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10.ツインテールにゃ縁がない

 ごく地味な車で区の端まで送ってもらった。

 俺はうんざりと同行者に目をやった。

「ちぇ……」

「なんだ、暗ぇなおまえ」

 髪を今度は茶色に染めたビルが意気揚々と横を歩く。俺はため息をつきつつバス停に向かった。


「一人で行くか、そうじゃなきゃツインテールが来るかと思った」

「どっからそんなもんがふってくんだよ」

「おまえの妹だ。可愛くて気が強くて兄思いだ。状況を心配してついてくるんだ。最初はつんつんしているが次第に打ち解けてそのうち……」

「ねえよ」

 太った大男は断言した。


「俺妹いないし」

「じゃあJでもいい。よそは危険だと自らガードを引き受けてくれるんだ。隙を見せない彼女だが、知的で魅力ある男のあり方に次第に心を開いていくんだ」

「姉ちゃんは仕事で忙しいし。だいたい女が欲しいなら、断んなきゃいいじゃん。昨夜あっせんされたんだろ」

「夢ぐらい見せてくれ」

「変なヤツだ」


 バスが来るまで間があった。俺はマントの下の銃を確認した。

 弾だけは山ほど調達できたがガードはついてこない。西区の問い合わせは一度北区のボスに断られているから、これはあくまで俺とこいつの勝手な行動となる。


「むしろあんたが来なきゃいいだろうに」

 その方が安全だ。よそ地区のボスの息子などどういう目に合うかわからない。

「もうまかせっきりはこりた。サム・ライも悪意じゃないにしろシェリルを見つけることはできなかったし。自分でやらなきゃ永遠にあいつに会えない気がした」

 じゃあついでに俺も開放してもらいたいのだが。


「Jは了承したのか」

「ああ。骨は拾いに行けないからなるべく生きて帰れってさ」

「よく許したなあ。人質なんかにされたら大変だろうに」

「それは絶対にない」

 疑問が顔に出たのだろう。ちょっと苦い笑いを浮かべて説明してくれた。


「他の連中に示しがつかないから、人質と引き換えに条件を呑むなんて組織のボスは絶対にやらない」

「え、おまえ狙われてたじゃないか」

「示威行為として殺すだけだ。死体を送りつけるかその場に残すか、少しずつパーツを返却するかだな。半殺しにしといて拷問するのは最近は流行らん。俺と母ちゃんがそんな目に会った時に親父が狂戦士(バーサーカー)になっちまったからなあ」

「…………お母さんは?」

「死んだ。俺の目の前らしいが全く覚えていねえ。戻ってきたら姉ちゃんが泣いてたのは覚えてるんだが」

 八歳の頃の話らしい。

「結果として組織の引き締めには役だったらしいな」


 全体が黒塗装のバスが止まった。太陽発電と蓄電池がエネルギー源だろう。

 窓の外は普通都市並みの小麦畑が広がっていた。

 大災害以来気候は安定せず、ここ数年は春と夏を繰り返している。十年ほど前までは冬の時代が続いていた。その頃は食料も不足していたらしい。今はだいぶ解消しているが地獄都市の住民には生々しい記憶のようだ。


