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4.言葉にハートはつけたくない

 人を拘束するにも趣味は出るらしい。先ほどはワイヤーロープだったが、今度は強化ポリマーの手錠だ。それをはめられて車の修理工場らしい場所に連れ込まれた。


「コストだろ」

 横で同じ目にあってるビルが言う。

「ロープの方が汎用性あるし」

「じゃあここもそっち使えばいいのに」

「組織が大きけりゃ人も増えるし不器用なやつもいる。専用の道具の方が効率性が増すし結果的にコストダウンできる」

「なるほど」

 さすが組織の坊ちゃんだなあと感心していると思いっきり頬を殴られた。

「余裕見せてんじゃねエ!」


 以前の肩ケガ男だ。もう片方の手も痛めるつもりなんだろうか。

 十数人ほどいる男たちの一部は最初に出会ったこいつらだ。


「まだいじるな。カレンのことも聞きたいからな」

 ちょっと太目の中年男が偉そうに肩ケガを制した。その横のパツキンはすみませんと頭を下げた。

「ちゃんとしつけておけ。誰のおかげでここにいられるか忘れるなよ」

 肩ケガに対してよりイヤミったらしく、なんだかなぶるような声を出す。あの時はいなかったがこいつの方が立場が上らしい。

「あの女も素直に下に来れば可愛がってやるのに」

 薄金髪がわずかにこめかみを震わせたが何も言わなかった。中年は今度は俺たちに向かった。


「おまえたちは何者だ」

「私たちは教皇さまの……」

「ではなぜカレンについていった。裏に何かあるだろう」

「とっさに助けられたと思って行っただけですが……」

 慎重に考える。ビルの件をばらさずどう言い抜けるか。


「俺が何かをつなぐことができるって言ってました」

 よくわからないからあえて使う。あの娘の様子から見て、全て知ってるわけじゃないはずだ。

「何をだ」

「わかりません」

「そうか。おい、殴れ」


 口の中に滲んだ血はしょうがないから飲み込んだが口の端が切れた分は顎を伝って滴っている。いやまだこれは前菜だ。これからもっとえぐいことを始めるに決まっている。

 安易に休もうとした俺が悪かった。手配がちゃんと通っていたらしい。


「……撃っていいデスか」

 顔と腹を殴りつけた肩ケガが、中年に尋ねた。ひどい気分だがそれでもこいつは片腕しか使えないので致命的なことにはなっていない。

 中年男はふんぞり返ったまま横柄に答えた。


「間抜けなおまえが銃など使うな。ナイフで充分だろう」

 ゴミみたいな男の顔に浮かんだ嗜虐の色にぞっとした。

「壊していいデスね」

「口がきけなくなると困る。ほどほどにな」

「双十字今日を敵に……うぐっ」

 また腹を殴られた。それからおもむろにナイフを取り出すと俺の前で見せつけた。


「……鼻削いでやるぜ」

「目立つ場所はよせ。教会側とコトをかまえたくない」

 中年に止められてこいつはちょっと考え、すぐにイヤな感じにすごんだ。

「……玉削いでやるぜ」


 縮み上がった。おい待て、流れでちょっと撃っただけでそこまで恨まれる筋合いはない。思わずじたばた暴れたら何人かに取り押さえられた。

「離せっ、変態!」

 つい自分の気持ちに正直になってののしったら火に油を注ぐことになった。すげー顔でナイフを片手に近寄ってくる。うわっ、よせ! 今はやめてるがこれはこの先まだ使用目的がある!


「…………ちょっと待ってくんない?」


 ひどく気の抜けた声が工場に響いた。男たちがぎょっとしてふり向いた。ガレージ側とは別の入り口に男が一人立っている。周りの集団のせいで一部しか見えないが細身で背が高い。

