表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/84

16.子供にモラルは必要だ

 トラックから降りてきたジョー側の組員が塀を囲んでいた。ただしライフルどころかマスケット銃、いや火縄銃さえ使用できない地獄都市では遠距離の狙撃は出来ない。かといって投石器や弓の時代に戻るわけでもないようだ。

 塀は丈夫な石壁なのでたかをくくっていたら、クレーンが来た。

 鎖の先につけられた鉄球が振り回される。大きな衝撃が邸まで走った。


 亀裂から塀の中に人々がなだれ込んでくる。こちらの組員はみな外に飛び出て行った。


「外に逃げよう!」

 出前を食べてる最中のビルに言うと頷かなかった。


「なんで」

 咀嚼の合間に俺に尋ねる。

「敵味方入り乱れてヤバそうじゃん。しばらく中にいたほうがましだろ」

 石造りの壁をちょっと叩く。

「頑丈そうだし」


 言葉には納得できる。ただし心のどこかが不安にかられている。うまく伝えきれずにいるうちに入り口の辺りが騒がしくなった。

 俺たちはとっさに目だたなそうな場所に隠れた。暖炉の中に置かれたヒーターの陰だ。


 女の影とそれを護る男たちが前を通り過ぎていき、それを追って大量のジョン側の黒服が押し寄せてきた。


――――?


