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3.女の秘密はわからない

「マジかよ。じゃあ話せよ。教皇さまに申し訳ねえと思わないのかよ」

 俺が青くなってる間にビルが美少女にジャブをかました。彼女は冷たく彼を見据えた。

「ボブ・サンダースの息子を捕らえても、教皇さまに悪いとは思いません」

 ヤンバルがちょっと目を剥いた。こいつは知らなかったのだと思う。


「西区と南区は共闘できると思います」

「だから助け合うべきってか。けっ、胸クソ悪リィ」

 ビルは唾でも吐きたそうな顔をしたがやらなかった。隣で湯気を立てそうになっている小男に配慮したのかもしれない。これ以上殴られたくはないだろうし。それでも提案の否定を始めた。


「まず、西区の政権は安定している。よその区の手なんか借りねェ。それに俺に人質の価値はない。よそでのトラブルのときは見捨てられることになってる。その上そりゃ、都市法違反だろ」

 地獄都市は野放図に見えて、そんな点ではしっかりと縛られている。

 カレンは薄青い目でビルを見返した。


「……それは誰が決めたのです」

 ビルは縛られたまま肩をすくめた。

「さあ、知らねーな。昔の教皇じゃねーの」

「おかしいとは思いませんか。ある程度の理由さえあれば人を殺すことさえ合法なのに、区間の協力は非合法なんて」

 きれいな顔に感情は見えないが、何か強い意志が感じ取れる。


「私はそれがなぜ決まったのかを知っています。南区のボスとなってよそと手を組み、そこをつぶすつもりです」

「へえ、やる気あんな。どこだよ、そりゃ。双十字教か? 教皇はすげーいい人だぜ」

「ちがいます」

「なんだ、普通都市でも攻める気か? 無理無理。兵力が違わあ」

 彼女の口元にまた薄い笑いがのった。


「いえ。私は天国都市をつぶすつもりです」

 座っていなかったらよろめいたと思う。ビルも目を見張ったまましばらく口を聞けなかった。


「…………やっべえ」

 ようやくポツリとつぶやくと、怯えたような顔で彼女を見た。


「俺は確かにボブ・サンダースの息子だ。だからこそはっきり言う。無理だ」

「なぜですか」

 カレンは冷たい表情に戻って尋ねた。ビルは勢い込む。

「さっきも言ったろ、兵力が違いすぎるって。おい、特別に見せてやるからちょっと待て!」

 ビルは奥歯をかみしめるような表情を見せ、そのあと両腕に力を込めた。とたんに強固なワイヤーロープが弾けた。


「これは天国製の義腕だ。脳のインパルスで動き、制御される。地獄都市では模倣も加工もできない。なのに、恐ろしいことにこれはすでに捨てられた……いや凍結した技術だ」

「なぜ?」

「必要ないからだ! あいつらもっと高度な技術持ってっから。普通都市だって従ってるし逆らえるわきゃないだろ」

「普通都市は切り捨てられるわ」

「天国にか? だからったって逆らえんだろ」

 縦ロールは何か知っているようだった。だけどそれを告げる気はなさそうだ。


「おい、こいつのも解いてやれ。協力しろって態度じゃねーぞ」

「お嬢様に失礼な態度を取るな!」

 ヤンバルが叫び、憎々しげにビルをにらんだ。俺はつい口をはさんだ。


「現役ボスの息子だから、こいつの方がもっと高貴なお坊ちゃまなんじゃね?」

 ヤンバルがちょっと押し黙る。その隙にビルが自慢した。


「だろ? 俺シャンプーはアロマ入りだし石けんは極上のヴァージン・オリーブオイルで作ったやつ使ってんぞ」

「嘘ね!」

 今までクールな感じだったカレンが急に勢い込んだ。

「私は普通都市で一番上等の石鹸とシャンプー使ってるけど、そんなのじゃないわ」

「そりゃ普通都市のだからだろ。俺のは天国用だ。あー、教皇の私的な買い物が双十字関連でできるけど、あの方ほとんど使わねえの。その分こっちのモン買わせてくれる」

「ズルいわ!」

 目がキツくなったがそのほうが可愛い。

「あなたが使ったって意味ないし」

「ねえこともねえだろ。天性の美肌がよりいっそう際立って、ほれ」

 またシャツのボタンをはずして胸元を見せる。


「賭けてもいいが、おまえのよりすげーぜ」

 そういって寄せあげした。否定できる根拠を持たなかったらしく、彼女はくやしそうに口元を引きつらせている。


「ボスの娘ならこのシャツも絹だってわかるだろうが」

「あんたみたいなデブには宝の持ち腐れよ!」

「差別だ! 上に立とうってやつが差別してどーすんだ」

 すでにカレンにもとのクールさは欠片もない。かみつきそうな顔でビルをにらんでいる。彼は楽しそうに彼女を煽ってる。


「差別じゃないっ、区別よ!」

「それが差別じゃねーか。肉体的特長で人を区分けしやがった」

「ハゲと違って自力でどうにかできるでしょ!」

「まあまあ」

 思わず割って入った。俺まですごい勢いでにらまれた。ちょっとドキッとした。

 ビルは平気で彼女に尋ねた。


「そういや、俺はともかくこいつに何の用があるんだよ。こっちより先に連れて行こうとしてたが」

「知らないわよっ。こいつなら繋げるかもしれないって聞いたからよっ!」

 叫んでからふいに無表情になって黙った。ビルが口をへし曲げる。


「誰に言われた」

 カレンはぷいっと横を向いたが、彼はそのまま詰め寄った。

「言え!」

「動くな!」

 小男が自分の銃をビルに向けて構えたが近すぎた。彼はぶん、と足でそれを蹴り上げ、そのせいで男はひっくり返った。握っていた銃は離れた方に向かって飛んだ。ふり向きざま、慌ててベレッタを取り出したカレンの腕に手刀をあてると、彼女も銃を取り落とした。

