6.バイトをするのは楽しそう
№3は不気味なほど親切だった。玉とシェリルについても手配してくれたし、俺が一月前に出奔したことについては特に触れなかった。
「例の赤毛緑目については今んとこ情報はないわ」
以前聞いたアンジーのこともちゃんと覚えていた。そのとき東区でそれらしい女を見かけたって情報を握りつぶしたことについてはこっちも何も言わなかった。
俺はうなずいてビルを連れて焼けた教会を見に行った。
「……コゲコゲじゃん」
街外れの教会はもともと広場の中に位置していたため、類焼はなかった。
南区唯一の教会なせいか、手を合わせる人はけっこう多い。昨日までは組織の調査のため立ち入りが禁じられていたためかもしれない。
一箇所花だの合成ヤクルトだのがたくさん捧げられている箇所がある。モナカスィーツを備えているおばあさんたちがいたので尋ねると、ポワニー卿の私室の辺りらしい。
「新しい人がミサやってくれるって言ってんけど、あん人じゃねえと神さんにお祈りも届かんような気がしてなあ」
おばあさんは巾着袋から今度はビーンズペイストの固いジェリー、一口よーかんというスィーツを取り出して焼け残ったタイル張りのバスルームに供えた。
「崇貴卿は風呂好きだったんですか?」
彼女たちはからからと笑った。
「いんや、フロそうじが趣味だったみたいだわ。お湯は入れんでよくこもっとった」
「そんなのわかるんですか」
「兄ちゃんはよそから来たんけ。ここらのフロは下に火をつけて沸かすんよ。煙突があるから煙がある時はわかると」
「この辺はさすがに治安がいいから、うちらよく散歩してたんよ。煙なくてもポワニーはんが中入ってたんは知っとっと」
もう一人のおばあさんもそう言ってソイソース味の合成ライスクッキーをくれた。
二人が場を離れた後ビルとそれを食べていると白いセダンがかっ飛んできた。
「乗ってください、シロウさま!」
リムジンの運転手のタグチさんが叫んだので急いで車に向かったが、あと少しってとこで間にそれが割り込んできた。
ばっ、とドアが開いてそこそこ強そうな男が四人下りてきた。
「№3の弟だな」
答えず無言で見返したのに囲まれて銃を突きつけられた。
「……なんだってんだ」
ビルが近寄りかけたが男のうち一人が「ボスが呼んでる」とひとこと言うと、有無を言わさず俺だけをセダンに突っ込んだ。
「おい、俺も行く」
ビルが叫んだが「デブはいらん」と冷たく返し、そのまま車を発進させた。
「よく来てくれたな。合成でない酒もある。くつろいでくれ」
組織のてっぺんのはずの南区のボスは気さくな感じの中年だった。背は低いが恰幅はよく、つぶらな瞳であまり凄みは感じない。
つれてこられた館はちょっとした城で強固な感じだ。窓は小さく、家具はレトロだけど照明は明るい。テーブルの上を食べ物や飲み物で満たすと彼は人払いをした。勧められたが冷たい乳酸飲料だけをもらう。
ボスの名はエドワード・タンドリン。エド・タンと呼ぶように言われた。なんか知らんが破格の待遇らしい。
「常々会ってみたかったが、失踪したと聞いて残念だったよ。戻ってきてくれて嬉しい」
「なぜですか」
「№3の過去は謎に包まれているからね。身内の話は聞いてみたい」
「…………血はつながっていません」
「かまわんよ。かかわることは全て知りたい」
「むしろこっちが聞きたいです」
彼はちょっと不思議そうな顔をした。
「知らないのかね」
「全く。政権交代の時の働きで№3になったってことだけです」
「ほう。それはなかなか興味深い」
エド・タンはもともとちょっとしたエリアを任されていた幹部で、それも実力というよりも猛々しい幹部たちのいわば緩衝帯的役割として存在していたらしい。
「わしが今こうしているのは彼のおかげなわけだな」
「どのように知り合ったのですか」
「落ちてたから拾っただけだ」
敷地内にホームレスが倒れていた場合とりあえず飯を食わせて、向いている職に放り込むか隣の人外区に捨てに行くかしていたそうだ。
「食べさせて顔見たらえらくイケメンなんでホストでもさせようかと思ったのだが」
「あの、こちらの区って女性に厳しいですよね。ホストクラブなんてあるんですか」
思わず尋ねてしまった。彼はニコニコと機嫌よく、話の腰が折られたことをとがめなかった。
「どんな場所にも女傑はいるもんだ。それにセッタイで幹部の奥さんや民間の機嫌をとったり、双十字教関係だったりそれなりにな。南区のホストクラブは中央点より充実してると、普通都市からのお客も少しあるしな」
