終章
さてさて、宣言通り今回で『夢商人と夢を見ない少女-1―』は終わりです。前回の最後に、キョースケが電話をかけた相手が意外な活躍をします。
現状は最悪だった。
司たちは、最初は敵の不意を突くなどして優勢ではあったものの、元々の身体的能力に差があるうえ、周りの男たちは叩いても叩いても新しく湧いてくる。その内、二人は疲れを見せ始める。そこまで来ればあとはあっけないモノだった。
「うぐっ!」
ハルは、腹を思いきり蹴られ、低く呻く。
「げひゃひゃひゃっ。オイオイ、さっきまでの勢いはどぉしたんだぁ?」
司に蹴られ、先程まで伸びていた鼻ピアス(仮)が、まるで自分がやったとでも言いたげに下品な笑いをしながら訊ねる。
「あがっ」
そのまま倒れ込んでいる司を蹴り上げる。
「オラッ! 何とかッ、言ってッ、見ろ、よォっ!」
鼻ピアス(仮)は、司を何度も蹴り続けながら叫ぶ。
「っ、――か、ハッ、ァ」
もはや抵抗する余力も無く、司はされるがままになる。
すると、鼻ピアス(仮)は、拳銃を取りだし、司に標準を当てる。
「死ねぇ!」
笑いながら、涎をまき散らし叫ぶと、引き金に掛けられていた指が、ゆっくりと引き金を引く。
「ガッ」
が、それは失敗に終わった。鼻ピアス(仮)は、短く呻くと、そのまま気を失う。どうやら、首に手刀を当てられたらしい。そして、それをやったのが、
「キョー、スケ……?」
では無かった。しかし司は、朦朧とした意識で、その男の姿を見てそう呟いた。
それもその筈。先ほど鼻ピアス(仮)を眠らせたこの男の姿は、一見、キョースケとなんら変わらないからだ。
ただ二つ、違う所と言えば、つい先刻別れた時とは服装が全く違うこと。キョースケの着ていた服は、高校指定の制服だったが、この男は、もう春だというのに、冬物のダボついたコートを着ていた。
そして二つ目。これは、簡単だった。髪と眼の色が違うのだ。キョースケがチャバネゴキブリのごとき茶色い髪と眼をしているのに対し、この男は血のように紅い髪と、光彩のない底なしの闇のような、どす黒い色をしていた。
「んなっ……」
男たちから戸惑いと驚愕の声が漏れる。それも当然の事。この、キョースケのニセモノは、突然、どこからともなく、現れたのだ。
謎の闖入者に、男たちは、一斉に拳銃を懐から取り出し、突きつける。
「……」
男は、それらを見回すと、眼にも留まらぬ速さで、唐突に駆け出す。
そして、一人、また一人と銃を突きつけた男たちを伸して行くと、そのまま、倒れ込んでいるハルの元まで歩み寄る。
「ぅう……。貴方、は……?」
キョースケではない男に、ハルは何者かを訊ねる。が、それを無視して、問答無用で掴み取り、司の元まで投げ飛ばされる。
「うぐっ!」
ハルは受け身を取れず、低く呻く。それを男は、見終えると二人の傍までより、周りの男たちに向き直る。
――スッ
腰を低く構える。
「ひぃっ」
銃を持った男の一人が、怯えた声を上げる。
それが合図となったかのように、男たちはいっせいに発砲する。
――――パパパパパパパパンッ!
