15. 男の秘密はバレやすい
No.3は朝になっても帰らなかった。
「女のトコにでもしけこんでんじゃねえの」
ビルは全く気にもせず朝からハムやソーセージをもりもり食っている。
「驚くだろーな。いつの間にかおじさんになってて」
「だから玉は俺の子じゃないって」
「かもしれんが髪も目も同じ色じゃん」
「よくある黒だ」
「肌の色も似てる」
「黄色系ってだけだ」
大人げなく口を尖らせかけて慌ててやめた。ミソスープとライスを食べていた玉がちょっと横目で見た。
「今日もシェリルを探しに行くのか」
「モチロンよ」
ビルは胸を張った。俺は参加を表明した。
「じゃあ、いっしょに行く」
「いや、いい。自分で探す」
なぜだか彼は即座に答えた。
「手伝うよ」
「一人でやる。おまえは自分の女を探せ」
彼は急いで立ち上がり、そのせいでテーブルにホルスターの銃を打ち付け、焦って一瞬取り出して眺めた。
ーーーー?
いつも通りのコルト・パイソンだがなにか違和感がある。が、理由を見つける前に彼は「急ぐから」と言ってさっさと出て行こうとした。
「フルーツを召し上がりませんか?」
給仕が尋ねるが「今日はいい」と答えてさっさと部屋に引き上げていった。
「あやつが食い物を断るとは妙じゃの」
玉が首を傾げた。
気になったので一人でこっそりビルの後をつけてみた。彼は屋敷を出ると街中に向かって歩き出す。特に警戒している様子はなかった。
目抜き通りだって大したことはないが裏通りは狭くゴミゴミしている。充分に距離を取ってはいるがいつ気づかれるかわからない。
だがビルは気にもせずに先に進んだ。途中三人組のゴロツキが接近して絡もうとしたが、口実を口にする前に腹を殴られて倒れ、残り二人も銃を抜く前に拳で吹っ飛ばされた。
義手に特殊な機能はないと行っていたが、力自体はある程度強化されているんだろう。ロープは切れるが手錠は外せないぐらいに。
三人をぶちのめした後彼は更に速度を上げて進み、ふいに右に曲がった。
俺は足を速めてそちらに入り込んだがビルの裏手で、入り口らしいものは一つしかなかった。そこにつけられた薄汚れたピンクの看板に目をやる。
————女装バー・イエヤス
あいつ、そんな趣味があったのか。
勇気が出なくてしばらく悩み、考え込んでいると目の前を恰幅のいい紳士が通って行き店に入った。
えいっ、と戸を開くと暗くて細い階段があった。そこを上がって行くと香の匂いがし、大音量のエスニック音楽が鳴り響いていた。
「あらん、いらっしゃい。見ない顔だけどこちら初めて?」
割に小ギレイなカマが野太い声を出した。年の頃は全く見当がつかないが老人には見えない。ホストのバイトの時を思い出して必死に愛想笑いを浮かべる。
「ああ。とびこみで悪いけど」
素早く室内に目を走らせる。
日中なのに窓は全て分厚いトロピカル柄のカーテンに覆われていて薄暗い。照明は紫で淫靡な光を放っている。床はオレンジの地に黒でバナナの葉みたいな柄が描いてある。
天井のあちこちに作り物バナナがぶら下がっている。
客席は籐製のパーテーションで区切られてほとんど見えない。
「そお。じゃご指名は特にないかしら」
あいつ客だよな。働いちゃいないよな。
「えーと、太めの若い子いる? 最近入った子がいい」
念のため尋ねてみると受け付けのカマはうなずいた。
「いい子いるわよー。待っててね、すぐ呼ぶから」
奥の席に通された。運ばれたメニューを何となく見ていると照明が大きく遮られて影が射した。そっちを見ると小山のようなカマがいた。
「............」
「あたしシンゲン。十八歳」
眉の濃い色黒のカマだ。そいつがシナを作りながらすり寄ってくる。ちょっと絶望した。
「ご注文はなににする?」
小首をかしげて微笑むさまは、相手が少女だったら可愛いんだと思う。
「......とりあえず、ビールで」
シンゲンはオーダーを通すとはにかむような顔をした。
「あたし、指名初めてなの。ほんとにありがとう」
「そ、そう」
「お兄さんもこんなとこ初めてでしょ。うふ」
「わ、わかる?」
「うん。キンチョーしてる感じ。大丈夫よ。無理に高いもの頼まなくても」
「あ、ありがとう。シンゲンさんは......」
「いやあーん、ちゃん付けにしてえ。せっかくのブショー名にひどいわあ」
俺が以前住んでいた地域ではホステス名は源氏名と呼ばれていたが、この辺では違うようだ。
尋ねると店の名がママの名で、他にヒデヨシとかケンシンとかバショーとかいるそうだ。
「バショー?」
「そ。あそこでいがみ合ってるのはクーカイとサイチョー。仲悪いのよ」
スキンヘッドのカマというやたらに通好みな二人が口ゲンカをしている。
シンゲンの話によると彼以外に最近入った子はいないらしい。