西区でもJにホストかと尋ねられたことがあるから割りにあるんだろう。
「だが彼はそのつもりはないらしくてね、こちらも強要する気にはなれずにしばらく置いておくことにした」
居候だ。彼は一月半ほどそこを根城に遊び歩いていたらしい。
「それからやって来て『あんたボスになる気ある?』と尋ねるから、そりゃ男の夢だと答えたよ」
どう掌握していたのか、すでに要所は押さえてあった。最後に派手な銃撃戦になったが、そこに到るまではまるで魔法でも見るようにコトが進んで、エド・タンは南区のボスになった。
「その能力からいって、もちろん彼がそうなるべきだと思った。しかし断られて『№3ってことにしといて』と自分で位置を決めた。はっきり言ってわしは現在の№2より無能だ。だがし他の者は彼がついている限り逆らうことはないだろう」
№2は野心に満ち溢れているが、他の幹部とどんぐりの背比べだ。№3がいなくなったらまた血で血を洗う騒乱が起きる可能性が高いらしい。
「ということでわしとしては大いにセッタイしたいわけだが、彼は自分で好きにやるほうがいいらしくてなかなか受けてくれんのだよ。弟君、望みを言いたまえ。できることなら何でも叶えてあげよう。とりあえずこの区で最もキレイなお姉ちゃんたちのハーレムはどうかね」
ほんのちょっと心が動いたがそのつもりはない。
「いえ。でもほしい情報があります」
№3より先に情報が集まるかは心もとないが曲がりなりにもボスだ。まずアンジーのことを尋ねそれから玉とシェリルのことを聞いた。彼はどちらも知らなかったが情報を入手した際の提供を約束してくれた。
「その時は№3より先に教えてください。それについて彼が感情を害したら、責任は全て自分で取ります」
「その暇があるかどうかは疑問だな」
エド・タンは肩をすくめたが了承してくれた。
「しかしアンジーと玉の容姿はだいたいわかったが、シェリルは黒髪で十六歳で時に少年を装うとしかわからないのかね」
「直接会ってないので俺も知らないんです」
天使のようだってのは恋に曇った男目線だからなあ。
「こちらでわからないようだったら双十字教の方かな」
「カーライト卿は知りませんでした」
「同性の方に行きやすいだろう。最近ホストクラブに女性の宗教家が出入りしていると聞いたことがある」
ちょっとドキッとした。
「なぜそちら関係だとわかったんですか」
「ちょっとしたトラブルがあって三人ほど死んだ時、祈ってくれたそうだ。お忍びらしいがまた来るかもしれない」
「一人で来てたんですか」
「いや。フードをかぶった巡礼者を何人か連れていたそうだ」
「バイトさせてください!」
勢い込んで詰め寄った。
「下っ端でいいです。特別扱いもいりません。時給も普通でかまいません。そこで働かせてください」
「しかし」
押し問答をしていると大理石の床を踏む足音が響いた後ノックがあり、ドアが開いて№3が現れた。気分によって染める髪は今日は赤い。
「勝手に弟連れて行かないでくれるぅ」
少し不満そうにボスを見るが、エド・タンはニコニコとそれを迎えた。
「すまんな。一度話とセッタイをしておきたかったので」
「あんただからとりあえずは許すけどさー、別のやつだったら撃ってるよもう」
「ごめん。なにか飲まないか」
「あー、バーボンだったら何でもいい」
エド・タンは自ら酒をタンブラーに注いだ。俺は№3に向かって微笑みかけた。
「バイトしたいんだけど、お兄ちゃん」
ぶっ、とウィスキーを自分のボスの顔に吹き付けた彼は目を丸くして俺を見た。こいつを驚かせたことは初めてのような気がする。
「もちろんいいよね」
「こづかいは充分やるって言ってるだろ」
「社会勉強だって。俺だっていい年をした男なわけだし」
この薄ら寒い関係性を逆手にとってやる。
「職種は? 危険なことは許しませんよ、にーちゃんは」
「ホストだよ。そうそう危なくはないって」
「そんなはしたないこと、おまえはしなくていい」
「女性ってものを裏からも眺めるいい機会だと思うんだ。よく理解したら好みのタイプの見極めもできるかもしれないし。そうすればお兄ちゃんの勧める女の子ともおつきあいしやすいかもしれない」
うーむ、と彼は考え込んだ。もう一押しだ。
「お願い、お兄ちゃん」
彼はため息をついてしぶしぶ許可を出した。俺はすかさずエド・タンに「じゃ、お願いします」と頭を下げた。南区のボスは顔をぬぐいながらも瞳を面白そうに輝かせて了承してくれた。
明日の四時、全くの一般民バイトとして南区一のホストクラブに行くことに決まった。