 彼女の顔は見えなかったがルージュで彩られた口もとがわずかに目に入った。笑っているような形だった。

 喪服で小柄な黒髪の…………。


「待てっ!!」

 集団がそれを追う。この場で決着をつける気らしく、やたらに数が多い。全てが逃げた女を追っている。

 銃声は響くが、知り尽くした建物の中だ。なかなかあたらないし捕まらないらしい。


「妙だな」

 ビルがこちらを見た。

「こっちの組員が少なすぎやしねえか」


 俺が真っ青になるのと同時に建物が崩壊した。


「うおおおおおおおっ!!」


 ビルが叫ぶ。

 いや、壁は壊れていない。床が砕けている。砕ける? 違う。バラけている。

 そして床下には大きな空間がある。


 石が欠けることなく形のまま次々と落下していく。

 俺は落ちながらとっさにビルを掴み、もう片手で壁にすがりつこうとしたがもちろん不可能だ。


――――外へ逃げるある


 女の声が脳内に響く。義理のない相手への最低限の助言。

 体は落ち続けている。恐怖のあまり目を閉じた。




 石造りの邸はひどく強固で、基盤さえも強化された金属だった。それは熱にも衝撃にも強いらしかった。

 しかし、強酸の類ならどうだろう。

 それがいざという時故意に基盤に滲むように仕掛けてあったとしたら。


 普段は使われていたいシェリーの私邸。俺はここを当然活動のためのアジトだと考えた。

 だがたぶんそれは違う。ここは、非常の際に使用する罠だ。


 飛び込んできたシェリーらしき女、あれは組員だろう。それも、彼女のために死んでもかまわないほど心酔した男。

 女装……寝室に呼ばれた男の一人か。


 平気で部下の命を使い捨てる女ボス。

 いや、少数の死者で多数を守ることができるのならそれは正しいことなのかもしれない。

 感情がついていけないなんて思える俺は恵まれた立場にいるのかもしれない、今は。


 闇の中の思考はついさっきまでの現実を引きずる。

 だがそれもわずかなまで、俺本来の望みが引きずり出される。


 薄いくせに妙に肉感的な彼女の唇。端がつり上がっているため微笑の形に近いが、彼女はけして笑わない。

 凍りつくように冷たい瞳は俺を見ても変わらない。


『私に感情はありません』


 彼女は俺にそう告げた。

 事実、別の女の部屋から戻った俺に眉一つひそめなかった。


 胸が痛くて彼女の名が呼べない。

 あるいは、そんな資格などないのかもしれない。


 名前…………。いくつかの名が様々の色を含んで俺の中を通り過ぎていく。

 それは鍵となって閉ざされた部屋を開こうとする。

 必死にその扉を閉め目を背けた。


 だけど鍵とはならない名前さえ時には痛みを伴う。


『ねぇ…………タダでいいから」


 髪を揺らして少女が誘う。

 その言葉がナイフのように胸をえぐる。


 子供は鬼門だ。

 二度と近寄らないようにしよう…………




「いい加減に起きんか、うつけ者」


 ミリアムよりももっとあどけない声が、ひどく古風に俺をののしった。


「へ?」

 目を開くと白い壁に真紅のカーペットの小部屋だ。見覚えがある。だけど確認する前に声の主に怒鳴られた。


「しゃんとせい、シロウ」

「あの……誰、君?」

 五歳くらいの幼女が鼻を鳴らした。


「紹介はすでにすんでおろう」

 黒髪黒目で凄く可愛らしい。誰かに似ている気はするが記憶にない少女だ。


「………………(あやかし)?」

 尋ねると彼女は憤然と応えた。

「気づくのが遅すぎる」

「え、もっと大きくなかったっけ?」

 十五くらいの美少女だった。


「誰のせいだと思っておる」

 叱られた。

「おまえだけでも厄介なのに、そこのデブまでつかんでおるから力を使いすぎた。いいか、二度とこんな真似はせんからな」


 助けてくれたのか。ビルは少し離れたところに転がっている。


「…………ありがとう」

「もっと感謝しろ。まったく。おまえが和の国の血を継いでなかったらあっさり見捨てるのだが」

「はあ、どうも」

 和の国ってのが俺のルーツの島国なんだろうか。


「ところでここは……」

 言いかけて気づいた。ウィリー邸だ。

 そうだ。抗争はどうなったのだろう。尋ねると幼女はあっさり答えた。


「継続中だ。今はこの邸でドンパチやっておる」

 ひいい。いつこの部屋に来るかわからんじゃないか。


「もっとましなところへ跳べなかったのか」

「何をぜいたくな。大体この部屋以外ろくに知らん」


 椅子の中にいたわけだから無理もないけど。

 耳をすますと遠くで銃声が響いている。

 俺はふらふらと立ち上がった。ビルを起こそうとしたがむやみに深い眠りの中だ。


「こいつ起こせない?」

「知るか。そのうち勝手に起きるであろう」


 急いで隠さなきゃならないが、こいつをクローゼットの例の場所に入れると地下が使えない。

 かといって、上の段には重すぎて入れられない。


「あの、その不思議な力で現状打破(ブレイクスルー)ってできないかな」

 幼女はくわっ、と口を開いたが一瞬考え、にやりと笑った。


「不可能ではない」

「じゃあすぐに」

 彼女の笑みは凄まじいものだった。


「よかろう。おまえ以外を殺しつくしてやるわ」

「え?」


 少女は何かを招くように両腕を広げ、呪言を唱え始めた。俺は慌てて、ひょいと彼女を抱え上げた。


「こら! 離さぬか! 詠唱のじゃまじゃ!」

「今のなし! 殺人・ダメ・絶対!」


 彼女は血の凍りつきそうな目つきで俺を睨みつけてきた。


「おまえは人を殺めたことはないのか?」

 胸の奥を(やいば)が突き刺す。


「………………ある」

「それを後悔しておるのか」

 痛みは自分の内部を焼く。


「いや。していない」

「ならばよかろう」

「ダメだ。子供は人を殺しちゃいけない」


 大人だってよくない。

 目を反らそうとする俺を幼女はまっすぐに見た。


「驚くことを教えてやろう」

 真剣な口調に身構える。


「われは実は、おまえよりも年上じゃ!!」


………………えっと。

 この期待に満ちたドヤ顔からすると、ここは驚かなきゃならないんだろう。


「な、なんだって――――!」

 満足そうに彼女は頷き、更に言葉を足した。


「三千年もの(とき)を過ごしてきたのじゃ」

「……すごすぎる」

 これはそのままのリアクションでいけた。幼女は得意そうに腕の中でふんぞり返っている。


「だからわれはR15どころかR18も平気だし当然人も殺せるのじゃ!」

「いや、それはダメだから」

 抱えた少女を下ろし、その髪を撫でる。


「他の方法を考えてくれないか」

「できぬ」

 ちょっとしょんぼりと肩を落とす。


「今は自分の身を飛ばすことすらできぬ」

「じゃあ本当は殺せないんだな」

 ほっとしたのもつかの間、彼女はまたぞっとするような笑みを浮かべた。


「殺めることだけはできる。カンタンだ」

「それはダメ」

「なぜだ。これによってチートタグをつけることも可能になるのだ」

 はいはい、なんかワビ・サビの一種ね。


「実年齢がどうであれ見た目年齢でいく。君は殺しちゃいけない」


 そういって俺は彼女にかまわずクローゼットの引き出しを外してビルを丸太のように転がし、中に収めた。

 ほう、とかつぶやきたくなるほどみっちりとつまったが引き出しはちゃんと閉まった。

 妖はひどく不満そうだ。


「…………ここに置いていく気だな」

「ああ。クローゼットに入っとくといい。見つかっても女の子までは殺さないだろう」

「いやじゃ! 置いていくな!」

 涙目になって言いつのる様は幼い子供にしか見えない。


「やっと会えた日の本の血を継ぐ人間じゃ! われを一人にするな!」

「俺といると殺される」

 それだけはイヤだ。


「かまわぬ! われは死ぬことだけはない!」

 驚いて彼女を見つめた。

「本当?」

 こくり、と頷く。それから小さな声で付け加えた。


「…………何も出来ぬが。弾除けにさえなれぬけれど」

「行こう」


 彼女の体は温かく、五歳くらいの重みがちゃんとあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