21.ガードは一人で充分だ
ショウの準備は時間がかかった。魔法使いらしい格好をさせるために呼ばれた演出スタッフが、ダンブルドア派とガンダルフ派に分かれて争ったのだ。
が、そこで「ハードボイルドな殺し屋って部分はどうなった」と言いだすやつが出て喧々諤々、ついにはもう「ポッターでいいだろう」と投げやりな意見が出、更に手間をかけたくないカジノ側が「何でもいいからとにかくマントを着せろ」と質のよい黒マントとディナージャケットを持ってきた。あといかにも魔法使いっぽい杖を渡された。
「あ、笑わないで。そのままでもダメ、もっとミステリアスな賢そうな表情で」
カメラマンに無茶言われつつポーズを取る。魔法少女でさえなければこの際何でもいい。ただ、名前だけは芸名にしてくれと頼んだ。
「いいっすよー。でも呼ばれて反応が鈍いのも困るんで、ファーストネームはそのままで、んー、シロウ・フジヤマでどうっすかー」
例の島国にあった伝説的な山だそうだ。つくづく縁があるらしい。承諾すると一瞬でキャッチフレーズを作られた。
「貴女の心をとりこにする魅惑の魔法使いシロウ・フジヤマ。これでいくっス」
…………気の毒な女の子のためだ。たえるんだ、俺。
しばらく撮影と打ち合わせがあった後、時間まで休んどけと開放された。
「あ、食事はホテルがサービスしますから好きなところで食べてください」
シェリー側の資金は全て賭け金としてプールされたからこれはありがたい。黒服が予定金額の三分の二を提供してくれた。
「うちの崇貴卿に色つけられると困る。が、掛け値なしだ。これ以上一銭も出せんしあんたが負けても神父にはやらせない」
見捨てると宣言されてしまった。さっきの勝ち分を合わせるとけっこうな金額だがそれでもバカラの賭け金としちゃ大きくはない。だから大きめに勝たないと嬢ちゃん分の費用は出ない。けっこうシビアな条件だ。
悩みつつレストランの一つの入り口に近寄ると声をかけられた。
「ちょっとちょっと、おにいさん一人?」
目を向けるとテンガロンハットをかぶりだぶだぶの男物シャツを腕まくりしてきた十五くらいの女の子だ。デニムとウエスタンブーツは古びてくたびれている。皮製のホルスターに銃は入っていない。帽子の下にのぞく髪はグレイだ。
「いっしょに入ってくれねえかなあ。飯食いたいんだけど入れてくれないんだ」
「その格好じゃ無理だろう。着替えは?」
「持ってねえよ。まいったなー」
「金は? ショップも多い」
「小銭しかねえんだ。ご飯代はディナー券もってっから、たかろうたあ思ってないよ」
ヒラヒラと券を振る。
「その券ならどこの店でも使えるよ」
「ここで食いたいんだ」
俺はちょっと考えた。
「ギャンブルはやったことあるか?」
「そんな余裕のある暮らしじゃねえし」
「そうか。じゃ、スロットだな」
「え? おい、ちょっと……」
踵を返した俺に女の子は途惑ったがとりあえずついてきた。
スロットの扱いを教えてやる。彼女はおそるおそる小銭をメダルに変えて入れ、あっという間に失った。
「ちょ……おま…………」
「安心しろ。調子づくのに少し時間がかかるだけだ」
俺はウェイターを見つけてウォッカ抜きのソルティドッグを頼みサインした。このコーナーの酒は有料だ。
「おいっ、次のも消えたんだけどっ」
「焦るな。大丈夫だ。五回目ぐらいで魔法をかけてやるから」
運ばれてきたカクテルを飲みながら答える。
女の子は更に金を失い、恨めしそうに俺をにらんだ。スルーしてしばらくそれを眺めた。
「ちょっと……マジかんべん……次で五回目だよ」
半泣きになる女の子を見て片頬を歪めた。
「もういいな。手伝うよ」
目立たぬように背中にさしていた杖を取り出す。
「親愛なるカジノの神々よ、彼女に祝福を与えたまえ!!」
そう叫びながら杖を派手に振り回し、最後にコツンとスロットを叩く。
あたり中の客が何事だろうと俺たちを見ている。
呆気に取られた女の子がすごい勢いで抗議した。
「おいっ、おまえ、詐欺師かよっ、四回分損したじゃねえか!」
