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14. 過去の記憶は辛すぎる

たくさん人が死にます。

暴力耐性のない方は退避推奨。

 惨劇の記憶は物語には向かない。鎮魂の思いとともに葬りたい。だけど吐き出して逃げたい気持ちもいつだってある。


「それにしてもドングリ十個で抱かれる男か。安いな」

「......誤解を招く言い方やめてくれる」


 玉は簡易ベッドの上のいくつかのクッションに埋もれながらこちらを見た。森の子どもたちと違って暮らしの影などみじんもない。ま、人じゃないけど。


「襲撃されたのじゃろ?」

「............」

「小さい骨は残っておる。あの(くちなわ)めいたものに喰われたわけではないな」

「............」


 助けることはできなかった。それは俺のせいでもある。



「おにいちゃん、これ!」

「おうち壊されてたからみんなで持ってきた!」


 グループ関係なく子どもたちが共同で運んできたのはドアだった。

 地獄都市のにしちゃけっこう頑丈そうだ。


「大丈夫?」

 盗んできて追われるんじゃないか心配で尋ねると子どもたちは嬉しそうに笑った。


「これはいいんだよー」

「見せしめだもん」

 どうも組織に逆らったヤツの家を取り壊す手伝いをしたらしい。礼がわりにもらってきたようだ。


「小屋の戸つけかえるの?」

 にしちゃ三グループの子どもたちがごちゃごちゃに混ざってるなと思って聞いたら否定された。


「ううん。ここにつけるの」

「え?」

「ドアつくともっとあったかい」

「夜もあんまり恐くないよ」

「抱っこ中に人入ってくることあるし」

「昼はなんもないときは開けときゃいいよ」


 俺の住んでいる巣穴に戸がないことを心配してくれていた。

 みんなで協力して柱を立ててドアをつけてくれた。


「カギ壊れててね、外からしかしまらないけど」

「いいよ、それまで枯れ草カーテンしかなかったし」

 外出の時も鍵をかけることはないと思う。ただせっかくなので入り口の近くの窪みに鍵を置いた。


 しばらく日常は変わらなかった。人外区の森は豊かとはいえなかったが、子どもたちが飢え死なない程度の食い物は常にあった。そしてニョロちゃんがいるせいか大型の肉食獣はいなかった。気温が低いせいもあって快適とはいえなかったが、どうにか生きてはいけた。