「誰だ、おまえは」

「あれ、俺のこと知らないの。ふーん、新入りかあ」


 ゆるい感じの話し方で表情にもしぐさにも威嚇も警戒心も欠片もないが、全員がこいつに逆らってはならないと感じたようだ。


「その不審者の片方、顔見せて」

 俺の周りの人垣が割れた。とびきり形のいい黒い瞳がこちらを見る。一月前と変わらずぞっとするほど整った顔だ。

――――ヤツだ

 予想はしてた。だから南区には来たくなかったんだ。


「ふうん」

 無意識に後ろに下がろうとするが、囲まれているので上手くいかない。彼は散々眺めた後にっ、と頬を緩めた。

「こいつ、もらってくわ」


 中年男はぽかんと口を空けていた。だがさすがにわれに返って大声を出した。

「冗談じゃない、獲物を横取りする気か。そいつは教会側か西区の手先だぞっ!」

 ヤツは面白そうに俺を見た。

「そうなの? おまえも妙なことするね」

「…………手先ってわけじゃない」

「どっちでもいいや。じゃ、もらうから」

「バカなことを!」

 中年がいきり立った。するとこいつはすぅ、と顔の表情を消した。

「…………バカ?」


 その時の中年の動きは早かった。あっという間にひざをつき、頭を床にこすりつけた。

「お許しください! ただの阿呆の失言です! 知能のかけらもない猿のたわ言だと思って許してくださいっ」

 この時点ではこいつが何者か知らなかったのに、中年の勘はずば抜けていた。さすが中年になるまで生き残るだけはある。部下の困惑より保身を取った。

 だけど、人間の尊厳をどうしちゃったんだろ。


「猿? サルはもっと可愛いよな~」

「は、わたしはドブネズミです。いえ虫けらです。あなたさまの足元に這いつくばるのさえ不遜で卑小な存在です。ですが、どうか命だけは」

「うん、いいよ」

 冷たく整った顔であっさりそう言って微笑むと、あたりは花が咲くように明るくなる。年齢性別に関わらず人の心を惹きつける。


「今、キゲンいいもん。片耳だけで許してやるよ」

 腕の動きさえ見えなかった。角度的にも不可能っぽいのに一瞬で中年は片耳を失ったが、床から顔を上げなかった。


「……格別のご配慮を」

「俺優しいし。でもこいつ殴ったヤツはダメ。どれ?」

 中年はためらうこともなく肩ケガを指した。驚く間もなくそいつの額に穴が開いた。


「うちの弟殴っちゃダメだよ~」

「お、弟さま?」

「そ。さ、帰ろうシロウ」

 俺は動かず、ちらとビルを見た。あんぐりと口を開けたままだ。


「なに、シロウ? なんかお願いがあるの?」

「…………横の男も救ってくれ」

 こいつはわざとらしく片手を耳にあてた。

「聞こえないなあ。もっと大っきく」

 ヤケになって大声でくり返すと、更に要求が増える。


「お願いしますお兄ちゃんは?」

「お願いします、お兄ちゃん」

 棒読みで言うと首を傾ける。

「語尾にハートがついてない。やり直し」

 中年よりもっと深く人の尊厳を失った。



 修理工場を出ると豪勢なリムジンが止まっている。中にはゴージャスな美女が三人乗っていてこちらを見ると体をくねらせた。胸の半分が露出したドレスを着ている。

 ドアの前で運転手のほか黒服も三人、軍人みたいな様子で立っていた。

「お帰りになりますか」

 運転手が彼に尋ねる。

「んー、そうする」

「わかりました。……お帰りなさいませ、シロウさま」

「……またお世話になります」

 ちょっと小声で頭を下げた。


「ちょっと弟と話あっから下りてかってに帰ってねー」

 やつは治安の悪いこの場に平気で女たちを下ろすとガードもつけずにそのまま発進させた。彼女たちは不平を言わないし俺も止めない。言えば「ああ、不安にさせて悪かったね」と優しく笑って撃ち殺すだけだ。


「弟が世話になったね」

 車の中でヤツはビルに向かった。

「いやあ、それほどでもなかったし」

 こいつ…………

 くっと唇をかんでるとヤツの方もとんでもないことを言い出した。

「で、君は弟の恋人?」

 ビルがげんなりとした顔で否定する。俺もこぶしを握ってそちらの趣味はないと力説した。


「だっておまえ、兄ちゃんが連れてきてやった女、全部断ったじゃん」

「当分そんなつもりはないだけだ!」

「そっかー。違うんならその方がいいや。やっぱ女とやってる時どの程度首締めんのが一番いいか、とか兄弟らしいフツーの話したいじゃん」

 フツーじゃないし。


「あんたは何やってる人?」

 恐れを知らないビルがストレートに尋ねた。ヤツはにこにこと機嫌よく答えた。

「なにもやってない」

 ビルがリムジンの豪華な設備にちらっと目を走らせた。


「立場だけはあるんだ。南区の№3。名は捨てたからそう呼んで」

「幹部じゃん。フツー忙しいだろ」

 首を横に振る。

「いんや。俺は特別なの」

「情報は入るか? シェリルって女の子の居場所知りたいんだけど」

 まずい、と思ったが彼は気軽に答えている。


「教会側か西区の子なの?」

「ああ。東区出身だけど教会の保護を受けている」

「ふうん」

 それを聞くとちょっと真面目そうな顔をして見せた。


「うちの区ねー、教会一つしかないんだけど、それ一昨日焼けちゃったんだわ」

 ビルがぎょっとして身を乗り出す。目が見開かれている。

「死人は?」

「んー、少しね。崇貴卿まで死んじゃってね、てんやわんやよ。こんな時おイタしちゃダメでしょ」


 青ざめたビルが声を震わす。

「シ、シェリルは……」

「遺体確かめたやつ呼んでやるから聞いてみて。シロウもなんかいる?」

 玉が死ぬとは思えないが。

「四、五歳くらいの女の子がその場にいたか知りたい」

「おまえの子?」

「いや」

「小さい死体があったとは聞いてない」

 ほんのわずかにほっとする。アンジーは? いや、彼女は巻き込まれるようなタマじゃない。


「教会は何なんで燃えたんだ?」

 ビルが青ざめたまま尋ねる。

「さあねー。双十字教のいざこざじゃないかな。うちの崇貴卿のとこにもう一人来てたみたいだし」

 火事は別口の崇貴卿が帰って一時間ほどあとに起こったそうだ。

「わかるまで心配しても仕方ないじゃん。今現場に行ったってまだ殺気立ってるやつらに因縁つけられるだけだし」

 それからバンバン、と肩を叩いた。

「ゲイツ君は心配性だなー」

 ビルはまだ名乗っていない。薄パツキンの近辺にスパイがいるんだろう。

 俺は何も言えなかった。



 №3の邸に医者が呼ばれて治療された。ビルはすぐに確認した相手に会いに行き、いくらかほっとした様子で戻って来た。

「死体は男ばかりだったそうだ。身長も違った」

「よかったな」

「ああ。おまえの兄ちゃんいいやつじゃん」

 俺は真顔で彼を見た。


「…………あいつは兄じゃない」

 ぎょっとしてじろじろとこっちを見る。

「あっちの方が顔いいけど似てるぞ」

「逆だ。いくらか似ているから弟ってことになった」

 心底不思議そうな顔をされる。


「なんで」

「人をなぶるのが好きなんだ。絶対気を許すな。それと」

 告げるのも気の毒だが忠告はする。

「人の女でも気にしない。シェリルが見つかりしだい逃げろ」

 ビルはまた、紙のように青ざめていった。



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