1.それはキノコかタケノコか
地獄都市は他と比べると品物の種類は少ないし、質も悪い。それでも今いるここは南区最大の商業施設でかなり広い。
生鮮食品はないからスーパーとは言えず、薬もないからドラッグストアではない。デパートと言えるほどの格はなく、衣料品も派手なジャージだのマイナーなキャラクターの描かれた下着だの、安っぽいものがあるだけだ。
「においでおかしくなる。別の売り場に移ろーぜ」
「移れればなっ」
商品棚の陰でつぶやくとまた派手に撃ち込まれ、別のシャンプーのボトルに穴が開いた。
「ケミカル臭で吐きそうだ」
ビルの愚痴に腹が立つ。こっちだってそれをがまんしている。地獄育ちのくせになに言ってる。
「あ、俺お坊ちゃんだから天然アロマの製品じゃなきゃ使わねーの」
デブのシャンプー事情など興味ない。てか、そんな場合じゃねー。
「よし、移動だ」
「え……あ、待てよ」
がっと走ると必死にビルがついてくる。次の売り場で身を潜める。途端にまた撃ちこみ始めた。
「なんで今、隙があるとわかった?」
ビルが不思議そうに尋ねる。まったくこいつは素人以下か。
「人数は三人だ。さっき一瞬、間が重なったから何発撃つか数えてた。ほぼ同時にそれぞれ十五発だ。確認したが同じだ。それにあいつらリロードずらす頭もないんだ」
次の十五発のあとに銃を撃つ。この距離じゃフルオートだと効果が薄くて弾だけ食うからセミオートのままだ。下手なりにビルも追従して撃つ。付き合いのないよその区でビルの立場がばれるとまずいので、ガードも車も西区に置いてきた。一番必要な時に使えないってのも残念な話だ。
「あのさ、おまえ射撃大会の優勝者のくせになんでさっさと片づけられねーの?」
「崇高な心の持ち主なんで生き物に向けるとなかなか当たらないんだっ」
やけになって真実を告げるとさっきよりもっと妙な顔をした。
「え、相手を殺さずどうかしようと思ってんのか」
「ぶっ殺すつもりでやってる! 当たらないだけだ!」
ちょっとほっとした顔をされる。
「そうか。地球に優しいエコな射撃とか言われなくてよかった」
「殲滅した方が地球に優しいわっ」
敵の人数が少ないことだけがわずかに救いだ。
西区の修道院で得た情報で、俺たちは南区へ向かった。超絶行きたくなかったが、そうせざるを得なかった。シェリルと玉は南区の教会に向かい、アンジーらしき巡礼者も南に向かっていた。
食事は取らずにここを去ったという情報で、彼女だと確信したが、なぜ修道院に寄りそして南へ行くのかはまったくわからなかった。だが、そのうち一つは昨日の幼女がこっそり会いに来てくれたのでわかった。
「おい」
ちょうどシスターたちの姿が消えた時、客室に入ってきた。
「玉に会ったらまた来いと言ってくれ」
口調は荒いが黒い目は真剣だ。
「わかった」
「礼に聞きたいことがあったら答えてやる」
エラそうにしてるけど可愛い。長身の巡礼者について尋ねると、直接は見ていなかったが仲間のうち一人が見かけたと話した。
「彼女が何のためにここに寄ったか知らないか」
「しってる」
カンタンに答えてくれた。
「弾のほじゅうだ。デザートイーグルの弾はその辺の店には置いてないんだ」
「ここで売ってるの?」
「いや。ごふのある人にはタダでやる」
「ごふ?」
「すうききょうのごふだ。これをもってる巡礼者は教会のA級のほごを受けられる」
崇貴卿の護符か。そんな制度があるのか。でもそれ以上はこの子も知らなかった。
「玉と仲よくしてくれてありがとう」
最後にそう言って立ち上がると、少女は目を潤ませた。こっちがそれを見て焦りかけると慌てて手の甲でそこをこすった。あの人にそっくりな目が赤くなった。
「ううん。こっちが嬉しかった。あいつ優しかった」
そっとベールごと頭を撫でる。彼女を見てるといくつかわかったことがある。
「君は院長の娘だね」
「うん。でも彼女はみんなのママンだ」
