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11.隙があったら逃走だ

人が死にます。今後は警告しません。

「すげえ面倒。ってか無理」

 ビルがブツブツ言うので必死に説得する。

「おい、頼むから行ってくれ。殺される」

 彼は男に向き合った。

「おっさん、俺が説得できると思うんか? そいつ殺してもそーじが面倒だし弾代ムダだし素直にあきらめろよ」

「うるさい。行け!」

 男が勢い込んだので、許可を取ってマントを脱いだ。


「教皇のサインがあるからこれもってけ」

 手渡してそれを見せる。

「んで敬虔な双十字教とがあんたのせいで殺されかかってると言ってくれ」

「了解。期待はすんな。死んだら教皇に頼んでミサあげてもらうから感謝しろ」

墓碑銘(エピタフ)は”世界一のイケメンここに眠る”にしてくれ」

 ビルが首を横に振った。


「それ、俺が使うから世界で二番目にしとくわ」

「……話し合う必要がありそうだな」

「さっさと行けっ!」


 なんとか引き伸ばして隙を狙いたかったが残念ながらそうはいかなかった。ビルはマントを抱えてシェルターに向かい、俺は機嫌の悪そうな男と二人向き合うことになった。


 ビルの姿が完全に消えてから頼んでみた。

「腕も疲れると思うし、とりあえず下ろしてくれないか」

 相手は少し考え、銃をこちらに向けたままひじを体につけた。


「あんたは北区の組織の人?」

「そうだ」

「ボスは誰? どんな感じの人?」

「ウィリー・チャン。切れ者だ」

「給料は日給? 危険手当はつく?」

「週休だ。特殊な状況の時はつくが、普通程度じゃつかない」

「ごはんは自前? まかない付き?」

「夜だけはまかないがつくがおばちゃんの飯はカレー以外はマズいので時たま……っておまえは何を聞いている」

 めっちゃ睨んできた。


「いやあ、組織に就職したときの心構えとして」

「おまえのような妙なヤツは雇わん」

 俺は相手にわずかに詰め寄った。

「そいつはまずい」

 男は妙な顔をした。


「なぜだ」

「人材を均一化すると大抵の組織は衰退する。無難をモットーにしたムラ社会と化し、そうなると飛躍的な発展はまず見込めない」

「ほう」


 舌先三寸で気を引いて相手の殺意をどうにか収めた。話にのった相手が”小粒になりがちな最近の新人”について語っている時、ビルが帰ってきた。崇貴卿を連れていた。俺のマントを返してくれた。


「トライヤ崇貴卿!」

 男は鶴のように痩せた赤いマントの老人に駆け寄った。

「よくぞご無事で」

「…………ご迷惑をかけてすみません」

 静かな声だが苦みを感じる。


「いったいどういった理由で」

「聞かないでください」

 きっぱりと彼は言った。

 俺は話しかけてみた。


「……命を救っていただいてありがとうございます」

「いえ、あなたにもご迷惑をおかけしました」

 老人は深々と頭を下げた。

「このような立場にありながら逃避を唯一の解決と考えた私が悪かったのです」

 つい今まで引きこもっていた人とは思えないほど落ち着いた声だ。さすが崇貴卿だ。


「事情を話していただけますか」

 組織の男は気づかうような顔で彼を見つめた。

「ええ。ミスター・チャンの前で」

 きっぱりと告げる彼の声からは決意のほどがうかがえた。

 俺は組織の男に声をかけた。


「じゃあ、俺たちは帰っていいですね」

「いや。ついてきてもらおうか」

「関係のない方たちです。放してあげてください」

 卿も口を添えてくれるが了承はされなかった。


「そうはいかない。あなたには家族がいないので人質にふさわしい相手が他にいない」

「人質などなくても決意したからには逃げませんよ」

 彼は穏やかに微笑んだが放してはもらえなかった。



 組織の車でボスの館に連れて行かれる。

 薔薇の絡まったアーチをくぐると、生け垣が迷路のように組まれている。ところどころにグリフォンやシメールの彫像が飾られている。

 男が全員に銃を突きつけたまま真ん中にある館まで正確に進んだ。可愛いメイドが扉を開いてくれた。


 崇貴卿は無言だった。今は険しい表情で大理石の廊下を歩いている。


 重い木製の扉が開かれた。狙撃を心配しているのか窓はない。楕円形の大きなテーブルがあり、そこに飾られたいくつもの銀の燭台の上でろうそくの炎が揺れる。

 部屋の明かりは四隅にある間接照明とろーそくだけだ。それに照らし出された男は食事中だった。三十代半ばほどだが、なかなか整った容姿だ。長い髪を一つにまとめて結んでいる。


