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19.キャットファイトは面倒だ

 狙撃ったってライフルはない。そしてハンドガンの殺傷能力のある有効射程はだいたい五十メートルで、最大射程でも二キロはいかない。

 それでもこの入り組んだ迷路は、入り込まれてしまえばひどく危険だ。壁とは違って生垣なのでどこからでも撃ちこめる。その上隠れやすい。

 こちらも早く気づいたのなら、分散したり隠れたり慣れた道を移動したりで対処のしようがあったけれどもはや遅い。今やみんな身を伏せて、体を起こすことさえままならない。


「あの女の射撃はイヤに精密で、位置を変えても急所を狙いやがる」


 組員の一人が苦々しげに言った。

 俺も以前関わった時のことを思い出したが、あの時は単に情報を聞き出すためだったから状況が違う。

「ジムならあの女に詳しいんじゃ……」

 って見回してみたがここにはいない。


「なんでそんなやつ使ってたんだ?」

 ビルが近場の男に文句を言った。

「るせえ。下の者はたいてい勝った方に吸収される。特に狙撃なんて技術職はな。だがあいつは仲間を殺しすぎたんでほとぼりが冷めるまで教会に……うをっ!!」

 全員が転がったり匍匐前進していたため、今回は当たらなかった。


「だから姐さん、全員でお出迎え、お見送りってのは非効率に見えて必要なんですって」

 シェリーの横の男がここぞとばかりに忠告している。

「反省するある……だけど半分でいいと思う」

 彼女も芋虫のように動きながら答えた。

 効率を優先する彼女が部下たちの送迎を断った結果、玄関(ホール)の辺りに人がいない。


「ケータイ持ちは?」

「先に撃たれた。確かこいつだ……わあっ」

 死んだ男の懐を探っていた男が撃たれた。が、致命傷には到らず苦しそうにしている。

「マリアだけじゃねえな」

 生垣の迷路は相手側をも隠している。

「一発撃ち返しさえすりゃ、音で中のやつらが気づくんだが」

「人の声じゃダメか? 叫んでみようか」

「少し遠すぎる。戸が閉まってるから聞こえないだろう」

 緊迫した俺たちと違って相手は余裕だった。


「いい格好ね、シェリー」

 赤毛のお団子が嘲り声を出す。

「草でもはみそうに地を這うなんて、あなたにふさわしい最期だわ」


 シェリーに銃弾が降り注いだが、彼女のガードが身を挺してかばった。逆流する血を口の端から垂らしてもうめき一つあげない男を見て、彼女の瞳に凄惨な色が宿った。


「大した実力もなくちやほやされて、気に食わなかったのよあなた。さあ、這いずり回って死ぬがいい!」


 ガードとシェリーの動きで連射を避けきった。が、それでも時間の問題だ。

 俺は特に腕の立ちそうな組員に尋ねた。

「隙を作ればいいんだな」

「ああ。そうしてくれれば助かる。撃ち返してもあたらんだろうがそれでも銃声さえ響けば邸から人が来る」

「わかった……俺から離れとけ」


 請け負うとみんなは這いずりながら距離を置いた。俺は身を伏せたまま出来るだけ大声で相手に呼びかけた。


「おーい、女子力の低いお団子っ!!」


 ものすごい勢いで銃弾が俺に飛んできたが、よほど興奮していたらしく一発も当たらなかった。

 それだけで良かった。その隙に身構えた男たちは、身を隠しているお団子の位置に見当をつけてそっちに向かって一斉に撃ち込んだ。


 悲鳴は聞こえず音が消えた。

 が、別箇所から銃弾が打ち込まれる。だが別の相手らしく当たった者はいない。

 ざっ、とバラけた男たちはそれぞれが生垣に撃ち込んだ。


「ぎゃあっ」

 運の悪い敵の男の一人が倒れたが、何人いるかはわからない。お団子も今はリロードしているはずだ。


 辺りを見回しているうちに、何か勘のようなものがひらめきばっ、とその場を跳んだ。