激しい轟音と、銃弾が大量に飛び交う。
が、その弾は一発と一人の男に当てられなかった。
男は、ダボついたコートを脱ぎ、襟を掴み自身を囲う様に体を回転させながら薙いだ。それは、飛来する弾丸を全て防ぐ。
硝煙と土煙が薄れ、姿が露わになる。男と司たちは無傷だった。そのコートがどんなものかは分からない。ただ、防いだのだ。
「な、に……?」
銃を撃つのを止め、男たちは驚愕の声を上げる。
「…………」
男は、つまらなそうにそれらを見つめ、そのまま、足元にいる司とハルに、そのコートをかけてやる。
「……いいか。コイツを被って身を守れ。すぐに終わらせる」
先程までずっと黙っていた男が、口を開き司たちにそう囁く。そして、そのまま周りの敵にむけて睨みつける。
男たちは、尻込みしながらも、銃をもう一度構える。次はあのコートがないのだ。簡単に打ち殺せるだろう。そう思ったのだ。
しかし、甘かった。またも飛び交う銃弾の雨の中、男は怯えもせずそのまま突き進む。
今度は、一人ずつなどというまどろっこしい事はせずに、単純に力技で男たちを一気になぎ払う。それから、数十秒後。キョースケ似の男以外は誰一人立っていなかった。
まるで、荒野で一人立っている様な風景だ。実際は違うが。
「…………フウ。さて」
男は、一息いれると、司たちの方へと歩み寄る。
そして、司に手を伸ばそうとする。
「それに触れるな、この変質者があぁぁぁあああああああああ‼」
が、そう近くで声が上がる。
男と司たちは、声のした方へ顔を向ける。すると、キョースケが走りながらこちらへとやって来る。
「でぇええりゃぁあああああぁぁぁ!」
キョースケは、そのまま男へとドロップキックをかます。
「ハァ……」
男は落胆するように溜め息を吐くと、二歩ほど下がる。するとちょうどよくキョースケのドロップキックが横を通る構図になる。
そして、男は右手を手刀の形にして振り上げる。
「な、ちょまっ」
キョースケはこの結果が読めているのか、惨めな声を上げる。
「くたばれこのタコがっ!」
男は、先程までの寡黙な雰囲気をかなぐり捨ててそう叫ぶと、一気に、キョースケの頭に手刀を振り下ろす。
「ブ――――ッ⁉」
直撃したキョースケはそのまま地面にたたきつけられる。
――ガシッ! ガシッ! ガシッ!
男は、そのまま容赦なく蹴りを入れ続ける。
「ちょっ、待っ、いて!」
蹴られるキョースケはキョースケで、反撃する余地がない。
男は、あらかた蹴り終えると、溜め息をつき、司たちからコートをとり、そのまま羽織る。
「っつぁ~。イッテェー、手加減してくれよ」
キョースケは、立ち上がると男にそう愚痴る。
「っせーな。いきなり俺を呼び出しておいて、礼も言わずにドロップキックをしてくる奴になんざ、これ位の仕打ち、まだまだ軽いほうだ」
「酷いっ! 鬼だ、ガチモンの鬼が、ここにおられる……!」
涙目になりながら叫ぶキョースケ。
「え、と……」
すると、先程まで倒れていた司が、起き上りながら漫才をと続ける二人を、交互に見ながら呟く。
「おおー。無事……とは言わないが、生きてはいたか」
何故かキョースケではなく、男の方が司に声をかける。
「キョースケが、……ふた、り?」
司は、目の前にいる二人を見て、呆けたように呟く。
「……おい」
司の言葉を聞き、キョースケへ咎めるような眼差しを向ける男。
「ダーッちょ、まっ! 説明する暇がなかったんだって! 今回緊急でアンタを呼んだんだ。しょうがないだろう!」
それを聞き男は、
「なら何故わざわざあんな騒ぎになるように動いた……」
呆れたように呟く。
「あの……」
ハルも起き上りながら、二人を見る。
「キョースケさんにそっくりなアナタは……?」
ハルが訊ねると、男はあごに手を当てて考える。
「ふむ、名前は何となのろうか……。あ、響で良いか」
ポンッと手を打って、男はそういう。
「よし、お前ら。オレの事は、響と呼べ。轟商店の響だ」
そう三人に向かって言う響。
「轟商店……?」
司は『はて?』と言った風に首を傾げる。つい最近、何処かで聞いた事があるような。
「ほら。昨日オレが渡した名刺のヤツ」
と、キョースケが横からそんな事を言う。名刺? と考え、司は、記憶を手繰り寄せる。
「んー。………………。あっ」
思い出したらしい。
「あの、怪しい犯罪臭プンプンのヤツ!」