 ドングリ十個を払って抱きしめられていた子がひざから下りてドアを開けびっくりしていた。

「わ、もうすぐ真っ暗! 新月だから急いで帰らなきゃ」


 単に暗いからそう言ったと思っていた。別グループの子だから小屋は少し離れている。

 その子は後も見ずにかけていった。

 開けっ放しのドアから風が吹き込んで火が消えた。

 その子を見送ってからなじみの小屋のもとに向かった。火種を分けてもらおうと思って。


 いつもどうりにシンに嫌みをいわれた後、火種の入った陶器の鉢を持って帰ろうとした。途中、リタが追ってきた。


「?」

「あのさ、あいつのこと嫌わないでやってよ」

 俺は驚いた。別に嫌いじゃない。


「別に」

「あいつさー、たぶんまだ十二ぐらいだと思うけど年齢シールないから」

 いつも強気なリタの瞳が少しやわらかな色合いに見える。


「もしかしてもうすぐ十五かもしれないっていつも不安でイライラしてんの」

「聞いたよ」

「昔、もっと小さかった時はずっと明るくて優しかったの」

 ちょっと遠くを見る。大人びているようにも幼いようにも見えた。


「......嫌いじゃないよ」

 その頃には他の子に話してないこともあった。

「そう。ありがと。あたしがこんなこと言ったなんていわないでね」

「.........うん」

 年下だろうが女の子は複雑だ。


「それだけよ。火が消えちゃわないうちに早く行って。月がないから特に急いで」

「星は出てる」

「いいから早く」

 彼女はまたいらつき始めた。俺はうなずいて巣穴に戻った。


 火を、外につながる細い穴に置いた。せますぎて出入りはできないが空気は流れる。その近くでとろとろと眠っていると急に起こされた。

 扉がばん、と開きミゲルが頬を紅潮させてとびこんできた。


「おにいちゃん! 絶対ここ出ちゃダメだよ!」

「な、何?」


 ミゲルは答えず入り口近くにかけておいた鍵を見つけてそれを握りまた外に飛び出た。ぎょっとしてると鍵をかけられた。

 慌てて飛びついてがんがんと叩いたが、彼が走り去って行く音がする。方向は自分たちの小屋だ。

 耳をすますと轟音が響いてくる。バイクだ。なぜこんな所で。それは急速に近づいてすぐに遠ざかっていく。あの子たちの小屋の方だ。

 必死にドアに身体をぶつけるが思ったより頑丈だ。

 力の向きを柱に変える。だがそれは彼らには貴重なセメントとブロックで固めてあった。


 巣穴は岩盤の横っ腹にうがたれるようにあるが、入り口の一部には土が詰められている。

 ろくな金属がないがスプーンが一つあったので必死に掘った。途中にも岩があって金属部分が欠けて刃物みたいになった。

 そのまま使っていると腕が疲れてきたが手を変えて掘り、どうにか柱を揺らがせて扉を倒すことに成功した。


 焔が夜空を焼いていた。小屋は大きな燃料となっていた。遠くから見ても状況がわかった。

 バイクを止めた男たちが燃やした小屋で干し肉をあぶっている。そのにおいがする。それは子どもたちの貴重な備蓄食料のはずだ。

 俺は走った。意味がないことはわかっていたが彼らと共にいたかった。


 地面には遺体が無造作に転がっていた。その中で一番小さな子の口元がわずかに動くのに気づいて飛びついた。


「ミゲルっ!」

「逃げてよ」


 抱きしめるとそうつぶやき、口を閉ざした。

 心臓の音が完全に止まった。


 ミゲルは賢い子だった。あっという間に計算を覚え、その他の知識も身につけた。

 いつか、ここをつれだしてもっとこうどなきょういくをうけさせて............


