第4章
特に何も言うことがないです。第4章を、どうぞ。
ハルは、日が昇り始めた頃に、目を覚ました。
「あれ、……ここは?」
ハルは、回り切らない頭を使って、ここは何処か、何故ここに居るのかを思い出す。
「……あ。そういえば、たしかキョースケさんに連れられて、それで」
そこまで思い出し、ハルはキョースケが居るであろうソファーへと顔を向ける。
ソファーには、誰も居なかった。背もたれがあるので、見えないだけ。と言う訳ではない。それでも足や頭の方は端から出ているはずだ。
「……」
念の為、回り込み、正面からも見てみるが、やはり誰も居なかった。
「ぁ…………」
するとハルは、少なからずの寂しさを覚えた。恐らくは、またどこかに缶コーヒーを買いに行ったのだろう。決して、自分を置いて何処かへ去ったのではないのだ。そう己に言い聞かせるように考えながら、ベッドに戻り、ストンッと腰を下ろす。すると、
「ん? 起きたか、ハル」
キョースケの声が、ソファーの方から聞こえた。
先程までいなかった場所に、音も無く現れたので、ハルは、少し驚いてしまった。
「早いな。まだ六時前だろ?」
それだというのに、まるで気にした様子もなく微笑みかけるキョースケに、ハルは疑問を投げかける。
「あの、何処かへ出かけていたのんじゃ? いつの間にそこに?」
寝起きで頭が回らないうえに、いきなり現れた少年に対する驚きで、ハルは容量のえない質問をしてしまった。
「ん? ……ああ、そういう事か。最初からここに座っていたぞ」
そう不思議な事ではないとでも言いたげに答える。
「え、と……。大法螺?」
不思議そうな顔でそう訊ねてしまうハル。
「お前、今スンゲー酷い事言ってんぞ」
顔をヒクつかせながらそういうキョースケ。
「ずっといたよ。四時ごろに眼ぇ覚ましたから、ずっと無心になって気配を消す練習をしていただけだ。ってうぉい! 何『この人頭がアレな人だ~』みたいな顔してんだ‼ マジだから! って、信じちゃいねぇな、コンチクショー! イイよ、分かったよ。じゃあ証拠見せたやるよ」
ハルは、疑るような目で見ていると、キョースケはそういって、目を閉じる。
すると、いきなり目の前から姿を消した。
驚き、呆けていると、またいきなり姿を現した。しかも、先程と同じ格好で。
「どーだ。本当じゃねーか」
自慢げにそういうキョースケ。
「す、凄いです」
としか言いようがなかった。
「あのあのっ! それって、どうやってできるモノなんですか?」
先程とは打って変わって、眼をキラキラと輝かせながらキョースケに詰め寄るハル。
「いや、まぁ。オレも詳しくは解らんのだが、御剣さんっていう人から教えて貰った、いわゆる暗殺スキルってやつだ」
そういって、ポリポリと頬をかくキョースケ。
「凄いです! カッコいいです! 羨ましいです!」
無邪気な子供の様な目でそういうハルに、キョースケは少し、たじろいでしまう。参ったなと思い、キョースケは、何か話を逸らせる良い方法はないものかと、思案する。
「あ、ああ。そうだな。なら、今度、御剣さんを紹介するよ」
とだけ、眼を反らしながら言う。
「ホントですか? 約束ですよ。ウソはイヤですよ?」
すごく嬉しそうにそういって、ハルはさらにキョースケへと詰め寄る。
「分かった。分かったから。約束するから。離れんか」
そういって、ハルを押し返す。
(ハァ……。会えるかなぁ、御剣さん。ダメ元でアイツに聞いてみっか)
ハルを押し返しながら、面倒になった。と思うキョースケであった。
「んゅ……」
司は、カーテンの隙間から入り込んでくる朝日の光で目を覚ました。
「…………」
またこの感覚。寝たというのは分かっても、全くその実感が湧かない。そんな感覚。
「…………………」
それでも朝はやって来る。ボーッとした頭で、そのままベッドから降り、今日も今日とて学校なので、制服に着替える。
「くぁあ~……」
眠そうにあくびをし、ボタンを一つ一つ外していく。
「ボヘー」
パジャマを全て脱ぎ終えると、クローゼットから着替えを取り出し、クローゼットに付いた姿見を見ながら、一つ、二つ、と今度はボタンを付けてゆく。
「あ―――」
その途中、自分の頭が大惨事になっている事に気づく。
「まあ良いや。下でくし、通せば」
年頃の女の子とは全く思えないような口ぶりである。制服を着終えるころには、頭の方もスッキリしていた。
