第3章
ルームサービスってまともにお腹がふくれるものがないんですよね。安いホテルしか泊まった事ないからでしょうか?
とまあ、そんな感じの第三章です。
ハルが正気に戻ったのは、あれから十分ほどだった。
「……あ、アレ?」
ハルは、そう間抜けな声を上げた。
「お。ようやっと起きたか。いや、正気に戻った?」
そんなハルを見て、キョースケはそう言った。
キョースケの声に気づき、ハルは声のした方へ振り向く。キョースケは、ソファーに座って、ルームサービスでとったであろうご飯を食べていた。
「そんなトコで呆けてねーで、お前もさっさとこっち来て食え」
お前の分もあるから。そういって、キョースケはハルを手招きする。ハルは、キョースケの座っている二人用のソファーの向いにある、一人用のソファーに座り、どれを食べれば良いのかとキョースケに訊ねる。
「オレはもう、一通り喰ったから、後は全部お前の分だけだぞ。ま、夜はまだ長いわけだし、ゆっくり食えや」
いうとキョースケは、席を立ち、部屋を出ようとする。
「? どこ行くんですか?」
ハルが、いただきますをして、料理に手を付けながら訊ねる。
「ちょっと、食後の一服に、ジュースでも買ってくるわ。お前はそのまんま食っといて良いぞー」
そういって、ドアに手を掛け、部屋を出て行った。ハルは、座ったままキョースケを見送ると、再度料理を食べ始めた。
食事を終え、司はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。
「……あの野郎、明日は本気でコロス」
お笑い番組を見ながら、物騒なことを呟く司。
司は、あの絶叫の後、すぐに母、尚美がやってきて思いっきり頭をはたかれたのだ。そして、折角起きたのなら、食事の手伝いをやれと、尚美に連行されてしまい、話がうやむやのまま終わってしまったのだ。
「あらあら。せっかく体の隅々まで好きな人に見られたのに、何を怒ってるのよ」
食器を片付け終えたらしい尚美はリビングにやって来るなりそんな事を言い出す。
どうやってその事を知ったのか、尚美は己が愛娘であるはずの司が、キョースケに辱められた事を全く気に留めていない様子だった。むしろ、嬉々としている雰囲気すらある。
「だ、だだだだ、だだ誰があんなド変態の事が好きになるか‼」
そういった話にめっぽう免疫のない司は、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「あら~。お母さんが司ぐらいの歳の頃にはまわりの娘もほとんどが初体験を終えちゃってたものだったのに……」
どこで教育を間違えたのかしら。と昔話をする尚美。
「ししししし知らないよっ! そ、そそそれはお母さんが子供の頃でしょ! ボクくらいの歳ならむしろ健全なの、当たり前なの!」
司が初心すぎる事を覗いて、全く以てその通りである。
「えー。でも、西藤さんの所の娘さんは、もうとっくにヤっちゃったみたいって話よ」
などと抜かす尚美。
「ウチはウチ、他所は他所! お母さん。司は、ずっとずっと、私たちの可愛い娘なの! あんな不良少年、即刻抹消すべきだ!」
いつ復活したのか、和馬が必死に尚美に抗議する。
「「お父さんは黙ってて‼」」
母娘二人から同時にそう言われる。和馬は、その言葉を聞くと、いじけた様に部屋の隅へ行くと、しゃがみ込み、壁に顔を押し付けながらいじいじとし出す。
キョースケは部屋を出ると、ポケットに入れていた携帯電話を取り出し、ハルが気を失っている(?)間に来たメールを見る。
メールを送ってきた相手は、数時間前にハルがあの公園に来る事をキョースケに報せた情報屋だった。
『やあ。どうやら無事、『夢商人』に会えたみたいだね。無粋な話だけど、情報料はなるべく早く払ってくれ。額は……』