大声で酷い事を言う司さん。それを聞き、響は、苦虫を噛み潰すような顔をする。
「おい、この小娘ブッ飛ばして良いか」
「何で疑問形じゃないんだよ⁉ ていうかダメだよ! 絶対に!」
周りを振り回すはずのキョースケが、この男相手には後手に回っていることに、司とハルは驚きを隠せないでいた。
「まあいいや。それで、えと、響……さん?」
司は、気を取り直して呼んでみる。
「あん? 何だ、小娘。抱いて欲しけりゃコイツに言いな」
そういって親指でキョースケの方を指す。
「? 抱く?」
意味が分かって居ないのか、司は首を傾げる。
「そんな事はどうでも良いけど、それより、響、さん」
「さんは要らん」
「分かった。響は何でキョースケとそんなに似てるの? 双子とか?」
真っ先に来るはずの疑問が、司の手(?)によって、今やっとこのアホ共に投げ掛けられた。
「あー、それな。説明すんのメンド―だから、今回はハショらせてもらうわ」
響の代わりに、キョースケがそう答える。
「……なんかズルくない? それ」
むぅー。と頬を膨らまし、むくれる司に、響は笑顔で答える。
「ま。作者が考え無に出しただけって事で☆」
失敬な。それと、男が『☆』なんてキモいだけだ。
「何を訳の分らない事を言ってるんですか。……寝言ですか?」
ハルは、地でモノ凄く失礼なことを言う。
「……何なんだ。この酷い事を言う小娘は?」
響は、苦い顔をしながらキョースケに訊ねる。
「何言ってんだ? コイツは女じゃなくて男だろ」
キョースケは、さも当然と言うように呟く。そんなキョースケを、阿呆でも見るような目で眺める響。
「オイオイ、なして『何変な事言っちゃてんの、この子』みたいな目で見てんだよ?」
――ガシッ!
「だぁれが、タメェきいて良いツッた。あぁ?」
響は、鬼のような形相で頭を鷲掴みにする。ぎりぎりという音がキョースケの頭から鳴っている様な。
「ス、スミマセンデシタ……」
それを聞き、響は手を放す。
「あー、痛つ……。ったく、容赦無でやるもんな~」
頭を押さえながら愚痴をこぼすキョースケ。しかも、本人の前で。
「んなこたぁ、どうでもいい」
「イヤよくねぇよ!」
響に対しツッコむキョースケ。
「知るか。それより、お前は本気でコイツを男と思ってたのか?」
興味がないように言い切ると響は、ハルを指さしながらそう尋ねる。
「指ささないでください。それと、コイツじゃなくてハルです」
指をさされて機嫌悪そうに呟く。
「いやだって、男だろ。ハルは」
そう必死に訴えるキョースケ。そんなキョースケを見て、響はハァー、と溜め息を吐いた。
「お前、本当に阿呆だな」
呆れたように呟く響。
「いやいやいや、こんなかわいい子が女の子な訳が……」
「朽ちろゴミ虫!」
「死ねこのカス!」
響と、何故か司が同時に攻撃をした。響は本気の右ストレートを、司はいつものように蹴りを、キョースケの顔面に叩き込んだ。
「ガッツで行こう、ゼ……」
キョースケは、変な事を言いながら崩れ落ちた。
「全く。……それで、お前は女でイイんだよな?」
それ見終えると、響は、ハルを横目で見ながらそう尋ねる。
「ええまあ。生物学上は女ですが、キョースケさんが男というのを訂正する必要も無かったので」
まるで自分の性別にあまり、というか全く関心を持っていないような口ぶりだった。
「……なるほど。それでオレの裸を見てあれ程取り乱していたのか」
いつの間に生き返ったのか、キョースケはうんうん、と納得気に頷く。
「セイッ‼」
今度は後ろ回し蹴りで攻撃する司。
「い、いけずぅ……」
またもアホな事を言ってもう一度倒れるキョースケ。そのまま追い打ちを掛けるように司は顔を真っ赤にし、ゲシゲシと踏み続ける。
「ま、俺にゃ関係のない事だからどーでもいーんだが……」
そういって、一度そこで言葉を区切る。
「「?」」
ハルと司が不思議そうに響の方を向く。
「何はともあれ、依頼人と依頼対象が無事で何よりだ」
そう言って、安堵し、とても優しく微笑む。
「「……!」」
司もハルも、そんな男の表情を見て言葉を失う。今の今まで、唯我独尊、悪逆非道な態度しかしていなかった響が、こんなにも穏やかな表情をするのが、予想外だったのだ。
「なんだその顔は」
もう元の表情に戻ってしまった。
「い、いや。別に」
不自然に目を逸らす司。
