表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/84

16. 彼女の搾取はいい搾取?

 どういうつもりだ、と彼女に尋ねた。

 カレンは答えずそっぽを向いた。


「俺を使って何かをつなぐんじゃなかったのか」

「妬いてるの?」


 冷たく彼女を見据えた。確かに美少女だ。頭も悪くはなさそうだし、意志も強い。だけど自分の意志を通すために他者を利用することに疑問を持っていないのじゃないか。


「......双十字教だね」

「!」


 彼女の表情で当て込みがあたったことがわかった。


「彼らの一部が君に接触した。亡くなったポワニー卿を通じて」

 あちらにはあちらの思惑があり彼女を利用しようとしている。


「天国都市と闘うつもりらしいけど、そいつらにもメリットがありそうだ」

 利用されていると決めつけたら、このプライドの高いお嬢さんは激昂するに決まっている。


「あいつらは搾取してるのよ!」

「搾取のない社会なんてないよ。組織がやってないとでも言いたいのか」

「いいボスがつけばいい搾取になるのよっ」


 げんなりと見返すと向こうもさすがに言い過ぎたと思ったのか声のトーンを落とした。


「地獄はカオスだから強いリーダーが引いて行かなきゃ一般人が苦労するの。あんたなんかにはわからないわ」

「じゃ、別に南区に限らないだろ。君がこの地に固執するのは自分の都合に見える」

「可能性が高い場所に取り組むのはあたりまえじゃない。それに、いいの? 私が急いで掌握しなきゃ、普通都市だって天国の餌食よっ」


 俺は彼女の目を見た。恐いくらいに真剣だ。


「あなた普通都市の出身なんでしょ」

「......ビルに聞いたのか」

「調べたらすぐわかったわよ。隠してもいないんでしょ」

「餌食って?」

「そもそもなぜあそこでは実の子さえ育てられないの? 天国都市の介入があるからに決まってるわ」

「条件を満たしたら天国都市の住人にだってなれる」

「ええ。形だけはね」

「......どういうことだ」

「普通都市では施設の子もいったん回収されて再配布される一般家庭の子も、すべてDNAを記録した上で加工されているわ。あそこ生まれの人間は天国に行ってもほとんど確実に同種の人と恋に落ちる。強引に本能に逆らっても、五代くらいたたなきゃ完全な天国住人にはなれないわ」


 知らない情報だった。あんぐりと口を開けて彼女を見た。


「あいつら普通都市民なんて恐くないのよ。反乱なんか起こしたって、テロメアカットして寿命を縮めることだってできるわ。だけど短命で猥雑な地獄都市民には、天国の使用人は別としてそんな処理をしていないのよ」