情報屋からの要求額は、それほど高くはなかった。それを見て、キョースケは情報屋にメールの返信を出す。
『後日払っておく』
それだけを書いて、送信した。
「にしても、不思議な奴だよなぁ……」
そう呟き、顔も知らない相手の事を思いながら、エレベーターへと向かう。
(というか、気味悪いよな。何ていうか、そこかしこにアイツの眼があるみたいで、ホント、たまに千里眼でも持ってるじゃねぇかってぐれぇにこっちの事筒抜けだもんな)
そんな事を思っていると、早速メールが返ってきた。キョースケは、エレベーターに乗りながらそれを見る。
『それじゃあ、頼むよ。それと、気味悪いは無いんじゃないかな、別に千里眼なんて持ってもないし』
そう書いてあった。
キョースケは、いつもながらの情報屋の遠距離読心術(キョースケ命名)に本気で怖気を感じた。すると、またメールがやってきた。
『別に、不思議な事じゃないよ。君の性格や、思考パターンをある程度理解している人なら、誰だって君が今思っている事くらいなら読めるよ』
まるで、完全にキョースケの思考を掌握しているような内容だった。
「……。ホントに何モン何だよ、アイツ」
そう呟き、携帯電話を閉じて、ポケットの中へ入れる。
すぐに、エレベーターは一階につき、キョースケはホテルを出、近くのコンビニで、種類の違う缶コーヒーを数本と、ハルの為に適当に数本飲み物を買って、部屋まで戻る事にした。
キョースケは部屋に戻ると、ハルを見て、驚愕し、手に持っているビニール袋を落としてしまう。
「あ、キョースケさん。お帰りなさい」
遅かったですね。と言いながら、ハルはこちらに笑いかける。
「……おい、ハル」
キョースケは震える声で呼ぶ。
「な、何ですか?」
ハルは、キョースケの異変に気づき、怯えたように訊ねる。それに対しキョースケは、
「何ですか、じゃねぇ! テメェ、何ガキみてぇに顔にビッシリと汚れ付けてんだ!」
そう叫ぶ。それを聞きほえ? と呆けた声を上げるハルの口の周りには、これでもかと言わんばかりに料理のソースやら何やらを塗りたくっていた。
キョースケは、そんなハルに近寄ると、テーブルの上にあった、ナプキンを手に取り、ハルの顔に付いている汚れを、グイグイと拭い取る。
「ひゃわっ⁉ ひょ、ひょーふへひゃん、ひはい、ひはいれふ~」
ハルは乱暴に頬を拭かれ、目を白黒させながらキョースケに止めてくれと言う。しかしキョースケは、それを無視して、汚れを拭う。
「ったく、小学校に上がる前のガキでも自分の口ぐらい拭けるってのに、お前は幼稚園児以下か……」
そう呟きながら、ハルの顔に付いている汚れを全て拭い取った。
「ふ、ふにゅぅ~~」
目を回しながら、やっと終わったとでも言いたげに声を漏らすハル。
キョースケは、そんなハルを無視して、深々と溜め息を吐くと、先ほど落としたビニール袋を持ってくると、ハルに数本ジュースを見せる。
「おら、お前の分も買ってきたから、どれか欲しいモンがあったら好きなだけとれ」
言うとキョースケは、自分の分の缶コーヒーに手を付ける。
「……キョースケさんに、汚されてしまいました」
俯き加減に、ハルはもの凄い事を言う。
「汚してねぇよ! むしろ、綺麗にしてやっただけだろ‼」
激しくハルのボケた発言にツッコむキョースケ。
「つーか、オレはヤローを抱く趣味なんか持ち合わせてねぇ!」
微妙にピントのズレタ事をいうキョースケ。
「……たくっ。それよりも、ジュース、要らんのか?」
そういって、缶コーヒーを持った手でテーブルの上に並べられたそれらを指す。
「あ、それは貰います。喜んで、全部」
先程と一変させ、そう答えるハルは、すぐさまジュースを全て自分の元へかき集める。
「現金な奴だな、オイ」
それを見てキョースケは、呆気にとられたように呟くと、まぁいいか、と言って缶コーヒーのプルタブを開ける。
