24.戻ってきたなら歓迎だ
「うっす」「うぃーっす」
同行するビルのガードの三人はそろいの黒服ではあった。だけどスーツじゃない。白ラインの二本入った黒ジャージで足元はかかとの低いサンダルめいたものだった。全員めっちゃ筋肉だった。
「あ、よろしく」
車は古めの白い箱バンで、これはあいつの私有財産らしい。
「呼び方はシロウの兄貴でいいっスか」
こんな筋肉な弟たちはほしくない。どう見ても年上だし。
「シロウだけでいいよ」
「そすか、じゃあシロウさん乗ってください」
「サブの運転は激しいのでシートベルトは必ず締めてほしいっス」
「エアバックのある助手席と、撃ちこみに強い真ん中席とどっちがいいっスか」
真ん中に乗って隣に玉を座らせた。
サブという運転手は黒色系にスキンヘッドだ。やっぱり筋肉だが一言も口をきかない。話せないんだろうか。だがあいさつするとほんのわずかに頭を下げた。
言われたほど無茶でもない運転で東区に向かった。ガードたちはけっこう友好的で、ワビ・サビ系の駄菓子をいくつかくれた。玉は断った。
「さっきのがよっちゃんイカでこっちはラーメンババアです」
「うまい棒もありますよ。豚キムチ味どうですか」
「コンポタ味はないの」
「あんなの食うの素人っすよ」
一生素人でいい。
こいつらは組員の失格者でビルに拾われたんだそうだ。
「大事な抗争に寝坊して行けず、顔だけ出して生き埋めにされて三日ぐらいたったとこでいらんならくれってことでもらわれました」
「武器庫の裏でモク吸ってるのがばれてつるされて殴られていたら、バカはいらんだろって引き取られました」
寝坊のヤツは褐色の肌で、もう一人は白色系だ。
ちょっとビルがいいやつっぽく聞こえるが、俺にはわかる。ガードを安く集めたな。他二人ほど西区に残っているそうだ。
「サブは?」
「パクリの常習。ただし食い物限定」
「もっと金目のモンならその場でぶっ殺されてますが、クッキー一袋とかロリポップ二本じゃ殺るヤツのほうが小さく見えるし」
にぃーっとサブが笑った。やっぱり声は出さない。
エリアの境の検問所でちょっとチェックされたが、連絡が行っていたらしくすぐ通された。
「組員はよその区に自由に行けないのか」
「普通は無理っスよ。でもまあ、一般人に化けてバスで少しずつなら何とか」
「ビルさん関係なら多少は。サム・ライが許可出してるから」
「以前、東区でビルが襲撃されてたけどあれはどこの区の組員なんだろ」
褐色系が眉をひそめた。
「一番可能性が高いのはうちですわ」
「西区はよそより実入りがいいんでけっこう狙われるっス。しかもボブさん長期に治めてるから」
教皇庁とズブズブだからだ。しかし否定しようとは思わない。ここの流儀だ。
「心当たりはあるのか」
「ニコラスっておっさんがいっちゃんヤバいかな。一応組の幹部なんっすけど、露骨に狙ってますからね」
「でも他にもいるんじゃないっスか。サム・ライだって裏じゃなにやってるかわかんねえし」
「ま、おれたちが考えても無理っスよ」
のんきなやつらだ。しかし俺にだって皆目わからない。示威行為にしてもムダな気がするので、ビルを狙うこと事態納得できないし。
「着きやしたぜ」
箱バンが止まったのはサム・ライの邸ではない。町外れの駐車場だ。一瞬疑問に思ったが、自宅によその組の関係者は入れないだろう。
そこには以前会ったガードと下っ端の組員が待っていて、俺を見ると鼻を鳴らした。
「西区の飯はうまかったか? いつまでよそにいるんだおまえ」
って俺はここのモンじゃないし。
「どうも、ジェフさんちぃーっス」
「ちぃーっス」「…………」
こっちのガードは手を差し出さずに挨拶した。この男はジェフというのか。初めて知った。
彼は片手をちょっとだけあげて応える。
「すまんがこっちの車に移してくれ」
二人が軽々と白い塗装の長カプセルを運んで、ジェフの乗ってきた凄く多い電飾で飾り立てた紫ラメのトラックの荷台に乗せた。さすが筋肉、力がある。
