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30.魔法使いになるしかない

多少百合表現があります。

(実際に該当する人物がいないときは表記しません)

 院長はつつましく髪を閉じ込めていたベールをかなぐり捨てた。波打つ黄金の髪が風になびく。

 彼女に銃なんかいらない。瞳だけで人を殺せる。その証拠に俺の心臓は限界まで弾んでいる。


「おい、イヤリングが見えるか」

 神はこの芸術品に対して細部まで手を抜かなかった。凄く形のいい耳の端に、双十字イヤリングが揺れている。

「こいつを撃ち抜け」

「そんな……あなたの美しい顔にケガをさせてしまうかもしれません」

 絶対にイヤだ。しかし彼女は不敵に笑いながらそれを肯定した。


「いいぜ。命だって神に捧げた。顔なんか吹っ飛ばされてもかまわん」

 まじりっけなしの本気が俺を追い詰める。この美貌に傷でもつけたら俺は自分を許せないだろうし、会場のギャラリーにぶっ殺される。

――――そうじゃなくても

 生き物は鬼門だ。ましてそれが人なら。

 昔とは違う。すでに俺の手は汚れている。いまさら気どることもなかろうに。だけど人に向かうと俺の技量はひどいことになる。


「どうした。怖いか」

 素直にうなずく。

「先に撃ってやろうか」

 すがるように承諾すると、シスターが一人寄ってきて両耳に同じイヤリングをつけられた。細いチェーンで耳から十センチくらい下に双十字が揺れる。


「動くなよ。耳ごと吹っ飛ばしそうになったことあるぜ」

 物騒なセリフで体の一部が縮みあがる。必死に息をとめて体を固定する。


 ベレッタが火を吹き銃弾は俺に向かって飛んだ。熱気が音を伴って耳元を掠める。

 一瞬他の音が消え、戻った時には広場は雄たけびで満ちていた。

 震える片手でイヤリングの先に触れると、そこに双十字はない。


「院長さま――――っ」「素敵いっ」「抱いてぇーっ」「世界一いいいっ」


 ギャラリーの興奮した声が聞こえる。院長はそれをまったく気にも留めずに銃を握った腕を下ろした。

 俺の番だ。ギャラリーが罵声を浴びせてくる。広場に悪意が満ちている。

 その中にぽつんと三つ、人影が浮き出て見える。ビルたちだ。


 俺は追い詰められているらしく、たぶんすがるような目をしている。みっともないことにそのまま彼らを眺めた。

 ガード二人は乙女のように両手を祈りの形に合わせている。

 ビルは無表情だった。何か押し殺したように表情がなかった。だが俺の視線を受けると、にやりと笑って親指を立てた。

 すげえな、あいつ。頼りない相手に頼るしかないのに笑えるんだ。

 俺も強張った笑顔を見せ銃をかまえた。


――――落ち着け。命を賭けてるわけじゃないんだ


 俺の相手はイヤリングだ。人じゃない。


「遅いな。まだか」

 院長が煽ってくる。それにのってギャラリーもやかましい。

 彼女を正面から見つめた。吸い込まれそうなサファイアの瞳。黒いだけの目で逆らってみる。


――――あなたの心をとりこにする魅惑の魔法使い


 ふざけたキャッチフレーズを思い出す。あの時とは逆にギャラリーはほとんど敵だ。だがそんなの関係ない。たった一人射抜けばすむだけだ。


「降参か? 両手をあげれば認めてやるよ」

 院長の軽口に反応せず、じっと見つめた。

 なぜか彼女の口もとの笑いが消えた。

 代わりにこっちが微笑んでみる。相手が少し息を呑む。


 ゆっくりと銃口を動かして自分の口もとにあて、ちゅっと音を立ててくちづけた。あきれたように人々が静まり返る。

 そのまま再び彼女に向け、さりげない感じで軽く撃った。

 かなり離れているのに、金属がはじける音が確かに聞こえた。



 ディナーまでだいぶ時間があった。彼女は残念そうに長いまつげを震わせた。

「私はまだ雑用があります。しばらくくつろいでいてください」

「はい、院長」

「アメリアと呼んでね、シロウ」

「OK、アメリア」

「じゃあ、あ、と、で」

 彼女が微笑むと心臓が飛び上がりそうになる。きっちりと髪をヴェールに包んでも女神のような美貌は揺るがない。


「気にくわん」

 ビルはやたらと不機嫌だ。それもそのはず、シェリルがすでにこの地にいないことを宣言された。