プシュッ、という空気の抜ける音が鳴る。キョースケはそのままコーヒーを少し呷る。
「フゥー。……ゴク、ゴク、ゴクッ」
一息つくと、一気にコーヒーを飲み干す。キョースケにとってこの飲み方が一番美味しいらしい。ハルは、ペットボトルのふたを開け、ちびちびとジュースを飲んでいる。
「お? もうこんな時間か……」
キョースケは携帯の画面を見ながらそう呟く。
「じゃ、ちょっと風呂入って来るな」
そういって、部屋にあるバスルームへと向かう。
「…………(コクコク)」
その姿を、ジュースを飲みながら頷きつつ見送るハル。そのまま、脱衣室へと消えて行った。
と、おもったら、何か言い残した事でもあるのか、脱衣室から、キョースケは顔だけを出し、ハルの方を見る。
「? 何か、ご用ですか?」
不思議そうに訊ねるハルに対し、キョースケは、ニヤリ、と不敵に笑うと、
「……覗くなよ?」
などとアホな事を言う。
「覗きませんよ!」
キョースケの発言に激しく否定するハル。それを見てキョースケは、呵々と笑いながら今度こそ、脱衣室の中へと消えて行った。
「……………………(ジー)」
またキョースケがこちらへ顔を出してアホな事言って来ないかと、脱衣室の方を凝視するハル。
が、ハルの身構えは数分で杞憂に終わった。キョースケがもう来ない、と安心したハルは、小さくため息を吐くと、残りの料理とジュースの消化に身を入れる事にした。
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「――――フゥ。ごちそうさまでした」
ハルは、全ての料理を食べ終えると、そういって、ジュースを飲む。
すると、機を見計らったように脱衣室のドアが開く。
「あ~~~~~~~~~。サッパリした~~」
そう言いながら上半身真っ裸で現れる変態、もといキョースケ。その手には、先程まで来ていた服が握られていた。
「ちょっ! どうしてそんな格好で出て来るんですか⁉」
ハルは、そんなキョースケを見て仰天しながら訊ねる。
「おいおい。風呂上りに服なんざ着たら、せっかくのサッパリ爽やか気分が台無しじゃねぇか」
ハッハッハ。と笑いながらそんなことを言うキョースケ。
「ワケが分かりませんよ。それもうタダの変態じゃないですか!」
叫ぶハル。
「それは違うぞ、ハル」
真面目な顔をしてそういうキョースケ。
「いいか良く聞け。オレはな、変態じゃない、ド変態なんだ」
ハルの肩に手を置きながら、まるで本当に真面目な事を言っているような顔と口調で、そんな事を言う、自称ド変態キョースケ。
「そんなの、詭弁ですよ! 変態は変態じゃあないですか⁉」
必死に叫び訴えるハル。
「そんな事より」
ハルの言葉を無視して、話を切り換えようとするキョースケ。
「そんな事で横に流せる容易な話じゃないですよ!」
「んなこたぁ、今は関係ねぇ。むしろどうでも良い」
ハルの必死の訴えは、キョースケにあっさりと一蹴されてしまう。
「お前、メシはもう食ったみてぇだな」
そういってキョースケはテーブルの上を一瞥する。
「まぁ、そうですけど……」
それがどうしたのかと訊きたげなふうに答えるハル。
「ま、聞けよ。全く話は逸れるんだがな。ハル、お前もさっさと風呂入れ」
唐突にそういう、キョースケ。
「……はい?」
ハルは、いきなりの事で、つい訊きかえしてしまう。
「いや、だから。飯喰ったなら風呂入れって。ソレでさっさと寝るぞ」
もうこんな時間だしな。と言いながら、キョースケは時計を見る。ハルもつられ、時計を見る。
「……確かに、良い子はとっくに寝ている時間帯ですね」
いうと、ハルはキョースケに向き直り、
「分かりました。……ただし、覗かないでくださいよ?」
真顔でそんな事を言うハル。
