3.過剰なセッタイお断り
華やかな絵柄のエスニック・ローブを着た黒髪の美女が案内してくれた。
ティールームは池のほとりにある。わら葺きの屋根の小さな小屋だ。中に入るとストローマットが敷いてある。隅に小さな板敷のスペースがあって、巨大なひまわりが飾られている。
部屋は薄暗く狭い。とても貧相だ。
「ワビ・サビだ」
サム・ライが説明する。
「昔、ワビ家とサビ家という名家があってスペース・コロニーを所有していた」
「はあ」
「しかし両家は戦争になって覇権を争い、ワビ家が勝った」
「そうですか」
「だがサビ家のクィーンは寵臣に家宝である壺を託した。家臣も強大な鎧をつけて闘ったが結局は敗れた。しかし壺は残った。それがこれだ」
ひまわりを活けた壺が示される。
俺には全く分からないが高価なものなのだろう。
「彼らの意思を尊重してこの小屋の様式をワビ・サビという」
ひとつ賢くなった。今度誰かに教えてやろう。
ボスは改めて俺に向かい、懐から名前の書かれた四角い紙を取り出して突きつけた。
思わず両手で受け取り、本能的に頭を下げた。
「オジギだ。本物だ」
なんだかサム・ライが騒いでいる。
訳がわからず顔を上げた。相手のブルーの瞳が感激にむせんでいる。
手を差し伸べられて思わず握ると、振り回すように握手される。
「お前は伝説の島国の血を継ぐ者に違いない。黒髪だし、目も黒い」
なんの事だかよくわからない。
「ヤマモトというのはセカンドネームだな」
「そうです」
わが意を得たりと彼は満面に笑みを浮かべた。
謎のティーセレモニーに付き合わされた。
ロリ娼婦の語っていたものより正式な形らしい。
泡立った緑色の茶の入った入れ物を抱え、立ち上がって三回まわって「ワン」と言わなければならない。
「その島国は海を挟んで、とある大陸の近くにあったそうだ」
セレモニー自体は島国の作ったものだが緑茶は大陸から伝わったため、大陸の代表的な名の一つである『王』に敬意を示すための所作らしい。
ストローマットはタタミと呼ばれるそうだ。
そこに座って茶を飲んだ。苦味はあるがさわやかな気分になれる。
「普通都市では自分の子を育てることはできないらしいな」
「はい」
「とすると君も両親と血はつながっていないわけだな」
ちょっと肩をすくめ、あいまいに微笑しながらうなずいた。
システム的な問題だ。
平等性に大きな価値を置く普通都市は、生まれた子供は一度回収して希望した夫婦に再分配する。
人々は血統にこだわらずに子育てをする。
ただしそうなると出産や子育て自体を避ける人の増加が社会問題となる。
人口の極端な減少は都市の荒廃を招く。そうしないために、人口は試験管ベビーによって調整する。育成も施設によって行われる。
今や施設生まれで施設育ちの人間が大半だが、自然出産と家庭による子育てを増加させるために政府は二つの条件をあげた。
ひとつは出産及び育児報奨金。もう一つは名づけの権利だ。
ファーストネームとセカンドネームは出産した親がつけることができる。
「この国では珍しい名前だ。実の両親が探したりはしないのか」
「血縁者との接触は法で禁じられています」
もちろん資産の遺贈などもってのほか。そして自然出産の子供は他の都市に送られることになっている。
「そう言うわけで名をつけた両親に会うことはできません」
そもそもセカンドネームは公的書類には書かれない。一種の愛称とされるので検索はしにくい。
地獄都市では環境は悪いが、血縁者の育成や財産の遺贈は認められている。
もちろん環境のいい天国都市も同様だ。
子供と別れたくないがために普通都市を離れる人もいる。
たいてい悲惨な結果になるが地獄に行く人もいるし、何とか条件を満たして天国の住人になる人もいる。
「非常に残念だな。君の真実の両親に会って少しでも伝統文化について尋ねてみたかった」
「何代もたつので残っていないんじゃないかな。それよりあなたはなぜその島国の文化にこだわるのですか」
「私のルーツは別の島国でね。その国の文化を集めているうちに情報を得たのだ」
復元士という職業がある。残された過去の文化の断片からその全貌を探る大変な仕事をする。
何せデジタルデータは全て失われている。物品もほとんど残っていない。
サルベージされたものを時代順に分け、わずかに残された絵や文章などを頼りにその全貌を探る大変な仕事だ。
「うちにいるのは極めて腕のいい復元士で、わが先祖の文化を復元した折にその国の文化についても復元を試みた。それが実に魅力的だったわけだ」
魅了されたサム・ライは熱心にその島国の文化を取り入れた。