 だったら意味がねぇと、修道院を出ようとしたのだが、彼女からのメッセージをディナーの時に渡しますと告げられた。

「今渡してくれればいいじゃん」

「シェリルにそう頼まれたって言ってたし」

「ああ、おまえは冷静だな。玉が心配じゃねえのか」

 つっかかってくる。

「心配だが……彼女は自分の意志で動くから。シェリルについていったのなら、それが必要なことだと思ったんだろ」


 ちょっと考えて聞いてみた。

「シェリルは黄色系か?」

「可愛すぎてよくわからん。髪は黒だが」

 ぬけぬけとよく言う。でも玉がついて行ったのなら島国の血を引く可能性がある。

 ビルはイライラしながら部屋を歩き回り、思いついたように足を止めた。


「おまえ、捜してきてくれ」

「ん、もうここから出たって言ってたし」

「手がかりくらいあるだろ。あいつのいた部屋に何か残ってるかもしれん。俺はここをうろつきまわる権利はねえけど、お前は好きにしていいんだろ」

 女子ばかりの修道院をかってにうろついていいのかためらう。


「…………頼む」

 ビルが頭を下げた。断るわけにもいかなくなった。



 シスターたちはほとんどが片づけや後処理に追われているようだった。修道院は石造りで、どこもかしこも清潔だった。院長室や貴賓室以外は装飾のない簡素な部屋が多かった。

 長方形の巨大な木製のテーブルがある食事室に入って見回していると、ふいに扉が開いて小さな女の子が駆け込んできた。

 玉と同じくらいに見えるから五、六歳だと思う。小さいながらも修道服を着てヴェールもかぶっている。片手には子供用の銃を持っている。


「ウサギ箱まだ使えないの?」

「だいぶ前に回収してたからシスターに聞いてみたら」

 答えるとその子はこちらをきっ、とにらんだ。


「おまえ、だれ?」

 なんだかデジャブった。とても可愛い……と言うよりきれいな子だ。

 彼女は答える間もなく自分で気づいた。

「男だな。じゃあ優勝した人か」

「シロウだ。君は……」

 たぶん将来の院長候補生だろう。

「他にも子供がいるの?」

 尋ねてみるとこくり、とうなずく。

「あと五人。みんな銃の練習してる」

「庭かどこかで?」

「地下が練習場と工場」

「なんの工場?」


 バカを見るような目つきで眺められる。

「銃に決まってる」

 ちょっと驚いたがふに落ちた。


 この世界にもっと大陸があった時、銃は各国のメーカーで作られた。今は一つだからもっと小規模の工場で、かつての銃のフェイクが作られている。でも、どこで作っているか明らかにされていなかった。

 人々はフツーに銃砲店で銃を買う。修理やカスタマイズは地域のガンスミスに行く。どこで作っているのか気にもとめない。パーツ自体は雑多なものを作る工場で作っていることを知っていたが、組み立ては双十字教が独占しているんだろう。


――――他の都市でもそうなんだろうか

 普通都市や天国都市でも関係者が作っているのかは知らない。


「まあ、今日はお部屋と練習所以外に来ちゃいけないと言ったでしょう」

 丸っこい体つきのシスターが入ってきて少女を叱ると、上目づかいでもう一度こちらを見てすぐに出て行った。


「何かご用ですか」

「玉やシェリルの話を聞きたいんですけど」

「どちらもよくは知りませんよ。あまり長くいたわけではないし、食事も部屋に運びましたからね」

「玉はともかく、シェリルはずっとここにいたんじゃないですか」

「ここに来てからも時たま何日もかけて出かけていたわよ」

「どこに行ってたんですか?」

「さあ。知らないわ」

「今回、ここを発ったのはいつ?」

「早朝の祈りにはいたから大会の最中でしょうね」

 シスターは何も知らなかった。


「すみませんが彼女たちの部屋を見せてもらえませんか」

「いいわよ。小さい子一人で置いておけないからいっしょの部屋だったわよ……あ、これ」

 さっきの少女が扉から顔を覗かせる。

「おまえ、玉のなんだ」

「…………保護者だ」

「弱そうなのに」

「練習に戻りなさい」

 シスターに追い立てられてすぐに引っ込んだ。



 客室はベッドと、小卓としても仕える高さのチェストが一つあるだけの小部屋だった。それらは全て木製で、ベッドの上にはたぶん枯れ草を地の厚い布にくるんだマットレスらしいものがあるが、掛け布も敷布もない。