「んんー。今日も良い天気だな」
伸びをしながらそういう司。司は、そのまま一階へ下り、リビングへと向かい、朝食をとる。
「ごちそーさまー。そして、行ってきまーす」
朝食を食べ終えると、そういって司は、カバンを取り、学校へと向かった。土曜の朝だというのに、帰宅部である司が学校へ行く理由は、司たちが通っている降峰高校が(自由登校ではあるが)いまだに土曜日も登校日になっている。午前中だけとはいえ、ほとんどの生徒、教師たちは、何故わざわざ土曜日までも授業をせねばならんのだと愚痴を言っている。
その頃、キョースケとハルも、朝食を食べ終えていた。
「あの、これからどうするんですか?」
念の為にとハルが訊ねてくる。昨晩、ハルに司の事情を話し、その手助けの為に手伝ってくれ、という事をキョースケは話してある。
ハルはハルで、
「良いですよ。そういったケースは初めてですけど、『夢玉屋』として、尽力して司さんに夢を見せてみせます」
などと快く引き受け、見てて気持ちが良いくらいに意気込んでいた。
「んー。そーだな……。土曜とはいえ、午前中は学校があるからな。昼過ぎまではやる事もねーし」
そこで、一度言葉を止め、考え込むように顎に手を当てる。
「ま、暇な事に代わりねー訳だし、観光がてら、街ぃ案内してやんよ」
そういって、ハルの方へ顔を向ける。
「……学校へは、行かなくて良いんですか?」
顔をしかめながらハルは、キョースケを咎めるように訊ねる。しかしキョースケは、どこ吹く風と言った感じで、
「イイよ」
と答える。
「なんせ、オレがあの学校へ真面目に通う必要ねーしよ」
あさっての方向を向き、何処か遠くを見るような目でそう呟く。
「成績優秀、素行不良がオレの学校での印象だからな。テストなんかじゃ大体十番台だし、授業態度は、下の上程度だが」
満面の笑みでそう言う。
「そ、それって、良い事なんですか?」
ハルは、苦い顔をしながら訊ねる。
「ま、良くは無いわな」
苦笑しながらそう答える。
「……」
「……」
ダメじゃん、と言いたげにキョースケを見るハルと、それに対し目を逸らすキョースケ。
「まあ、んなこたぁどーでも良い訳だ。それより、司がフリーになるのは大体昼の一時過ぎだ。だから、十時前にはここを出るぞ」
とだけ言って、踵を返すと、昨日とっていた缶コーヒーを、部屋についてる冷蔵庫から取り出す。
――――時刻は九時過ぎ。
司は、既に教室で一時限目の授業を受けていた。
カッ、カッ、カッと言う音を立てながら数学教師は、チョークで黒板に大量の数式を書き綴っている。
「――それで、……がこうなって、――が、……とこうなる」
司は、この教師が何を言っているか全く理解できていない。が、黒板に書かれている事と、教師が言っている事の要点と思える部分を、ノートに取る。
「………………」
キョースケの席を見るが、やはり来ていない。まあたとえ、来ていたとしても全くノートを取らずに寝ているだけなのだが。
そんな事を思いながら、ノートを取る作業に戻る。それから三十分後、授業が終わり、司は机に突っ伏す。
「あのド変態野郎。何で学校に来ないんだ……」
元々数学が苦手な上、あの数学教師はわざと数学が得意な生徒でしか理解できないような教え方をしているせいで司にはまともに愚痴をこぼす気力すら残っていない。
「うぅ……。め、メールで訊いてみるか」
そういって、よろよろとポケットから携帯電話を取り出し、早速メールを打ち込む。
そろそろチェックアウトするかという所で、キョースケの携帯電話から、着信音が流れた。
「お? メール、しかも司から?」
少し不思議そうな顔をするが、すぐに何事かを理解したような顔をする。
「司さん、何で学校に来なかいのか心配でメールをしたんじゃないですか?」
隣りでハルがそんな事を言う。しかし、そんな事で司がわざわざ自分を心配するような事はもう決して無いと知っているキョースケは、ハルの言葉を無視してメールを見る。
「ふむふむ。…………成る程。よほどハルの事が知りたいらしい。……あと、オレへの仕返しもやりたいみたいだな」
メールを読み終え、そう呟くキョースケ。仕返し、というのは、やはり着替えについてだろう。そう思い、キョースケは気だるげにため息を吐く。
「まあ、自業自得ではありますね。本人が寝ている間に、服を脱がして裸を見たのですから、犯罪ですよ」
