2.聖句は身を助く
五人ほどの男たちに囲まれた。
その場でボディチェックされ、銃と予備マガジン、弾薬と財布を取り上げられる。マントは見た目が貧相に見えるせいか投げ返された。無害そうに微笑んで、許可を得てかぶる。
「やっちまいましょう」
肩に包帯を巻いた男が憎々しげに言ったが、手をあげさせた男がそれを止めた。
「いや、教会に関わっているかもしれん」
とたんにビルが吼えた。
「教会がどうしたんだ? シェリルは無事か?」
「シェリル? 誰だそれ」
部下らしい男の一人が尋ねた。ビルは声高に主張した。
「天使だっ」
俺たちを囲んだ四、五人は笑いもせずに気持ち悪そうにこっちを見ている。慌てて補足する。
「そう思えるほど可愛い十六ぐらいの少女と、五つぐらいの女の子がそこにいませんでしたか」
「へえ、いたら味見して教えてやるよ」
肩ケガ男がニヤニヤとビルに視線を向ける。いきり立つのを押さえてリーダーらしい男に向きあう。
「教皇じきじきに保護した少女なので、うかつに手を出すと双十字教全体を敵に回すこととなります。お心置きください」
「おまえらはなんだ」
「教皇の私的な従者です。私はシロウ・フジヤマ。こいつはゲイツです」
「お、おう」
ビルも急に背筋を伸ばす。男は不審げにこちらを見ている。
「何か証拠はあるか」
「ございますとも。直接いただいたものです」
マントを開いて教皇のサインを見せる。が、リーダーらしい男はまだ信用しない。
「盗品かもしれないな。名前はそれにあわせたのだろう」
淡い色合いの金髪だが目元が鋭い。うんざりした様子は消え去って、用心深くこっちをじろじろと眺めるのでにこやかに補足した。
「証拠として聖句を唱えることができます。それはもう、ご利益あらたかな仏教系のやつを」
「言ってみろ」
高らかに般若心経を唱えた。何でも覚えておくもんだ。だがそいつは途中で止めた。
「もう一度最初から言え」
適当なでっちあげだったらできない。まあ俺は本当に覚えているから困らんが。ややゆっくりめに唱えると元のとこで止めた。
「よし。同じだ」
記憶力のいいヤツだな。とりあえず危険はないと判断されたわけだが、銃は返してくれない。
「なぜ南区へ来た」
「シェリルと連れの幼女を迎えに来ました。こいつは教皇の身の回りの世話をしており、なおかつ彼女の信奉者です。その立場も忘れてムキになってしまって申し訳ありませんでした」
地獄都市の連中は基本、敬語が得意ではない。立て板に水を流すように、優雅なアクセントで語ると信憑性が増した。
だがリーダーはかなり慎重な男だった。ビルに向き直って質問しなおした。
「おまえは普段何をしている」
「教皇様の生活の手伝いだ」
ちょっとこいつの目が鋭くなった。
「彼はどういった日常を送っている?」
ボロを出さないかヒヤヒヤする。だけど不安が顔に出ないように耐えた。
ビルはちょっと考えて、ゆっくりとしゃべった。
「朝は起きる」
あたりまえだろっ。なに言ってんだこいつはっ。
男は怒りもせずに「何時ごろだ」と聞いた。
「五時前ぐらいかな。身仕舞いして祈って、それからストレッチして広場をジョギング。戻ってすぐに筋トレしてシャワー。そして朝食」
「ほう」
「パンとヨーグルト果物とミソスープが定番。週に一、二回は組織のボスかその家族といっしょに食べる。その後聖書か経典を研究なさって、ミサや視察や訪問がなければ十時ごろから面会人に会う」
他の男たちもキョーミがあるらしく静かに聞いている。
「昼食は崇貴卿といっしょのことが多いな。メニューはいろいろだけど、オヤコドンが一番よくでる。ハルマゲドンはめったに食べない」
それは春巻きがてっぺんにのったチャイニーズドンらしい。
「午後も視察や訪問か面会かミサ。何もなければ勉学かダンスか聖歌の練習。すげーまじめな暮らしよ」
こいつの目から敬意が読み取れる。男もそこで手をあげ話を止めた。信用したかと思ったが、マズいことを聞いてきた。
「ボスの家族は?」
ビルは落ち着いて答えた。
「娘と息子。嫁はいないらしい」
また胸がドキドキしてくる。男はさりげなくビルのことを聞いた。
「息子はどんなヤツだ」