「え、ええ全く。全然」
それに倣うように顔ごと逸らすハル。
「どーせさっきの表情が傍若無人のアンタとはとことんかけ離れていたからビックリしてんじゃねーか?」
と、起き上り様に余計な事を言うキョースケ。
「あー。成る程」
合点がいったと言うように手を打つ響。
「それはそうと、何故こうなった?」
そして響は、自分の事なのにあっさりと横に流す。
「こうなった、とは?」
不思議そうに訊きかえすキョースケ。
「どうやったらあんな、命の危険が迫るような状況になるんだ。普通に生きてりゃ無理だろ。コレ」
そういって死体の山を指さす響。
「あー。まあ、説明するのも面倒だし、何より、コイツ等が目ぇ覚ませばまたやり合うだろうから、まずはここを離れて当初の集合場所にでも向かうか」
そういって、キョースケは自分のマンションへと向かった。
>>>>
ぱっと飛ばしてキョースケ宅(マンションの一部屋)。
「しっかし、いつ来てもきったねェ部屋だなここは」
部屋に腰を下ろした後の第一声がこれだった。
「そりゃ、アンタの事務所に比べりゃボロイい古いし汚ぇけどよ。自分の稼いだ金じゃ、どうしてもここより良い部屋は無いんだよ」
キョースケはもっともな良い訳を言う。
「知るか」
が、一刀両断された。
「それより、司に夢を見せるのは良いとして、本人の意見はどーすんだ? まさか、無視して押し付けがましくやる気じゃないよな?」
響が睨みながら訊ねる。
ちなみに、ここまで来る道中に、事の発端と経緯をかいつまんで説明した。主にキョースケ以外が。
「んー……。それは無いかな。ボクは結構二人の行為が嬉しく思えるし。何より、夢を視てみたいっていうのは、小さい頃から思ってた事だから」
司は、人差し指を口に当てながら響に言う。
「……ボクっ娘?」
大真面目な顔でアホな事を訊ねる響。
「まぁいいか。それで、お前は本当に夢を見たいんだな?」
再度確認を取る響。
「だからそう言ってるじゃん」
司は、睨みながら答える。
「そうか。……で、どうやって見せるんだ?」
今度はハルとキョースケを見て訊ねる。
「どーって、ハルの持ってる『夢玉』て言うのでこう、ぶわぁーっと」
要領の掴めない説明をするキョースケ。
「訳分からんが、このハルが夢を見せれる、と言う訳だな」
ハルを一瞥すると、そういった。
「ええ」
ハルは首肯する。
「んで、いつやるんだ? ココでもやれるのか?」
今度はハルに顔ごと眼をちゃんと向けて問う。
「ええまあ。今すぐにでも、やろうと思えばやれますよ」
響の問いに対し、真面目に答えるハル。
「そうか。じゃ、後はそこのお姫さまの決定次第で、直ぐにでもやれる。と」
響がそう呟くと、三人が一斉に司を見る。
「で、そこん所どーだ、お姫さま?」
お姫さまの部分を露骨に強調させながらキョースケは尋ねる。
「うぐっ……。そのお姫さまっての止めてよ」
仰け反り気味にそういう司。
「……分ったよ。それじゃ、今からやろう」
観念したとでも言いたげな口調でそういうと、司は溜め息を吐く。
正直、あまり覚悟が出来てはいなかったのかもしれない。だが、流石に自分一人の都合だけでこれ以上周りの人を振り回すのも嫌だと思ったのも事実だ。司はそんな事を心の中で呟く。
「それじゃ、準備は良いですか?」
そんな事を思っていると、唐突にハルから声が飛んできた。ハッとし、ハルを見ると、その手には先程の話にあった『夢玉』があった。
「……(コクン)」
司は固唾を飲み、黙って頷く。
「それでは、いきますよ」
そういって、ハルは『夢玉』の力を使う――――――――――
えーっと、これで終わりです。……皆さんきっと、不完全燃焼というか、最後どうなったんだよと言うような気持になったと思うんですよね。
………………。
あれです。別に落ちを考えてなかったとかそう言うのではなくてですね。なんというか、アレです、アレ。『夢商人』と言う作品自体はまだ続くので、次回の方でどうなったかは語りたいと思います。
最後に一言。ホント、マジで落ち考え付かなかったワケじゃないですから! その辺も含めて司やキョースケが『夢商人』であるハルと旅をする原因というか理由というか、きっかけになるので、ホンットーに! 次回作で種明かししますんで!!!
それでは、さようなら。ご感想など、お待ちしております。