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23.モテ期が来たなら忙しい

 翌朝、北区の組員を中央点に残して、玉と二人グレイスの車に乗った。かっこいい形の赤いクーペだ。おまけのようについている後部座席に乗せてもらった。ハートレイとビルは彼女のSPの車に乗っている。こっちは普通のセダンだ。


「猊下自ら運転なさるんですか」

「敬称はよして。そのままグレイスでいいわ。運転もギャンブルも大好きよ」

「いい加減やめてください。下の者は気が気じゃありません」

 助手席の、ミリアムぐらいの年の坊やがむくれた。グレイスの秘書だそうだ。

「この子はとても賢いのよ」

「捨て子だったから食っていくために必死だっただけです」

「いや、お前は賢い」


 俺の隣にちょこんと座った玉がちょっと伸び上がって後ろから彼を見ている。

「何も持たぬ子供がこの位置にいるだけでも相当な者だ。多少の知能があれば犯罪の方が楽であっただろうに努力したな」

 驚いて振り返った坊やはしげしげと玉の顔を見つめる。

「…………あの、この子凄く変わってません?」

 慌ててごまかす。

「え―と、天才少女だから気にしないでくれる」

「はあ。なんか口調も物語のおばあちゃんぽい」

 かっ、かっ、かっと玉は笑った。

「婆と呼んでもいいぞえ」

「自分より年下のおばあちゃんはいりません」

 からかわれたと思ったらしく憤然と拒否した。


 名前はトビー。かなり幼い頃からあちこちを転々として必死に働き続け、教会の下働きにたどり着いた。そこから努力と幸運で今の位置まで来ることができた。頭だけでなく顔立ちもかなりいい。とび色の巻き毛で同じ色の目が大きく女の子みたいだ。


「そういえば大人はともかく地獄の子供は可愛い子けっこう多いね」

 何気なく言ったらまた振り返り、ため息をつかれた。

「何か変なこといったっけ」

「いえ。恵まれた人だなと思っただけです」

「?」

「……並み以上の容姿の子の方が生存率が高いんです。過去の文献なんか読むと戦時中の孤児院の子もそうだったらしいですね」

 凄くハードな理由だった。

「大人だけじゃなくて子供同士でも力を持った子に媚びたり、気を惹いたり。で、その子が大人の気を損ねて気の毒なことになったら手のひらを返して次の子に媚びて。僕も自分の顔にはけっこう助けられましたよ」

「ごめん。北区で会った教会の下働きの子はフツーの太目の男の子だったから考えても見なかった」

 トビーは少し苦く笑った。

「並みより恵まれた職についているんだから、何か特別な長所でもない限り組織の幹部の子供の一人かもしれませんね」

 そんなこともあるのかもしれない。



 赤いクーペは教皇庁の裏の駐車場に止まった。SPの車も横に止まり、こっちの車のドアを開けて降りたグレイスの真横に、そびえるような大男が二人ついた。

「ご苦労さま」

 優雅な足取りで歩き出す彼女の後をが追い、その背後に玉の手を引いた俺とハートレイが続く。

 ビルはつっ、と列から離れた。

「先に姉ちゃんに顔出してくるわ。コーラスにシェリルのこと聞いといてくれ」

「わかった」

 慣れた様子で事務所の方に行ってしまった。


 グレイスたちは教皇庁の応接室の一つに招かれた。俺は事務室に呼ばれた。部屋の隅のソファーを勧められ、四十過ぎの女性が対応してくれた。

「残念なことに第三地区の地獄都市で規模の大きい騒乱がありたくさんの人が亡くなりました。どうにか収まったのですが教皇猊下はそちらに向かわれました」

「危なくないんですか」

「危ないですよ。それでも教皇さまは行かれる方です」

 大変な仕事だと思う。

「コーラスの人たちは?」

「いっしょに行きました。それで伝言があります。教会関係の場所に電話で尋ねてみたけれど、該当する人を覚えている人はいなかったようです。何か思い出すことがあったら連絡してくれるように頼んではいます」

