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7.時代が俺にジェラってる

 集団の末端に並んで、入ってきた女性に向かって「パラダイスへようこそ、マイレディ!」と叫ぶ。彼女と向かい合って立った指名ホストがにっこりと微笑み、他の男たちとは逆に囁くように「待ち遠しかったよ、ボクのお姫さま」と声をかけた。歯が浮く。

 永久指名制なので人の配置は楽だが、そのかわりかぶる時は入り口近辺で少し待ってもらうことになっている。

 女性客の手を取ったホストはボックス席へ向かった。確かアンディとか言う源氏名のナンバー2ホストだ。人ごとのように眺めていたらヘルプに呼ばれた。


「バカやるんじゃないぞ」


 先輩ホストにすごまれた。俺は明るく「モチロンです」と答えたが、人目につかないように尻を蹴り上げられた。

 どうもトイレそうじの件を根に持っているらしい。小さいヤツだ。


 南区ボスのエド・タンは、特別扱いをしなくていいといった俺の言葉をそのまま受け取り、下っ端の組員の紹介という形で店に入れた。

 当然扱いもしょぼいもんだ。来る早々スタッフ用トイレの掃除に回されたが、俺はトイレそうじなどしたことがない。ちょっと考え込んだが、北区でおばちゃんの手伝いで皿洗いをしたことを思い出した。とにかく水をかけて洗剤をまいてブラシでこすればいいのだろうと思った。


 いったん出てキッチン用の洗剤の在庫を一つ取ってきて、水を振りまいた床にかけてみた。それから気づいて用具入れを明けるとちゃんとトイレ用のそうじロボが置いてあった。なんだ、と思ってどうにかセットしたところで別口の雑用に呼ばれて場を離れた。


 悲鳴のような声が聞こえた後、命じた先輩にエリ首つかまれて引っ張っていかれた。

 トイレは天井まで泡にまみれている。


「たまにこんなバカが出やがる!」


 びっくりしていたら殴り掛かってきたので無意識に身をかわしたところ、その先輩は泡の中に倒れ込んだ。怒り心頭に達した彼はなんとか俺を殴ろうとしたのだが、足もとが泡だらけなためまた転んで目的を果たせなかった。