 同時にその場に敷かれた芝生に穴が穿たれる。俺は迷走するようにそこから離れるが、執拗に銃弾が俺を狙う。


「あきらめるな! ボトックスって手もある!」


 親切に助言したのにもの凄くしつこく撃ち込まれた。

 しかしそれで時間が稼げたのか、玄関から凄い数の味方が駆けてくる。数のわからない敵側は、それまでに片付けようと打ち込んでくるが俺たちはどうにか持ちこたえた。


「撤収!」


 ガレージ側から男の声が響き、敵の気配がさっと消える。だが邸側や近辺にいたやつらは逃げられない。逃がさない。


「無事ですか、姐御!」

 駆けつけた男たちが彼女を取り囲んだ。

 そこへ精密な銃弾が撃ち込まれる。


「ぐわっ!」

 シェリーをかばって男が倒れる。

 俺に銃を撃ち込むことに夢中なっていてお団子が逃げ遅れたらしい。


「マリア!」

 シェリーが叫んだ。

「正面のガードをどけるから、真っ向から勝負するある」

 お団子が嘲笑った。

「出た瞬間に集中射撃でしょう。そんな話にのるわけがないでしょう」

「嘘は言わない。私が死ねばボスの座が空くある」

 相手はしばらく間を置き、そして答えた。

「人を引かせるのなら」

 シェリーは了承し立ち上がった。


 男たちが両脇に寄る。とたんにお団子が姿を見せずに売ってきたが、シェリーも予想していたらしく、ガードが避けた瞬間には身を伏せて転がっていた。


 さっきよりずっと多人数が銃弾を可能性の高い範囲にばら撒いている。

 ついにはお団子も弾を受け、倒れたのを組員に引きずり出された。


「多勢に無勢ってだけであんたに負けたわけじゃないわ」

 尖った視線で人を切り付けそうなお団子と逆に、シェリーは落ち着いた表情でゆっくりと立ち上がった。


「いや、おまえの負けあるマリア」

「嘘よっ」

「銃の腕がよくても、おまえには自分の命を差し出して護る部下などいない。おのれの快楽のみに生きる女に差し出す命など誰も持たない!」


 男たちは口を挟まなかったが、誰もが少し誇らしげだ。


 お団子は凄まじい表情でガードに守られたシェリーを睨むと、いきなり撃った…………俺の方を。


 時間がひどくゆっくりと感じる。

 憎々しげなお団子の表情。銃口が向いていなくともとっさにシェリーをかばうガード。撃ち返す黒服。そして…………


 横にいたビルの巨体が俺の前に飛び出た。

 撃つ前だったかもしれない。

 まるでスローモーションのように大きな体が目の前に現れ、両腕をそろえてたてて立ちはだかるのが見えた。


 俺は動けなかった。状況は目に入ったのに、ビルを突き飛ばすことさえできなかった。

 それどころか目を閉じた。見届けることすらできなかった。


 いくら腕でかばったって、避けるものさえないこの場では銃弾はカンタンに肉を裂き骨を砕く。


――――また、救えなかった


 閉じ込めたはずの絶望が虚無を伴い自分を嘲笑う。


 俺はまた、子供を殺してしまった。子供に救われて子供を守れなかった。


『おまえは死ぬなよ!』

 死にかけた子供の最後の叫び。

『お兄ちゃんはサバイバーなんだから!』

 悲痛な目をした少女の絶叫。


――――ごめんな


 あの子たちにはもう謝らないと決めていたのに、謝罪の言葉が湧き上がってくる。

 目を閉じたままそれをビルに向けた。


――――俺は命まで賭けるつもりはなかった。なのにおまえには張らせてしまった


 瞼の外の世界が騒がしい。

 死者を送るためにはふさわしくない喧騒だ。


 目を閉じたまま彼の魂の平安を祈った。

 そしてその冥福のために声に出して般若心経を唱えることにした。

 心を込めて念誦した。


「おまえ、何ぶつぶつ言ってんだ? 気色悪ぃ」


 呆れたような声がしたので、おそるおそる目を開いた。



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