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11. そんなゾンビで大丈夫?

 夢は記憶の整理だそうだ。俺にそんなのはいらない。欲しいのは甘い幻想(ファンタジー)だけだ。なのにめったにそれは与えられず、大抵は苦い現実(リアル)をつきつけてくる。

 だけど時たま、甘苦い夢も見る。



「......だからそれはすりこみだって」

 彼女————ケイトはそう言った。

「命を助けられた幼少時、全幅の信頼を寄せたんだろ。その立場なら君の意に添わない言動は出来ない。それが否定されずに継続しただけだ」

「意に添わないことはありまくった。けっこう叱られたし」

「君のためだからだろう。だからまだその時の影響下にいるわけだ」

 思わず下を向いた。

「......それだけならいいんだけど」

 ケイトが苦笑する。


「カノジョはなかなか魅力的な姿らしいな。思春期まっただ中の君が胸を熱くしてもおかしくはない」

「......自分だって同じじゃないか」

「正確には一つ下だな。高校までは飛び級禁止ってポリシーのうちの親も、さすがに小一はスキップさせてくれたから」


 夜空を思わせる色合いの瞳が俺を見つめるのを感じるけれど、なぜか見返しにくい。彼女はため息を一つつくと更に視線に力を込めた。


「ここでなぜ高校に入って半年経つのにスキップしないのか聞かないの」

「......なぜ?」

「このクラスには君がいるからに決まっているじゃないか」

 思わず顔を上げた。声は少しも変わらないのに頬は赤く染まっていた。


「そんな不毛な恋愛よりも私とつきあわないか。理性的に考えてもバランスがいいし本能的な面でも頃合いの年だ」

「それだとクラスの男子の大部分に当てはまる」

「ぜいたくなヤツだな。わかった。君が好きだ」

 彼女はあっさりとそう言ってくれ、こっちも赤くなって承諾した。



 幸せな九ヶ月が終わりクリスマス前に、年が開けたら飛び級(スキップ)すると告げられた。

「......何か君を傷つけるようなことをした?」

「いや」

 瞳の色は全く代わらないのにあの時の強さはなかった。だけど優しかった。俺にはもったいないぐらいに。


「......好きな人でもできた?」

 今ならわかるが俺はけっこう残酷だ。いや大馬鹿だ。

「いいや。だがもう君の隣にいることは出来ない」

 きっぱりと彼女は言った。

「今までありがとう。それと最初君の感情を安く見積もってごめん」

 公明正大さが彼女の最大の欠点だった。捕捉したままでいてくれたら、自分の底に何があろうと絶対に逃げなかったのに。


「......クリスマス一週間前だよ」

 家族に紹介するつもりだった。

「だからさ。いいクリスマスを過ごしてくれ」

 彼女は僕の手を強く握りしめ、すぐに離した。体温が瞬時に消えていく。

「責任の所在は全て私にある。君はためらわずに幸せになってくれ」

 そう言って背を向け振り返らなかった。

 こうして俺は初めての彼女を失った。


 彼女の優しさにも関わらず俺は馬鹿だった。心の痛みに耐えきれず、伸ばされて来た別の手をつかんだ。


「ケイトと別れたってほんと? あたしとつきあわない?」


 次の子だって悪いわけじゃない。ちょっと自分に正直なタイプってだけだ。ハニーブロンドのセクシーガール。だけど三日の付き合いで家族に紹介するつもりはなかった。途端に彼女は怒りだした。


「じゃあお兄さんだけでも紹介してよ!」


 その年のクリスマスはミサにも出ずに引きこもって過ごした。



 記憶の連鎖。あるいは飛躍。夢は脈絡もなく関係のないエピソードに飛ぶ。だけど時期的にはさして違わない頃だ。


「え、マジ? やったことないの?」

「うん。全く」

「僕らの年頃には必要なことだと思うよ。本能的な暴力衝動を昇華させるためにも」

「こいつ、異性関係で昇華させてるんじゃないのかな」

 別の友人が笑いながら口をはさむ。

「だけど闘争本能は失わない方がいい。この都市は堅牢に見えて脆い。ソフィスティケートされすぎてるからね」


 実際こんな野蛮なことが許可されているのはまさにそのためだった。完全に守られるべき時期を過ぎる十五歳になると闘争許可証(バトルライセンス)が申請できる。

 バトルと言っても自分たちが戦うわけではない。ゾンビどうしを闘わせる。


 僕たちは完成されたヴァーチャルゲームを楽しんだ最後の世代で、十歳から一年ほど完璧な勇者にも魔王にもなることができた。だがあまりに精巧に作られたその世界から現実に戻ることを拒否する人が増えたので、規制が入ってほどほど程度のゲームに戻ってしまった。それを知らない下の世代は充分に楽しんでいるけれど、僕たちは没頭することは出来ない。

