表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/84

14.悪魔のタンスは重すぎる

 ここは北エリア郊外にあるシェリーの私邸だ。内も外も石造りだが基盤は強化された合金で、熱にも衝撃にも強いらしい。

 それでも寝室はファイバーを噴きつけてあるので印象がやわらかい。

 床はピンクの大理石の上に、繊細な手織りのカーペットが敷かれている。


 寝台は天蓋つきで薄絹の(とばり)に覆われている。掛布やシーツも絹製でなめらかだ。

 その中に横たわった彼女の肌も絹みたいだ。


「私のこと嫌いあるか?」

 白い下着の上にレースのガウンだけを身につけたシェリーは凄く可愛くて、理性が危うくなりそうだ。

「いや、そういうわけじゃあ……」


 彼女が身を起こすとその程よいサイズの胸がぷるん、と揺れる。

 そのまま、ベッドの端に座る俺に体を寄せて耳元に囁く。


「じゃあ上がればいい」


 温かくてやわらかな体から花のような香りがする。

 怖い話を聞いているのにちっともそんな風には見えなくて、むしろあどけない感じだ。


「ねえ」

 黒目がちの瞳がひた、と俺にあてられる。

「来て、シロウ……」


 うわ、ちょっとヤバイ。なにかとヤバイ。

 情報を遮断したくて目を閉じるが、触覚と嗅覚はいかんともしがたく……。


 しかしまぶたの奥の闇の中にあの瞳が現れる。

 冷たい緑色の瞳。それは間近な美女よりも俺の心を支配する。


 肩にかけられた手を取り、軽く握ってからそっと離す。

 そしてその瞳を見つめ返す。


「本気でどきどきしてるけど、遠慮させてほしい」

「なぜあるか?」

 底の見えない黒い瞳。

「心を占めている相手がいるので。……あなたと同じように」


 あどけない感じは消え、カードゲーム向きの表情に戻った。


「なんのこと?」

「今は一人でいたかったんだろう。だけどあなたは同情されるより恐れられることが必要な立場だ。だから気楽なヨソ者の俺を呼んだわけだ」

「意味がわからない」


「身内のために泣くのは悪いことじゃない。別のことでごまかすよりいいと思う」

「………………」

「逃げるのにウィリー邸の地下を使った。ひどく狭かった。今なら理由がわかる。あれはあなたのための通路だ。小さなあなたが楽に動け、ウィリーがぎりぎり通れる程度だ。いざという時は彼が自分の身を盾にしたら道はふさがれる。ウィリーはあなたを大事にしていたんだね」


 シェリーは無表情を保とうとしていた。が、あまり成功していなかった。

 俺は彼女の肩に手を回し抱きしめた。


 彼女は腕の中でしばらく泣いた。

 けれどそれは長い時間ではなかった。


「…………してやられた気もする」

「はあ」

「ウィリーがいる限り影に徹するつもりだったあるね。だけど別のバカに付くつもりは全くないある」


 身を起こした彼女はサイドテーブルからタオルを取って顔をぬぐうと、部屋の隅の化粧台であっという間にメイクを直した。


「上次第でエリアの全てが変わる」

 地獄にも建前上の行政機関はあるが、本物は組織だ。これが司法と立法もかねる。警察権も持っている。出来の悪いボスは全てを腐らせる。

 