「今度は大丈夫だ。やってみろ」
「んなわけねーだろ、これ以上は一銭も失うわけにはいかねえんだよっ」
「いいから……俺は偉大な魔法使いだ」
彼女はぶつぶつ言いながらコインを入れた。
「まったく、変なヤツに声かけちまったせいで根こそぎ金を………………おわっ!!」
絵柄が揃い、スロットは小気味よくコインを吐き出した。
「うわー、初めてやったが楽しいもんだな。あと一回……」
釘を刺した。
「これ以上祝福はせん。MPを使いすぎるんだ」
周りの客が色めき立って祝福をねだったがにこやかに断り、コインの箱を台車に載せた彼女を連れ出した。
「すげー。すげー」
「換金したらドレス一着と飯三回分ぐらいだ。それほど大した金額じゃない」
「でもすげー。疑って悪かった。おまえは本物の魔法使いなんだな」
ちょっと苦笑いする。が、フロアマネージャーを見かけたので呼び止め、彼女の服のことを頼んだ。
「うおっ、うめえ。こんなの初めて食った!」
着替えた女の子は思ったよりずっときれいだったが性格までは着替えていなかった。
「え、おにいさんそれ残すの? え、信じられん。うまいのに」
「…………やるよ」
「ありがてえ」
健康的によく食べる。
「君は地獄地区の出身?」
「おうっ。スラムの生まれよ」
地獄都市の少女は普通淡い翳りを身にまとっている。だけどこの子にそんなものは見当たらなかった。
「名前は?」
ガツガツと食べながら答える。
「…………ルーク。ルーク・ソラド」
「男の子みたいな名だな」
「ひでえなあ。可愛い名だと思うんだがな」
「かわいいよ」
ルークは一瞬フォークを止めて固まり、それからすごい勢いで料理を詰め込み始めた。一通り皿の中身を空にするとやっとこっちを見た。
「おにいさん職業的なタラシ? どきっとしたぜ」
「ちゃうわ」
「魔法とか使われたら困るな」
「夢を壊すようだがニセモノだよ」
「へ? さっきスロット当てたじゃん」
もう一度頬を歪める。ルークはきょとんとしている。
「タネがある」
「?」
「俺はこのあとゲームのプレイヤーにならなきゃいけないんだ。もう少し立ったら宣伝が始まる。その当事者が派手にスロットで負けてたら人が集まらないだろ?」
「え……てぇことはスロットってイカサマ……?」
「いつもは違う。スロット程度でどんなに大勝ちされてもカジノの屋台骨は揺るがないから放っておく。でも非常の際と宣伝のためには多少いじれるんだ」
ルークは地団駄でも踏みそうに俺に詰め寄った。
「え、だってさあ、おにいさん特に連絡取った様子なかったじゃん。おいらがつかまえたのは偶然だよ、偶然!」
ちょっと微笑んだ。
「カジノはカメラで監視されている。だから充分伝わったと思ったが念のためダメ押しした」
「?」
「酒のサインだ」
シロウ・フジヤマとサインした。
ルークは憤慨した。
「汚ねえ。さすが大人汚ねえ」
「ま、そんなもんだ」
彼女はデザートが来るとすぐにキゲンを直した。
「おにいさんはいつもこんなことやってんの?」
「シロウ、と呼んでくれ」
「うん、わかった。で?」
「いつもってわけじゃない。なりゆきだ」
クリームたっぷりのケーキを幸せそうに食べていた彼女は、ふいにその手を止めた。
「おいらを雇わねえ?」
「カバンはないからカバン持ちはいらん」
「ちゃうちゃう。用心棒としてさ」
空のホルスターに向けた露骨な視線に気づいて焦る。
「えーと、これは」
「このホテルは組織の者以外銃はクロークで預かる」
組員でさえ数が割り当てだ。
「うん……イヤだって言ったんだけどね。でも、おいらけっこう強いぜ」
見るからに健康そうで、細くてしなやかな体つきではある。
「いや……用心棒は間に合ってる」
「ええ、いないじゃん」
「いるんだ、一応」
軽く説明するが納得できないようだ。
「傍にいなきゃ仕事になんねえだろ」
「いや、けっこういい仕事するんだ。おかげで命が助かった。それより君は?」