 そこへ店長が来て「こいつを殴るな、理由は知らんが上から言われてる」と伝えた上にトイレそうじのやり直しをそいつに命じた、という訳だ。



 にらまれつつけっこう若い嬢の席で飲み物を作ったりした。

 何せ地獄都市なのでてらいもなくまんま娼婦だ。だがこの場に来れるぐらいだから相当の売れっ子だ。まっすぐな長い金髪も白い肌もツヤツヤしている。


 立場的にカンタンに売り買いされる女の子たちは、人権の名残と言うより勤労意欲のために稼ぎのある程度は手に入ることになっている。

 受胎期間を少しでも有利に過ごすために貯金でもしたらいいと考える俺は恵まれた立場なのかもしれない。あぶく銭を使いまくらなくてははらせない憂さもあるんだろう。


「薄すぎるわボケェ」


 先輩に怒鳴られていると指名ホストが「ボクの姫の前でそんな言葉遣いは感心しないな」と言ってハートを飛ばした。ありがたいがやはり歯が浮く。


 嬢を送り出した後のちょっとした隙にそいつは先輩ににらみをきかせた。


「いびるんなら裏でやれ。接客中にみじんも出すな。高い金払って夢の世界に来てる客に現実の薄汚い様を見せるな」


 プロフェッショナルなお言葉である。さすがナンバー2だ。アンディは栗色の髪を比較的短めにしているが顔立ちはゲロ甘である。


「しつけがなかなか大変なようだな」


 と声をかけてきたのはナンバー1のフランク。黒髪でおらおら系のイケメンだ。ゲロ甘は口の端をわずかに上げた。


「ご心配なく。店の恥になるようなことはさせませんから」

「だといいがな。ああ、しつけたあげくの飼い犬に噛まれないようにな」

「......あなたとは違いますよ」


 薄笑いを浮かべたおらおらは肩をすくめて行ってしまった。ゲロ甘もいったん奥に引き上げた。やっぱナンバー1争いかなんかだろうか。えらく険がある。


「なんかあったんスか」


 先輩に尋ねると、どうもおらおらはゲロ甘の尊敬するナンバー1ホストを陥れてその地位を奪ったらしい。その月の売り上げを賭けて負けた方が店を出たそうだ。


「ナンバー1なんてチヤホヤされても落ちてしまえば誰も見向きもしねえ。いい人だったのに一年もたった今じゃおれだって顔さえ覚えてねえよ」


 現代における希薄な関係性について考慮する暇もなく下っぱらしい雑用に追われて過ごした。



 ビルは一人でまじめに捜索している。


「だいぶ聞いて回ったんだがシェリルについて知ってるヤツはいなかった」

「また男装してんじゃね」

「かもしれねエと思って、この辺の小ぎれいなガキはほとんど顔見て来たがいねえ」


 近隣の美少年たちはさぞや恐怖を味わったことだろう。


「で、ついでに教会も調べてきたが、おまえの言う通りフロの下に隠し部屋があった。あのお嬢あそこにいたんだな」


 ある程度の広さはあったが、隠し通路はなかったらしい。


「三年もあそこにいたら何かとこじらすだろうな」

「巡礼者のフリした身内と会っていたんだろう」


 で、レジスタンス的組織を作り上げたと。しかし昔いい思いをしたヤツ以外はトップが代わろう時にしていないと思う。むしろ温和そうなエド・タンの方がやりやすいかもしれない。

 捜査は彼に任せて俺はバイトにいそしんだ。



 地獄都市に純粋な物乞いはほぼいない。教会側の慈善はほんの少しあるが、それ以外はまれに酔狂な人がいるにしても暮らして行けるほどのもらいはないからだ。ドロボウも想像よりは少ない。カンタンに撃ち殺されるからだ。

 もちろん人前で意識を失ったりした場合は別だ。さっさと身ぐるみはいで放り出される。ただしこの高級ホストクラブでは違う。女相手の商売のコツはまず不安を取り除いてやることだ。

 飲み過ぎたとしても優しく介抱してやり、金も体も狙わない。うまくやれば勝手に相手が差し出してくれる。

 もっとも俺は関係ない。雑用の下っぱで、一番にやってきて準備を整えたりヘルプするだけだ。


「もう慣れてきたかい」

「少しは」

「エラい、エラい。アメちゃん一つあげるわ」

「あ、どうも」


 早く行くので全体を掃除する業者のおばちゃんたちと仲良くなった。たまにもらうアメは教会からもらうものを食べずにとっておいたやつだ。

 暮らしに不自由してない俺がもらうのは申し訳なかったが、無難な相手に無理のない親愛の情を示したいらしいので、ありがたくいただいた。


 おばちゃんたちとの交流はけっこう心和んだが、ホストたちとはそうはいかなかった。

 いや、俺自体がうまくいってない訳じゃない。例の尻蹴り先輩と以外は別にトラブルもなかったが、おらおらとゲロ甘の関係性が悪化して、店の男たちはいつの間にか二分されていた。俺はいつの間にかゲロ甘の系列に数えられていた。


「おれについてた客が最近来ねえのは、おまえのせいだって噂なんだがな」


 おらおらがゲロ甘に絡むと、そいつは薄く笑った。


「まさか。考え過ぎだろ」

「外で会ってたんじゃないのか」

「違うよ。そちらこそこっちの子を客の前でいびったんだって。みっともないからやめろよ」


 両者はにらみ合った。気が短いのはおらおらの方だった。


「決着をつける時が来たようだな」

「望むところだ」


 最近ゲロ甘がのしてきている。甘いマスクと紳士的な態度でじわじわと人気を増している。


「今週分の売り上げでどうだ」

「ああ。だが相手はおまえだけではない」


 おらおらがニヤニヤしながら言い出した。


「どういうことだ」

「ここにいる全員をそれぞれどちらかにつかせてチーム戦にしようぜ」


 謀られた。そう思ってゲロ甘を見たが彼は逃げなかった。


「わかった。ボクについて来てくれるかい?」


 その笑顔はさすがにこれで飯を食ってるだけあってなかなか大したもので、半分以上がゾロゾロとそっちに並んだ。おらおらの顔が青くなっているところを見ると予想外の人数をかっさらわれたらしい。おれもちゃっかりそっちに加わる。

 何か言いかけたおらおらは必死に自分を制して黙った。ナンバー1のプライドだろう。


「じゃあお互いがんばろうね」


 ゲロ甘は手を差し出したがおらおらはそっぽを向いて出て行った。彼の側についた男たちがゾロゾロとその後について行った。


 まあ単なるヘルプしかやっていない俺はこの売り上げ戦に参加していない。早めにやって来ておばちゃんたちにアメもらったり掃除したりの日常だ。さんざん釘を刺したからか、今のところは組織側も様子見には来ていない。



 そんな日々の中、懐かしい顔に出会った。西区からの裕福そうなおばちゃんの集団を率いて来たJに向かって危うく呼びかけるところだった。幹部の移動は多分都市法違反だと思う。