「シロウはどうある? 本気でそのガードを助けたいあるか?」


 確認するシェリーは先ほどの魂が震えるほどの愛らしさとは違うが、クールな表情でもどこかキュートだ。

 特に胸元がこう、過不足ない感じがなんともいえない。


「言ったことは嘘じゃあない」

「胸に答えなくてよろし」

 慌てて目を反らし、彼女の黒い瞳を見る。


「助けたいと思う。可能な限り努力する。だが、命は賭けない」

 死ぬわけにはいかない。

「自分の命かあいつのか、って状況になったらあっさり見捨てる」

 偽りなく本気だ。


 彼女は口もとを緩めた。

「普通都市出身にしてはまともな答えある」


 それから俺たちは計画について話し合った。



 地獄都市にも産業がまるでないわけじゃない。

 しかし大抵はパーツ、たとえば銃の一部部品のみやネジだけを作る。


 原料などは支給される。不良品も回収され、商品の重量を測られ、与えられた原料をごまかそうものならすぐに契約は打ち切られる。


 ごく最近まで完成までを作ることができるのは、自都市で消費する粗悪な合成食料や日用品程度だった。これらさえ原料は普通都市から購入する。

 以前は、特に自消品以外の食品を地獄で作ることは絶対になかった。どんなに脅しても目減りするし、不埒なやからが食品に何か入れる疑惑が払拭できなかったからだ。


 しかし春夏季に入り食糧増産が容易になったのと、普通都市から監視員が訪れるようになったため一部の製品が地獄で作られることとなった。コストが安いからだ。

 今回初めて知ったが、神の愛キャンディもそんな一つだ。

 もちろんこのエリアだけで全てを作っているわけではない。他都市は品物を握られるリスクを呑まない。

 十七地区だけで考えても、西エリアなどでも作っているそうだ。



「赤い袋? ある。青もある」

 早々と寝室を出て彼女の好みに合わなかったと告げ、組員に冷やかされたりあきれられたりした後キャンディのことを尋ねてみた。あっさりと肯定された。


「ここだけの話だが白袋のアメは素材が安いやつだ。青と赤はもっと質がいい」

「神の愛さえ平等じゃないのか」

「そらそうだろ。捧げる銭が多い方にひいきするわ」


 青と赤のキャンディは西エリアの分とあわせて普通都市に引き渡される。

 白袋もいったん西エリアにまとめられ、教皇に祝福をしてもらった後に全ての地獄都市に分配される。


「じゃ、青赤キャンディも西に持っていくんだ?」

「んにゃ。それはこっちに集める。白キャンディ持ってったトラックに載せて帰ってくる」

「トラックも行ったり来たりで大変だな」

「まあな。だから可能な限り教皇様には工場に来てもらって祝福してもらう」 

 それは省けないらしい。


「それより明日の準備は済んだのか?」

「はあ、まあ。え―と、ハードボイルドっぽいかっこいいセリフ知らないか?」

 尋ねると組員たちは目を白黒させた。


「タフじゃなければ生きられない、優しくなければ生きる資格がない、とかそういうのか?」

「まあそうだが、短めでかっこよくって単品で使えるのがいい」

「無駄無駄無駄ァとか」

「唐突すぎるだろう」

「それ何度も言ってるといつかダムになるし」

「あの足首の部分か」

 よくわからない。たぶんワビ・サビだ。


「月夜の晩に悪魔とダンスしたことがあるか、とか」

「あ、それいいな。よくわからんけどなんかいい」

 心の中に刻み込む。

 礼を言ってそれからどこで休めばいいのか尋ねたら、最初の牢屋に案内された。



 翌日はよく晴れていた。澄み切った空はどこまでも青く平穏この上ない。

 教会から響くオルガンの音はどこか素朴だ。だけど清らかな少年たちの声がそれに荘厳な趣を添えている。


 バタン、と正面の扉が開かれた。音楽は止んだ。

 並んだ簡素な木製の椅子に座った人々や、座りきれずに立っていた人々が一斉に振り向く。


「神聖な葬儀の最中に復讐かっ!!」


 黒い祭服に身を包み大きな双十字を首にかけたハイデンが叫ぶ。奥の祭壇の前だ。

 前の方に詰めていたジョー側の組員が身構えたが、間にトライヤ卿を慕う一般人の参列者が多すぎて撃てずにいる。


「別に。葬儀に来ただけある」

 妙な語尾だがちょっとドキドキするぐらい可愛いシェリーの声が響く。

 一般人の表情が少し和んだ。


「卿を殺したのはウィリーのもとに詰めていた組員で私が連れてきた者にはいない」

 その時ジョーが最も近くにいた幹部だったため、なりゆきで彼についた者が多い。

 ぐっ、とつまったハイデンが一瞬視線を一般席に座る赤毛お団子に向け、すぐに戻してシェリーを睨みつける。


「罪人の妹が何をぬかすっ!」

 彼女は綺麗な黒い瞳をゆるがせなかった。


「ひ、人はみな、罪人です」

 組員の影にいたハートレイ神父が少し前に出て脅えながらそう言った。

 くわっ、と口をあけたハイデンを見て慌ててシェリーの後ろに隠れる。


「ハートレイっ! 貴様っ!!」

「ひっ」

「トライヤ卿のご意思を無にするのかっ!」

「わ、私はっ……」

「兄の罪とは何? 崇貴卿に殺されなければならないほどのことをしたあるか?」


 シェリーが一歩前に出る。


「私欲で組を支配し、犯罪行為を行い……」

「他のボスとどう違うの?」


 言葉を途切らせたハイデンの前に、紺色ストライプのダブルのスーツを着た男が出る。ソフト帽も紺で、太い葉巻をくわえている。四十過ぎぐらいだ。態度はでかいし体も大きいが地味な顔だ。

 男は葉巻を横にいる部下に渡すと、ニヤニヤと彼女に笑いかけた。


「よお、シェリー。おれのもとにくる気になったか」

 彼女は表情を消した。


「ハイデンと組んだあるか」

「どの道次の崇貴卿が必要だ。同エリアの司祭がつく場合が多いからな」

「そう……最大の罪人と組んだわけあるな」

「何?」

「小娘っ、何を言うっ!」


 頭から湯気を立てて気色ばむハイデンを無視して、彼女は疑問の色を浮かべるジョーに向かった。


「ウィリーの罪は何?」

「そりゃ、ボスなら色々あるだろう」

「地位を狙った相手になら殺されるのもわかる。でも、不干渉であるはずの崇貴卿が自ら手を寄こすのは異常あるね。しかも組織の全てを把握する私がわからない。つまりこれは仕掛けられたことある」

「言い逃れをしようと……!」

「殺し屋を確保したある。得体の知れない力で人の心を操る男を」

「なに?!」


 出番だ。かっこよく高笑いしつつ登場だ。


「うひゃひゃひゃひゃ!」


 緊張のあまりちょっと妙な声になった。

 シルクハットに片眼鏡、タキシードに青緑の蝶ネクタイ、白手袋と黒マントでおしゃれな怪盗紳士的装いである。

 入り口から飛び込んできてハードボイルドに決める。


「月夜の晩に悪魔とタンスを運んだことがあるかい?」

「…………なにそれ恐い」


 席に座った一般人がそう言うのが聞こえた。かっこいいセリフなのに失礼な。


「こいつ見たぜ! バスに乗ってた!」

「教会で降りたぜ!」

「シェリー・チャンの一味につかまった瞬間を見たわ!」


 ざわざわと人が語る。大声でつぶやいているやつもいる。一部は仕込みだ。


「……誰に依頼された」

 ジョーが唸るように尋ねる。


「名を明かすわけがなかろう」

 得意気に答える。


「シェリーに頼まれたなっ!!」

 ハイデンの言葉を手を振って否定する。


「それはないって。殴られて引っ張っていかれた」

「見たわよ! 嘘じゃないわ!」

 おばさんの一人が興奮して言い立てる。


「誰に頼まれたんだっ!」

「俺は言えない」


 ニヤニヤしながら断言すると、教会中に紙ー写真がまかれた。

 中央には3D映像が現れる。


「あれは…………ハイデン神父?!」

 一人が叫ぶのが聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