「雇い主に連れられてホテルに来たんだけど、銃を取り上げられた時点で解雇された。食事券はもらってたからとりあえず飯にしようと思ったら入れなくてさー、マジ困ってた」
「そうか」
ルークは不思議そうな顔をした。
「そんだけ? すげー可愛い女の子がちゃんとドレスアップして前にいるんだぜ。ふつーはもっと色々聞いたり口説いたりしねえ?」
不満そうに口を尖らせているが、確かにきれいな子だ。髪と同様瞳もグレイで色白で、黄色系と白色系の特質が程よく混ざっている。
「子供は範囲外だ。きれいだとは思ってるよ」
「子供って。いいっすよ、魔法使いは感覚が変……?」
レストランに流れる静かな音楽が急にアップテンポの華やかなモノに変わった。女性の声が夜に始まる特別イベントの案内をする。
「……親は当ホテルの誇る№1ディーラー、スティーブ・ライダー。対するは貴女の心をとりこにする魅惑の魔法使いシロウ・フジヤマ!!」
先に渋い中年男のホログラムが上に現れ、にっこり笑って片手を挙げる。続いて俺の姿が現れ、にこりともせずに杖をこちら側に向ける。
音と光がはじけ、映像は一瞬のうちに姿を消した。
客の一部が俺に気づいて指差したりしている。スルーしてコーヒーを飲んでいると口をあけていたルークがやっと声を取り戻した。
「すげーじゃん、シロウって有名人?」
「いや、別に」
「これからかあ。やっぱガードは二人くらいいるんじゃね?」
「いらないよ」
「ゲームの時もそいつ来ないんじゃないの?」
「さあ。今の映像は客室以外には流れたはずだから来るかもしれんし」
彼女はしばらく自分の有能さをアピールしていたが受け流した。金が尽きたらやめるつもりだが、近くにこんな子がいたら質にされかねない。本末転倒だ。
不満そうなルークと別れ、部屋に戻って玉の隣のベッドで眠った。時間までに気力も体力も整えておきたかった。
夢で彼女に会った。
冷たい緑の目がいつもよりやさしく俺を見ていた。
夢はいい。リアルを忘れさせる。
だけど手をさし伸ばしても抱きしめることは出来なかった。
サービス精神の足りん夢だ。そのぐらい許してくれよ。
いや、できればそれ以上。もっとだ。
かなり人が集まった。着飾ったご婦人方が俺を見て語っているのが聞こえた。場の雰囲気なのか悪くもない評価だったのでニヤけそうになったが、要求されている役割と違うので顔を引き締めた。
杖を振ったとたんサイドのランプが点くなど、打ち合わせてあった手品ともいえない演出の後に紹介がある。黙って杖をあげて見せたがだんだん緊張してきた。
胃液を噴出しそうな気分で席に着く。努力の必要なく笑顔など出ない。
ゲームは単純で、配られたカードの合計の一の位が九かそれに近いほうが勝ちだ。Aは一、絵札及び十はゼロとして扱う。他はそのままの数字だ。ジョーカーは使わない。
一般客は親であるスティーブ氏かプレイヤーの俺かに賭ける。賭ける人数によって毎回ルートが調整される。
グリーンのフェルトがぴったりと貼られたテーブルの上、二枚のカードが配られる。
開いてみると六とジャックだ。絵札はゼロなので合計六。
どうするべきか。もう一枚引くべきか。あるいはやめるべきか。
逡巡したあげく一枚引いたが五だった。相手は微笑んだまま二枚のままだった。
「シロウ一、スティーブ五。ウィナー、スティーブ!」
げ、三枚目を引かなきゃ勝っていた。石でも飲んだように胃が重くなるが表情には出さずにクールなふりをする。
少ない賭け札が木のへらであちらに移る。急に恐怖感がこみ上げてくる。
いや待て。まだ一回目だ。まだ完全に負けたわけじゃない。
二回目のカードは五だった。再び悩むが今度は追加しない。けれど相手はもう一枚引き、なんと九を叩き出した。
「九! ナチュラルです!」
ざわつく人の声。明らかに失望の色を含んでいる。スティーブ氏はよりいっそうにこやかだ。
内心、パニくり始めた。俺は人々の期待に応えられない。というか軽蔑の的になるに違いない。
叫びだしたい気分になったが、視線を動かすとルークが部屋にいることに気づいた。俺にも相手にも賭けていないらしく隅の方で心配そうな目を向けている。