当然だというように女の敵改めキョースケを、ハルは冷やかな眼で見ながら呟く。
「……。まあいい、もうすぐ十時だし、そろそろ行くか」
適当に返答すると、そういって身支度を始めるキョースケ。それに倣うように、ハルもパンパンに膨れ上がった大きなリュックサックを背負う。
それから、エレベーターを使い、一階へ下りると、すぐさまフロントへ向かい、チェックアウトの手続きをした。
ホテルを出ると、キョースケはその場で大きく伸びをする。
「づぁ~~~~~……。さて、と。んじゃまぁ、降峰地獄巡りという名の観光へと逝きますか」
もの凄く自然なのに不自然な言い方だった。
キョースケからのメールの返信が来た。司は、携帯電話を手に取り、本文を見る。
『放課後 昨日の公園で 二時までに集合』
とても簡潔な内容だった。
「……シンプルにも、程がある、だろ…………」
やっとの思いで次の授業に取り組める程度の気力を取り戻した司は、またも一気に脱力した。
「……ココ、何処ですか?」
ハルは今、キョースケに連れられ、廃墟のようなマンションの前にいる。
キョースケは、そんなハルの質問に、満面の笑みで、
「何処って、俺ん家」
そういってキョースケは、駐車場らしき場所へと向かう。そこには、ひび割れ、所どころ土が見えるコンクリートの上に、全く以て場違いな車が佇んでいた。
その車は、ある程度の手入れがされていて、無法地帯のようなこの場には相応しくなかった。
キョースケは、カバンの中から車のキーを取り出すと、目の前にある車を開けた。
「ほれ、入れ。コイツで移動した方が速いし、何より楽だろ」
そういってハルにバンに乗る事を促す。
「……一応お訊ねしますが、免許証は持っていますよね?」
警戒心丸出しでハルはキョースケに問う。
「あん? ああ、持ってる持ってる。持ってんに決まっているだろ。だからさっさと乗れ」
そういって、もう一度促す。ハルは、渋々と言った感じで車に乗る。
>>>>
それから、あっという間に放課後へ――――
司は、一度家へと帰ると、私服へと着替えてから集合場所へと向かった。
その途中、せわしなくイロモノなスーツを着た男たちが、奔りまわっていたが気にしない。気にしてはならない。
「お。よーやっと主役のお出ましだ」
公園にたどり着いた頃、もうすでにキョースケと、もう一人、昨日の少年がいた。
「どうも、今日は。初めまして……で良いんですかね?」
少年は、司に対してそういった。
「おう、気にすんな。それよりさっさと自己紹介始めろ」
少年の問いに、キョースケが答える。
「そうですね。それでは、まずは自分から」
そういって、少年が一歩前へ出る。
ハルが、キョースケの一歩前へ出ると、
「『夢玉屋』の、ハルと言います。よろしくお願いします」
そう司に名乗る。
「? 『夢玉屋』……?」
怪訝そうに首を傾げながら、オウム返しをする司。それを見て、キョースケは司に耳打ちする。
「『夢玉屋』ってのはアレだ、何だ。『夢商人』のことを言うんだ」
一瞬の沈黙。
「えぇええええええええええええええええ⁉」
キョースケは、自分も最初はこんな反応してたなぁ、とシミジミとしながら司を眺める。
「もう、馴れましたよ」
ハルはというと、涙目で拗ねたように唇を尖らせ、呟く。そんな二人を見て、キョースケは、ヤレヤレといった風に首を振った。
「えっと……。それじゃ、次はボクが自己紹介の番だよね」
司は、上目づかいで訊ねるような口調でキョースケに言う。
「ああ。それならお前が寝てる間に済ませたから良いぞ。もちろん、しなくていい、という意味で」
いたって真面目な口調でそう答えるキョースケ。
「なに――――」
「見つけたぁ! あそこだっ‼」
何勝手な事してんじゃー! と怒鳴る前に、別方向から怒鳴り声が上がる。
「「?」」
「……オイオイ」
司とハルは、何事かと声のした方を見、キョースケは、この場合のお約束パターンを知っている為、ダルそうに呟く。
「あそこだ! あの公園の三人組だ!」
右腕に包帯を巻き、鼻にアホなピアスを付けた見覚えのある男がこちらを指さしながら叫ぶ。
「お約束にも程があるだろ……、鼻ピアス(仮)君」
心底気怠げに、キョースケは男に向かってそう呼び掛けるように言う。
そう。この男は、昨日司を人質にして、キョースケを袋にしようとするも、憐れにも失敗し、敗れた男。鼻ピアス(仮)だった。