胃が痛い。だけどこいつは意外に冷静に答えた。
「髪が黄色くてとんがってら。俺と見た目は大して変わらねえのに、ちやほやされやがってムカツク」
今回も髪は茶色に変えて大人しく下ろしている。地味だが効果的だ。
男は更に尋ねる。
「おまえのような体格らしいな」
「おう。俺もしかしたらカゲムシャ予定だったんじゃね? 残りもんだが充分に食わせてもらった」
割りにがんばる。男は尋問を続けようとしたが、ふいにすごい勢いで身をかがめた。周りの男たちはぎょっとしたようだが立ち尽くしたままだった。轟音が響いた。物音をなぎ倒しながら店内をトラックがすさまじい勢いで突進してくる。
十人以上の人数が荷台にいる。そいつらは全て手にてに銃をかまえ、射程距離内に入った瞬間いっせいに撃ちこんできた。
目の前の男が二人は倒れ残りははいつくばった。俺たちもだ。トラックの男たちはすぐに撃ちやんだがたぶん銃口はこちらを向いている。俺は頭を抱えて地に伏せているので詳細はわからない。
「そのマントの男、立ちなさい」
気品のある女の声が響いた。躊躇していると、近くに撃ち込まれた。
「こちらに来なさい」
そろそろと立ち上がると、男たちの後ろに中背だが、りんとした十八くらいの美少女がいるのが見えた。縦ロールのブルネットだ。
「待て、そいつ一人ではやらん」
巨大な亀のようになっているビルが首だけ伸ばして叫ぶ。慌てて口ぞえした。
「こいつは連れだ。行くならいっしょだ」
女が了承する。
「財布とグロック返せ」
パツキンに言うと、答えるかわりに女に向かって叫んだ。
「カレンっ!!」
女の前に立った男が撃ち込んだが、そいつはとっさに転がって難を逃れた。美少女は無表情だ。
俺たちは奪われたものを急いで取り返してトラックに乗った。他に選択肢はなかった。
トラックは猛スピードで走り出した。
途中セダンに乗りかえさせられた。女もいっしょだ。説明を求めたが黙っている。なおも言いつのると、ガードらしい男に銃把(グリップ)でぶん殴られた。意識を失った。
気づいたのはどこかの邸の一室だが、大理石のテーブルの脚につながれている。横の脚にはビルがつながれている。探ってみると銃はない。
「…………おまえがおっぱいを認めないせいだ」
自分の声がかすれている。目の周りにあざをつけたビルは「尻だろ」といったが、互いに言い争う気力はなかった。
「なんで殴られた?」
「男の一人が、今の南区のボスがいかに無能で非道なやつか演説するんで鼻で笑っただけだ」
「そうか」
西区のボスの身内のこいつは他地区の歴代のボスについて多少知っているのかもしれない。
「誰だ、あの美少女」
「前の南区のボスの娘だとさ」
「エラいの、それ?」
いきなり何か獣のようなものが飛び込んできて俺の腹にケリを入れた。思わず身を折って苦しむと、そいつが吐き捨てるように叫んだ。
「エラいに決まってるだろっ。この上なく高貴な存在だッ」
えらく小柄な年齢不詳の男だ。ネズミのような顔で見苦しい。縮れた黒髪がそそけだっている。
俺はしばらく声もでなかったが、ようやく落ち着いて尋ねた。
「普通地区住民よりも?」
「あたりまえだッ。数を考えろ!」
貴種は希少だから貴種である。なかなかロジカルだ。
「いるかどうか知らんが現役のボスの娘よりも?」
「あの無能な男は本物のボスじゃないッ」
「いや、南区限定じゃなく地獄全域で」
ネズミはちょっと考えたがすぐに勢い込んだ。
「カレン様は本当はここのボスだからそれ以上だ!」
直言を避けたことで現>過なんだとわかる。
「およし、ヤンバル」
縦ロールの美少女が権高な様子で入ってきて止めた。そしてこちらを冷たい目で見ると、薄いピンクの唇を微かに動かした。
「あなたたちは私に協力してもらいます」
決めつけられてビルが反発した。
「やなこった」
ヤンバルとやらがまた蹴り上げようとしたが縦ロールが止めた。彼女は俺たちにじっと視線をあて薄く笑った。
「私はあなたたちが何者か知っています」
冷や汗が背中を伝わって腰まで落ちてきた。俺は顔色を変えずに見返したつもりだが、本当にそうできているのか自信はなかった。