17. 二倍になれば喜ばしい
女性実業家はこの都市の高額納税者で、組織でも粗末に扱えないらしい。
エド・タンは彼女に供述を繰り返させた。
アルフレッドとは先輩のことだった。ちゃんとつきあってくれていた。
「夕暮れに二人でドライブをしていた時、後ろから青い車が来ると思ったらこの人で驚いて止めたら、いっしょに食事に行こうと誘って来た。案内されたレストランの個室に入ったらいきなり彼を撃ったんだわ!」
その後彼女はクスリを噴射されて丸一日意識を失っていた。
「そのクスリで混乱しているのではないかね。確かにシロウはわしといた」
「嘘よ。ちゃんと顔が見えたわ。絶対にこの人よ!」
びしり、と指差された。エド・タンは首を傾げながら「君に双子の兄弟はいるかね」と疑問を投げかけてきた。
「いません」
即答した後、慌ててつけ加える。
「......と、思います」
「ん? ああ普通都市では本当の家族はわからないのだったな」
エド・タンは女性の方を向いた。
「かばっているとお思いかもしれんが、昨日の夕方シロウは本当にわしといた。ちょっとした争い事があって、おお、この傷はその時のものだ」
手についたすり傷を見せている。彼女はまだこちらをにらんでいる。俺はなるべく穏やかな声を出そうと努力した。
「............髪は同じでしたか?」
「全く同じ色よ!」
「長さは? 形も微妙に違わない?」
彼女は考え込んでいる。そこに追い討ちをかける。
「あなたはクスリで眠らされた。それはなぜです? この街での殺しは多い。もし単純なものならそんな面倒なことをせずあなたも殺していると思う。犯人は、自分の顔を見たあなたをわざわざ生かしておく必要があったんです」
彼女はわずかに口を開け閉めした。
俺はそれ以上言いつのらなかった。
彼女はは自分で判断した。
「............まだ、本当に好きになってあげてたわけじゃなかったの」
かわいそうに、と涙を落とした。
綺麗な涙だと俺は思った。恋愛ではなく、人としての涙だ。
彼女は誰にともなく頭を下げ、部屋を出て行った。
「妙だな」
人の減った部屋で、俺から亡くなった相手との関係を聞いたエド・タンは首を傾げた。
「例えば君に双子の兄弟がいたとしよう。君は運よく温かな家庭で、もう一人は不幸な家庭に育ちたまたま君の存在を知りうらやんでいるとしよう。だが、地獄までやって来て恨みを晴らそうなどとするかね。それもわずかな縁しか持たない相手を殺すなどという形で」
「............」
「君の情報の入手先も謎だ。単なる普通都市民にできることではない。もちろんあちらと情報の流通がないわけではない。しかし一般人にはまず無理だし、私を通さずそうすることも難しい」
彼は葉巻に火をつけた。地獄都市に来るまで見たことがなかった悪習だが、立ち上がる煙のにおいは思ったより悪くない。
「......双十字教が絡んでいるのなら別だが」
「恨まれる覚えはありません」
とっさに否定した。
恨まれるとしてもグレイスの胸をガン見したことぐらいか。いや東区でクレイトン卿に腹を立てた。だけどこづかいくれたし。北区でトライヤ卿が派手に死んだが、あれはこっちが被害者だし後任のハートレイ卿との関係はそう悪くない。
「あそこはなんだかやっかいそうだ。誰かと仲良くすればよその気を損ねるのかもしれないね」
そう言って彼は煙を味わうかのように目を閉じた。
念のため組織を通して俺と接触のあった相手に警告をしてもらうことにした。
俺は先輩に線香の一本でも供えるため死体置き場に向かった。
地獄都市の一般人のフツーの葬式はカンタンだ。モルグに勝手に訪れて酒でも花でも供えて遺体に向かって双十字を切るだけだ。
金さえあれば派手な式もできるがそれは少ない。だから教会であるときは近場の人々は押し掛ける。娯楽のために。
先輩のはモルグだったが割と上等な祭壇が設えてあった。実業家はいなかったが、花を抱えたアンディに会った。
「急にやめちゃったから気になってたよ」
モルグをいっしょに出て建物の裏で話した。アンディは少し躊躇したが教えてくれた。
「君が聞いてた双十字教の人たち、また来たよ」
俺がいる間は一度も現れなかった。
「つまり君の動向を知ってるんじゃない?」
彼は普段は客の言動を漏らさない。これは破格の好意だ。
「......そうかもしれない」
監視されていると思ったことはないけれど可能性はある。
アンディは温かな笑顔を見せた後「じゃあ、また会おうね」と言って別の方に向かって歩み去った。
きょろきょろと振り返りながら歩いたが、人の気配はなかった。もしかしたらビルに関心が移った時点でやめたのかもしれない。だけど安心はできなかった。
————監視されてるとしたら、いつからなんだ
多人数が関わっているいるとしたら気づかせなかったかもしれない。やはり双十字教か。
いや、俺と同じ顔の男が関わっているとすれば......
