12. 触手の餌にはマズすぎる
連れて行かれたのは地区の端で十六人外区との境だ。イヤな記憶がよみがえってきて体が震える。
手錠をはめられたまま引きずり出される。脚を撃たれるとコトなので抵抗せずに大人しくしておく。
夕暮れは近づいていて、人外区の森の樹木や丈高い茂みは不気味な影を伸ばしている。
「死体処理はラクだな」
三下がニヤニヤする。死体を人外区に放り込んでおけば勝手にサンドワーム型巨大生物、ニョロちゃんが喰ってくれる。
「あまり近づきすぎるな。アレが寄ってくる」
二台目の車が止まり三人のガードに囲まれたエラそうな男が下りてきた。がっちりとした体格で背も高い。車椅子の男ではない。
「エド・タンが来るまでに喰われるとやっかいだ」
俺を囮にエド・タンを呼び出したってことはボスの座を狙う部下の誰かだろう。カレン側にスパイがいたとしてもこう瞬時には動けないと思う。
「No.2の人?」
単刀直入に聞いてみると顔をしかめたが否定はしなかった。
黒塗りの車がやってくる。お忍びのためかリムジンではない。普通のセダンだ。離れた場所で止まり窓を開けた。
「来たよ、マルちゃん」
「その呼び方はよせ」
車から降りずにエド・タンは尋ねた。
「用事はなに?」
「まず下りろ。ガード三人はいっしょでもいい」
俺の横の三下を入れると四人だし運転手も二人いる。ボス側が不利だ。それでも彼は下りてきた。
二人は五メートルくらい間を置いて止まった。俺は蹴られて転がされた。
「......No.3が怒るよ」
「ていねいに扱え」
三下が叱られる。マルちゃんとやらは真面目な顔でエド・タンに語りかけた。
「わかっているだろう。ボスの座はあんたには荷が重いはずだ。ゆずれ」
双方のガードは無表情だ。エド・タンはにこやかに答えた。
「彼の留守の隙をつくのはセコいね」
「生涯食うに困らないように配慮はしてやる。殺されて終わりの普通のボスよりよほどいい老後が過ごせる。断る気ならここで死ぬことになる。骸さえ残らない」
エド・タンは微笑んだ。
「わしが消えて君が上がると、どんなにごまかしてもNo.3が切れるね。正直誰も彼にはかなわん。だからこそわしの意思で譲らせようと弟くんをさらったんだろう?」
穏やかな表情で語りながらエド・タンの右手がものすごく自然に動いた。話の途中でNo.2の額に穴があいた。
正直ボスをなめすぎていた。マルちゃんのガードも視線は彼のガードに向いていた。柔和なエド・タンが予告もなく撃つとは思わなかったんだろう。
撃った瞬間彼は真後ろに跳び同時にガードが前に出る。至近距離での撃ち合いだが用意していただけボス側に分があった。相手のガードが一人倒れ残りは横に逃げた。
「マルちゃんは死んだ。無意味だぞ」
エド・タンの声に生き残った二人がさっさと銃を地に投げ両手をあげる。運転手二人も手を挙げて下りてきた。
「よし。いい子だ」
だがここに生粋のバカがいた。三下が俺に銃を突きつけ叫んだ。
「おい、こいつの命がねえぞ!」
エド・タンが呆れた顔を向けた。
「どうするつもりかね?」
「ボスの座をよこせ! おれが次のボスだ!」
全員がうんざりと阿呆を眺めた。ついていくヤツがいるわきゃない。
「いいかね、君。人には分というものがあってな」
「ああ、そうだな」
相手の運転手の一人が突然片手を下ろして銃を取り撃ってきたが、エド・タン側のガードの方が速かった。
「死人に忠義立てしても意味が......」
空は薔薇色に染まり木陰は暗い。そこに見知らぬ車が突っ込んでくる。
「乗ってください!」
ガードが叫びエド・タンは自分の車へと駆けた。が、逆側からも一台全ての窓に身を乗り出したスナイパーを乗せた車が走り込んでくる。見たような顔もいる。
エド・タンはガッと人外区の中に飛び込んだ。
ガードの一人がいともたやすく三下を撃つ。そのままボスを追って人外区へ駆け込んだ。残りも運転手を撃って入っていった。俺も、手を拘束されままま飛び込む。ほってはおけない。
二台の車が止まりがんがん撃ってくるが、こちら側は深い森だ。そうそうあたらない。相手側も仕方なく飛び込んできた。
「エド・タン!」
「おお、弟くん。無事かね」
「上っ!」
彼は見もせずに横様にすっ飛んだ。それが正解だ。
襲いかかってきたニョロちゃんは撃ってきたガードに飛びかかった。
「うぎゃああーーーーっ」
腰が引ける。白くて巨大な蛇に似た大型生物は大人の男でも丸呑みできる。俺自身は以前も喰われなかったが、幸運が続くとも限らない。
「いたぞ......ひぎぃーーっ!」
敵が一人別口のニョロちゃんに喰われた。わっ、とビビると俺の目の前にも一匹、大口を.........