「ごいっしょにいかがかな」

 ウィリー・チャンがにこやかに尋ねたが、老人は暗い顔で首を横に振った。

「そうですか。それは残念」

 優雅に肩をすくめるが崇貴卿に席を勧めたりもせずにシャンパンのフリュートグラスに手を伸ばした。


 扉が開き、ワゴンを押してコックが入ってきた。

 正面を占めるこちらの横に止まると、慣れた手つきでグレープシードオイルやシェリーで作った酢をボウルの中の野菜に注ぎまぜ始めた。

「彼は第二シェフなのだが野菜料理がうまくてね」


 崇貴卿は聞いていなかった。緋色のマントからベレッタを取り出すとチャンに向けて数発撃った。

 チャンの額に穴が開き、驚愕の表情のままテーブルに倒れた。


 俺はとっさに離れた。ビルも逆側に跳ねた。

 案の定ガードの無数の銃弾が周りの人間に容赦なく降り注いだ。

 ハチの巣になった崇貴卿が「神の怒りを思い知れ!!」と叫ぶのが聞こえた。


 衝撃で倒れた燭台の炎が、やはり吹っ飛んだグレープシードオイルで濡れたテーブルクロスに燃え移り火の壁ができた。

 それを盾としてざっ、と逃げる。ビルもすでにドアから飛び出ている。


 本能的な判断力でビルと逆側に走った。何事かと飛び出てくる黒服に「ボスが撃たれた!」と告げる。

「崇貴卿だ! あの人が撃った!」

 わらわらと食堂に向かうのを見送ってまた走る。来た方と逆なのでよくわからない。

 が、鍵のかかっていない部屋の一つに飛び込んだ。



 白い壁に真紅のカーペット、暗緑色のカーテンのかかった小さな部屋だ。でもアンティークなシャンデリアや珍しいフルーツののった黒檀の小卓など相当に金がかかっている。スタッフルームじゃありえない。

 きょろきょろとしていると何故これに気づかなかったのか不思議になる存在が真ん中にいた。

 おとぎ話の王様の椅子みたいなものに座った14,5の黒髪の美少女がこちらを見る。


「おまえは誰?」

 高飛車ないい方からするとチャンの身内だろう。

「君はチャンの娘?」

「まずはおまえが名乗れ」

 えらく古風な話し方をする。

「失礼。シロウ・ヤマモトです。どうぞお見知りおきを」

 合わせて渋くきめてみる。少女は頷いた。


「うむ。われはチャンの娘ではない」

「そうですか。ところでここのボスのチャンが殺されました。俺は関係ないのですが、念のためにかくまってもらえませんか」

 彼女はじっとこちらを見た。神秘的な切れ長の瞳だ。

「ふむ。お前から硝煙のにおいはせぬな。よかろう」

 彼女は座ったままクローゼットをあごで示した。下に引き出しが二段ついた大きなものだ。


 言うとおりに中に入ると、しばらく間を置いて人の駆けこむ足音がした。


「調べろ!」

 声が聞こえて人の気配が動く。部屋を執拗に探る音がして、当然のようにクローゼットの前に人が立った。

 アドレナリンが増え、心音が高くなるのを感じる。


 観音開きの戸に手がかかったらしい。必死に心の裡で般若心経を唱える。

 戸が開き中が探られる。ひたすら息を吸い込んだ。


「いません!」

「次に行け!」

 どきどきしながら音が完全に消えるのを待った。


 人の気配が遠ざかった。俺は引き出しを二つとも押し出して奥から出た。

 引き出しの長さは短く、その奥には空間があった。非常用の隠れ場の一つだろう。


「助かりました。ありがとう」

「うむ。それは慶賀の至りじゃ。ついては逃げ道も知っておるぞ」

「教えてください!」

 美少女は薄く笑って俺の目を見た。


「条件がある」

「なんでしょう」

「われもつれていけ」

 椅子の上で身じろぎ一つしない少女を見返す。


「無理だ。危険だよ」

「なら教えてやらぬ」

 俺は片頬を歪めた。


「もうわかった」

「なに」

 彼女が少し不安そうにした。

「常識的に考えて隠れ場の床が地下通路につながっているはずだ」


 少女はしばらく沈黙した。うち萎れた気配が漂う。


「……おまえは見てくれほど愚かではないな」

 なんか嬉しくない。

「いや、相当にバカです」

 望みのない女をひたすら追うほどに。


「それでもわれが人ならぬものであることを理解しておろう」

「…………いえ」

 俺を探しに来たやつらは、椅子に座る美少女に尋ねようともしなかった。見えていないのかもしれないと、ちょっとは考えたがすぐに心で否定した。


「われは今、この椅子に宿っておる」

 首を横に振って無理だと伝える。

「椅子を抱えて逃げる自信はありません」

「ならば……」

 彼女の口元に薄い笑いが浮かんだ。


「椅子を壊すがよい。そしてわれを連れて行け」

「あんたは…………何者だ」

 彼女は苦く笑った。

「ただの(あやかし)だ」


 フルーツに添えてあったナイフで、革張りの座席を切り裂いた。

 中から、涙型をもっとくねらせたような形の真紅の玉が出てきた。

 魚にも似ている。それにたとえるのなら目にあたる部分に穴が穿たれている。

 俺はそれをボトムのポケットに入れ、再び隠れ場に飛び込んだ。


 床を探るとほんのわずかなくぼみを見つけた。手を当ててスライドさせると通路の入り口が現れた。

「行くぞ」

 ポケットの中に話しかけるが彼女は答えない。石のままだと話せないのかもしれない。


 俺は通路に入り、天井をしめた。勝手に明かりがつく。

 道は狭かったが長く続いていた。


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