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5.海辺の景色は見たくない

 №3の豪華な邸からはピアノの音は聞こえなかった。あたりまえだ。その人はもう三ヶ月ほど前に死んでいる。

 気まぐれな邸の主が消えたので、ビルを指定されたゲストルームの一つに案内したあと彼女の部屋の扉を押してみた。それは簡単に開き、室内は生前と代わりがなかった。ピアノもあった。俺は視線を一巡りさせ再び扉を閉めた。


 マリーはあまり美しい人ではなかった。そのせいなのかもともとか、控えめでとても優しい女性だった。

 三年ほど前に抗争が終わり戦利品の分配の時、一番の功労者である№3は好きなものを選べた。が、彼は彼女を選んだそうだ。

 前ボスの娘のとびっきりの美少女が逃げていたから、あまりその気になれなかったのだろうとみんなは思っていた。それにしたって、いくらでも美女がいるのにと不思議がられたそうだ。

 マリーの父である前の幹部は№3自身に殺されている。しかしそれは彼の選択には何の影響も与えていないと思う。

 彼女の父の邸であるこの家も同時に手に入れた。使用人も生きている限りはそのままだ。マリーはあまり変わらぬ環境のまま№3の内縁の妻になった。


 生きて寝返った者の娘以外はめったにそんな厚遇される者はない。ラッキーな娘だと人々は噂した。そして№3に夢中な美女軍団がさっそく嫌がらせをして、あっという間に次世代に変わった。


 俺がここに来た頃にはもう全てが安定していて、彼女は優しく面倒を見てくれた。№3は気の向くままに女を作ったが、マリーへの待遇は別格だった。ごく自然な動きで部屋を出る彼女のために扉を開けてやったり椅子を引いてやるのを何度も見かけた。もちろん他の女たちにそんなことはしない。

 彼女も手作りのお菓子やピアノの音で、ここが地獄だって忘れさせてくれた。


 ものすごく用心しながら自室のドアを開け、床や天井、ベッドの下を確認してからやっと戸を閉める。俺の部屋も前と変わらない。きちんと掃除され整えられている。ベッドに転がってため息をついた。


 マリーの死は突然だった。№3は彼女の額に銃をあてた。

「面白かったぜ、ブサイクが優しくされてその気になって女房気取りなザマはよ」

 彼女は驚きもしなかった。悲しそうな瞳で彼を見た。そこに怒りも憎しみもなく、ただ悲哀と優しさだけを映した瞳だった。

 №3は黙って指先に力を込めた。


 次に見たのは彼の手元で働いていた男の死だった。

 明るい性格の若者で、俺ともけっこうバカ話で盛り上がった。


「実は最初シロウさんのこと妬んだんスよ」

 ある日打ち明けられてびっくりした。

「いやあ、シロウさんが来るまであの№3の身近でお世話できるのは自分だけだとうぬぼれていたんです。マリー様も優しいし、なんか弟にでもなった気分でいたけれど、そりゃ本物の弟の方がいいですよねー」

 はははっと笑った彼は、マリーが死んで半月もたたないうちに骸を晒した。


「ああ、そいつもういらねーし」

 にっこりと笑って彼は言った。

「弟は一人で充分。なんかいちいちうるさいし、あの女死んでから泣いてばっかだしやっぱダメだわ」


 俺は彼が人だと思わないことにした。ようやく前の悪夢が薄れ始めてきていたのに、今度は悲しそうなマリーの姿や血まみれの青年の夢を見る夜もあった。

 そのうちちょっとした情報を掴んだので隙を見て東に移った。



「おい、シェリルの情報他になんか聞いたか?」

 ノックもせずにドアを開けてビルが顔を突っ込んできた。しぶしぶ上体を起こしてそちらを向く。

「あれから会ってない」

「そうか。直接行って聞いてみるわ」

 慌てて彼を止めた。

「よせ。本当のことなど話すわけがない」


 俺だって今はアンジーのことを聞く気はない。だが、情報はあいつのもとに届くはずだ。いたぶるためにちらつかせるだろうから、その時に動くつもりだ。


――――彼女はあいつなどに捕まらない


 女はみな彼になびくが、アンジーは耐性があるはずだ。


「教会のことも嘘なのか?」

「そんなことは本当だろ。それより部屋は普通だったか」

 たずねるとけげんな顔でこっちを見返した。

「フツーだぞ。……以前なんかあったのか」

 こいつは時たまわりに勘がいい。ちょっと考えたが正直に聞いた。


「女だらけだったりしなかったか」

「いや。なんだサービスがあるのか。おまえとは違う、相手してやらんこともない」

「だからあいつをなめるな。最中にシェリルをつれて来かねん」

 ビルがひっ、と顔を強張らせた。


「そ、そ、それはいかん」

「だろ。やることが最凶にえげつない。用心しろ」

「そんな目にあったのか」

 心底恐ろしそうな顔で尋ねられる。


「いや。ある日外出して帰ったらひどい目にあった。部屋の前の廊下と部屋の灯がつかないんだ」

「おう」

「妙だなと思ったが、ベッドサイドにスタンドがあったからそれをつけようと部屋に入った。足を踏み入れたら床がぐにょっとやわらかいんだ」

「ほう」

「変だと思いつつスタンドのところに行ってつけると、とたんに部屋中の明かりがいっせいにつき、ソファーに座ってたあいつがにっこり笑って『おまえの誕生日今日に決めたからプレゼントな』と」