「何を人のネタ使ってんだ。第一オレぁヤローの裸なんぞにゃ興味はねー」
そういって、キョースケはまだ開けられていない缶コーヒーを手に取り、プシュッ、という空気の抜ける音と共に缶を開ける。
「そうですか。それなら、……安心です」
「何だ、その間は」
安心、と言うまでに少し間を開けたハルに対して、不満そうに尋ねるキョースケ。
「なんせ、キョースケさんは、生粋の変態さんみたいなので」
爽やかスマイルでいうハル。
「うっせーよ! ノンケの変態のほうが比較的に多いから。そしてオレはノンケだから。更に言うと、ド変態だからオレは!」
訳の解からない事を、必死に叫ぶキョースケ。
「はいはい、分かりました。分かりましたから」
ドードーと両手を使いジェスチャーをするハル。キョースケは、ったく。と呟くとコーヒーに口を付ける。
「……」
「な、何だよ」
その姿をジッと見つめるハルに対し、キョースケは、居心地が悪いような顔をして尋ねる。
「いえ。コーヒー、好きなんですね。と思いまして」
キョースケの顔と、彼の手にしている缶を見ながら、ハルはそう呟く。
「別に、コーヒーが好きなわけじゃねェよ」
そっぽを向きながらそう答えるキョースケ。
「ただ、缶コーヒーが好きなだけだ」
素っ気なく言うとキョースケは、そのまま、残りを飲み干す。
「そうですか」
あまり、納得がいかないといった風な口調で呟くハル。
「そーだよ。……、それよりも、さっさと風呂ぉ入って来い」
しっしっ、と手を振るキョースケ。
「……分りました。本当に覗かないで下さいよ」
と、念を押すハル。
「覗かねーよ!」
くどいわ! と、叫ぶキョースケ。それを聞かずに、ハルはそのまま脱衣室へと行ってしまった。
ザバァーッと、風呂の中のお湯が、入ってきた人の体積分だけ流れ出て行った。
「ふぅ~~。極楽、極楽~♪」
湯船に身を委ねながら、頬をゆるゆると弛緩させる司。
司は、晩飯を食べたのちに、尚美と口論していると、風呂が沸いたので、停戦し、さっさと入ってしまう。そして、今現在に至る。
「ふにゃあ~~~。どーして、こうお風呂って気持ちいんだろ~?」
快感とでも言いたげに両の手足を伸ばす。誰にも見られて居ないという安心感からか、あまりにも無防備な司。
「はふぅ~~~~。サッパリしました」
ハルは、ズボンに肌着と言ったラフな格好で、頭を拭きながら現れる。
「おぅ。早かったな」
そういうキョースケは、いつの間にか、シャツを着ていた。
「ええ、まぁ。余りの気持ちよさにもっと入っていたいと言う気持ちが、無くも無かったのですが」
そこで一度、言葉を切る。
「ですが? まさか、まだオレが覗くとか考えてんのか?」
そんなハルに対し、苦々しい顔をしながらキョースケは尋ねる。
それに対してハルは首を振り、
「いえ、違います。ああいえ、確かにそれも有りますけど……」
と答える。
「あんのかよ⁉」
ツッコむキョースケ。
「ただ、小さい頃から体の方が、長湯するのがダメみたいで」
キョースケのツッコみも無視して、そう話すハル。
「のぼせ易い体質か。……なら、少し水入れりゃ良かったじゃねーか。まさか、そしたら逆に、風邪ひいちゃう、なんて言うんじゃねぇよな」
まさかな。と思いながら尋ねるキョースケ。それに対し、ハルは恥ずかしそうに、風呂上がりで上気した頬をさらに赤く染め、
「お恥ずかしい事に」
てへへ、と笑って答える。
「マジかよ……」
驚愕し、絶句するキョースケ。
「――――ヘクチっ」
照れ照れと笑っていたハルは、唐突にくしゃみをした。
「お前、まさか湯冷めまでし易い訳じゃねぇだろーな?」
もうこれ以上はイヤだとでも言いたげな顔をして尋ねるキョースケ。
「そ、そうみたいですね」
先程のくしゃみが恥ずかしかったのか、ハルはさらに頬を真っ赤に染める。そんなハルに対してキョースケは、深々とため息を吐く。