 彼女はすぐに気づいて、おばちゃんたちを分散させると端の目立たない席に移り指差して俺を呼んでくれた。


「やっぱホストだったのか」

「バイトですよ......いいんですか?」

「単なる観光客のガードだからこの程度はお目こぼしだ」


 それからちょっと辺りを見回した。


「あいつもやってるのか?」

「いえ、ビルは地道に彼女を捜しています」

「ふん」


 Jはちょっとうれしそうな顔をしたが、すぐに顔を引き締めた。


「あいつではなく君にちょっと忠告したい」

「はい?」

「いつかうちに来た君の婚約者と妻がまた休暇を使って君に会いに来た」


 ミリアムとチナミだ。


「......すみません」

「いないと知って帰ったがあんな風に生殺しにするな。つきあう気がないならちゃんと引導を渡してやれ」


 ミリアムはともかくチナミが納得してくれるだろうか。

 うつむいて考えていると彼女は声を和らげた。


「プライベートに口出ししてすまんな。かわりに正式に君を指名するよ」

「え、いいんですか」

「今回ピンチヒッターで来ただけだから次はないかもしれんが」


 それでもありがたいことだ。感謝してマネージャーを呼び勇んで告げると「あんた源氏名なに?」と尋ねられた。そういえばおい、とか新入りとしか呼ばれてない。


「それならそのままでいいだろう」

 Jに言われて仕方なく頷いた。

「じゃ、シロウ・フジヤマで」

「あー、キャッチフレーズ何にする? 写真にキャプションつけなきゃならんのよ」


 こっちが決めなきゃならないのか。


「......アナタの心をとりこにする魅惑の魔法使いで」


 横でJが笑いを耐えている。自分で言うと死ぬほど恥ずかしいが他に思いつかなかった。

 彼女は割に高い酒をけっこうな量のみ、顔色一つ買えずにまたおばちゃんたちを連れて帰って行った。


「よくやったね、シロウ」


 ゲロ甘が直々にほめに来た。ちゃんと名前を聞いてからくるあたりが上位層だ。


「もしかしたらこのままトップに躍り出るかもしれないね」


 そういって差し出された手をとりあえずは握ったがそれはない。今日はたまたま訪れた知り合いの恩恵で上位に達したが、こんなバブル長くは続かない。

 案の定早速お茶を引いたがすぐにコスプレデイが来て、ユカタなる男性版のキモノを着ることになった。



「こうやってみるとけっこうイケメンさんやね」

「ほんと。よく似合うわ」


 珍しい格好に嬉しくなって早めに着替えたらおばちゃんたちにほめられた。今までどう見られていたかは多少気になるが素直に喜んでおく。お礼に一杯おごると言って笑われた。


「女の子からもらったお金をおばちゃんに使っちゃだめよー」

「いえ、時給分です」

「同じだし」


 彼女たちは取り合わなかった。ちょっと残念だった。


 モクモクとしたスモークの中ステージの中央が競り上がっておらおらが現れる。


「きゃあーっ」「フランクーっ」「すてきぃーっ!」


 嬌声が凄まじい。特に紫の服を着た中年女性が目立っていた。

 黒いユカタ姿のおらおらはほんのちょっとダンスをすると、すぐになんかロックなポーズをとり「時代が俺にジェラってるぜ!!」と叫んだ。

 女たちの大絶叫がおこり、一人二人失神した。俺は早速おしぼりを配った。一見上品な紫色の服の四十過ぎぐらいのやせた女性がひったくるように一つとって握りしめながらまた叫んだ。

 おらおらはしばらくトークをかまし、新メニューの俺のジェラート、略して俺ジェラを勧めていったん下がった。素材の割にバカ高い品だが一瞬で完売した。


 次はゲロ甘だった。薄めの幕にシルエットだけが現れたと思ったらさっと開かれ、なんか気取った姿で現れて甘ったるい歌を歌い最後にウインクした。

 また失神者が出たのでおしぼりを配った。赤い服のふくよかな女性がそのおしぼりさえ振り回した。


 ゲロ甘はそこで何かクソ甘い台詞をささやこうとしたのだが、突然妙な感じで手を振り回し始めた。


「アブ、アブ、アブ、アブ!」

「仕掛けやがったな!」


 先輩が慌ててステージを駆け上がった。俺も控え室に飛び込んで幕を操作していったん下ろした。

 客席はざわついている。俺はミネラルウォーターをつかんで幕内に入り、ゲロ甘に差し出した。


「..........ありがとう」

 彼はちょっと苦く笑った。


「すごく虫嫌いでね、特にアブが死ぬほど嫌いなんだ」

「あいつの手下がステージ近くにいたから多分......」

「そうだろうね。でも見苦しい様を見せたのは事実だ」


 水を飲み干すと彼は立ち上がった。


「開けて。謝らなきゃ行けない」


 アンディは幕を開けさせ、ちょっとおどけて謝罪した。会場の空気はかなり落ち着いたが完全とは言えなかった。彼はけっこうがんばり、顧客たちもおおむね「弱点があるところがカワイイ」って方向に行ったが早く帰った人もいるし、おらおら側の客は露骨にバカにした視線を向けて来た。

