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2.サムライといっしょにスィーツを

「ちょ、ちょっと! 」

「苦情は後だ」


 店に入る前にその辺の地理ぐらい確認していた。

 この店は南北に通る大きな道から二つ目の通りに添っている。

 汚い袋小路が罠のように並んでいるが、正確にそれを避けて別の通りに駆けこんだ。


 細い小路のその付近は、一見まじめな商店街だ。だが、干物屋の二階はあいまい宿だ。


 店の横の階段を駆け上がり、部屋の入り口のメーターにコインを入れると扉が開いた。


「よく知ってるねー。この辺はよほどの通じゃなきゃ気づかないのに」

「観光案内を読んだんだ」


 安っぽいが派手な色のソファーに腰を下ろすと、幼い街娼はピンクの掛布のかかったベッドの方に飛び乗って手招いた。


「お兄ちゃん、こっちこっち。マント脱いでおいでよ」


 全身を覆うこげ茶のマントは脱ぎたくない。


 たいして広くもない部屋だ。俺は席を離れずに答えた。


「聞こえるからそこで話せ」

「ええ、つまんないよ。特別にコインをもう一つだけでいいからしようよ」


 首を横に振った。


「実はホモだ。可愛いなーとは思うがその気にはなれないから続きを話してくれ」

「ええ………」


 ロリ娼婦はちょっと機嫌を悪くしかけたが、少し考えてこっちを見つめた。


「……あたし可愛い?」


 嘘をつく必要はなかった。


「可愛い。だけど化粧全部落としたらもっと可愛い」


 赤い口紅も濃いアイラインもつけまつげも取っ払ったら、今よりずっと可愛いはずだ。


「それ、裸になるよりずっと恥ずかしい」


 ファンデーション越しでもわかるほど赤くなっている。

 女の子の感覚はよくわからない。



「さっきの話の続きだが………」

「この辺のお偉いさん……はっきり言ってボスのことね」

「そうだ」


 地獄にだってある種の秩序はある。十七地区は大まかに、東西南北四つに分けられる。ここは東区だ。


「…………ボスの名はサム・ライ」


 娼婦の話によると、年の頃は五十過ぎだが髪はすでに白く、長さはミディアムロングでオールバックにして後ろに流している。ダークな色合いのエスニック・ローブを身に着けていて、足先が二つに分かれた白ソックスに板切れのようなサンダルを履いている。

 お茶の時間を大事にしていて、その際ビーンズペースト入りのスィーツを食べるらしい。


「くわしいね」

「商売を始めるときご挨拶に行くの。普通は下っ端に顔合わせて終わりなんだけど、ちょうど暇だったらしく会ってくれたの。シュガーの入らないお茶はすごく苦かったけど、珍しいお菓子は悪くなかった。ヘルシーな自然素材で作ってるんだって自慢してた」


 甘い物の話をしている時は本来の年に見えた。


「サムは女好きか?」

「フツーじゃないかな。綺麗な色のエスニック・ローブを着た美女サバイバーが何人かいたよ。それとてっきりこの人が最初かと思ったらそんなことはなかった。小娘には興味ないみたいだった」