「大きいヤツいるじゃねえか...って男かよ。いらねー」


 モヒカンではないが派手な色合いの髪の男が撃ってきた。

 とっさにミゲルの死体でそれを受け、そのまま転がって位置を変えた。


「野郎ッ!」

「ざけんなっ、ガキ!!」


 いやガキじゃないなどと申告する暇はなかった。俺はミゲルを木の根元に置くとまた走った。

 バイクが通れるのはごく一部だ。それだって太い木の根やむぞうさに伸びた枝のせいで楽な道ではない。

 木の込み合った中に飛び込んで逃げる。


「おい、出て来いよぉ」

「食ってからにしようぜ」


 バイクを下りて狩るのが面倒だったらしく、二、三発撃ってから燃える小屋に引き返した。

 俺は木陰で息を吐いた。


「アンタ、生きてたのね」

 突然声がしてぎょっとしたがリタだった。

「............ミゲルは死んだ」

 彼女はうなずいた。

「ベスは生きてるわ......たぶんシンも。振り返らずに逃げたから」


 それはこの森では非情を意味しない。生き延びる可能性があるヤツは全力で生き延びる。それが正しい。

 だけどそうできる子ばかりではない。


「ニョロちゃんはどうしたんだ?」

 俺は今のところ放置されているが、それ以外の成人が入り込めばすぐに現れて喰ってくれる。


「......新月の夜は動かないのよ」

 どこかに集まってじっとしているらしい。

「十五近くなって森を出る時にしゃべらないことを誓うけど、バラしちゃったヤツがいたんだわ」

「他のグループの子は?」

「先にやられた。一人二人は逃げられたかもしれないけど、もうどっちにも残ってないわ」

「なぜ...」

「あいつらの勘違いよ!」

 きっ、と彼女は小屋の方をにらんだ。


「みんな、500ペリカンとか、ドングリのこと言ってるから大金持ってると思ったのよ。なまじ最近羽振りがよかったこともあって......」


......俺の金のせいだ


「アンタのせいじゃないからね。取ったのはあたしたち。使ったのもそうよ」

 怒ったような声を出す。


「アンタはここにじっとしていて。朝になったら出て行きなさいよ」

「君は?」

「ベスが捕まってるの。あの子可愛いから高値で売れるし。連れてかれる前に助けるわ」


 俺が行くから逃げろと言っても彼女はうなずかなかった。


「アンタは他人よ」

 わかった、勝手にすると俺は答えた。



 あちこちに分散してたヤツが肉を食べに集まっていた。数えたが十一名だ。

 ベスは縛られていた。スカートをめくられたり性的なからかいをされたりしているようだが命は無事だ。


「もっと大きいのいねえのか。ガキばっかりだ」

「だからー、熟女好きの兄貴には向かねーと」

「金は好きだ。なのに大してねえし」

 リーダーらしき男が不満を述べている。


「さっさと食いましょうや。朝になったらアレが来るし」

「ちっ」

 男は地面につばを吐き、肉を受け取った。


 干し肉も塩漬け肉も薫製も全て焼かれた。スッパの実のたるはひと口食べたヤツが怒って転がした。

 子どもたちのささやかな暮らしは完全に壊された。


「こいつ、やっちゃっていいですかー」

「あほう! そいつは高く売れる」

「さっきの小屋に適当なのいただろ」

「途中うっかり殺しちまって」

「バカ野郎! 女は大事に扱え! 使用後でも売れるんだぞ!」


 倫理観(モラル)の違いにビビりつつ見張っているとヤツらに石が投げ込まれた。


「わっ」「なんだ?」「生き残りか」


 男が六人音の方を追った。ガサガサと草を抜ける音を立てながら、投げた相手が走って行く。音からするとたぶんシンだ。引き返して来たらしい。

 俺も全然別の方に小さな石を投げてみた。二人程が確認しに行く。

 その途端リタが飛び出た。


「ベス!」

 隠し持っていた短刀を振り回しながら突進して行く。