思わず目をつぶってしまったが、呑み込まれる様子はない。
おそるおそる目を開けるとニョロちゃんが口を開いたまま止まっている。以前と同じ状況だ。
「エド・タン! こっちへ!」
周りの人間は銃を撃ちながら逃げ惑っている。俺はどうにか彼の元へたどり着くとマントの中に強引に入れた。
しばらく間を置き、騒ぎが移動してからエド・タンを出した。
「な、なに?」
「戻りましょう。走って!」
手錠のままだと動きにくいが一刻も早くこの場からさりたい。必死に走って南区に近寄る。
あと少しという所で、手前のボスの元へ特に巨大なニョロちゃんが襲いかかる。
「止めろ、シロウ!」
「喰うな!」
ピタっと巨大生物が動きを止めた。
驚いてしばし足を止め呆然としていると懐かしい声が響いた。
「.........やはりな」
ぱきっと枯れ枝の折れる音がして、木陰から玉が現れる。
「おぬしの出身がわかったぞ、シロウ」
別れた時と変わらないワンピースで可愛い五歳児の姿のままだ。その場でへたり込みそうに安堵した。
「玉!」
腕が拘束されていなかったら抱きついていたと思う。
「君はこの生き物に命令できるのかね」
エド・タンが尋ねる。
「え、できませんよ。前もさんざんやめろと叫んだのに聞いちゃくれなかったし」
振り向いて説明する。
「とにかく出ましょう」
「そうじゃな」
玉もうなずいた。連れ立って外へ出た。
「ご無事ですか!」
車の中から運転手が叫ぶ。答えようとしたら別の車の影にいた男が撃ってきた。慌てて戻る。
「ちょっと悲鳴を上げてくれませんか」
エド・タンは肩をすくめると大声で叫んだ。
「うわー、もうダメだー! 撃たれたー!」
エリアの境の木陰に倒れ込む。喰われないように俺も寄り添う。玉は少し離れた。
確認に一人が入ってきた。が、まだニョロちゃんが出ない。息を殺す。なのに気づかれた。
こっちへ駆け込みながらの射撃。ボスも撃ち返すが全弾木にあたってしまう。リロードの間に敵が都合のいい位置へ行く。
心臓が強く収縮した。だが聞き覚えのある乾いた音が響き相手はバランスを崩した。
リロードの終わったエド・タンが正確に敵の額を撃ち抜く。
後を追ってきた別の男たちも撃ってくるが気配を感じて叫んだ。
「喰らえ!」
たぶん俺の命令とは関係なくニョロちゃんはヤツらを呑み込んだ。
音のした辺りにいくと死体の傍に砕けた白骨があった。ニョロちゃんは子どもを喰わない。そしてこの森は温度が低いのに死体の白骨化が異常に早い。知っている誰かかもしれなかった。
ーーーーありがとう
拘束されたままの手で欠片をそっと撫でる。拾いはしない。
用心しつつ人外区を出てみるが、もう他にはいなかった。車が一台少ない。生き残った者もいるのだろう。
運転手が車の中から必死に手を振るが下りては来なかった。防弾だからそこは安全だ。
エド・タンに頼んで三下の死体を探ってもらった。手錠の鍵を外しグロックを取り返すことができた。
俺といっしょに車に乗った玉を見て、彼は不思議そうな顔をした。
「森の子どもたちは全滅したと聞いたけどまだいるのかね」
「いや、いない」
彼女がきっぱりと答えた。知っていた。なのに胸が痛んだ。
南区のボスは俺に目を戻し手を差し出した。
「君は命の恩人だ」
こちらも手を出すと強く握ってぶんぶんと振った。
車椅子の男は前ボスのブレインだったヘンリー・エイトという男らしい。
「逃げおおせた幹部はそいつくらいだし」
頭は良かったが偏屈で人がついてこないのでボスには向かないタイプだそうだ。
「カレンにはつかなかったのでしょうか」
「可能性の低い相手につく男じゃないよ。もっともNo.2は彼女を取り込もうとしていたようだな」
確かに後からやって来て喰われた部下の一人はあの時見たことのある顔だった気がする。
「それにしても君はなぜ喰われないのだろうな」
「不味いんじゃないでしょうか」
「他のヤツらの方がマズそうだったがなあ」
考え込んでる彼を残してその場を辞した。
運転手が寄って来たけど断った。玉の手を引き道を歩いた。路地は舗装していなくてゴミが多い。卵の殻を踏みつぶしてしまった。
白骨化した子どもの頭蓋骨をつぶす音が耳元によみがえる。
あの時の憎々しいヒャッハーたちの顔も浮かぶがすぐに消え、別の時の子どもたちの顔が浮かんだ。俺が仲間の埋葬を促した時のあの顔だ。
「バッカじゃないの」
リタという名の十一歳の少女だ。
「よそのジョーシキ持ちこまないで。ここはちがうんだから」
「あのね、寒いけどね、すぐ骨になるの」
六歳の男の子がひざの上に上って来た。軽く抱きとめる。
「だからみんなのタメなの」
「?」
「大人が来た時ね、骨たくさんあるとふんでころんだり音したりするの」
彼の髪を撫でるとえへへ、と笑う。
「ボクも死んだらみんなのための骨になるんだ」
「............死なないよ」
「うん。そっちがいい」
「ニョロちゃんがいるし」
「だってニョロちゃんは...」
少女がすごい顔でにらんだ。彼は口を閉ざしてしまった。
「これ、人が労をねぎらってやっておるに無視するヤツがおるか」
玉が小さな手を離し尻を殴った。慌てて謝る。
「会えて嬉しいよ。本当に」
だが子どもの姿が記憶を引き出す。
「大丈夫か? すごい顔色だぞ」
「大丈夫だよ」
「話してみよ。聞いてやらんでもない」
「安全なとこに行ってからね。世話になってる所がある」
玉は俺の顔を見上げるとうなずいた。無表情な中に心配の色が見えて俺は彼女を思い出した。
「行こう」
促すと彼女は黙ってついて来てくれた。