27.彼女の行方が心配だ
弾劾されたのはタエコさんだった。彼女は拘束され、ホールでサム・ライじきじきに取調べを受けた。
「はあ? あたしがやったんなら逃げてるわよ」
「そう思われると見越して手引きしたのだろう」
「冗談じゃないわ! 双十字に誓って嘘ついてないわよ!」
「経歴もか?」
タエコさんは急に押し黙った。サム・ライは履歴書らしい紙を片手に取った。
「十七地区西区のハレム出身だと書いてあるが、本当にそこに住んでいた者に確認した。おまえのような女は知らないと言っている」
「たまたま出会わなかったんじゃない? 大体その頃は胸も小さかったし、そばかすがあってがりがりで……」
「嘘だ。ハレムの女衒をなめてはいかんよ。少々磨く程度で光るタマは全て把握している。しかも十四までいたことになっているな。バレないわけがない」
タエコさんは唇をかんだ。
「正直に言え。まずおまえはどこの何者だ」
彼女はふてくされたようにサム・ライを見たが、彼の眼光に気圧されて下を向いた。足元を眺めたまま投げつけるように答える。
「………………人外区よ」
「へ?」
横で聞いていた俺がつい間抜けな声を出す。彼女はヤケのように声を張り上げた。
「十六人外区。あそこで育ったのよあたし。だけど就活に不利だからロンダリングしたの!」
この大陸には人の住むにふさわしくない地域が四つある。そこが人外区だ。砂漠だったり高山地域だったりするが、十六区と三区には特殊な事情がある。人でも動物でもない生物がその区に住んでいる。
春夏季には言っても十六区の気温は真冬並みで過酷な地域だ。それでも、大人の支配を嫌って逃げ込む子供たちがいる。なぜならここにすむ人外は十五歳未満の人間をめったに襲わないからだ。
「証明する者は?」
「いるわけないっしょ! あそこの死亡率知ってんの? 三人に二人死ぬと思ったほうがいいわ」
「関係ない。逃げ込んだのは君たち自身だ。証明する者がいないのならとりあえず身体欠損を進めさせてもらおうか」
タエコさんからすぅーっと血の気が引いた。サム・ライが無表情にあごをしゃくると、巨大なはさみを部下が持ってきた。
「始めようか」
「いやあ――――――――っ!!」
「待った!」
割ってはいるとサム・ライが顔をしかめた。
「また君か。癖になっていないかね」
「証明できなかったら仕方がないと思います。でもできるかもしれない」
「どのようにして」
「俺は十六区を知っています」
部下の人たちまで驚いて俺を見た。サム・ライは冷たい眼差しを俺に注ぎ口元を歪めた。
「ほう。普通都市出身のお坊ちゃんがか。そこで育ったのか?」
俺は怯まなかった。
「いいえ。去年そこにいました」
「童顔であっても人外は気にしないよ」
「違います。大ケガをしていました」
理由のわからない人外のルール二。死にかけるほど大ケガをしたものは襲わない。ただし瀕死の病人は殺す。
「なぜそんな所にいたのかね」
「わかりません。大ケガをして意識を失い、気がついたら人外区でした」
サム・ライは何か言いたそうだったが話を進めた。
「質問と答えを書いておきます。あなたはそれと照らし合わせて違う場合は思ったとおりにすればいい。タエコさんは玉に優しくしてくれたんです。犯人じゃないと信じたい」
「甘いが急ぎたい。いいだろう」
サム・ライは了承した。今もたくさんの部下が内部も外部も捜索しているがはかばかしくはない。
いくつか書いて渡すとすぐ質問に入った。
「十六区の住人の主食」
「オカポッポよ。地区の奥に普通に生えている。これとスッパという赤い木の実、きのこのスープ。いたのは十年前だけど変わってないでしょう」
「正解です。次にサンドワーム型の巨大人外を子供たちはなんと呼んでいたか」