 自然と自分の肩が落ちるのがわかる。車の中でグレイスたちに聞いてみたが知らなかった。

――――ミサの途中に来て、早く出て行ったとか

 あの熱狂の最中なら教皇以外誰にも気づかれないかもしれない。それでもコーラスのお姉ちゃんたちなら気づきそうだが。

 もう一度教皇に尋ねてみたいが留守だ。

「ええと、それではシェリルって名の少女についてはどうでしょうか」

 申し訳なさそうに女性が答えた。

「それについては戻ってからお伝えするそうです」

 仕方がないから礼を言ってそこを出た。


 Jにもあいさつをしようと組織の方にも行ってみた。玉は大人しくついてくる。顔パスで中に入り大理石の床を歩いていると、完全にのびたビルが担架で連れ出されてきた。

「どうしたのじゃ、あやつは」

 玉が目を白黒させる。こっちも答えようがなくて途惑っていると、担架の出てきた扉から黒服が顔を出した。指先をまげて俺たちを招く。中に入るとやはりガードに守られたJがいた。

「帰るやいなや女子力向上計画について口から泡を飛ばして語りだすから、とりあえずぶっとばしておいた」

 やべ。俺のせいかも。


「ちょうど話すことがあったからよかった。この子は?」

「玉という。シロウの保護者じゃ」

 自ら名乗る五歳くらいの少女にJは面白そうな目を向けた。

「ほう。君自身の親御さんは?」

「知らぬ。いたとしても大昔に死んでおるじゃろ」

「そうか。なかなか可愛らしいし賢そうなので人さらいには注意したまえ」

 玉はまんざらでもなさそうだ。

「うむ。心に留めておこう。お主の名は」

「ジェイン・サンダース。Jと呼ばれている」

 小さな手を握ってJも微笑んだ。口調と違って女性的なものが滲んだ。


「話すことってなんですか」

 尋ねるとからかうような色を目に宿した。

「おまえ……いや、君の奥さんが面会に来ている」

 ぎょっとして心臓が凄い速度で打ち始めた。

「…………誰ですか、それ」

「背の高い美女で……いや、会ったほうが早いだろう」

 指を鳴らすとガードの一人が部屋から下がり、すぐに長身の女をつれてきた。俺は呆然とその人を見つめた。


「………………チナミさん」

 着物姿の彼女は履物を脱ぎ、床に座ると指をついて頭を下げた。

「お帰りなさいませ、ダンナさま」

「ちょ、ちょっと頭をあげて、っていうか立って」

 チナミはしとやかに立ち上がった。玉には視線を向けようともしない。

「妻ってどういう意味?」

「夫に奉仕する立場のことです」

 いや待て、その認識はいつの時代のものだ。

「俺はあなたの夫じゃない」

「そうなるべく命じられました」

 誰にってサム・ライに決まってる。黒い瞳を覗き込むが何もわからない。


「あなたは魅力的だけどそのつもりは全然ない。第一言われたからそうするって、こっちもイヤだ」

「…………私は嬉しかったのですが」

 あまりに小さな声で聞き取りにくかった。

「え……と」

 瞳の奥に何か感情のようなものが見え隠れしている気がする。まったく読み取れないけど。

「他に言われたことがあっただろう」

 Jが促すと彼女はうなずいた。

「はい。急に消えたことは聞かないから、ビルから商品を受け取ってきて欲しいそうです」

「ああ」

「しばらくあいつは起きないだろう。夫婦水入らずで話すか?」

「はい」

「ダメ! No! お断りします!」

 彼女はにやにや笑うとチナミの方を見た。

「彼に他にも話すことがあるのでホテルに戻っててくれ」

「………………はい」

 頭を下げると落ち着いた身のこなしで部屋を出て行った。


「……………………」

「お疲れさん」

「いえ。関係ないことに時間を取らせてすみません」

 深々と頭を下げると彼女の笑みは深くなった。

「実は面会人は一人じゃない」

「はあ」

「君の婚約者も来ている」

「へ?」

 どどど、どういうことだよ。

「妻は二日前、婚約者は今日着いた」

 Jは再び指を鳴らした。ちょっと間があってから黒服が扉を開けた。転がるような勢いで女の子が飛び込んできた。


「お兄ちゃん!」

 天使のような髪の子が俺にしがみつく。

「ミリアム?! なぜここへ……」

「お兄ちゃんがどうしてるかなと思って仕事の後サム・ライの邸に行ったの。知ってる人いるから。そしたらその人が早く帰るように言ってやってくれって西区近くまで送ってくれたの」