「いてぇっ」「ざけんなっ!」


 何人かに傷を負わせたがあっけなく捕まる。俺は動かない。


「おまえらはあっちの加勢に行け」

 戻りかけた二人の男にリーダーが命じるとそいつらはシンの走って行った方へ消えた。


「ウサギが自分から飛び込んで来たんだ。おいしくいただかなきゃな」

「兄貴は?」

「いらん」


 その男は加わらない。男二人は抵抗するリタをベスの前で押さえつけた。

 意地っ張りのリタが唇を噛みしめすぎて血が滲むのを見ても俺は動かない。

 ベスが声をからしそうに叫ぶ。

 リーダーが不愉快そうに手持ちの酒をあおってる最中、初めて動いた。


 死角から動いて喉咽に飛びつき、尖ったスプーンを全力で突き立てる。

「???!」


 兄貴と呼ばれた男はそれでも俺に飛びかかってきたが必死に飛び退った。

 どう、と倒れた男に刺さったスプーンを強引に抜き、血しぶきを浴びた。


「てめえっ!」

「兄貴ッ!」


 リタを嬲っていた男たちはすぐには動けない。

 そのままベスの拘束を解く。彼女は顔を背けたままもの凄い勢いで逃げた。

 それでいい。


 ようやく彼らが撃ってきた。が、下っ端は小口径と決められているのかマントで弾ける。


「動くな! こいつを」

「バカじゃないの? アタシに価値ないわ」


 リタの口元は笑っているが目元が逃げろと哀願している。

 が、そこにベスが駆け戻ってきた。

 手元には銃が握られている。俺のグロックだ。


「リタっ! 銃よッ!」

「ダメだっ、それは!」


 男たちが遮ろうとして同時に動いたがぶつかり合って一瞬間を作った。

 ベスは止めようとする俺を無視してリタに銃を投げた。

 彼女はそれを受け取り男たちに向けて発砲......できない。


「......壊れてんのか?」


 ニヤニヤと男が笑い、俺が飛びつく間もなく彼女に向けて自分の銃を撃った。


「弾入ってんのに撃てねえなあ」

 男はリタの死体から俺の銃を奪い二、三度引き金を引こうとしたができなかった。


「ベス、逃げろ!」


 方向を転換して走りかけていた俺の背に何かが投げつけられて前につんのめる。俺のグロックだ。


「あーあ。やっちゃったわ」


 もう一人が残念そうに叫ぶ。彼はベスを撃っていた。

 俺はグロックを拾い、構えた。


「お? 撃てねえぜ。どーする?」


 ニヤニヤと男が笑う。俺はためらいなく脳天を撃ち抜いた。

 悩む必要はない。こいつらは人じゃない。


「え? え? え?」


 もう一人も同じ箇所を撃った。

 ベスの元へ走り寄ると死相が出ている。なのに彼女は必死に叫んだ。 


「逃げて!」

「大丈夫だ」

「......おにいちゃんは、サバイバーなんだから!」


............だから生きろというのか


 貧相な小屋ほぼ燃え尽き種火となっている。

 小屋周りは以前から切り開かれているので類焼はない。


「大丈夫だよ」


 もう一度言って彼女を抱きしめた。

 ベスは必死に震える手を上げて俺に回した。

 やがて、だらりとそれが落ちた。

 二十一グラム軽くなるはずなのにかえって重く感じた。


 子どもたちに銃を取られたとき、あまり心配はしなかった。

 どうせ生体認証で俺にしか撃てない。

 試しに撃ってみて使えないことがわかったらすぐに売り飛ばすだろうと思ったからだ。


 それ自体が恵まれた思考だ。

 子どもたちは弾一発さえムダにはしなかった。


............もったいないゴーストか


 地獄都市について学んだ時に、彼の地に存在する数少ない絵本の現物を見たことがある。

 手描きらしい下手くそな絵。それでも大事にされ長く人から人へ伝わった物だった。

 それ以上に切り詰めた暮らしなのに無用のケガ人を拾い食事を与えてくれた。

 なのに俺はマズさに驚いて......