「お会いしたくて探しましたよ」
落ち着いた声が前方から聞こえた。眼鏡をかけた四十すぎの男がいつもとは違う黒いジャケットを着てこちらを見ている。
「......カーライト卿」
「少しお話しできませんか」
やわらかい声だけれど承諾以外の答えを聞くつもりはなさそうだった。
できれば女性のいない場所がいいと言われて、別の通りに連れて行った。
で、ここだ。人はそれほど多くないが、用心して周りが充分に空いた席を選んだ。金は彼が払ってくれた。
「まず言っておきますが、教皇さまは一切関わっておりません。これは一部の者が......うおおおっ!」
宙に浮かんだおっぱいがぷるるん、ぷるるんと揺れている。それは圧倒的な質感で肌の匂いさえ感じる気がするほど生々しい。
「あれはFカップでしょうか」
カーライト卿が夢見心地な声で尋ねた。俺ははっきりと否定した。
「いえ、あれはGカップだと思います」
「すばらしい............GカップのGはグレートのGですね」
「グランドかもしれません」
顔立ちも尻もなかなか魅力的だったがこの豊かで形のいいバストにかなうわけもなかった。
「神は、胸の上に尻を作らず、尻の下に胸を作らずです」
卿は無意識に双十字を切っている。どうやら俺と同派に属するらしい。
「聖書の言葉ですか?」
「いえ。たった今神の啓示を受けました」
超人気ポルノ女優のプリンちゃんは素敵な胸を誇示している。正面のスクリーンにも映っているが、客はみな宙に浮いたホログラム映像の方を目で追っている。聖職者である崇貴卿も視線はプリンちゃんに釘付けだ。
「えっと、私たちはこの重要な十七地区をまとめたいのですが力が足りないのであなたの協力を......増えたっ!」
「あれはプリンちゃんの妹分のメロンちゃんです。今年デビューしたんです」
胸は二つから四つになった。倍増した。
「いやあ、この子もスゴイ。サイズはむしろ大きいかもしれない。しかし比べると格が違います」
「揺れ方がたりないんです。わしづかみにしたらとろけそう、って感じがプリンちゃんのようにはない」
「だけど乳首は実に綺麗なピンクだ。プリンちゃんのラズベリーみたいな色と形もそそるがやはりピンクは王道でしょう」
「わかります............カレンを洗脳して取り込んだのはポワニー卿だとして、その後は女性中心の双十字教関係者ですか」
「そうです。あ、いかん、これは反則だ。刺激を与えるとピンクが薔薇色に!」
「濡れて光ってこの世のものとも思えない色合いですね......で、あなたの手の者がポワニー卿を殺したんでしょう?」
「たぶん。私が卿を説得できなかったのが災いしたのだと思います」
瞳に影が宿った。彼はあっさりと認めた。
「私は地獄都市を守りたいのです。ここが自由となる代償に滅びを賭けようとは思いません」
ポワニー卿殺害はカーライト卿の部下の手でなされたらしい。上司との論争を見て事態を憂慮した可能性が高いそうだ。
「教会のスタッフに気づかれて巻き込んでしまったのだと思います」
「あなたの部下なら敬虔な信者でしょう。殺してしまったことはともかく、なぜ教会に火をつけるようなまねを?」
「私が疑いを受けないためでしょう。崇貴卿は誰もが忠実な部下を持っています。自分が罪を背負ってもかまわないと思うような」
ーーーーだからこそのあの試験か
そんな部下を持てそうもないハートレイ卿に心の中で謝っておく。
「あまり参加したいと思えません。それにポワニー卿はなぜ女性ばかりを味方につけたのですか」
あったこともないから知らないけど女好きなのか。
「逆です」
四つの乳房を眺めながら彼は言った。
「ポワニー卿が女性に取り込まれたのです」
「崇貴卿を巻き込むようなそんな女性がいるんですか。いったい誰です、その人は」
「グレイス・バーネット卿です」
赤いドレスのその女性が挑むような顔で笑った気がした。
目の前のおっぱいに記憶の中の爆乳が重なって揺れた。