 そこからバスでここまで来たらしい。

「婚約者って?」

「そう言ったら会えるかな、と思って」

 照れたように笑う彼女は今は娼婦ルックではない。ひどく安っぽい生地で大人しい形のワンピースを着ている。色だけはさわやかなミントグリーンだ。バスに乗る前かあとに近くの店で買って着替えたんだろう。

 胸の奥が痛くなった。大部分を搾取されたなけなしの金で買っただろうワンピース。

 無意識に彼女の髪に指を入れてくしゃくしゃにすると、少し赤くなって目を伏せた。


「ほう。モテモテじゃな」

 玉の声にミリアムはぱっ、と目を向け、鋭くにらんだ。

「誰? あんた」

 幼女の姿の妖は手の先を落ち着かせるように動かした。

「シロウの愛人ではないから安心せい。子供は趣味ではない」

 自分のことを言ったんだと思うが、ミリアムは一瞬ほっとした顔をし、それからすぐに不安そうになった。

「…………年下は嫌い?」

「そうじゃないけど……」

 彼女の細い腕が俺のに絡む。

「お兄ちゃんならがんばればすぐ両刀(バイ)になれると思う」

 ぷっ、とJが噴き出し、すぐに真面目な顔を作った。目が笑ってるけど。ミリアムは慌ててフォローする。

「あ、でもこの人黄髪のビルのことは好みじゃないから大丈夫だと思います」

 Jは口の端を震わせながらも何とか耐え、少女の肩をぽんぽんと叩いた。

「それはよかった。まあ、君もがんばりなさい」

「はい!」

 元気よく答えたミリアムは天使のような笑顔を見せた。


 ミリアムもいったん別室に戻された。俺はJに尋ねてみた。

「サム・ライが焦れたんだと思うけれど、今回の取引の商品はなんなんです?」

 確か人型だといっていた。もしかして…………

「さあ。商売内容は一切知らんな。だが長細いカプセルを家に持ち込んだことだけは知っている」

 ドキリとした。だがなるべく顔に出さないように気をつけた。

「本人が留守して大丈夫なんですか、それ」

「自宅のセキュリティには気をつけている。商品が欲しくて組織のボスの邸に忍び込むやつも少なそうだがな」

一人用の革張りの椅子にくつろいで座ったJはテーブルを挟んで長いほうのソファーに腰掛ける俺に目を向けた。

「なんにしろ早く取引を終えてもらいたいものだな。サム・ライとの関係性はありがたいが、やたらに客が増えるとトラブルも起こりそうだ」

「すみません」

 確かにこのままほっておくと、次はタエコさんあたりが現れそうだし更に無視すると接触のあった東区のガードがぷんぷん怒りながらやってくるかもしれない。


「女性は二人とも先に返して、ビルが起きしだい商品の受け渡しを進めてもらうことにします」

「そうしてくれ……君の女が何人現れるかカウントするのは楽しそうだがな」

 Jは手の先をわずかに振って会見の終わりを告げた。礼を言ってそれぞれのいる場所を聞いて別れた。


 覗くとビルはひっくり返ったままなのでそこに玉を置いてミリアムのほうに行ってみた。また、飛びついてくる。

「ねえ、お兄ちゃんいっしょに帰ろう。サム・ライのとこの人にも頼まれてるし」

「用事が残っているんだ。先に帰っててくれ」

「えー。よその区来るの始めてだし慣れないのに」

「ごめん。早めに戻るよ。あ、これ少しだけど」

 手の中に多少の金を忍び込まそうとするとすうっ、と顔色がなくなった。


「………………いらない」

 やらかした。娼婦やってる女の子だってプライドはある。俺は慌てて笑顔を作った。

「ワンピース代使わせちゃっただろ。ミリアムは肌白いからその色似合うね。服に合わせて何か買ったらいいと思う」

 上目づかいで俺をうかがっている。

「で、残りで菓子でも買っておいしそうに食べてると思うとそれだけで嬉しい。俺の自己満足のために受けとってよ」

「…………うん」

「あと、おごるから昼飯食べに行こう」