 この地区では受胎可能年齢の方が女の価値は高い。


「シルクって子は?まだ十六なんだろ」

「単に予約。上納金の率低めで、ダンサー以外の副業しなくていい約束で、十八になったらボスのとこに行くことになっていたの」

「飛び出していった先はボスのもとかな」

「さあ。ただ最近このエリアでそんな噂の女の子は彼女だけだった」

「ボスの邸は?」

「割と郊外。案内してあげようか」

「頼む」

「じゃ、先にコイン一つね」


 片手で受け取った彼女が近寄ってきてふいに頬を胸元に擦り付けた。


「ねぇ………タダでいいから」


 安手の香水の他、甘い匂いがする。女の子本来の匂いなんだろう。

 思わず反応しかけたが心の内で般若心経を唱えてどうにか落ち着かせた。


 ただ、ぎゅっと一度だけ抱きしめた。

 体の温もりを、彼女のベルトのバックルがわずかに冷やした。


「………行こう」


 少女は黙ってうなずいた。




 日は落ちていた。

 竹林(バンブー・フィールド)の奥に豪華な異国風の建築物がある。

 広い庭園はシンメトリーの配置はされていない。自然の美を活かした造りだ。

 石造りの奇妙な造形物によって飾られている。

 黒服を着たガードやド―ベルマンが邸の周辺を徘徊する。


「これ以上は近づけないな」


 あきらめていったん下がろうとするが、少女は微笑む。


「ううん。中に入れるよ」


 ショートパンツから引っ張り出したデリンジャーを俺に向けている。

 構える隙もなく背後に人が現れる。


「よくやった。さがれ」


 ひょろりと背の高い黒服の男の一人が顎をしゃくった。


「あんまり……ひどいことしないであげて」

「黙れ。すぐに仕事に戻れ」

「ごめんね………お兄ちゃん」


 少女が悲しそうな顔をほんの一瞬見せ、そのまま走り去った。




 豪華でエキゾチックな邸には入れてくれない。庭の外れの離れ屋に招待された。


「とりあえず身体検査と行こうか」


 少女と話したリーダー格の男は指をパチン、と鳴らした。


 下っ端が二人、俺の体を探る。

 マントは外され、その下のシャツやボトムまで脱がされる。


「………気色悪いんだが」

「ホモじゃなかったのか?」


 ニヤニヤと笑われる。どうやら、最初から盗聴されていたらしい。

 誘いに乗らなくてよかったと、心の底から思う。


「あんな子供に汚い仕事させるのはよくない」

「説教か?余裕があるもんだな」


 下着一枚にさせられ、身に着けていた銃も奪われる。


「グロックか。軽いな」

「あんたのもそうだろ」


 突きつけられているのはH&K社のUSP。大きさも重さもそう極端に違うわけじゃない。


「多少の違いは大きい。だが、それはいい。知っていることを全て話せ。まずどの地区出身だ」

「十一普通地区」


 大陸の中央に位置する場所だ。


「名は?」

「シロウ・ヤマモト」

「十七地区に入り込んだ目的は?」

「…………女を探している」

「どんな女だ」


 にやつきながら尋ねる男を真向かいから見据えて答えた。


「美女だ。年の頃は21,2に見える。髪は深紅で短い。瞳は緑。身長は百七十八センチ。胸のサイズは詳しくは知らんがFカップ以上だと思う。ウエストはきゅっと締まって、ヒップもバーンとあって肢が長くて形がいい」


 一息に言うと相手は眉をしかめつつ聞いている。少し間をおいて質問された。


「……口元はどんなだ?」

「薄いのに妙に肉感的な唇で、端がきゅっと吊り上っている」

「……………好みだ」


 思わずつぶやいた男は、部下の前だと気づいて急に顔を引き締めた。


「なぜその女を……」


 言葉は途中で止まった。

 離れ屋の戸が開き、別の黒服を引き連れたボスが入ってきた。


「どうだ?」

「はっ、女を探しているようです」

「ほう」


 サム・ライは迫力あるまなざしで俺をねめつけた。

 さして背は高くない。だが恰幅はよく、見る者を圧する目力がある。


「名は?」

「シロウ・ヤマモト」


 途端にくわっ、と大きく目を見開いた。

 何事かと案ずる配下を前に俺に詰め寄った。


「本名か?」


 低く凄味のある声。ぎょっとしたが答える。


「そうだ」


 彼は俺を上から下まで眺め、最初の男に命じた。


「服を着せろ。銃も返してやれ」


 部下たちは驚いたが素直に従った。


「ティールームに連れてこい。セッタイせねばならん」


 服を着ている間に、ボスは先にここから出て行った。



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