「ニョロちゃん。何匹かいたけど見分けがつかないからみんなニョロちゃんって言ってた」
「正解。それでは特に寒い日の夜の過ごし方は」
思い出すのかタエコさんはちょっと顔をしかめた。
「ニョロちゃんの使っていない巣穴に行ってみんなで抱きあって眠った。粘液くさいし、べたべたして気持ち悪いけど全員いっしょだと暖かいから」
「正解です」
サム・ライの方を窺うと彼はうなずいた。
「出身については理解した。ごまかしたペナルティはいずれ支払わせるが後にする。次、チナミ!」
影のように彼女が壇上に立ち一礼した。
俺たちがセッタイに行っている間、チナミは玉に食事を届けて風呂を用意して詰め所に帰った。ちょうど食事を運んでいる頃がイッキューさんたちが帰る頃だ。そのあと業者のセッタイで外部の店へ連れて行かれた。玉が不明になった時はまだセッタイ中だった。
彼女の喚問は短く終わり、次にはジェフが壇上に立たされた。
「シロウとの関係性が悪いために幼女に意趣返しをしようと思ったのだな」
「めっそうもありません! ボスのお気に入りの幼女になんて手を出しませんっ!!」
…………言い方もあるだろうに。あんのじょうサム・ライのこめかみがぴくぴく動いた。
もちろんゲートのあたりに監視カメラはある。しかし不審な人物は映っていなかったし、中にいた組員は一度全員確認されている。
地獄都市ではカメラさえ貴重らしく、全フロアに仕掛けられているわけではない。北棟には多いが本邸内部にはそれほどはない。そして俺たちのゲストルームに鍵はなかった。犯人が誰であってもおかしくない。
取調べの最中だがホールから抜け出た。なんだかじっとしていられない。
――――――――われは死なぬ
玉はそう言った。俺はそれを信じる。だから落ち着いて手がかりを捜せばいい。
すでに捜索済みだが自室から順々に歩いていく。奥まったところにある簡易キッチンのあたりで、見覚えのある男に出くわした。
「……災難だったな」
中肉中背三十過ぎの赤チーフ男。記憶を検索。ビルをセッタイした時同席していた男だ。
「お騒がせしている」
「見たことはないがかわいい女の子だったらしいな。気がもめるだろう」
「噂は広がっていた?」
「そりゃあな。あんたの子供って説と、あんたがロリってのと二種広がっているがどっちだ?」
「どっちでもない。拾っただけだ」
「そうか。まあどっちでもいい」
「よくない。強く否定しといてくれ」
男は口元をわずかに緩めた。
玉のことは大多数に知られていたようだ。情報から絞ることはできない。
「今、暇なのか?」
「探し疲れていったん休憩だ。彼女が消えた時間内に邸にいた者は全員足止めで他の仕事ができない。外の捜索は外部にいた者でしている」
「当時出入りしていた人は?」「全員邸内だ」
「俺たちが使っている部屋はゲストルームなのか?」
「ああ。中級用のな」
「場所は人に知られているのか?」
「長くいる者なら大抵」
少し考えた。
「死体置き場はどこだ? 安置所とイコールでいいのか」
男はちょっと妙な顔をした。
「ああ。ここの地下だ」
地下はつながっているそうだ。聞くと、俺の部屋の地下もそうらしい。
「…………ゲストルームを寺側の人が利用したことはあるか?」
「イッキューさんにまで酒出したバカがいて、そこに寝かしたことがある」
俺はその男に笑いかけた。
「感謝する。じゃあ、また」
慌ててホールに戻ってまだ尋問中のサム・ライを止めた。
「ここまででいいです。通常の状態に戻ってください」
「何かわかったのかね」
「あなたは知らない方がいいです」
サム・ライはバカじゃない。目の色から何かを読んだ。
「ふむ」
「しばらく戻らないかもしれませんが気にしないでください。そしてこの件はこれ以上調べないでください」