「朝のうちに洗いましたよ」

 シスターが教えてくれたが、仕事があるらしくすぐに消えた。


 窓のよろい戸は開いていて夕暮れの海が見える。他の都市と変わらない眺めだ。日は傾いていて海に消えたそうにしている。

 さんざん部屋を捜してベッドの下やチェストの底まで見たけれど、何の痕跡もなかった。



 ディナーは食事室ではなく院長室の隣の貴賓室で取ることになっていた。

 天然素材をふんだんに使った食事の味わいは地味だが体になじんだ。


「はい、あーん」

 院長はなぜかすぐ隣に座って切り分けた鶏肉を口元に運んでくれた。思わず口を開けて受けるとビルの視線が痛かった。


「…………あいつ、心変わりしたんだろうか」

 視線を自分の肉に戻して、まるでひとりごとのようにつぶやく。とたんに院長が勢い込んだ。

「そんなこと絶対にありません!」

 彼女はもったいぶらない性質らしく、食事前にさっさとメッセージを渡してくれた。俺のには『しばらくこの子についていく。そのうち戻る』と書かれていたし、彼のには『探して』とだけ記されていた。


「シェリルはすごいくらいにあなたが好きでした。恋は盲目ってほどに」

「じゃあなんだってヒントも残さずに消えるんだよ! 遠まわしにあきらめろって言ってるのと同じじゃねえか」

 最後のほうは涙声になっていた。彼はナプキンで顔をぬぐい、鼻をすすり上げた。


「…………女はいつだってずるい」

「そうかもしれませんが、私はシェリルに同情しましたよ」

 院長は優しい声で言い、ビルは彼女に目を向けた。


「あなたは彼女と心が通じ合ったあと、どうしましたか」

「すぐにサム・ライに会って頭を下げて譲ってくれと頼んだ」

「事前にシェリルのそのことを話しましたか」

「いや。驚かそうと思って」

「私たち地獄都市の女は、女が牛や馬のように売り買いされることに慣れています。でも、それを許容しているわけではありません。好きで好きでたまらない相手が平気でそんなことをしたら絶望します」


 ビルは目を見開いた。見る見るうちに顔が青ざめていく。彼はふいに立ち上がって叫んだ。

「シェリル!」

「彼女は今ここにいません。座ってください」

 のろのろと彼は言葉に従った。怒りが自分の方に向いていくことが目に見えてわかる。


「それでも彼女はあなたのことがあきらめ切れなくて、辛くて、怒ってて…………逃げました。他にどうしようもなかったのです」

 ビルは両手で自分の顔を覆った。しばらくそのままでいたが、手を外すと静かな声を出した。


「何か手がかりをください。お願いします」

 深々と頭を下げた。院長は変わらず優しい声で「十七地区にいることは確かですよ」と告げた。

「あなたの気持ちが変わらないのなら、明日の朝旅立つときに少し教えます。そう頼まれています」

「今すぐ……」

「彼女はあなたに今夜はゆっくり休んでほしいのです。それをわかってください」

 温かく包み込むような笑顔はまさに天使そのものだった。ビルはまた目を伏せ、それ以上ごねなかった。



 食事の後彼は門番小屋に移ることになっていた。そこで夜を過ごす予定だ。

「見かけはいかついですけれど、みな女性ですから気をつかってくださいね」

 俺はシルエットしか見なかったが、門番はビルのガード並みのマッチョのようだった。

「そういえばあいつらは?」

「近場の宿に泊まってんぞ。大会前以外は安いもんだ」

 運転手のサムもそこにいるんだろう。話しながらビルについて行こうとして、マントの端を院長につかまれた。


「あなたはこちらです」

「え、あの…………」

「じゃ、明日な。いい夢を」

 薄情にもビルはさっさと行ってしまった。



 院長の寝室はそれほど広くない。でも漂うかすかな香料の匂いや、よく選びぬかれたわずかな美術品のためかとても魅力的な空間だ。部屋の一部をなす塔には天窓があり、その下の黒檀のベッドには真っ白な寝具が敷かれている。手を引かれてその端に座った。


