15.オルガン奏者は大変だ
女とくちづけをかわす男のホログラムは明らかにハイデン神父だった。
ばら撒かれた写真にはもっと過激な姿が映っている。
「こんなの嘘よ! 合成だわ!」
赤毛のお団子が叫ぶ。
「写真はともかく地獄にこんな精密な3Dの加工技術はない」
数値データ程度なら別だが。
シェリーの近くにいた男がきっぱりと告げた。
教会近くのその手の場所は、組織の息が掛かっている。ハイデンが絶倫でよかった。その日中に再び赤毛と訪れた時にうまく映像を撮ることが出来た。
「トライヤ卿はだまされて兄を殺した。だけど私はそのことを許すつもりある」
「わしはだましてなど……!!」
声を遮るように再び扉が開き、喪服の男たちの手により立派な棺が運び込まれる。
自然と人が割れ道が出来た。
棺はトライヤ卿の隣、ハイデンの立つ横に置かれた。
そして不意に内側から開き、中にいた男がトカレフでハイデンの全身を撃ち抜いた。
「…………死者としてのあなたの全てを許す」
かわいくて恐ろしいシェリーの声が教会内に響く。
人々は騒然となったが、ジョー側とシェリー側の組員に挟まれて身動きが取れない。
「この場でのこれ以上の死は望まない」
ジョー側は動けなかった。なりゆきでついた組員の忠誠心は怪しい。下手に動けば味方側にいたものから撃たれそうだ。
シェリー側の組員はさっさと動き、ハイデンの死体を空いた棺に移した。
外からもう一つ棺が運び込まれた。今度は本当にウィリーの棺だ。
三つの棺を前に、ジョーとシェリーは一時的に休戦し、双方の組員は席に着いた。
「……人は誰もが罪を抱えています。だからこそ悔い改める必要があります。神に祈り、そして人同士は許しあうのです」
ハートレイ神父の声が響く。組員は一見神妙にそれを聞いた。
お団子は騒いでも意味がないことに気づき、うつむいて身を震わせている。テーマは突然恋人を失った悲嘆の美女、ってとこだ。
説教が終わり音楽が鳴り響くはずだった。
音がしないので顔を上げると、オルガン奏者がガタガタと体を震わせ、弾こうとして弾けないでいるのが目に入った。
がたん、と俺は立ち上がった。
「殺し屋を処刑しろ!」
ジョーの声にシェリーが答える。
「依頼人が消えた今、意味がないある」
約束があるので一応かばってくれたが、状況によってはカンタンに見捨てられることが目に見えている。
俺は両手を上に上げ、ニコニコ笑いながら聖壇横のオルガンに近寄った。
手を下ろしてオルガン奏者の肩を叩くと、ものすごい勢いでとんで逃げた。その席に着いた。
オルガンは弾いたことがない。だけどまあ、ピアノと大して変わらないだろう。それだって一年以上弾いてないけど。
どうにかまともに音が出て、かなりアレンジして簡略化したレクイエムを弾き終えた。
一瞬間があり、それから初めはまばらにその後は激しく拍手があった。
俺は手を振って応えた。その時入り口近くで爆発音らしい凄まじい音がした。
人々があるいは身をかがめ、もしくは立ち上がった。
視線は全てそちらを向いた。
その隙に聖壇下の通路に飛び込み、すぐに蓋を閉めた。
爆竹の音が収まった後、人々はその殺し屋が煙のように消えたことを知るだろう。
再び地下に入った俺は途中までは逃げた時の経路をたどり、それからシェリーに教わったとおりの道筋をたどった。
隠し部屋の一つにあがり、隠された鍵を見つける。それを掴んで牢屋に向かう。
幹部はたいてい葬式に行ってたため警備はかなり手薄だった。
鉄格子の前にたどり着くとビルは目を見張った。
「すげえ、どんな手を使った?」
「想像にまかせる」
ちゃりちゃり、と音をたてて開くと飛び出てきた。
「行くぞ!」
「おうっ」
階段を駆け上がって扉の外に出たとたん、可愛いメイドさんに思いっきり叫ばれた。
飛び込んできた黒服の足を撃ち抜いてそこを逃れる。
「あたってんじゃん! やるな、おまえ!」
「しゃべんな! 走れ!」
ボスのいぬまにそれぞれお楽しみの最中らしく、初動がえらく悪かった。
まばらに襲ってくる相手はどれも単体の攻撃で連動することはなかった。
それでも時たま身をかすめて弾が飛ぶ。