 それよりも悪かったのは男たちの目だった。格好づけが優先するこの世界で、ブザマなまねをしたら途端に支持率が下がる。


「ごっそり休んでます!」

 アンディの配下の一人が眉を寄せた。


「俺にも声がかかったスが、今週休めばこっちについたことは不問にしてやるって...」

「もう勝ったつもりか!」


 非難ごうごうだったが、次の日はもっと人数が減った。

 アンディ側の不利を悟って彼の客の一部は前よりも金を注ぎ込んだが、アンディ自身が無茶を戒めた。


「ボクのせいで君たちの暮らしが縛られることになったら意味がないんだ、子猫ちゃん」

「かまわないわ。アナタのためなら地獄に落ちても......って、もう地獄だし」

「そうよ。ねえ、どっちにしろ暮らしは変わらないの。せめて甘い夢を見せて」


 なんか甘ったるい言葉を並べ立ててたが省略。彼の顧客は奮い立ったが、中でも一番ムキになっていたのがコスプレデイの時に目についた赤い服のふくよかな女性だ。エキサイトするその人に、おらおら側の紫服の女性が張り合うように金を出した。同じ年頃なのでライバルにしてるのかもしれない。


 そんな中俺にも初の知り合い以外の指名客がついた。カマだ。


「いやんカワイイ。新人さん? この子にするわ」


 けっこうタッパのあるガタイのいいカマで、凄まじい厚化粧だった。安っぽい素材のずるずるとしたドレスで、ヅラかもしれんが波打つ茶髪、仕事帰りなのかうっすらと伸びたヒゲ。無理に作ったカン高い女声。妖怪かと思った。


「二人っきりで飲みましょーねえ。ヘルプはいらないわよ」

 思わず目を見張ったが、どうにか耐えた。


————この人だって、せっせと働いた金持って遊びに来てるわけだし


「ようこそ、マダム。知り合い以外の初の指名客なんで緊張してしまってすみません」

「まあ嬉しい! あたしアナタの初めてってわけね!」


 正直怖い。だけどそうも言ってられない。なんせ仕事だ。この人をなんとか楽しませなきゃいけないし、商売もしなきゃいけない。


「光栄です。最初の一杯は俺におごらせてください」

「あら、そんなわけにはいかないわよ」

「まさか一度しか来ないなんて言わないでしょ。これからの二人のために」


 そう言ってじっと見つめるとカマは店中に聞こえるほどの大声で叫んだ。


「きゃあっ! この子いい子よーー、あたしファンになっちゃったわーーーっ!」


 注目されてちょっと恥ずかしかった。それに本気で男子力を発揮する相手がカマってのもわびしい。だがこの茶髪のアンって通り名のカマはけっこう親切で、上手な酒の作り方や女としてはどのように扱われると嬉しいかを丁寧に教えてくれた。


「それじゃまた来るわ。それまでいい子にしてるのよハニーー!」


 頬に三カ所ぐらいキスマークをつけてから帰っていった。

 内心げんなりしたがそれで運がついたのか、その後たまたま接客したアラフィフくらいの相手がちゃんと指名してくれて有頂天になった。


「割にわかってる子じゃない」


 どうもカマも女性も同じ扱いでよかったらしく習った通りにしたらほめられた。


「ちょうど尊敬できる先輩たちを接待しようと思ってたのよ。明日連れてくるわ」

「どんな方ですか」

「ないしょ。二人ね。でも怒らせると怖い方たちだから気をつけてね」

「......楽しみです」


 よくわからんが稼ぎが増えそうだ。



 彼女を送り出してほくほくしているとおらおら一派の紫が、鼻で笑って俺を見た。

「おしぼり配りが、一人前みたいに」

 単なる事実だから別に傷つかない。だけどどういう表情をすればいいのかわからなくて、目をそらしてその場を逃げた。



「まあもう、バカなんだからあ」

 翌日また来たカマにその時のことを相談してみると彼...彼女?は身をよじらせて地団駄を踏んだ。


「それ一番ダメな対応。オンナにバカにされちゃうわ」

「でもどうすればよかったのか」

「んもう。アナタっていい年して子どもっぽいんだから」


 カマは真剣に俺を見た。


「アナタねー、超絶美形じゃないけど、顔もスタイルも悪くないわよ。だからさー、もっと自信持ちなさいよ。オンナってさー、ハッタリこみで価値をはかるの。押してかなきゃ」