「えっと……」

 院長はヴェールを外し豊かな金髪を波打たせた。それから枕にやわらかく身をもたせかけた。

「負担に思う必要はありません。私は勝利者にこの身を捧げることを喜びとしています」

 美しい瞳がわずかに潤んでいる。大理石のように白い膚が今はわずかに紅潮している。吐息が甘美い。女神のような美貌はそのままで人としての情感が彼女を彩る。


 目が反らせなかった。乾いた口を湿そうと思ったがサイドにある小卓にはワインしかのっていない。今酒なんか飲んだら一瞬でOUTだ。


「…………情報をいただいたので」

 必死に拒否の言葉をつむぎだしたが最後まで言えなかった。彼女は長い指で俺の唇に触れた。ぴりりと電流に似たものが走った。

「あれはおまけですよ、シロウ」

 イヤリングのない白い耳たぶが髪の間から見えている。なんでこんな細部まで魅惑的なんだろう。

 必死に理性を呼び戻そうとする。


「…………シェリルのために少し手を抜いたでしょう」

 二発目の彼女の射撃はわずかにそれ、俺につけられたイヤリングは破損しなかった。

「どうでしょうか。なんにしろあの場で実際に撃てる者はほとんどいません」

 そりゃそうだろ。全てのギャラリーが院長に味方するあの場で、この絶対にケガさせたくない顔近くを撃つなんて普通できん。あの時の俺の蛮勇はすさまじいものがある。


「あなたは特別な存在です、シロウ」

 般若心経が思い出せない。

 近い。近すぎるって。

「来て、シロウ…………」


 美は毒と同じように人をむしばむ。即効性も高い。

 しなやかな彼女の手が俺の手を引きやわらかくベッドに倒れこんだ。天国の花園を思わせる甘美い匂いが、胸の奥まで入り込む。

 自分の指さきが、うなじの後ろの修道服のファスナーにかかる。

 よせ、俺! やめろ、俺!