「ハァ――~。……じゃ、このまま風邪ひかれても困るからな。さっさと寝るか」
そういってキョースケは、座っていたソファーに横になる。
「あの、こっちで寝ないのですか?」
不思議そうな顔でハルは訊ねる。ハルが言ったこっちとは、この部屋に一つだけあるベッドの事だ。
ハルは、この部屋を借りたのはキョースケなのだから、ハルが使うものと思っていた。そして自分がそのソファーで、と。
しかし、キョースケがとった行動は真逆だった。そして、彼から返ってきた答えは、
「あ? ああ。そっちのベッドはお前が使えよ。オレァこっちの方が馴れてるからな」
とだけ答える。
馴れている。ハルはその言葉に、少なからず疑問を抱いたが、どうせ煙に巻かれるのが落ちだ。それに、明日までの、商売での付き合いなのだ。そう思って、訊ねなかった。
「それじゃ、消灯の方は頼むわ」
背もたれのせいで姿は見えないが、手を出し、ヒラヒラと振っているキョースケを見てハルは頷き、
「分かりました。それでは、お休みなさい」
そういって、電気のスイッチを切る。
「む、おやすー」
キョースケも、それだけを言ってもう一度ヒラヒラと手を振る。
電気が消え、真っ暗になる部屋。ハルは、手探りでベッドまで着くと、そのまま布団の中に潜り込む。
僅かな沈黙がやって来る。
「――――クゥ」
しばらくして、ハルの寝息が聞こえてくる。
「……」
キョースケは、この少年に対して、少し考えていた。
(……最初の方は、全く警戒を解かずに、完全な他人行儀、というか、まんま商売時の対応だったのが、たったの数時間だけでここまであっさりと心を開くとは。そこだけ見れば、行商人としちゃ、失格なんだが)
キョースケは、そこで少し間を開ける。
(それでも、最後の心の壁ってーのは、開きはしなかった。それを考えりゃ、コイツぁ立派なもんだ)
などと、キョースケが考えていると、
(昨日遅くまでゲームしてたせいか、さすがに眠ぃな。……、寝るとするか)
そういって,彼は思考を停止させると、微睡みの中へと身を委ねる。
…
……
………
…………
「ジーーーーーー」
眼が暗さに慣れたのか、キョースケは、ハルがこちらを凝視しているような気がした。
「ジーーーーーーーーーーーー」
「て、ヲイッ! てめ、いつから起きてこっち見てやがる⁉」
この視線が気のせいではなく、本当にハルから凝視されている事に気づき、キョースケは、身を乗り出して叫ぶ。
「あ、あはは。フトンに潜ってからずっと、です」
薄っすらと見える部屋の中、ハルは、頬をかきながら恥ずかしそうに答える。
「……なんだその『ちょっと恥ずかしいけど、今の自分の心情を聞いて下さい!』みたいな感じの答え方は」
応え方、というより、口調が、ではあるが。キョースケはそうツッコむ。
「いえ、あの。聞いて頂ければ助かるのですが」
モジモジとさせながら、ハルはそういう。
「んだよ、聞いて欲しいのか、欲しくないのか、ハッキリしろよ」
面倒臭げにそういって、キョースケは、ハルに次の言葉を促す。
「あの、その……ですね、わ、笑わないで聞いて下さいよ?」
笑われるような事なのか、と訊きたかったが、自重するキョースケ。
「わーったから、さっさと話せ」
それを聞き、ハルは、
「それと、呆れたり、溜め息を吐いたりするのもダメですからね」
と念を押す。キョースケは、どんな話が来ても、動じないように身構える。
「それじゃあ、話します。実は、久しぶりに誰かと一緒に寝るので、緊張しちゃって」
どうでも良い話だった。
「…………」
頭痛がしてきたらしく、キョースケはこめかみを指で押さえる。
「い、い今、呆れましたね! 呆れたりしないって約束したのにぃ…………」
ハルは、そんなキョースケの態度を見て、今にも泣きだしそうな声で訴える。