ビルはよけそこなって耳たぶの端をほんの少し失くした。
牢屋から進む方向はシェリーに習って必死に叩き込んである。
まずは危険を承知で奥に進み、持たされた鍵で一室を開ける。
入り込んですぐに戸を閉め、金魚の泳ぐ水槽の中の陶器の飾りの中から、翡翠で造った印鑑を見つける。
「あった!」
戸には銃弾がガンガンに撃たれているが、防弾なので当分は持つ。
隅の本棚をよじ登って天井を叩くと開いた。
「来い!」
先に上がってビルに叫ぶと体重の割には素早く昇って来た。
上の部屋は連動して戸が勝手にロックされている。しかしこの部屋は目当ての部屋じゃない。
同様に本棚を登って三階の部屋へ上がった。
その部屋のアンティークなキャビネットを、一階を開けたのと同じ鍵を使うと開いた。
そこに天国都市からの密輸品がある。
ヴァルター機関を利用した小型空中推進装置、つまりはロケットベルトだ。
「ガード用のでかいのがあるはずだ。それを着けろ!」
叫ぶと同時にビルが行動する。三つあるうち一つを俺も身に付ける。
ベルトを腰に巻きつけレバーを握り、窓を開いて外に飛び立つ。
気づいた男たちが庭に飛び出て撃ってくるがあたらない。
「ざまあみろいっ!」
ビルが舌を出している。だがどんなに大金を払おうとも天国都市が地獄に売りつけるのは粗悪品だ。
一気に飛び出せるほどの推進力はない。
グリフォン像やシメールに高濃度過酸化水素の補充分が隠してある。
一度像に降りてそれを取り出し、引っつかんで補充しつつ何とか塀の外に逃れることが出来た。
屋敷からまばらに飛び出てくる男たちを、離れた位置から撃ちつけるやつらがいる。シェリー側の組員だ。
俺たちは止めてあった車に飛び乗った。
凄いスピードで飛び出たのに、大して間をおかずに白いクーペが追いかけてくる。
どうせこの地区はハンドガンしかない。こちらの組員も車間距離がつまった時は撃ち込むが、離れている時は静観の構えだ。
小ぶりの橋を渡った直後、爆音がして白い車を載せたまま橋が落ちた。シェリー側の別動部隊だ。
黒のリムジンはゆうゆうとシェリーの私邸に戻った。
邸は緊迫した空気に包まれていた。
組員たちはあわただしく走り回り戦いの準備に没頭している。
「……腹減ったなんて言える感じじゃねえな」
欠けた耳たぶに触れながらビルが情けなさそうにつぶやく。声に反応して振り向いた組員が尋ねる。
「おまえ、銃は撃てるか?」
「ああ。もちろんだ」
すました顔でビルが答える。百発中百発外そうが撃てること自体に嘘はない。
「おい、あっちからのスパイかもしれん。後ろから撃たれるぜ」
別の一人が止めた。俺は口を挟んだ。
「こいつにそんな頭がありそうに見えるか?」
組員はビルをじっと見つめ、トカレフを一丁渡してくれた。
ガードに護られたシェリーが戻ってきた。
俺は近寄って彼女に印鑑を渡した。
「これで借りは返した。帰っていいですね」
「かまわない」
シェリーはうなずいた。
「ただし今出ると十中八九つかまると思う。こちらの人員は貸せない」
この抗争の一端を荷ったわけだから見逃してはくれんだろう。
「戦闘が始まったら外に逃げるある」
彼女が俺の目を見て言った。
「漁夫の利狙いと日和見が多いが、うちが三割、ジョー側が二割ってカンジだ」
広間で男の一人が自分の分析を披露している。
ビルは俺の金で取った出前をくいながら聞いている。金目のものはほとんど取られたらしい。
「西区にいたとき返金してもらえばよかった」
ぼやいたがこいつは平然と答えた。
「オルガンでも弾いて稼げばいいじゃん」
組員に冷やかされたのを聞いていたらしい。
「オルガンは弾き慣れん。それにここじゃ需要がなさそうだ」
組員に金払えと言ったら撃たれるだろう。
「そういやよく無事だったな」
「おまえをおびき寄せて、二人揃ってはりつけにして燃やすつもりだったらしいぜ。崇貴卿を殺った悪魔として」
太目の男といっしょに火刑にされるなんて悲しすぎる。第一殺ったのはあの場にいた組員だ。
「そのあたりのことはどう……!?」
突然の警報に身構える。モニターに周りの風景が映し出される。敵襲だ。
「バッカじゃねーの」
ビルが嘆息した。