 腰の下までそれを下ろすと彼女は自らその服を…………


 ガンガン、と扉が叩かれた。

 正気に戻った俺は本気で飛び上がり後ずさった。

「――――ちっ」

 今のは気のせい。気品あふれる院長の舌打ちだなんてこっちの勘違い。


 院長は瞬時に一部の隙もなく服装を整えると扉を開いた。メガネのシスターが立っている。

「何ごとです?」

「ボブ・サンの部下の人がお見えです。早急にお目にかかりたいと」

「この時間に女子修道院への訪問なんて非常識です。追い返しなさい」

「それが」

 彼女は少し口ごもった。

「女の方です」


 不愉快そうに眉をしかめたが、ここは女性の悩みを聞く場でもある。

「…………いいでしょう。第二応接室へ」

 しぶしぶと答えると俺の方を向いてにっこりと笑いかけた。

「あなたもつき合ってください。先に行っていますから」

 そういうと優雅な動きで扉をくぐった。


「…………ふう」

 思わずため息をつくとメガネのシスターが微笑んだ。

「普通はがっかりするところじゃないのかしら」

「そうだけど、自分のルールを破らなくてすんだ。……いつもこんな感じなの、彼女」

「めったにお眼鏡にかなう相手は現れないけれど、たまに出くわすとこうね」

「そうか。じゃあ気に入らない人が優勝したら大変だね」

 シスターは片手を否定する形に振った。


「気に入らない相手には負けないわよ」

「え?」

「以前、顔面に神の恩寵が薄いタイプの人が優勝したの。銃の腕前自体は凄かったけれど、院長が普段の百倍くらいの勢いで叩きつぶしたわ」

 準優勝以上の人は二度と挑戦できないことになっている。


「ということは俺はそこそこ気に入られたと考えてもいいかな」

 権利を行使するつもりはないけれどやっぱり嬉しい。でもシスターは俺の顔をまじまじと見つめて首をかしげた。


「否定はできないけど……でもちょっと」

「?」

「あなたは彼女の最初の相手に似ているわ。そちらの方が何倍か美形だったけど。ああ、そういえば銃口(マズル)にキスして撃ったのも同じだわ。もう六年も前だけど」

「………………」

 考え込んでいると「そろそろ行かなきゃ」とうながされた。



 来客はまだ来ていなかったが、俺が席に着くのと同時に現れた。「どうぞ」と院長が声をかけると扉が開いた。

「夜分に突然すみません」

 見覚えのある長身が現れた。

「J!」

「やあシロウ。そしてはじめまして院長」

「………………アメリアと呼んでください」

 急に彼女のサファイアの瞳に熱がこもった。


「じゃあアメリア。こちらはJと。弟から連絡があってすぐに駆けつけたかったのですが、あいにく私が別口にかかっていたので」

 西区には他に女性幹部はいないんだな。

「こんなに遅くなってしまって申し訳ないのですが」

 彼女は以前より頻繁になった射撃大会について苦言を呈した。リピーターが増えて水準が上がったため一つの軍事力となりつつあること、それを唯一統べることのできる彼女の身の危険性について述べた。


「地域の活性化に役立つと思ったのですが」

「それは否定しません。あなたは正直に組織の払い込みも増やしてくれていたのでこちらもありがたかったとはいえ、なぜですアメリア。初期は年に一度どころか三年に一度しか行わなかった大会を増やしたわけは」

 Jが見つめると院長は頬を染めて目を伏せた。

「…………あなたのような方に会いたかったからかもしれません」


 Jはちょっと驚いた顔をしたが、見るからに有能そうな彼女はすぐにふ、と口元を緩めた。

「それではこうしてあえたわけですから、年に一度に戻していただけますね」

「ですが急に変更するとかえって辺りの不満を招くのじゃないかしら」

「アメリア」

 Jは院長の右手を自分の両手でつかんだ。


「確かにそれじゃ君が危険だね。それなら射撃大会を年一度に戻し、代わりに祭りを行うということでどうだろう」

「でも…………」

 少女のようにはにかみながら懸念事項を口にする。


「みなこのイベントを楽しみに来ているのです。ただの祭りでは納得しないでしょう」

 Jはつかんだ右手を自分の口元に運ぶと、ものすごく自然にくちづけた。院長がミニトマトぐらいに赤くなる。

「大丈夫だ。こっちには切り札がある。第一回目は教皇さまに来てもらおう。ゲストを呼べるときは呼び、それ以外の時は君が説教をするといい。身を張らなくても話だけで充分だ。アメリアにはそれだけの魅力がある」

「J…………」


 潤んだ瞳で相手を見つめる院長。ほっとしたはずの俺はなんだか面白くない。

「私もなるべくここに来る。いいね、アメリア」

 彼女が断言すると院長は頬を染めたままうなずいた。



 引き止められたがJはすぐに戻らなければならなかった。俺の横を通り過ぎるときに小声で、「応用させてもらったよ、ありがとう」と囁いた。う、と唸ってふり向くと院長が魂の抜けた人のようになっている。

「あの……」

「あ、はい。客室をご用意しますので、どうぞそちらに」

 俺にそう告げるとふらふらと寝室に戻っていってしまった。メガネのシスターが苦笑いしつつ俺を案内した。彼女は副院長だそうだ。


「ああなると当分は今の人に夢中ね」

「彼女、女性でもいいわけ?」

 なんか釈然としない。すごく損したような気分だ。

「少し前に修道院に来た女性巡礼者に熱あげちゃったのよ。あれからOKになったみたいね」

「へえ」


「確かに凄い人だったわ。塔の先端の双十字に、カケスがくわえていったクルスが引っ掛かっちゃてね、鎖自体は後づけだけどクルスはおばあちゃんの形見だってうちのシスターが騒いでいたら、もの凄くあっさりと下から銃を撃って落ちてきたクルスを手に受けて渡してくれたのよ」

「すごいな」

「それ聞いて院長が個人的に銃の勝負を挑んであっさりその人に負けたの。すっごく迫ったけれど拒否されたわ」

 あの女神のような美貌に迫られて拒めるなんて同性でも凄い。


「どんな人だった?」

 軽く聞いてみた。

「巡礼者の衣装だったから体形はよくわからないけれど、長身で緑の目の美女だったわ」


 まるで責めるように、心の中の緑の目が冷たく俺を見つめていた。



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