「サム・ライとはその国の言語で『最も勇敢な戦士』を指す。このことを知った時胸が震えたよ。私の名は正式にはサム・ライスだがあまりにも似ている。運命を感じた」
「その国に俺のルーツがあると思うのですか」
「君は『メイシ』を両手で受け取りオジギした。血だ。名前もその国固有のものだ」
お茶とお菓子でセッタイされ、その後本邸の方へ連れて行かれた。
こちらとしてはさっさと聞きたいことを聞いて解放されたいのだが、サム・ライは復元されたものの自慢を語ると、仕事があるからとその場から去った。
仕方なく長身で細身の美女サバイバーに彼女のことを尋ねたが首を横に振られた。
「じゃあ、シルクって子のことは知っている?」
少女から聞いたことを尋ねてみるとそれには答えてくれた。
「逃げました」
「なぜ? ここに入る予定だったんじゃないのか」
「そうでした。ですが五日前に逃げ出して行方不明だと聞いています」
それ以上は何も知らないそうだ。
教えてくれた彼女はとてもきれいな人だが、機械みたいに感情が見えない。そんなタイプには慣れているんだが、この人は無理に自分を抑えているようにも見えた。
「ここに勤めて長い?」
彼女が自分のことを聞かれていると気づくまで少し間があった。
「十八で来て現在二十二歳です」
仕事のことは聞かない。なんかやばそうだから聞けない。
「このあたりの人には見えないな」
美女サバイバーは微笑さえ浮かべない。
「十七地区のスラム出身です。どうにか生き抜いてうまくこの立場につけた幸運な女です」
そう答えるがそれほど幸せそうには見えない。
「ええと、笑ってくれると嬉しいんだが」
「………それはご命令ですか?」
真面目に聞き返された。
「いや。強制する気はない」
「それではご遠慮させていただきます」
なんか取りつく島もない。会話を続けることをあきらめた。
「あの子ねー、むっちゃ固いのよぉ。やあねー」
夕食を運んできてくれた別の美女サバイバーが微笑む。並みの身長に並み以上のバストで、少し崩れた感じの色気がある。
「でも、そのうち奥勤めになるんじゃない?テイシュクだから」
「何かステイタスなのか、それ」
「旦那様のお手がつく可能性あるわね。あたしたちはセッタイ用とか手柄を立てた部下へのご褒美だったりするけど、もっといいんじゃない」
「同じような立場は何人ぐらいいるの?」
ブルネットの美女は片手を強く振った。
「数えないって。気づくと増えたり減ったりするの。友達になったりすると急にいなくなったりした時辛いから、ほどほどにしか付き合わないよ」
陽気な声でけっこうハードなことを言う。
食事はあっさりした味のスープとご飯、焼いた魚に野菜を煮たたものだった。
パンや米などの主要穀物は継続的に残っているので、過去の文化は関係なくどの地区でも普通に食べる。
「まあそれでも、恵まれてる方よねぇ。着るの面倒だけどきれいなキモノ着て、ご飯はちゃんと食べられて」
エスニック・ローブはキモノというらしい。
「凄く綺麗に見える。高価なものなんだろうな」
「あら、ありがとう。お礼に寝ようか?」
気軽に尋ねられたがぶんぶんと首を横に振る。
「残念ね。気が変わったら声かけて」
美女はぱちり、とウィンクした。
サム・ライは戻らなかった。
久々の風呂のあとしばらくは待っていたが、眠気に堪えかねて布団にもぐりこんだ。
ベッドではない。ストローマットに直接敷かれている。以前なら眠れなかったと思うが、野宿に慣れた今の俺は平気でぐうぐう眠った。心地よかった。
勘のいい男なら扉が開かれた時点で目が覚めたと思う。そうでなくとも布団をめくられた時点で気づくと思う。
しかし俺は横に滑り込まれるまで眠りこけていた。
「わ、わ、わあっ」
びっくりして叫ぶと彼女は小さな声で呟いた。
「セッタイです」
黒髪で長身細身の美女サバイバーだった。
「は、はあ?」
とまどって見返すと真顔で答えられた。
「ヨトギに参りました」
よくわからない言葉を告げられたが、状況からしてそういうことだろう。
「いえ、けっこうです」
「遠慮なさらずに」
相変わらず無表情に誘われたがだが断る。
「帰ってください」
「主人から、子を作るように申し付かっております」
きっと最大級のセッタイなのだろう。
「ええっと、宗教上の理由でお受けできません」
「宗教ですか?」
「そうです。空飛ぶスパゲッティモンスター教の教義で止められているんです」
美女は首を傾げる。
「その宗教は存じ上げておりません」
「あまりメジャーじゃないので」
「そうですか。それではまた明日来ます」
美女は意外にあっさり引き下がり、オジギをして部屋を出て行った。