 つやのあるブルネットが肩の上ではねた。怒りで血の気が上ったのかほんのりと紅をさしたようだ。


「だけどいつ、締め付けを強めてくるかわからない。私たちは一刻も早く固まる必要があるのよ」

「じゃあちゃんとエド・タンを説得しろよ。時間が節約できる」

「あの男はNo.3の手下みたいなものでしょ。形だけの傀儡(かいらい)よ」


 いやけっこうあの人は筋の通った人物だと思う。だけど恨みのあるこの子は認めないだろう。


「No.3はまともな話を聞くようなヤツじゃない。たとえ話に乗ったとしても、途中で飽きたら平気で裏切って天国都市に密告しかねない。危なすぎて近寄れないわ」

 それはそうかも。


「俺の話は? ビルに乗り換えたのか」

「あなたは泳がせてあげるわ。ビルが私と結婚すれば合法的に一つつなげるし」

「天国都市が気づけば消されるだけだろ」

「黙ってれば当分はわからないわ。それに表向きは何一つ都市法に違反してないわよ」


 天国都市はそう甘くないと思う。だが人を把握しきれないのもたぶん事実だ。地獄都市の住人は非合理的で感情的でおまけによく死ぬ。情報提供者でさえそうだろう。


「......許婚の男は捨てたのか」


 嫌がらせにしかならない言葉を口にする。

 カレンはわずかに眉を寄せた。


「エド・タンに平気で仕えるような男に用はないわ」


 恵まれた人間らしい冷たさで切り捨てる。俺も旅をしてなかったらそうだったと思う。


「じゃあ行くわ。どいてよ」

「おい、ビルの彼女に悪いとは思わないのか」

「大事の前の小事よ。別の相手を捜してもらうわ」


 カレンは俺を押しのけて、カツカツカツとヒールの音高く去っていった。つけて行く気が失せるような迷いのない音だった。


 しばらくしたらしょんぼりとしたビルが戻って来た。


「お疲れ。おまえが追ってることには気づいた?」

「ああ、急に速くなった......って、なんでシェリルを知ってるなら言わない!」


 いきなり襟元をつかみ上げられた。本気で怒っている。下ろせと身ぶりで示して離させた。


「この前初めて気づいた。ちゃんと自分で話すと言ったから待っていた」

 俺は事情を説明し、彼はしぶしぶ矛を収めた。


「確かに、髪の色変えてたしな」

「そっちこそなぜカレンと」

「街であいつの部下にいきなり銃を突きつけられて捕まったが離してくれた。銃も返してくれた」


 それが違和感の理由だ。こいつのコルト・パイソンはあいつらに奪われたままだったんだ。


「どうもあの女、本気で俺に惚れたらしい」


 でへへ、とビルは鼻の下を伸ばした。俺はぐっと息を呑み込み「どうするつもりだ」と聞いた。


「ああ結婚を迫られているが、そりゃシェリルが悲しむ。カレンは愛人で我慢してもらう」


............ほっといてもかまわないな


「納得しないだろ」

「女にはガツン、と言わなきゃな」

 ドヤ顔で決めた。


「カレンの方は、なんかもくろみがありそうだが」

「ああ、あらな、言い訳よ」

「?」

「あいつは俺に惚れきってるが、手下の手前ってモンがあるだろ。それとここまで人に惚れたことがないので必死に自分に言い訳してやがる。べ、別にあんたなんか好きじゃないんだからね! ってヤツよ。かわいいなあ、女ってのは」


............。



 難なく外に出られたので「前払いで金払ってるとはいえ化粧品盗まれたりしないんだろうか」とビルに聞いてみた。

「ありゃ合成品の中でも相当の安物だな。ここ来る一回分でほとんど買えるし、磁気系のタグもついてるはずだ。持っていたらタグを無効化しなきゃ出口が開かない。地獄じゃ相当貧乏くせえ店だって大抵はついてんぞ」

「へえ」


 金の使い方が他と違うらしい。ものの考え方自体もそうかもしれない。


「カレンとの連絡はどう取るんだ?」

「いくつか決まった店があって、そこに行って座ってれば現れる。一時間経っても来ない時は帰る」


 いわば定点観測方式だ。その店に信者がいるんだろう。

 もともとは俺の勤めたホストクラブもその一つだったのかもしれない。いる間にそれらしい人たちは来なかったし、双十字教の人だとわかるヤツもいなかったけど。


「店の人はともかく、仲間は女性が多いのかな。フツーの男は入りにくい店ばかりだ」

「ドンとかまえればそうでもない」


 確かにこいつの神経は太そうだ。だが地獄においてさえ一般的ではない気がする。


「カレンは双十字教ともつながってるらしいが、そんな様子はあったか」


 きょとんとした顔をしたビルがすぐににへらにへらと破顔する。


「いや......だが理由はわかるな」

「なに?」

「あいつ気が早ぇなあ。俺たちの結婚式の準備始めてんだな。そら本妻はシェリルだがあいつの気がすむんなら一度くらいまねごとでもしてやった方がいいかな」


 ダメだ。話にならん。

 ため息をついていったん離れようとした時に見たことのあるセダンが向こうから来た。見たことのある運転手が乗っている。


「No.3の弟さん!」

「ん?」

「ボスが話を聞きたいらしいので乗ってください」

 うなずいて乗り込むとビルも乗ろうとする。


「あんたはいりません」

 運転手が拒否して彼を阻止し、車のドアがばたりと閉まった。



 以前案内されたのとは別の部屋だ。

 なんだか女のわめき声がするなと思いながら入ったら、つい先日まで見慣れた人がいた。ホストクラブでお客だった女性実業家だ。


「あれ、どうしたんですか............うわっ!」


 いきなり顔面をひっぱたかれた。驚いていると二発、三発と手の平でも甲でも叩く。指輪が頬を傷つけて血が出た。

 周りにいる組織の下っ端が何人かで抱きとめる。


「戻りたいんなら言いなさいよ! 二人ぐらい面倒見るなんてカンタンよ!」

「なに......?」

「気持ちを決めて鍛え始めたのにっ」


 魅力的だった茶色の瞳がすっかり曇っている。


「何もアルフレッドを殺すことはないじゃないっ!!」


............誰だ、それ?


 よくわからなくて困惑しているとエド・タンがやはり困りきった声を出した。


「だから、その時間弟くんは私といっしょにいた。絶対に彼ではない」

 彼女はまなじりをつり上げた。


「組織がかばえば黒いものも白だってわかっているわ! 結局は私が折れなきゃいけないってことも! だけど今だけは言わせてよっ! この男は、私のオトコを殺したのよっ!!」


 悲痛な瞳が感情を高ぶらせて俺をにらむ。俺は黙って彼女を見返した。

 頬の血が滴って床を汚した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