「ご苦労」
ジェフは手が切れそうな新札を運んだやつらとサブに渡す。俺も手を出したらにらまれた。
「やるわきゃないだろう!」
「そうか」
残念だ。相手は不愉快そうな顔で顎をしゃくる。
「乗れ」
「別にこっちの人間じゃないんだけど」
「来たからには顔を出すつもりはあるんだろう。四の五の言わずに乗れ!」
「こら、もっと丁寧に扱え」
玉がひょこ、っと箱バンから顔を覗かせてジェフを叱りつけ下りてきた。予想もしない相手が予想もできない様子で現れたので彼はぽかんと口を開けた。
「……なんだおまえは。こいつの子か」
「ワビ・サビの権化じゃ。うちの若いモンに手出しするとただじゃおかんぞ」
困惑した表情のジェフは、それでも目の前の相手が自分のボスが目の色を変える存在であることには気づいた。
「とにかく乗りな……乗ってくれ」
「うむ」
「じゃ、ジェフさんどーも」
「シロウさん、また」「…………」
「ああ。ビルによろしくな。そのうち行くよ」
「言っときます」
二人は明るく手を振り、サブはまたちょっとだけ頭を下げた。
下っ端の組員は荷台に乗せられた。俺は玉を抱えて助手席に座った。ダッシュボードに白いフェイクファーが敷かれ、バックミラーには安っぽい造花のレイがかけてある。なんかよくわからんセンスだ。
ジェフは黙って運転した。汎用タイプな男だ。しかし組織の中間管理職で人生を終えそうな気がする。
車はスムーズにサム・ライの邸にたどり着いた。駐車場には台車が用意してあり、カプセルは下っ端の手によって慎重に運び出された。
「こっちだ。早く来……るんですよ」
敬語に直そうとしてお母さんみたいになっている。内心にやにやしながら玉の手を引いて行くと、以前チナミが脱がされていた広間だった。
入り口に花が飾ってある。と言っても廊下のと違って生花ではない。白とピンクのテニスボールぐらいの大きさの花が交互に貼り付けてあるのでよく見ると、ティッシュで作ってある。どうもテープで貼っているらしい。
中に入ると妙な飾り物が天井から垂れ下がっている。色のついた紙を細く切って輪っかにしていくつも連ねて長くしている。壁には『シロウ君、お帰りなさい』とかかれた白い紙が張ってあり紙の周囲にはまたティッシュの花で飾られている。
「あの花みんなで作らされたんだぞ」
ジェフが恨めしそうにぼそっと言った。
紙の前に、満面の笑みを浮かべたサム・ライが立っている。
「お帰り、シロウ…………や、ややややっ!!」
彼は玉に気づいて息を呑み、それから凄い勢いで近寄ってきた。
「ここここ、この子はっ」
「玉という。日の本の血筋じゃ」
人は感動を極めるといったん無表情になる。サム・ライは顔色をなくし、それからはらはらと涙を流した。
「よくやった! よくやった、シロウ。よくぞ私の子を……」
まるで俺が子を生んだような言い方をするな、気色悪い。玉も抗議した。
「おまえの子ではないわ」
「いやいやいや。ここに来てくれたからには親も同様子も同様。おじさんのことをパパと思って甘えなさい」
「いやじゃ」
あっさり玉が否定した。サム・ライは訴えるような視線で俺を見る。
「急には無理でしょう」
「そうか。この子はどこで見つけたのかね」
「北区で。経歴は覚えていないそうです」
記憶障害のある天才少女だと説明した。打ち合わせてあった。
「島国文化については俺よりか知っているようですよ」
冷酷な面を持つ男が、羽でも生えて天まで飛び上がりそうな顔をしているのは面白かった。
「おお、それならこの歓迎の形式もわかってくれるな。ワビ・サビだ」
玉はうなずいた。
「わかる」
「そうか、わかるか。やはり私は間違ってなかった」
「間違いではないが、これは幼稚園などで行われていた歓迎の形態じゃ。普通大人はやらん」
サム・ライは呆然と彼女を見た。
「なん……だと」
「言った通りじゃ。小学校の低学年くらいはやるかもしれんがの」
がっくりと彼は肩を落とした。