 小麦の種もみは天国都市の研究組織によって開発されたものが、慈善的な金額で下げ渡される。そう言われている。


「緑色ってなんかいいんじゃね」

 外を見ていたビルがつぶやいた。

「西区では少ないのか」

「奥に行きゃともかく近所にはねーよ。俺はともかく周りのヤツらは食品=合成だと思ってたし」

 最近では比較的安価に天然食品が売られているらしい。


 バスは田園風景を抜け、町はずれに止まった。

 石畳の敷かれた小さな広場の向こうに尖塔を持つ教会がある。上部の壁面にはステンドグラスが輝く。割とオーソドックスな形だ。


 俺たちは教会の入り口をくぐった。簡素な長椅子と聖壇、それにオルガンがあるだけの普通の教会だ。

 人はいなかった。そこはステンドグラスから差し込む光に照らされていた。

 裏に回ると木製のドアがあった。鍵がかけられていたがノックをすると開けてもらえた。


 赤毛をお団子にした三十手前ぐらいの女性が戸の前に立っている。


「普通地区から来ました。シロウと言います。崇貴卿にお会いしたいのですが」

「どのようなご用でしょうか」

「以前テレビでW教皇会談を見た時に感動しまして、聖地めぐりは無理でも十七地区の全崇貴卿と教皇さまのもとを尋ねてみたいと思いまして」

「変ですね」

 彼女はじっとこちらを見た。

「先ほどついたバスは西エリアとの境から来たものでした。普通地区は東エリアが近いですわ」


 十七地区は大陸の北西に位置する。北と西は海に面している。


「先に東に行きましたがそこの教会はエスニックすぎて納得がいかなかったので西区に行きました。教皇さまの深夜ミサに参加してきました」

「西の崇貴卿にはお会いになりました?」

「いいえ。ミサに出たので満足してこちらに来ました。最後にまた西に行くつもりです」

 納得してくれるか。ミサについて聞かれたら答えられるが。


「隣の方は?」

 ビルがコルト・パイソンを見せた。


「SP兼地獄都市の案内人。なんせ普通都市のお坊ちゃまだからな」

 守ってくれそうにもないがな。


 女性はさして気の毒そうでもなく謝った。

「すみません、トライヤ崇貴卿はインノセントの行に入ってらっしゃるのでお会いすることはできません」

 聞きなれない言葉に驚いて見返す。

「なんですか、それ」


 説明によると、肉や魚を絶ち人との接触も極力避ける修行だそうだ。

「私どもも直接はお会いできません。十代までの罪の少ない少年が身の回りの世話をしに通っています」

 俺は若く見られがちな黄色系だがなんとかならないだろうか。


「探査機でチェックするので無理だと思います」

 ダメだった。

「ではその少年に会わせてもらえませんか」

 それは了承された。



「おらはなんにもわからねえだ。ご飯届けてそうじするだけだ」

 教会の下働きのだいぶトロそうな少年が答えてくれた。十三ぐらいか。むっくりしているがありきたりの子供だ。


「崇貴卿は無言の行だとかでお話しなさらねえだ」

「インノセントの行じゃなかったっけ」

「よくわからん。両方やってなさるんじゃねえと?」

 こっちも知らない。


「いつからこもっている?」

「二週間か三週間かそんぐらい」

「どんな様子だ?」

「なんか悲しそうな感じ」

「無理に閉じ込められてるんじゃないのか」

「自分で出られるのにでねえから、そんなことはねえですだ」



 教会から徒歩十分ほどの小さいが堅牢な館がその場所だった。

 ここは教会所有のシェルターのようなもので、入り口と出口は生体探査機が備わっている。条件に合わないと扉が開かず入れない。


 少年は教会に戻った。俺たちは館の周りを回ってみたが入り込む隙はない。窓も強化されているらしい。

「お手上げだな。人じゃないから年はごまかせない」

「でもねえぜ。俺行ってくるわ」

 しばらくビルを見つめた。


「おまえ…………いくつだ」

「十七」

 開いた口がふさがらない。

 だがそういやミリアムにおじさん呼ばわりされて憤慨していた。


「…………年下だったのか」

「おまえいくつよ」

「二十三」

「見えねえな。黄色系はガキっぽい」

 反論する気力もなかった。


 ビルはベルを押し、入り口前に立った。なんなく扉は開かれ、彼は中に消えた。


 退屈なので辺りを眺める。十七地区の他区と違ってここは緑が多い。ちゃんと道沿いに街路樹が植えてあるし、館の庭にはハーブっぽいものが生えている。