「じゃあさっきお客で来なかった? 白色系の、君ほどじゃないけどデ、いやグラマーなタイプ」
「ううん。あ、別室のお客さんならわかんないけどー」
「別室?」
「そうよ。あたしたちの姿にコーフンして、自分も綺麗になりたくなっちゃうお客っているの」
そこだろうか。考えていると店の端から本物の女の子たちの笑い声が響いた。
「女のお客さんもいるんだ」
「そ。嬉しくはないけどお金落としてくれるしねー。たぶんあたしたちの美貌を妬んで化粧とか盗みに来てるのよ」
絶対ねえよと言いたいが呑み込んでうなずくとしなだれかかってくる。逃げたい。
「そうよ。だって女のくせして別室来る子たちもいるの。やあねえ」
なんだかちょっとつながった気がした。
「今も来てる?」
「いるわ。カムフラージュに男連れて来てるわよ」
俺はカノジョを正面から見つめ、やわらかく微笑んだ。
「俺も綺麗になってみたいな」
「あら......」
「君みたいに、さ」
頬を染めた相手に更に言葉を重ねる。
「ね、シンゲンちゃん」
カノジョは耳まで赤くしてうなずいた。
別室は一階にある。店の中の階段を使った。
出入り口はここだけかと尋ねたら、地下に通じる箇所があってそこから地表に出られるそうだ。
「犯罪じゃないけど知られたくない人多いしねー」
この手の店に入った時点で同じようなものじゃないかと思うけど、自分でやるのはハードルが高いらしい。
そこは部屋の三分の一を占めるサロン部分と、ロッカーに毛が生えた程度のたくさんの個室があった。
俺はサロンをざっと見た後個室を選んだ。窮屈そうな部屋に入り込もうとするシンゲンを押しとどめその手を握って少し多めの金を渡した。
「......やっぱり照れるから今日は一人で」
「やり方教えてあげるわ」
「また今度ね」
ぱちんとウィンクして部屋からだした。
ーーーーカマの扱いに慣れてどうする
以前のアレは本物じゃあなかったが。
大きな鏡と並ぶ化粧品に目をやってちょっとげんなりしつつ、ごまかし程度にいじりながら耳をすました。
ドアの下にはわずかに隙間がある。この部屋の隣からは聞こえないが、人がいる場所の音は完全には断てない。
そっと戸を開き、靴を脱いで音を探してうろついた。離れた所の個室から音が漏れ出ていたので、そっと耳を当てた。
「だからそりゃ都市法違反だろ。親父にアブねえ橋渡らすわけにゃいかねえ」
ビルの声だ。彼の声に女が答える。
「あなたは組織の人間じゃない。だから私と結婚すれば......ねえ」
「あれ、シロウじゃん? どしたの」
いきなり背後から声をかけられて飛び上がった。
「シェ、シェ、シェシェシェのシェーー!」
「妙な呼び方するなよ」
シェリルが近寄って来て俺を見て笑った。
「なんだよ、それ。そんな趣味だったん?」
「おい、ウルセーぞ」
扉がバタンと開いた。そして部屋の中と外、二対二で四人の人間がみな固まった。
「ビル......」「シェリル......」
「誰? この子」
カレン・アンダーソンがビルに腕を絡ませたまま尋ねた。シェリルがきっ、とまなじりをつり上げた。
「あんたこそ誰よ!」
カレンはふん、と鼻を鳴らした。
「私? ビルの婚約者よ」
「ち、違うんだシェリル!」
シェリルがまるで般若マスクのような顔でビルをにらんだ。
「ご、ご、誤解だって!」
「ふうん、そうなの」
「だ、だ、だから違うって」
ふいにシェリルの顔が歪んだ。瞳に涙がいっぱいにたまる。ビルが慌てて近寄ってくるのを見事な蹴りでつきとばした。
「一生近寄るな、バカっ!」
「まあひどい。野蛮な女ね、ビル」
シェリルはばっ、ときびすを返してその場から走り去った。泡を食ったビルは立ち上がろうとしてまた盛大にこけ、止めることはできなかった。
「シェリルーーーーっ!」
カレン・アンダーソンは冷たい視線で俺を見た。
「なにそれ? あなたもビルを狙っているの?」
俺は慌てて手の甲で唇をこすって口紅を落とした。誰かにとがめられたら迷った女装子のふりでごまかそうと思っていた。
声に振り向いたビルが急に両手を交差させて自分の胸を覆った。
「やはり俺の体が目当てだったのかっ」
「なわけないっ! さっさとシェリルを追えっ!」
「あいつ、足速えんだ」
あきらめたような声でつぶやく。鈍足の彼じゃ無理ゲらしい。
「それに、頭を冷やしてもらわんと」
「おい、俺が女だったら追わなかった時点で気がないと判断するぞ。行け!」
「そうか。そうだな! シェリル〜〜〜っ!」
ビルがどすどすと飛び出して行った。
カレンはするりと逃げようとしたが俺はさっとその腕をつかみ小部屋に戻した。
「なんのつもりだ」
「......離してよ」
彼女は俺を振り払おうとしたが俺は強く握って離さなかった。