。そして結構な利益を出した。親も喜び周りの目も変わった。あんたはその利益を使って更に仕入をし、高く売った」


 黙って聞いている男の足を放した。ガードが撃ってくる様子はない。


「商売はうまくいった。顧客のサム・ライは他人と違うものを欲しがる。あんたはそのニーズに応え続けたがこのエリアで柄にもなく恋をした。おずおずと言い出してみるとサム・ライに快諾されたが女は逃げた。それで荒れている」

「るせぇ、おまえ、ぶち殺す!」

「やめたがいい。あんたは銃は相当に下手だ。ガードはあんたの命がかかる場合以外本気にはならない。サム・ライと事を起こす気はないからだ」


 俺は片手をあげて女の子を呼び新たなグラスを用意させた。王の美少女も下がり、その場も片づけられた。

 グラスを一つビルに渡す。


「飲めよ。女ってのは逃げるもんだ。さんざん飲んでからあきらめるか追うか決めればいい」

「カンタンに言うなよ!」


 相手の目を真っ向から強く見つめる。


「俺も、逃げた女を追ってる最中だ」


 黙って目を丸くする男の前でグラスを干した。来た時に伝えておいたのでこっちの中身はジュースだ。

 ビルがグラスを口に運ぶ。すぐに空にして、二杯、三杯と重ねる。


「……俺のことはそっちの組から聞いていたのか」

「いや。当たっていたのか」


 ほとんどはったりだ。だが商売人にしては傲慢すぎる態度や、趣味は悪いが質のいい服や靴から推察できたし、女が逃げて日数がたつのに未だその子にこだわっていることから事情は読めた。

 手の感覚が鈍るほどにはめた指輪を見た時点で銃は下手そうだと思ったし、それに石がついてなかったこととその割に金にこだわっている様子がないことから勝手に背景を決めつけた。


「ああ。お前何者だ? 探偵か何かか」

「いや」


 ちょっとあいまいに笑ってごまかす。何者と言えるほどの立場は持っていない。


「お前の女ってのはどんなのだ? 惚れてたのか?」


 酒で目のすわったビルが聞いてきた。口を開きかけたところで再び派手な音楽が始まった。



 照明が瞬き、光と闇が交差した。

 渦になった光がステージの上の一点に集まる。


「レディースアンドジェントルメーン、イッツ・ショウ・タイム!」


 タキシードを着た司会者が声を張り上げる。

 歓声と拍手と口笛でよく聞き取れないがスモウ・レスリングとか言っている。

 ステージには大きなサークルが描かれ、歩と書かれたコスチュームの子が二人、その中でかまえる。さっきまで違う色の髪だった子もすべて黒髪になっている。


 俺たちはしばらく無言でキャットファイトを見守った。

 押し合ったりするたびに彼女たちの胸元が揺れ、ヒップラインが強調される。


 勝者はまた別の子と闘い、敗れて次の勝者が生まれた。

 何人かの繰り返しのあと、金髪を黒髪に変えた金の子が出てて来てあっさりと相手を押し出した。


「飛車角落ちなのでここまでだ」


 赤チーフがよくわからないことを言った直後、司会者が客席から有志を募り、希望者がじゃんけんをして一人の男がサークルに上がった。

 その男は嬉しそうに彼女に組み付き、しばらく触ったり触られたりしたあげく簡単に輪の外に出された。そういう取り決めなんだろう。


「ウィナー・イズ・キンタロー!」


 金の子がガッツポーズをすると、男は泣いているふりをしてそれから四つん這いになった。

 背中に彼女をのせてステージをねり歩く。


「……ずいぶんと奇妙なショウですね」

「エキゾチックだろ? ワビ・サビだ」


 ワビ家とサビ家は随分と手広くカルチャーを支配していたらしい。


「熊役は割に……」


 取り調べの男は言葉を続けられなかった。入口から銃声がしたからだ。


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