そう言い聞かされて育っているのだろう。それでもほかの子はうらやましいだろうし、この子は寂しい。
「それにおれ、一番みそっかすで銃も下手で……」
「上手くなるよ」
彼女の肩に手をあてて力強く言った。
「両親のどっちに似てようが、絶対に素質はある。だからちゃんと練習を続けるんだ。いつか必ず君は院長になるよ」
彼女はうつむいてしばらく涙をこぼし、それから今度は袖でそれを拭いた。
「……シロウもまた来い」
「うん。きっと」
「じゃあ約束だ。座れ」
なんだろうとかがんでみると、頬にちゅっ、とキスされた。
「男に対してはファーストキスだ。ありがたく思え」
「……ありがたき幸せに存じます」
もう一度彼女の頭を撫でてから別れた。
小さな幸福の思い出は長くは続かない。今は銃を片手に撃ち合いの最中だ。
「お、やった!」
敵の肩に当たり、そいつは銃を取り落とした。ここぞとばかりに集中射撃。そいつは銃を見捨てて後ろに下がった。この隙にリロードする。
「ちぇ、うまい思いばかりしやがって。こっちはマッチョな女門番しか会ってねーや」
きれいな女の子にあった話を聞いてビルがむくれた。むくれながら相手が近づくとコルト・パイソンをそっちに向けて撃つ。
「なんか情報あったか?」
「んにゃ。以前の一人めの勝利者は黒髪黒目のイケメンだったとか、そいつが一瞬のためらいもなく院長を撃ったとか、イヤリングを拒否して自前のピアスを撃てと言ったとか。非番は三人いたが全員がイケメンを前にして別のイケメンの話ばかりしてた」
「………………」
「婉曲に誘われてたんだろうか。好みじゃねーが一晩くらいつきあってやるべきだったかな」
いや絶対に違うと思う。にしても範囲の広いヤツだな。
「シェリルが怒るぞ」
「だよなあ。妬かれちゃってつねられたりして」
にへへ、と彼はにやけた。人のことは言えんが、こいつは女心についてもう少し学ぶべきだと思う。
「ここだ!」
「いたぞ!」
応援が三人現れたので、慌ててグロックを撃ちまくる。もう少し近づいたらフルオートに変えるつもりだが、さすがにそこまでは近づかない。まあいい。あれは効果的だが一瞬のうちに弾倉が空になる。
「……ロングマガジンがほしいな」
「なんだ、それ…………うおっ!」
敵の弾は物陰の俺たちには当たらなかったがソイソースのボトルが弾け、辺りにそのにおいが立ち込めた。硝煙のにおいさえ消えた。
「次、移るぞ」
「了解」
俺たちはタイミングを見計らって次の売り場へ移動した。
棚には鍋だの金ダライだのが並んでいる。俺たちはその下の、ワゴンセール用の台の陰に隠れた。その上にはランチボックスと水筒が置かれている。
「しかし教会にたどり着く前に撃ち合いになるとは思わなかった。物騒なとこだな」
「どの口が言う! おまえのせいだろっ!」
別にこいつが西区のお坊ちゃんだとバレたわけじゃない。インネンをつけてきたチンピラをこいつがのして、とりあえず近場の店に逃げ込んだら意外にしつこかったというだけの話だ。
「さっさと逃げないと組織のこのエリアの担当者が来るぞ」
「逃げたいよっ。俺が誰よりも」
どうしてこいつはこんなにのんきなんだ。坊やだからかっ。
「おまえなんか門番さんの筋肉おっぱいに埋もれて死んじまえっ」
ちっちっちっ、とビルは銃を握ってない方の指を振った。
「俺はおっぱい派ではなくて尻派だ」
「はあ? ありえんっ」
思いきり否定する。
「胸の方が百倍はいいだろっ」
「何を言う」
彼はおごそかに宣言した。
「尻の方が千倍いいぞ」
信じられん。どう考えても胸の方がいい。
「尻なんか男にもあるけどおっぱいは女にしかない!」
この場合カマは省く。だがビルは薄ら笑いを浮かべた。
「男の尻と女の尻は違う。それに…………」
銃をホルスターに収めると、絹のシャツのボタンをいくつか外して自分の胸を出し、よせて上げた。
「う」
ちょっと息を呑んだ。そこは毛も生えていず、意外なほどキメ細かなモチ肌が見事な谷間を作っている。思わず見とれたがすぐに腹がたった。