 一瞬顔を輝かせた彼女が、また目を伏せておずおずと尋ねた。

「あの子も来るの?」

 玉のことだろう。彼女は食事をとることはできるが必要とはしない。嗜好品の意味で好きな食べ物や好奇心はある。味覚は以外にフツーだ。

「ビルのとこにいるからどうにかしてくれるだろう。二人で行こう」

「うん!」

 機嫌がなおった。



 教皇庁にも組織にも安めの食堂があったが、組員に聞いて教会前の広場の向こうのホテルのカフェに連れて行った。もちろんチナミの泊まっているとことは別だ。

 それほど高級なホテルじゃない。けれどミリアムはえらく緊張して、ウェイターが何か言うたびにお辞儀したりしている。レストランに連れて行ったらもっと固まっただろうからこっちにして正解だ。

――――ルークは気にしてなかったな

 彼女も地獄のハレム出身だったけど、食べ物に集中して周りのことなんか気にしてなかった。


「今、誰かのこと思い出してる?」

 ちょっとにらまれた。女の子は勘がいい。

「いや」

「そりゃ好きだった男の人のこともたまには思い出しちゃうかもしれないけど今はやめてね」

 だから違うし。しかし今更そう言い出すわけにもいかず、ちょっと降参のポーズを取ってみた。

「…………ごめんね。恋人でもないのにわがまま言って」

 強気な態度はすぐに崩れ、淡い翳りのある表情に戻る。

「全然。一度言われてみたかった」

「ほんと?」

「デザートなんにする? 二つぐらいは入るよね」

「え、いいの?」

「入るんだったら三つまではOKだ」

 可愛い笑顔に戻ってくれたので、財布は痛いが満足だ。



 バスに乗せるとちょっと涙目になったが、それでも手を振ってくれた。俺も振り返し、車が遠くなるまで見送った。

 完全に見えなくなってから、踵を返してチナミの泊まるホテルに行ってロビーに呼び出す。

「交渉を終えてから戻るので、先に帰ってください」

 彼女は切れ長の瞳でじっと俺を見る。なんだか落ち着かない気分だ。

「…………いっしょにいてはいけませんか」

 深くて底の見えない夜の湖のような瞳。だけど今はそれがわずかに揺れているように見える。

「いえ。すぐに戻ると伝えてください」

「………………はい」

 従順に答えながらも細い指先が伸びて俺の指に絡んでくる。

 そのままにしていると優しく手を握り、美しい体を息がかかるほど近づけた。

 少女よりもっと濃厚な女の匂い。無感情に見える表面よりもずっと強く男を刺激する。

 ロビーに呼び出してよかった。部屋だったらえらいことだ。

 握られた手を外し体を遠ざける。彼女はそれに逆らわなかった。

 俺は見送りもせず、背を向けた。



 組織の建物に戻るとビルが起きていた。代わりに玉が眠っていた。

「サム・ライから矢の催促だ。すまんが商品を持っていってくれ」

 こいつからも正式に依頼される。ちらと見ると腕の包帯はまだ巻いたままだ。

「わかった。おまえは行かないのか」

「コーラスがいつ帰ってくるかわからねえ。とりあえずこっちで待つ」

「ああ。細長いカプセルだって聞いたけど重いのか?」

「持って歩けとはいわねえよ。子飼いのガードが車で送る。もう車に乗せている」

「品はなんだ」

 肩をすくめられた。

「正確にはよくわからねえな。人型としか言えない」

「わかった」


 眠っている玉を抱き上げて、駐車場まで歩き出そうとすると呼び止められた。

「おい」

「うん?」

「また玉つれて来い。案内すると約束した」

「わかった。Jは部屋か? 礼を言ってくる」

「姉ちゃんは仕事で出かけた。伝えておく」

「そうか。よろしく頼む」

 そのままそこを出て行った。


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