 といっても具体的にどうすればいいのやら。

「相手の目をじっと見つめるの。気づまりになるぐらい長く。相手の表情が少しでも変わったらそこで微笑めばいいのよ」


 そんなものか。感謝して一杯おごろうとしたらそれも叱られた。


「そんな気軽におごってくれる一杯なんてなんの価値もないわ。それにオトコ遊びに来てるのよ。金払うのは、アンタがあたしに買われてるってハッキリさせる意味もあるの」

「ありがとう......ございます」

「礼はいいからいい男になってよ。それが一番嬉しいわ」

 カマはびっくりするぐらいさわやかに微笑んだ。



 アンディ側の人数は今や五人になっていた。しかも尻蹴り先輩はほとんど稼いでいない。それでも休む気配を見せないのは偉かった。


「ダーリン! また来たわ。ドン・ペリ三本入れてねー!」

「嬉しいけどレディ、今大変な時期じゃ」

「ううん。アナタに会うためにがんばったのよー!」


 赤服女性はなんだかビジネス関係らしい。得意そうな顔にイラっときたらしい紫服が「ドン・ペリ......二本」とくやしそうに言うと、おらおらが女の顎をとらえた。


「それだけか?」

「.........」

「おれへの愛はそれだけか」


 紫服は唇をいったん閉じ、それから開いて「ドン・ペリ......五本」と告げた。途端に華やかなドン・ペリコールがおこった。


 もちろん本物のドン・ペリニョンじゃない。普通都市のある地域にきわめてオリジナルに近い品があって、それが今では本物とされる。だけど地獄都市のもそこのお墨付きのコピー品だ。かなりがんばってはいるけれど、本物の持つ静かさがなく雑味がある。


「あ、俺ミモザ(シャンパンをオレンジジュースで割ったカクテル)にしてもらっていいっスか」

「なに贅沢言ってる! どんだけ高級な酒かわかってんのか!」


 尻蹴り先輩に叱られた。仕方がないのでそのまま飲んでいると昨夜の客が来たので迎えにいった。


「約束どうりセンパイたちを連れて来たわよ」

 昨日の婦人の隣の人たちを見て俺は目を丸くした。

「兄ちゃんけ」

「......その節はライスクッキーありがとうございました」


 教会跡で会ったおばあさんたちだった。

 考えてみればこの地で人にアメ以外の物くれるって、けっこう恵まれてるってことだ。

 一度会ってるせいか彼女たちはくつろいでくれた。職業は引退したスナイパー(ただしハンドガン)だった。



「おめでとう、シロウ。今日の売り上げは君が三番目だ」

 残りの四人のメンバーがパチパチと手をたたいてくれた。他のメンバーは来る気がないようだし、先越していた分はマイナスだ。

「あと一日で挽回するのは正直苦しい。でも、絶対にやる!」

 アンディは澄んだ瞳でそう告げた。俺たちは「おー!」とこぶしをあげた。


 帰ろうとしたら尻蹴り先輩が「よくやったな」と声をかけて来た。礼を言って相手にもエールを送った。


「先輩も今日多かったスね」

 あまり売り上げに貢献していないこの人が昨日と今日はそこそこ客が入っている。


「そらーがんばったし。必死でメイシ配ったしな」

 俺は首を傾げた。

「企業でも訪問したんですか?」

 彼は目を見開いて俺を見た。


「なにを言ってる!」

「へ?」

「おまえまさか、一切営業してねえのか!」

 なんのことかよくわからなくて見返すと、先輩は青くなったり赤くなったりした。


「......でも三番目だったしなあ」

「あの、説明してもらえませんか」

 彼はちょっとため息をついて説明してくれた。ホストというものは努力してメイシを配るものだったらしい。俺のも決まった位置に用意されていた。

 おかげで遅くなったので、既に店内は灯りが落とされていた。ただ玄関だけついていてそこに人影が二つあった。おらおらと紫だった。


「だけどフランクせめて......」

 おらおらは指一本で紫の顎を捕らえその目を見つめた。


「見返りがほしいのか」

「そうじゃなくて...」

「おまえはそんな女じゃない」


 おらおらが顔を近づけていく。俺たちはなんかあたったような気分で、音を立てずにその場を離れた。

 

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