「いいヤツじゃん。サプライズだな」

 のんきなビルをにらみつける。


「そんな生やさしいもんじゃない。いいか、床一面にびっしりと生きた裸の女が敷きつめられていたんだ!」

「そりゃあ、凄いな」

 思い出すと恐怖で震えそうになる。もうすでにトラウマだ。


「すげー恐かった」

「どっちかというとうらやましいが美人じゃなかったのか」

「少々レアなのもいたがほとんどが美女だ。胸も大きかった。だけど床一面だぞ! 実際に見ると単なるホラーだ」


 ぎゃっと叫んで階下に逃げ、一晩トイレに引きこもった。次の日マリーに訴えて回収してもらった。

 ビルは一応励まそうとしてくれたらしい。


「そうか。えっと……あ、男が敷きつめられてるよりかはマシじゃん」

「気色は悪いがホラーっぽくはないだろ」

 うんざりして退室するだけだ。が、こいつは軽い口調で続けた。


「№3がさっきみたいな勘違いをしてたら、そっち系の男を集めるだろ。とするとあちこちにマストが立っていて海草がそよいでんじゃね」

 あまりのことにしばらく口がきけなかった。


「おまえ……宇宙一最低な想像力だな」

「それと比べれば幸せな状況だったと自分に言い聞かせろ」

 トラウマどころではなくなったのは肯定的に考えるべきなのかもしれない。



 いつの間にか出かけていた邸の主に会ったのは翌日の朝だった。緋色のマントを着た四十がらみの男を連れていた。知性的な顔立ちで眼鏡をかけている。


「生き残ったほうの崇貴卿でカーライトちゃん。話聞きたいんだろ、連れてきてやったよ」

 礼儀のかけらもない言い方に焦って謝ると、「かまいませんよ」と答えられた。


 朝食の席で彼は教会の話をしてくれた。

「ポワニー卿は温和な方でした。私は単に視察に……」

 №3はちょっと口元を歪めた。

「建前はいいからホントのこと話してくれるー。俺気が短いほうだし」

 たぶんこいつは崇貴卿でもちゅうちょなく殺る。そのため南区の組織がどんなに面倒なことになっても気にしない。

「でもオフレコにはしといてやるわ」

 そう言って明るい笑顔になった。

 カーライト卿は見た目どおりの切れ者らしく、苦笑いもせずに語り始めた。


「彼は前ボスの娘のカレン・アンダーソンを何年もかくまっていたのです。敬虔な信徒で気づいた者が教皇庁に連絡してくれたのです」

 双十字教は基本組織の抗争には関わらない。心情的にどちらかについていたとしても手を貸さず勝利者と組む。


「言い争ってたてえのは?」

「私は抗争には一切加担してはいけないと苦言を呈しました。が、ポワニー卿は救いを求める者を救うことが双十字教の本来の役割であると意を曲げず、言い合いになりました。しかし彼に来客があったので教会を出て民間のホテルに移りました。去って一時間ぐらいあとに教会は火事となり何人もの人が亡くなりました」


「……来客には会ったか?」

 ビルが真剣な顔で問い詰める。

「いえ。別室に通されていたので会っていません」

 たぶんシェリルと玉だろう。

「誰か、他に会ったヤツ知らないか。教会のスタッフとか」

「いえ、教会に勤めていた者はみな死にました」

「木造だったせいもあるけど、それにしても火の回りが早いよなー」

 №3は面白そうに口を挟んだ。俺も尋ねてみる。


「抗争のあとだいぶ執拗に捜したって聞きましたけど教会は捜索しなかったのですか」

「いえ、もちろん探しましたがその時は見つからなかったのです」

 北区の地下通路みたいなものがあったのだろうか。


「通報者はなぜ気づいたのですか」

「抗争以前はあまりいなかった巡礼者が増えたことを不思議に思ったようですね」

 ちょっと胸が騒ぐ。でも顔には出さない。

「その程度で? カーライトちゃん全部話せよー。他には黙っとくからさー」

 №3はまったく興味本位で先を促す。崇貴卿は少し考えたが教えてくれた。


「通報者はスタッフの一人でした。崇貴卿特権の一つとして普通地区からの一定額までの通販ができることをご存知ですか」

 ビルが言ってた教皇の買い物枠みたいなものか。№3がうなずく。

「うん。双十字教の車でいったん教皇庁に運び込まれてそこで直接渡されたり、車で運ばれたりするんだってね。下っぱも双十字の車だけは狙わないように言われてっから」

 ごく稀にヒャッハーに襲われることはあるそうだ。


「そうです。通報者はポワニー卿に届けられたものを調べ、彼が使用していない上質なシャンプーなどを購入していることがわかりました」

 ぴんときた。そいつは単なる通報者じゃなくてスパイだな。双十字教側から派遣されたんだとおもう。

「その人と直接話せませんか」

 カーライト教は首を横に振った。

「残念ながらこの人も火事で亡くなりました」

 嘘じゃないような気がした。



 朝食のあとに彼は邸を辞した。崇貴卿も神父も亡くなったので代行するそうだ。

「状況によっちゃこのまま居つくかな」

 №3が楽しそうにつぶやき片頬を歪めた。キナ臭い空気が楽しいらしい。

「ま、知ったこっちゃないな。ああ、死人はやっぱ焼ける前に撃たれてたってさ」

 そう言ってコーヒーを飲み干すと席を離れた。



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