 そうだ。シンだ。

 感傷に浸ってる場合じゃない。一人でも助けられるかもしれない。


 立ち上がって闇に分け入る。他二つの小屋も燃されたようだがとっくに燃え尽きている。

 バイクで進める道はあまりないし、シンはここら辺りに詳しい。

 たぶん木の入り組んだ方へ逃げていると思った。


 暗い道から更に暗い道へ入った。湿った土のにおいがする。バイクのライトは見えない。音も聞こえない。

 闇はひときわ暗い。あいつらはシンを追ってバイクを下り、迷ったんじゃないだろうか。

 じゃあ充分に勝算はある。なんとか彼を見つけなければ。


「うわっ!」


 何かにバチンと足を挟まれた。恐怖でパニくりそうになるが自分を必死になだめる。

————落ち着け。これはたぶんウサギ取りの罠だ

 俺の金で子どもたちが買ってきた物の一つだ。


「おい」

「ひゃっ!」

 声がうわずる。が、声の主はシンだった。

「おまえやっぱバカだな」

 小憎たらしい声で言ってかがみ込み、罠を外そうとしてくれる。が、なかなか上手く行かず手持ちのライトをつけた。


「消せ! 見つかる」

「ちょっとだ......外れた」


 ほっと息をついた途端、乾いた音がした。

 シンが肺の辺りを抑えて倒れた。

 ヒューヒューと風が吹くような音がする。

 やがて口元から血が滴る。


「あたってんじゃん! やるじゃん!」

「俺さまのことはこれからシモヘイヘと......」


 振り返りもせず片手で撃った。

 二人死んだ気配がした。


「ひ、ひぃーっ」

 何人かが駆け出す。俺はシンに寄り添った。


「............おまえは、死ぬなよ」

「ああ」


 呼吸器をやられたから時間がない。痛みよりよほど苦しくなる。


「お休み、シン」

 心臓を撃った。頭の方が楽だったかもしれないがそれは嫌だった。



 ここで商売とも言えない商売を初めてだいぶ慣れた頃、深夜に扉が叩かれた。

 開くとシンがいた。

 驚いて口を開けているとずかずかと入り込み、不機嫌な声で告げた。


「抱きしめろ」

「............え?」

「これをやる」

 ドングリが二、三十個袋に入っている。俺は首を横に振った。


「いらないよ。小屋の仲間からは取ってない」

「うるせえ! おまえなんか仲間じゃない。受け取れ!」

 怒鳴ると足下に強引に置いた。

 俺はそれをちょっとずらし、彼を手招いた。


「おいで」


 シンは苦虫をかみつぶしたような顔で寄ってくると腕の中に入ってきた。

 短い間だった。俺より高めの子どもの体温で温かかった。

 終始無言でしばらく抱かれていると、すぐに腕から離れた。


「............おい」

「ん?」

「......誰にも話すな。言ったら殺す」


 少し潤んだ目を隠すようにして声を尖らせた。わかった、と俺は答え素早く飛び出して行く背中を見送った。



 闇は薄らぎつつあった。それでも必死に逃げている男たちはバイクの位置を見失ったらしく右往左往していた。

 俺はまず、一番離れたヤツの足を狙って撃った。それから残りも足を狙った。


「わ、わあああーーーっ」


 動けなくなった途端彼らは撃ってきた。俺は木の陰に隠れてやり過ごし、愚かな彼らが弾を打ち尽くしてから出てきた。


「来るなっ、来るなーーーっ!」

 わめいているヤツの脳天を撃ち抜くと静かになった。残りは三人だ。


「お願いだ! 殺さないでくれ!」

............そんな勝手な願い。

「おれたちは命令されたんだ! 上のヤツがいる!」

 俺は引き金に掛けた手を止めた。


「......話を聞こうか」

 全員が死んだ今どうでもよかったがとりあえず待った。革製のライダースーツを着た男が震えながら言葉を探す。握りしめた銃はベレッタだ。


「銃もバイクもそいつらがくれた。えらく金のあるヤツだった。おれたちは食わしてもらってバイクも訓練されて......うわあッ!」

 白んでゆく空の下にいきなり現れたニョロちゃんは話していた男をためらいなく食った。


「よせ!」

 俺はそれに向かって叫んだが気にもとめずに次の男に向かう。

「ひいーっ、ひいーっ」

「やめろっ!」

 わずかでも話したせいか無頓着ではいられなかった。

 残りの弾を全て使ってニョロちゃんを撃ったが、傷一つつかなかった。

 一切躊躇などせず、それは残った二人を平らげた。



 朝日が辺りを照らし出し、小鳥が愛らしい声で鳴く。

 湿気った苔と腐葉土のにおい。小屋のあった辺りに戻ると血のにおいが混じる。

 俺は抱えて来たシンをそこに下ろした。


 埋葬はしない。だけどできるだけやわらかそうな木の葉の重なりに子どもたちを横たえた。

 リタの隣にシンも寝かせてやる。互いの手を重ねてやった。

 ミゲルを置く時は手が震えた。

 ベスは両手を胸に重ねた。


「じゃあ、行くよ。さよなら」


 身につけたグロックが弾もないのに妙に重く感じた。



「......けっこうしんどいの」

「まあね」


 玉は聞き手に徹し、俺は語った。

 閉じ込めたはずの絶望が虚無を伴い自分を嘲笑う。


 人外区を出るとき、彼らを捨てるような気分になった。実際、なんとか残ればその後迷い込んだ子を助けることができるかもしれなかった。

 だけど俺は出ることを選んだ。非情で冷酷で利己主義な選択だ。


............アンジー


 目を閉じると緑の目が黙ってこちらを見ている。義理も人情も捨てて自分の中に残ったただ一つの感情。

 マントを震うと、固まった血のりが粉となって落ちた。

 俺はもう謝らないと決め、黙って森を出て行った。


 

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