「るせぇっ! 今度こそテメェをぶっ潰す!」
と、勝ち誇ったようにキョースケに叫ぶ。
「あ。今ので負けフラグが立ったぞ」
心底どうでも良いというようにキョースケは呟く。
「ヘッ! そんな軽口、いつまで言えるかな」
下品な笑みを浮かべながら鼻ピアス(仮)は周りを見る。
「あ? ……あー」
怪訝に思いながら、キョースケは鼻ピアス(仮)にならい、視線をめぐらす。すると、いつの間にか、大量のイロモノな着た大人たちが、公園の周りを囲うようにして立っていた。
「どーっやってこんな奴らに協力を仰げたのかは知らんが、コイツぁアレだ。アニメなんかで警察が悪役をとっ捕まえようとして、ただ悪役の凄さを視聴者に教える為だけの噛ませ犬になるっつうお決まりパターンだろ」
アニメ脳全開だが、酷く的を射ていたりする。
「ンだとオラァ!」
鼻ピアス(仮)とは別の方向から怒鳴り声が上がる。
まあ、誰であれ噛ませ犬なんて言われたら怒るだろうけど。
「とはいうものの、流石にこんな大家族を相手にするのは勝ち目ねーから」
キョースケは、そう言いながら司とハルを近くまで来させ、
「ささっと逃げる!」
そういって、二人を担ぎながら、一気に走り出す。
「な、ちょっ!」
「え? えぇえ⁉」
司とハルは、驚きながら、されるがままになる。
「ガーハッハッハッハ! アディユース!」
笑いながら塀の上へと跳躍するキョースケ。
「ハァハァハッ、――――ハァ、ハァ」
どこまで走ったのか、キョースケは二人を抱えながら、一度も足を止めることなく走り続ける。
「ハァ、ハッ――ハァハァ、ハ――――。フゥ、ここまで来れば、後は大丈夫か」
そう言いながら、キョースケは二人を下ろす。流石に二人は重かったらしく、少し息が上がっている。
「んじゃまー。ここからは各自自分の足で走って逃げるように。港区か東区へ行きゃ、流石にアイツらも手は出せんだろーからな」
そうキョースケはへたり込んでいる二人に向かっていう。そしてそのまま二人の手を取り、よっ、という掛け声と共に立ち上がらせる
すると、後ろの方から複数人の足音が聞こえ始める。
「さぁーて。長居しても捕まって袋にされるだけだ。最悪、セメント詰めで海の藻屑へ、なんて事も在り得るし、さっさと走れ」
いうとキョースケは、来た道へと踵を返す。
「何してるんですか⁉ そっちは危ないですよ!」
キョースケの行動に対し、ハルはそう叫ぶ。しかしキョースケは、そんなハルの言葉を無視する。
「司」
立ち止まるも、顔を見せずに司の名を呼ぶ。
「……何」
司は、これから彼が何を言うか理解していながらそう訊ねる。
「流石に、このまま固まってちゃ逃げ切れねぇから二手に分かれよう。もちろん……」
「もちろん、ボクとハルさんで一組、キョースケでもう一組、だよね」
キョースケが言い切る前に、司は答える。それに対し、キョースケは苦笑を漏らすと、
「……ああ、そーだな。だが、お前とハルが逃げて、喧嘩慣れしてるオレが、ある程度アイツらを引き付けながら逃げる、ってのが正しいがな」
やはり顔を見せずにそう返す。ハルが何かを言おうとするが、司に止められる。
「……分かった。その代りちゃんとした合流先を決めよう」
司がそういうと、キョースケは少しだけこちらに眼を向け、
「オレのマンションだ。あそこならまずバレんだろう」
オンボロだからな。と笑って付け加える。何が一日持つのか、そんな質問に意味は無いと、司は解かっていた。
「分かった。……じゃあ」
それだけ言うと、司はハルの手を引き、走り去ろうとする。
「おい司、ハル」
キョースケの声で、一度足を止める。
「無事に帰れたら、旨い飯でも食いに行こーや」
場違いに明るい声で、キョースケはそういう。
「なら、無事に帰って来いよ」
司はそれだけ言って、もう一度走り出す。
キョースケは、二人が角へ消えたのを確認し、男たちを待ち受ける。
「いたぞぉ!」
「男一人だけだ!」
「他の奴らは、残り二人を探せぇ!」
複数の男たちが、キョースケを見つけると口々にそう叫ぶ。
「ヨォ」
キョースケは、一言、男たちに向かってそう呼ぶ。まるで、長年の悪友にでも話し掛ける時のように馴れ馴れしい口調だった。
「つれないねぇ。せっかくこっちは本気で遊ぶ気だったのによー」
そう嘯くキョースケの顔は、悪意に満ちた獰猛な笑みを浮かべていた。その笑みを見て、男たちは、キョースケに恐れ、懐に手を伸ばす。