 その上、実感はあってもそれは脳をだましたゲームだ。本物の死体(ゾンビ)が目の前で戦う迫力は粗雑だけどやはり別格だ。


「ライセンスはいいよ、見とくだけだから」

「絶対やりたくなると思うけど」


 街はずれの闘技場は空気調整がされているにも関わらず熱気がこもっていた。

 テクタイト含有の硬化ガラスで覆われたドームの中ではもう何体か戦っていたけれど、それは見ずに地下のジムの方に行った。


「いい仕上がりでさあ、坊ちゃん」

 スキンヘッドの黄色系のトレーナーが友人に向かって微笑んだ。

「血は赤のままでよかったですね?」

「ああ、かまわない」

「僕のは緑にしてくれた?」

「坊ちゃんのは......B−7012ですね。蛍光グリーンにしてありますよ」


 ゾンビの血管を流れているのは本当は血液じゃない。ただの電解質溶液だ。ゾンビ自体は本物の死体で、体中の血と内蔵を取り去って洗浄滅菌のあと加工してナノマシーンで制御する。いわばゾンビのサイボーグだ。

 それでもゾンビがかつては思考し行動する人間であったという事実は僕たちをひどく興奮させる。生々しい腐りかけた死者の外観を持たせる者が多いのはそのためだ。専門のゾンビデザイナーが予算に応じてエグエグに作り上げてくれる。


「君のゾンビ大きいね」

「うん。おばさんのとこの使用人だったんだ」

 容姿はエグエグになっているからよくわからないが、二メートルぐらいの大きさだ。

「昔から目をつけててねー、万が一死ぬことがあったら引き取らせてくれと」


 大抵のことが機械でカタがつくから、個人で人間の使用人を使うことはステイタスだ。中でもより価値が高いのは、気の毒な地獄都市の住人を引き取ってちゃんと教育を受けさせ、有能な人材に育て上げて使うことだ。それを何代かかけて行い忠誠心まで持たせたものが最上だとされる。


「最近死んだの?」

「いや、去年。案のじょう遺体の処理費ためてなかったからってもらったんだ」

「先のこと考えないよね、地獄都市の人たち」


 僕たちはゾンビを指差して冗談を言い合い、簡易ドームで軽いスパーリングをさせた。


「OK。四分割(クォーター)予約しておいたからそろそろ行こう」

 ドーム全体を使ってバトルすることは少なくて、普通は十六パーツぐらいでちまちま闘う。だけど一日に二、三回は四分割タイムがあって、メインの闘いはそれになる。


「やあ、君たちも来てたんだ」

 一番近いハイスクールのクラスタが穏やかに微笑む。うちのライバル校的な位置づけのところだ。


「お手合わせ願えるかな」

「モチロン。うちは二体だけどそっちは?」

「二体だよ。予約してる?」

「うん。タイマン張れるね......じゃあガチでいかない?」

 友人が顔をしかめた。


「え、あれはちょっと」

「負けなきゃいい。やろうよ」

 別の友人が誘うと彼も渋々承諾した。


 相手側も予約していたので二カ所になったが、僕は大男のゾンビのギャラリーになった。対戦相手のゾンビは背は高くないけどがっしりとしていて、派手な角や牙なんかでカスタマイズしてある。友人のはそのままだ。彼らはニヤリと笑った。


「そんなゾンビで大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」

 彼は自信ありげに答え、始まりの礼として握手した。


 初動は敵側の方が速かった。頭を下げて突進していって大男を転ばせた。

「行け! マクガイル!」

「起きろ、フレディ!」


 水牛みたいな角のせいで早くも腹が裂かれている。でろり、とあふれる内蔵(作り物だけど)を見ると吐き気がする。だけど妙にハイになってしまうのも事実だ。

 友人のフレディは刺さったままの角をぼきりと折りとってそれを腹から抜きさる。


「うわ! つけたばかりなのに!」

 相手が叫ぶ。慌ててコントローラーをいじって後方に下げるが、友人の動きも速かった。飛び起きると両腕で敵を捕らえてぶん投げる。


「立て! マクガイル!」

 あちらのギャラリーが拳を振り上げる。ゾンビは立ち上がり不気味なうなり声を上げて再び飛びつく。

 またフレディが倒される。今度は相手はその腹の上に乗り、何度もフレディの顔を殴った。その度に真っ赤な血が飛び、彼は苦悶のうめきを上げた。

 本当は死んでいるんだから痛くもないし苦しくもない。ただ演出上の理由でそんな様を見せるだけだ。


 コントローラーを扱っていた友人は指先を素早く動かしてフレディを操り、敵を振り払うことに成功した。今度は逆に馬乗りになって殴り返している。


————そういえばこいつ、運指速かったな


 音楽の授業でピアノを連弾した時、ついていくのに苦労した覚えがある。その時のなめらかさで相手のゾンビをぼこぼこにしている。青い血が滴り目玉が一つ落ちた。すると殴られていたそいつは腕をのばしてそれをつかみ急に弾いてフレディの首にめり込ませた。