「……って、デブの脂肪じゃん!」
「見た目も感触も変わらんぞ。俺の胸は高級娼婦以上の逸品だ。触ってみるか?」
一瞬考えた自分がイヤになる。
「いらんっ。第一自分の胸じゃ顔を埋められんだろ!」
ビルは不敵に笑うと体を曲げて、自分の胸に顔を埋めた。こいつ、体がやわらかい。
「どうだ。おっぱいなんか男にもある」
「おまえの特殊事情だろっ」
「尻ならつ(理性的判断による自主規制)とこもあるし。尻の圧勝だ」
実に面白くない。しかし見た目と感触を除いたおっぱいの利点はなんだ。
「あきらめて尻を認めろ…………おおっと」
撃ちぬかれた棚が崩れて鍋と金ダライが振ってきた。ビルはタライをつかむとぶん、と男たちのいる方に投げた。鈍い音と悲鳴が聞こえた。俺も銃弾を撃ち込んでおいた。
「やっぱ納得がいかん。おっぱいにはロマンがある」
きりりとした顔でそう告げると、彼はシャツを直して肩をすくめた。
「尻にだってあらあ。おまえ器が小っちぇな。そっちの方もキノコサイズか」
すげえむかつく。
「それ以外なんだってんだよ。普通キノコだろ」
ビルはにやりと笑った。
「俺は違う」
得意そうに胸を張って視線だけをちら、と下に向ける。
「天を突くようなタケノコだ」
思わず口を開けたまま、ちょっとこいつの顔を眺めた。
「……タケノコなんてよく知ってたな」
俺だって高級なエスニックレストランでしか食べたことがない。いやチャイニーズには細いのが入ってたか。東区のサム・ライの屋敷には竹があったが、輸入しているのだろうか。ヤキソバなる高級料理には確か入っていた。
「うちは教皇のとこに届いた品のお下がりとかおすそ分けとかもらうからな。キャビアだってフォアグラだって食う」
ドメスティックな理由だった。俺は少々考えたがイヤな笑いを浮かべてやった。
「つまり皮被ってるってことか」
ビルは動じもせずに答えた。
「まさか。むき身のタケノコだ」
「普通そんなモンにたとえん。キノコだって大きいのもある。それでいいじゃないか」
わかってねえなあ、と彼はつぶやき力強くそれを否定した。
「キノコには勢いがねえじゃん」
「そんなこともない。それに趣がある。大きかろうが小さかろうがしみじみとした味わいがある。人生のわびしさに打ち震える時共にあってくれるという優しさがある。あからさまで露骨な勢いより、控えめに主を支えるキノコの情感の方に軍配を上げたい」
すげえイヤな顔でニヤニヤされた。
「控えめなんかい」
「物のたとえだ。いやサイズ的には並み、じゃないそれよりだいぶ上だがそこは問題じゃない。俺の言いたいのはデリケートな部分の表現には繊細さが必要だってコトだ」
ビルは真顔になってタケノコの弁護をした。
「そらタケノコだって繊細なもんよ。だがな、それ以上に鮮烈な春の目覚めっつーか萌えいずる生命の息吹っつーか大地に呼応する若さの象徴って感じで、いじけて湿っぽくてなんかめそめそしたキノコを駆逐して新たなる世界に羽ばたく若武者の気合っつーか」
なんだか難しい言葉を使おうとして自分でもわけがわからなくなったのだろう、ちょっと考えてから強引に締めくくった。
「……要するに、タケノコは正義だ」
俺は憤慨した。
「いや。世の正義はキノコにある」
ビルもむっとした顔で言いつのる。
「バカらしい。タケノコこそ神の与えた人類への祝福だ」
「何を言う。キノコこそ世界平和の第一歩だ」
「それはタケノコだ」
「キノコだ」
「タケノコだ」
「キノコだ」
「タケノコっ」
「キノコっ」
「タケ………………」
彼がふいに黙ったので勝ったかと思って微笑んだが、なぜだか視線が俺を向いていない。なんだろうと目をあげると銃口がこちらを向いている。ぎょっとしてあたりを見回すと囲まれている。
「……手を挙げろ」
三十過ぎぐらいの渋めの男がひどくうんざりした顔で、俺たちに向かってそう言った。