 ちょうど俺の前に滑ってきたので、尻の下に敷きこむ。

 部屋は今のところ俺たちの他はこの二人だけだ。だけど叫べばすぐに人が来るだろう。同じコトを考えたらしいビルは寸時に彼女の口を押さえ、ヤンバルの方に顎をしゃくった。


「そいつの縄を解け。お嬢さまがエラいことになるぞ」

 目力だけで人を殺せそうな視線を向けながら、そいつはロープを解いてくれた。

「ありがとう!」

 にこやかに礼を言ったがもっと視線が尖っただけだった。それでも笑みを絶やさず続ける。

「銃も返してくれ」

 彼は俺のグロックを自分の服から引っ張り出し、おもむろにこちらに向けにっ、と笑った。

 言わなきゃよかった。それまで忘れていたらしい。


「おう、やるつもりならやれ。お嬢の命を賭ける気ならな」

 ビルがそれを見てニヤニヤと笑う。小男は青ざめているがどうにか口の端を歪めて見せた。

「はったりだ。おまえに女は殺れんだろう」

「ボブ・サンの息子をなめんじゃねえ! おまえなんか見たこともねえ地獄を知ってるぜ」


 凄みを帯びた表情は、さすが地獄都市でも指折りの組織に育ってるだけはある。ヤンバルが気圧されて少し下がった。

 隙を窺っていた俺はビルを見習って蹴り上げようとしたが、バランスを崩して小男にしがみつくように転んだ。

 しばらく争いながらごろごろと床を転がったが、相手が最初に頭を打ったのも幸いしてか、どうにかグロックを奪い返せた。

 ちゃっ、と男に銃を向けるとくやしそうにしたが手をあげた。弾が惜しいから近寄って銃床でぶん殴ったら倒れた。別に死んでもかまわないがポリマー製だからそうはならないと思う。


「叫びゃあよかったのにバカじゃねえの」

 ビルが冷静に感想を述べた。そうされなくてよかった。


 カレンの口を押さえたまま外にでると、運よく廊下に人はいなかった。が、走り抜けようとしている最中に気づかれて十名ほど飛び出してきた。

「女の命が惜しけりゃ離れろ!」

 ビルが叫んでも銃を握った男たちがすさまじい表情で取り囲む。彼は手を女の口から外し首にかけた。


「締めるぞ!」

「下がりなさい!」

 カレンの声がいきり立つ男たちを抑えた。彼女は男たちを鋭くにらんだ。

「この二人が必要だから言ってるのよ! 下がれっ!」

 ムキになると可愛い。彼らもそう思っているのか、言葉に従った。

「ついて来ないでよっ」

 そう叫んでるが連れて行く気はさらさらない。

 玄関まで引っ張っていって、戸口で中に突き放して走った。

「待ってよ!」

 必死な声が聞こえたけれど無視した。



 だいぶ走ったあと見覚えのある通りに出た。

「…………こっちだ」

 小路の一つを示すとビルが素直についてくる。

 寂れた建物の裏口から飛び込んだ。半裸の女が「前払いよ」と言いながら俺たちの顔を見て、なんだか歯がゆそうな顔をした。

 四の五の言われる前にカレンの銃を差し出して、現物交換で二時間ほど部屋を借りた。


「なんだよ、ここ」

「見ての通りの安宿だ。西区にもあるだろ」

 げっ、という顔をされた。

「俺、連れ込まれた男娼かなんかと思われてんだろうか」

 はたして地獄都市にもデブ専はあるのだろうか。

「ないだろう。むしろこっちがそう思われていそうだ」

 そんなコアな趣味は生きるのに必死なこの都市にはないような気がする。ビルは憤然とした。


「俺の方がずっと若いし、男前だし」

「見解の相違だ。見た目はこっちが下だし俺の方がイケてるだろ」

 ビルはじろじろと俺を見た。

「ガキっぽいのは確かだが、金を出してまで買いたいと言えば俺の方だろ」

「失敬な。あの修道院長が粉をかけたのはこっちだ」

「シェリルに悪いと思ったからだろ。それはいいとしてなぜこの場所を知っている」

 ちょっと考えたが正直に答えた。


「…………この街にはしばらくいた」

「なぜだ」

「南区の隣は人外区だ。そこに半年以上いたんだが、いられなくなってこっちに来た」

「理由は?」

 苦い感情と悲しみが胸を打つ。

「人を殺し尽くした」

 ビルはしばらく口を閉じていた。だが少し開きかけた時、ドアが激しくノックされた。


「開けますよ」

 先ほどの女の声がし、身構える間もなく戸が開いた。


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