「…………そうしよう」
俺は邸を出、バスに乗って寺へ向かった。
「おや、いつぞやの方ですね。赤毛の美女の件はお役に立てなくてすみませんでした」
「いえ。また何か聞いたときはよろしく。崇貴卿はいますか」
寺では黒色系の神父さんが自らほうきを持って境内を掃除していた。
「いらっしゃいますよ。本堂にいるイッキューさんに尋ねてください」
そう言ってからちょっと首をかしげ「あ、忘れるところだった。レレレのレー」と付け加えた。なんだかわからないけど必要な言葉なんだろう。
あんないされたタタミの部屋のザブトンクッションの上にクレイトン卿がいた。ローズウッドの四角い低いテーブルの上にビーンズペイストのジェリーと緑茶が乗っている。
「ヨーカンはいかがかな」
「遠慮します」
きっぱりと断り、差し出されたザブトンにも座らなかった。
「玉を返してください」
「なぜ私だと思うのかね」
「出入りが疑われる箇所にはカメラがありました。当日の組員の動向は把握されています。とするとノーチェックなのはあなたかイッキューさんたちだけだ。だがイッキューさんたちが帰った後にチナミが玉に会っている。とするとあなたしかいないでしょう」
極めて単純な話だ。
「私が安置所にいる間に部屋に帰ったのじゃないかね」
「安置所に行く前に即効俺の部屋に行ったのなら? 幼女一人ぐらい一瞬でさらえる。組員は女の子の死体をそこに連れて行き、あなたは後から行った。そう考えても不自然ではない。そして俺は服を着たりしてけっこう遅れて戻った。地下はつながっている。あなたは玉をさらってそこに下り、堂々と安置所に行ったんだ」
クレイトン卿は笑みを絶やさなかった。
「なかなか悪くない発想だな」
「あなたは用心深い。事前にサム・ライの客や滞在している部屋をチェックしていた可能性がある。寺側の人間の接触について調べればそれはわかるはずだ」
「サム・ライはそうはしないだろうな」
「そうでしょうね。双十字教とコトをかまえるわけには行かないから…………なぜ彼女をさらった?」
彼は真面目な顔でこちらを見た。
「善意だ」
俺の視線を受け止めて外さない。
「他者にもわかる弱点になりつつあったからな。これ以上増やすべきではない」
眼光は鋭いが今の俺ほどではないはずだ。
「彼女は無事か」
「もちろん」
「すぐに返せ」
「ここにはいない。双十字協で安全に確保している」
「どこだ」
「すでに東区を出た。レイキューシャで移動させたよ」
「どこに」
「…………西区だ」
少しほっとした。よそよりは配慮してもらえるだろう。
「どこだ? グレイスの所か」
くっくっと卿は声を立てた。
「君は本当に面白い男だな。あのやっかいな女を呼び捨てか。いや、彼女は今西区にはいない。まあ、行ってみることだね。他よりは捜しやすい場所だろう」
サム・ライより俺が目的なのか。それはなぜだ。命を狙いたいのならヤキソバに何か入れておけばカンタンだったはずだ。
無言でにらみつける俺を彼は涼しい顔で見つめ返す。
「レイキューシャはまだ戻らないが、今日の最終バスはあと十分ほどで来るよ」
「バス代ぐらいくれ。あと食事代。そっちのせいでいらん出費だ」
ヤキソバぐらいじゃ割に合わない。
「それもそうだな。よかろう。オトシダマをあげよう」
彼はひどく小さな封筒に少なくはない金を入れて渡してくれた。
「西区のどこなんだ?」
「さあ。安全な場所へと連れて行ってくれと渡したので私も知らない」
とりあえず教会に行くことにする。俺はクレイトン卿に向かって吐き捨てた。
「愛ある宗教家のやり口には反吐が出るね」
「おほめの言葉をありがとう」
彼はにこやかに微笑み感情を見せなかった。
俺はそのままバス停に向かった。