知り合ったばかりの女の子が俺のために胸を痛めている。あまりよろしくない事態だ。
と、彼女はいきなり財布を開くとなけなしの金を取り出し、近くのスタッフに渡して賭け札と代えた。
げ、やめてくれ! 俺なんかに賭けちゃダメだ…………って。
特別室ではセクシーで美貌のバニーガールが色気を振りまきながら酒を運ぶ。傍らに置いた杖で招いてちょうどのっていた一杯をもらう。ギムレットだった。
「どうやら、今夜の魔法は私の方が得意のようですな」
スティーブ氏は自信満々に言う。俺は軽く片眉を上げる。
「…………プレゼントの時間は終わったので」
今までと違う態度に相手が途惑うのを感じる。俺はひょいとギャラリーに目を向けた。
「次にわたしに賭けてくださる方はいますか?」
二連敗直後なので一瞬しんとしたが、すぐにルークが手をあげる。
「おいら、賭けるよ」
彼女をじっと見つめ、初めて微笑む。
「それでは今回は美しいレィディ、貴女のために」
ルークが硬直したのがわかる。知ってる。サムい。
「それと私の分は賭け札三倍で」
これで負けたら資金は九割消える。
俺は裏返しのまま杖でちょっと触れてみた。
「見ないのですか?」
近くの客が尋ねた。俺はうなずく。
「ええ。必要ないので」
会場がどよめく。スティーブ氏を見ると口角が少し下がっている。
彼は自分のカードを見るとほんの少し悩んでもう一枚引いた。
先の二枚はあとで開かれるが、最後に引いたカードはすぐに表が出される。三だった。
続けて親のカードが開かれる。クィーンと五。つまり八で彼は満面に笑みを浮かべた。
俺はひんやりとした表情をキープしている。
これで負けたらルークまで金を失う。だけど今、そんなことはどうでもいい。
人のことまで気にしていたら絶対に勝てない。
スリルが俺を蝕む。胃が焼け付きそうだ。アドレナリンで皮膚がざわざわする。
…………だが、それがいい。
カードは最も多く賭けた人がめくることになっている。今回はルーク一人だったので彼女がめくる。
「四と五! 九じゃん、シロウっ!!」
MCがマイクを使う前に彼女が叫んで飛びついてくる。そのしなやかな感触を一瞬だけ楽しんですぐに引き離す。
「レィディ、心よりの感謝を」
またルークが固まる。それを無視して人待ち顔で周りを見渡すと、一人がふらふらと寄ってきた。
「次はあなたに賭けるわ、魔法使いさん」
あまり容姿の優れない中年のご婦人だが、ブラウンの瞳は若々しく輝いている。
「ありがとう、マダム。貴女のきれいな瞳に乾杯させてください」
指を鳴らしてバニーちゃんを呼び、のっていたフィズのグラスを合わせる。彼女を見つめたまま一口だけのみ、ゲームに入る。
今度はカードをちゃんと見たが、一瞬たりとも考えずに三枚目をもらい、七を出して勝った。
「つぎあたし!」「私も!」「我輩も!」
賭ける相手は増える一方だったが、容姿年齢性別にこだわらず、必ず最初の相手に礼を言った。どんな美女が流し目を送ってきても最初の人でなければ目を向けなかった。
もちろん時々は負けた。そんな時は「勝利の女神はあなたの美しさをやっかんで隠れているのかもしれません」とか歯の浮くようなせりふを囁いた。怒られるかと思ったが不思議なことに言われた相手は赤くなった。
ただし負け数は多くはなかった。
やがてスティーブ氏は両手を上げた。
「…………魔法使いには勝てませんな」
全面的な勝利だった。
「それでは普通都市の女の子を解放してもらえますか」
「それが…………」
彼はわずかに口ごもった。
「彼女の身柄は今、私には無いのです。実はあなたが休んでいる間に非公開の賭けがあって、こちら側が負けました」
「話が違うじゃないか!」
詰め寄ると後ろから凛とした声がした。
「彼を責めないであげて。そういう立場なのよ」
振り向くとゴージャスなプラチナブロンドの美女が立っている。
「また会ったわね」
紅い唇が、三日月の形に反った。