「ハッ!」
そんな男たちに一笑すると、近くにいた一人の懐に潜り込む。
「ガァ、ギッ⁉」
腹部に思い切り拳を叩き込まれ、男はそのまま崩れ落ち、気を失う。
「おいおい。弱ぇーよコイツ」
あっさりとやられた男を見て、キョースケは溜め息混じりに呟く。
「次、いってみよー!」
笑いながらそう言うと、キョースケは、次の獲物を狙おうとするが――――
――――パアァ――ン……
司が、ハルを連れて、逃げていると、遠くの方から映画やテレビなんかで聞く発砲音に似た音が響く。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
司とハルは、同時に足を止め、音のした方を見る。
「司さん。やはり戻りましょう」
ハルは、司に向かってそういう。
ここに来るまで、司に何故キョースケを見捨てたのか? などと言ったことを訴えていたハル。
「ダメだよ。キョースケなら、大丈夫」
しかし、司はその案を否定する。ハルは、そんな司に食って掛かろうとする。
「な――」
が、
「残りの二人を見つけたぞ!」
男たちに見つかり、出来なかった。その声で、ワラワラと一気に男たちが集まる。
「な……っ。速すぎる」
司は、驚愕の表情を浮かべる。
「ちょ、どけ、どいてくれぇ!」
男たちの間から、鼻ピアス(仮)がかき分けるように現れる。どうやら、キョースケの方へは行かずに、この男はこちらへ来たようだ。
「……」
司は、囲まれてしまった現状で、どうやって逃げようかと男たちをぐるりと見回す。
「ムダだぜ。こんな大人数相手に、逃げられる訳がないだろ。それに、今頃もう一人の方もおっちんじまってんぜ」
ゲラゲラと下卑た笑みを浮かべながら呟く。
それを見計らったように、遠くからパンパンパン。と連続して乾いた音が鳴り響く。その音を聞き、より一層笑い声を大きく上げる。
「死なないよ」
そんな男たちの笑いを遮るように司はそう一言いう。
「何ぃ?」
鼻ピアス(仮)は、不愉快そうに笑いを止め、司に訊ねる。
「死なないよ、キョースケは。約束したから」
(それに、ボクを置いて死なせなんかさせない)
と司は心の中で付け足す。
「ギャッハッハッハッハッ! バカか、テメェ? そんなんで死なねぇ様になるんだったら苦労しねぇっての!」
鼻ピアス(仮)は、バカにしたように一人爆笑する。
― ―――ガッ
「フゴォ⁉」
司は、鼻ピアス(仮)の顔面に思いっ切り蹴りを入れる。
「だから、ボクはどうやっても逃げるよ」
司は、そういって、この絶体絶命の状況からの離脱法を、男たちを威嚇しながら思案する。
その頃、キョースケが先ほど二人と別れた場所は、とてつもない惨状になっていた。
塀や道路には流れ弾の痕が悲惨に残っている。所どころには、誰の物とも知れない血痕が飛び散り、乾き始めていた。
そして、何より悲惨なのは、沢山の男たちが亀甲縛りで吊し上げられていた。……しかも、女物の下着を上下着けられ、さらにはご丁寧にギャグボールまで咥えさせられ。
――――ギュッ、ギュッ、ギュギュッ!
何処からともなくそんな音が聞こえる。
「フー。これであらかた片付いたな。……流石に、これだけの大人数を全員縛ると荒縄とアレの在庫が底をついちまったな」
キョースケは、男に亀甲縛りをし終えると、そう呟いた。
もちろんその男にも女性用の下着上下セット+ギャグボールを付けている。
「いやー、しかし。フツーにパンツ一丁で縛り上げるだけの予定が、思わぬ収集でさらに変態度が上がったなー」
ガッハッハッハ~~。と笑いながら最後の男を屋根の上に吊るす。
どうやら、あれらの惨状はこの変態一人でやった事らしい。
「……しかし、まあ。あれだけの人数相手は流石に骨が折れたな。ボロボロだ」
そう言うキョースケの姿は、衣服が所どころ破けており、出血もしていた。
「さぁて。念の為、アイツらの所には助っ人を呼んどくか」
そう言って近くの自販機から缶コーヒーを買うと、一気に飲み干してそう呟く。そして、ポケットから携帯電話を取り出すと、キョースケは、とある人物へ電話を入れる。
いかがでしたか? 繰り広げれる殺陣、飛び交う弾丸。敵も味方も関係なく、絶え間なく散って逝く命たち(オイ
多分、次辺りで『夢商人と夢を見ない少女』は終わります。では、次回で会いましょう。