「残念だ。最高の歓迎を表す古式ゆかしい手段だと思ったのに」
「どんまい」玉がサム・ライを励ました。「気持ちだけはよく伝わった」
とたんにサム・ライの顔が輝いた。
「本当か。ならよかった。明日はうちの復元士に会わせよう」
この地区の様々な文化を復元した人か。さぞかし有能なんだろう。
「シロウといっしょじゃなきゃ会わんぞ」
玉が俺の服の端をつかんで言った。彼はうらやましそうに俺に目をやった。
「やっぱりおまえは本物だったのだな」
「生粋のとは言えないでしょうけどね」
「かなり濃い。安心しろ」
いや別にどっちでもいいんだが。
サム・ライは部下の存在も商品のことも忘れたように玉に夢中になっている。
「この弾むような気持ちをどう表せばいいのかわからんよ」
玉はかっ、かっ、かっと笑った。
「カンタンだ。萌え~と叫ぶがよい。万葉集などにも使われる言の葉が、後の世に多少くだけて改変された」
「そう言うのか。わかった。萌え~!」
嬉しそうに言葉に従い「おおっ、確かに気持ちにぴったりだ!」とか言っている。
そろそろいいかと俺は言葉を挟んだ。
「ところで商品を確認したいのですが」
彼は急に顔を引き締めた。
「そうだ。それも大事だ。……カプセルをもっと中央に運べ」
部下たちが従うとサム・ライは男性用キモノの懐からカードキーを一つ取り出した。
「先にビルから送ってもらっていたのだよ。後から取り付けたらしいが」
そのまま外側の部分に突っ込んだ。俺はごくりと咽喉を鳴らした。
彼女ではない。あるわけがない。そう思う。
ただいくらか似ている可能性はある。
胸が痛い。何らかの言葉を叫んで紛らわすことなどできないぐらい。
心が震える。期待か、あるいは…………
近寄って覗き込んだ俺の目にまず飛び込んできたのは上に乗せられた白いドレスだ。
「…………自分の命も危うかった時、これを花嫁と思いこの簡易カプセルに閉じ込めて何とか逃そうとした男がいたわけだ」
サム・ライが感慨を込めたように真面目な声を出した。
俺は彼を見た。真剣な面持ちだ。
「共に沈もうと思ったりはしなかったのでしょうか」
「君はそう思うたちかね」
少し考える。
「そうかもしれません」
彼はカプセルの中身にいとおしそうな視線を注いだ。
「これを手放した男はそうではなかったようだな」
「そうですね。…………ところでこれはなんです?」
玉が教えてくれた。
「…………抱き枕と呼ばれておった。基本男性の心の妻の一つじゃ」
等身大の細長いクッションの一種で、可愛い女の子の絵が描かれている。
ウェディングドレスを横にのけ、サム・ライが持ち上げた。水着姿だ。なんと裏には後姿が書いてある。
玉が更に詳しく説明してくれた。
「もともとのルーツを探るなら、古代から隣の大国で竹夫人と呼ばれた竹や陶器の長い籠に行き当たる。夏に涼をとるために使われておった。もちろんわが国にも伝来したのだ」
「素晴らしい。伝統あるモノなのだな。それに、こんな完全な形の物は初めて見た。ビルに感謝しなければならんな」
サム・ライは嬉しそうに抱き枕を撫ぜている。手つきがとても優しい。
「西区は海に面しているのでこういったものを手に入れるチャンスも多いのだ」
「何かと恵まれているところなんですね」
彼は冷酷そうに口もとを歪めた。
「そうとも限らんがな」
それから片手で枕を抱えたままもう片方の手で指を鳴らした。冷えたビールとグラスが運ばれてくる。
「まあとりあえず乾杯といこう……こら、玉にはジュースを持って来い」
彼女がちょっと残念そうな顔で遠ざけられたビールを見ている。
部下が駆けていってぜえぜえ言いながらジュースを持ってきた。
「失われた島国とその血を引く美しい少女と抱き枕に乾杯」
サム・ライが掲げたグラスを俺たちのにちん、と合わせた。
「麗しき大和の国に乾杯」
玉の声に悲しみと郷愁が滲んだ。俺はただ黙ってグラスを合わせた。
感情も意思もない抱き枕は何も言わず、ただそこに存在していた。