「してねぇよ! お前が言ったのは笑うなだろうが‼
……いや、オレは呆れたというより、それを通り越してもはや感心を懐いてさえいるのだが」
キョースケは、ただ引きつった声でそう返すだけだった。
「う~~~~……」
何故か唸るハル。
「何だ、この回答が不服か? 何なら笑ってやろうか。はーはーはー」
完全な棒読みで笑ってみせるキョースケ。
「そんな優しさならいらない~~~~!」
いつの間にかソファーの前まで来てそう訴えるハルだった。しかも、涙目で。
「ダァー! もー、うっさい、ダマれ! じゃあなにか? 抱けってか? 殺すぞ」
そういってキョースケは、ハルを黙らす。
「……ったく。なら、眠くなるまで話すか?」
どれだけ口汚くとも、流石はキョースケ。面倒見の良い優しいお兄さん。むしろお父さん。
その言葉を聞いた途端、ハルは、パァッと笑みをはじけ出す。
「わーい。お父さーん! ありがとうございます」
嬉しそうにそういうと、キョースケに抱きつく。……てか、こんなキャラだったか? そんなことを考えるキョースケ。
「えーい、誰がお父さんじゃ! うっとうしい。放せ! 放せ! うわぁあああああああ‼」
完全な不意打ちに、身動きの取れないキョースケは、必死に振り払おうとする。
…………。ドコッ!
一発殴ってしまったキョースケ。
「しゅん……」
殴られ、いっきにしょぼくれるハル。
「おら。さっさと布団に戻れ」
そんなハルを無視して、そう促すキョースケ。
キョースケに言われ、ベッドの中へと潜り返すハル。
「で、何を話したいんだ?」
自分から話題を作れない。そんなダメダメお父さん。そこがキョースケクオリティ。
「えと、じゃあ。先ほどの夢のお相手はどちら様ですか?」
やっぱり司さん? と訊ねるハル。
「うんにゃ。全くの別人だ」
まさかの否定。
「……」
ビックリしたのか、絶句するハル。
「んだよ、何かおかしいか?」
不服気にキョースケはそう尋ねる。ハルは、その言葉に動揺しながらも必死に否定をしようとする。
「いえ、そういうワケでは……」
「いいよ、誤魔化さん。ッたく。ドイツもコイツも、好きあっていると勝手に勘違いしやがって」
そういって、苛立たしげに舌打ちをする。
「夢の相手は、……オレの初恋の相手だ」
キョースケは、忌々しげにそういう。言葉だけを見れば甘酸っぱい感じがするが、あまりにも口調が苦々しいので、そういう訳ではなさそうだ。
ハルは、いったい誰なのか、気にはなったが、流石に、そこまで突っ込んで聞いて良いものかと思案する。
「ま、とうの昔に死んじまっちゃいるがな」
それだけ言うと、言葉を切るキョースケ。
「すみません。軽はずみでこんな事聞いてしまって」
ハルは、バツが悪そうに、謝る。
「いーよ。どーせ初恋なんざ儚く散っていくもんだ」
ハルの謝罪の言葉に対し、それだけ言うと、この話はコレまでだとでも言いたげに、大きく伸びをする。
「さて、今度はオレが訊く番だ」
そういって、キョースケは、ハルに質問を投げ飛ばす。
キョースケが訊いてはハルが答え、ハルが訊ねればキョースケが答える。それを繰り返し、夜は更けって言った。
「は~~~~。のぼせた~~~~」
司は、風呂上がりの状態で、ホカホカと体から湯気を立たせながら、自分のベッドへとダイブしていた。
「ふぅ~~~」
司は一息いれると、立ち上がり、ドアの隣にある蛍光灯のスイッチを消しに行った。
カチッという音と共に電気は消えさり、暗闇の中へ。
「――――」
一瞬、この暗闇の中に溶け込みそうになる。そんな感じがし、恐怖するも、すぐに目が馴れ、そのままベッドへと向かう。
「お休みなさい」
誰に言うでもなくそういうと、毛布を頭まで被り、まぶたを閉じた――――
最後まで読んでくださってありがとうございまあす。おふろの回(?)終了です。