 立ち並んでいる建物はみすぼらしいが、赤い花の飾ってある窓もある。ちっとも豊かには見えないが、自然がある分いくらか気が和む。


 しばらく待つとビルが出てきた。

「会ってきた。自分の意志でこもってるからほっておいてくれって」

「はあ」

「様子は見た。帰ろう」

「引きこもった理由は?」

「言いたくないって」

「そうか」


 釈然としないが解決を頼まれたわけではないから、これ以上尽力する必要はない。

「わかった。帰ろう」

「おう」

 踵を返した瞬間、銃声が響いた。

 ほんの一歩手前のアスファルトが欠ける。


 ざっと飛び退ってそれから横へ逃げる。

 ビルも同方向に走りこんでくる。

 が、そちら側からも人影が現れた。


「手をあげてくださいね」

 先ほどのお団子女性がブローニングを向けてくる。

「そしてあなたが通れた理由を教えてください」

「アンタが自分で言ってただろ」

 コルトを高く掲げながらビルが言い返す。女性は慌てずゆっくりと答えた。


「年齢以外に条件があるらしいのよ。何人か通そうとしたけど弾かれてしまって」

 十代ってだけじゃだめなのか。

「ぼーやとこいつの共通点を探せばいい」

 俺の声にビルのが重なった。

「簡単だろ! 男前ってこった!」

 女性の声に怒りが混じった。

「そんなわけないでしょ!」

 ビルが言い返す。

「俺のよさがわからんとは女子力が低すぎんじゃねえか!」


 俺も罵倒する。

「地図を見るのが得意なんじゃないか? 女子力upを狙うんなら読めない方がいい!」

 ビルが俺を見た。

「それはどうでもいいだろう」

「いや。女性は地図を見るのは苦手だろ」

「うちの姉ちゃんは得意だ」

「Jはそうかもしれんな。じゃあ変更、機械が壊れたら男を頼れ!」

「姉ちゃんはそれも得意だ」


 俺はビルを見た。

「認めたくないかもしれんがJの女子力が低いことについて考慮した方がよくはないか」

 彼は渋い顔をした。

「やっぱりそうか。薄々気づいてはいたんだが……」


 俺は彼を励ました。

「大丈夫だ。なんか髪型をゆるふわにしてキレイ系だかお姉系だかのファッションに移行して、モテカワ愛されボディを磨いてスィーツを食べときゃなんとかなるだろ」

「お姉系ってカマっぽい格好のことか?」

「たぶんそうだと思う」

「わかった。帰ったら提案してみ……うおっ!」

 お団子が本気で撃ってきて、俺たちは右へ左へ逃げ惑った。


「…………いい加減にしろ」

 男の声が響いて銃が撃たれた。お団子の足元の道路が欠ける音がした。

 彼女は撃つことをやめた。


「こっちに害意はない。崇貴卿を出そうと焦っただけだ」

「撃ってきといてそれは通らねえよ」

 ビルが食ってかかった。男は銃をホルスターに収めた。


「すまない。あんたらが何者か知りたかった」

「わかったのか」

「いや。だがその様子じゃ組織のメンバーじゃなかろう」

 三十過ぎらしい男は俺たちを近くの事務所に招いた。


 安っぽい机と椅子とキャビネットがある殺風景なその場所で、二、三人がなんか事務仕事をしていた。

 そこを通り越して応接室に招かれた。ソファーセットの長い方に二人となり合って座った。壁には大きなパネルがある。茶は出なかった。


「北エリアは組織の攻防が激しく、他に攻め込むよりもむしろ内政に励みたい。崇貴卿の引きこもりはむしろ迷惑だ」

「食事の運搬をやめればいい」

「すでに試みた。あっさり受容して死にかけたのでやめた」

 教義で自殺は認められていないが、甘受することぐらいはいいんだろう。


「ぶっ殺しておいて次の崇貴卿を選べばいいだろう」

 ビルが物騒なことをさらりと言ったが男は首を横に振った。

「事情があってそうはいかない。なんとか彼を引っ張り出したい」

「と言われてもねぇ」

 肩をすくめて見るが男は俺を見ず、ビルに目を当てていた。


「アンタ、名前は?」

「ゲイツだ」

「なんとか崇貴卿を説得してくれないか。金は出す」

「あ、俺そいつのSPだからパス」


 ビルが俺を口実に逃れようとした。するとそいつはにやりと笑った。

 気づいて逃れる間もなく額に銃を突き付けられた。

「こいつの命が惜しければ、さっさと説得して来い!」

 両手をあげるしかなかった。


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