「う、う、う?」


 フレディが自分の首に手をやる。その隙に逃れたそいつはフレディの裂けた腹に腕を突っ込んだ。


「うげっ」「きしょいわー」


 更に引きずり出された内蔵に何人かが少し慌てる。僕もウサギの死体を思い出して吐き気がひどくなった。でも敵側は喜色満面でゾンビを誉めたたえている。

 友人は引きはがそうとして上手く行かなかったが予想もつかない手に出た。

 フレディはいきなり自分の腹から出てきた腸をつかみ、それを引っ張ると相手の首に巻き付けた。そのままぐいぐいしめつける。相手は苦しがるようにばたつき、そのうち動きを止めた。


「よっしゃー! 行け、フレディ!」


 フレディは腸を放すと、相手の首筋が切れるまで手刀を入れた。こうなるともうダメだ。敵側のメンバーが肩をすくめる。フレディは勝利の雄叫びを上げた。


「悪いね、ガチで行くよ」

 友人がにんまりと笑う。

「培養に一週間はかかるんだよなー」

「しかも小遣い二ヶ月分だよ」

 敵側が残念そうにつぶやいている。フレディはかまわず相手をくみしくと、喰らい始めた。


 胃の中に強酸は仕込んであるがもちろん相手を全部食えるわけではない。それでも人型のものが人型のものに食われる図は凄惨で、吐き気が限界まで来たのでちょっと場を離れた。

 戻ってくると十二歳ぐらいの男の子が友人に向かって叫んでいる。


「父ちゃんを返せ!」


 フレディはこちらを振り向かず敵ゾンビを喰らっている。友人はちょっと呆然とその子を見てる。ギャラリーだった別の友人がその子の肩を優しく叩いた。


「君はフレディの息子さん?」

「そうだよ!」

「彼のおばさんのとこの使用人なの?」

「そうだ! 父ちゃんを返せ!」

「遺体の処理費用はたまったの?」

 う、と少年は言葉に詰まったがすぐに大声をだした。


「あんな大金払えるもんか!」

 ようやく気を取り直した友人が、尖った声で少年に向かった。

「払える程度の給金はやっていた。酒で身をもち崩したのはフレディ自身じゃないか」

「だって......!」

「文句があるなら地獄に帰れ! そしたら処理費用も補助が出るよ!」

 男の子の瞳がみるみる潤み始めた。ぽたぽたと涙が落ちる。

「帰れないよ! 今更あんなところにっ」

「そこから来たくせに」

「だったら呼ばなきゃいいんだ! こんな生活知らなかったら地獄でどうにか生きていたっ」

「募集に応募してきたのはフレディだろ」

 少年は答えず大声を上げて泣き出した。理性など持たないフレディがなぜか動きを止めた。


 ギャラリーだった友人は優しく彼の背をさすり、フレディの持ち主に声をかけた。

「おい、譲ってやれよこの子に」

「え、こんなスペック買ったら高いんですけどー」

「全部じゃないけど少しは出すよ」

「そうだよ」

 相手校のギャラリーも口をはさんだ。

「恵まれない気の毒な地獄都市の子じゃないか」

「かわいそうに。僕も出すよ」

 全然関係のない近くにいただけの人まで声をかけてきた。辺りに同情と憐憫があふれる。

 が、男の子は急に口をつぐみ「いらねえ!」と叫んで走り去った。


「......なんなん?」

「さあ。せっかく譲る気になったのに」

「地獄の人ってよくわからないよね」


 みんな首を傾げた。僕にもわからなかった。その時は。

 

 

「起きろこの野郎! ぐーすか寝てんじゃねえっ」

「......ご飯?」

「っなわけないだろう何様のつもりだっ」

 三下の見本みたいな男が叫んでいる。起き上がった俺は目隠しをされて手錠をはめられ、こづかれながら鉄格子の外に引っ張りだされた。


「どこに行く?」

「うるせ—黙れぼけっ」

 そのまま車に乗せられる。助けに来てくれそうなヤツもいない。暗澹たる気分でため息をついた。

 

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