序章
読んで字のごとく、序章です。ご感想やご意見、お願いします。
数百年ほど昔、一人の人物が、とある拍子に偶然創り上げた摩訶不思議な玉。それはビー玉サイズの、飴玉の様に色彩豊かなモノだった。
彼(彼女?)、その玉を作った人物は、玉の中に人が観た夢を閉じこめることができ、さらにそれをほかの人へと観せる事ができると知り、その玉を『夢玉』と名付けた。そして彼(彼女?)は行商人として、その『夢玉』を使って、夢の売買による商売を行う事にした。
しかし、当時の人々は、その商人の話しに耳を傾けようとはしなかった。どころか、彼(彼女)のことを頭のおかしな変人としてあつかっていた。
それもそうだろう。まだ残暑が続いているというのに、その人物は、濃い紺色の、ツバが大きめの中折帽子を目深にかぶり、香色をした襟の長い外套を身にまとい、手には厚手の手袋、靴は踝の高さまであるロングブーツといった装備で、素肌はおろか素顔まで完全に隠されていて、中世的な声も相まって、その性別が分からなかった。
そのため、周りの者は、香色の外套の人物のことを嫌煙していた。さらには、『あなたに夢を観せてあげます』などと、荒唐無稽な事を口にするのだ。到底、真人間とは誰も思えない。
そして、自分を馬鹿にし、否定した人々に対し、商人はこう言った。
「私の言うことを嘘だと否定するのならば、この『夢玉』を誰か試してみてはいかがです?」
そんな彼(彼女?)の言葉に、周りの人々はざわつき出す。
「おや、できないのですか? なぁに、恐れることは有りません。この『夢玉』を使ったからと言って、副作用のような害などはありません。ただ白昼夢を見るような物です。それとも、有り得ないと言っているものの。その実、私の言うことを真に受け、恐れているのではありませんか?
――もしもこの『夢玉』が紛い物で、夢を見ることが出来なければ、試した御方に私の全財産を差し上げます――なぁに、そこまで安い額ではありませんよ。しかし、この玉――『夢玉』で、夢を観られたのなら、その時は代金を頂きたい」
それを聞いた人々は、試すか否かと考え悩んだ。すると、一人の青年が手を挙げて聞いた。本当にその玉には使用した際の自分への害はないのか? 何も起きなければ商人の財産を、本当に全て貰えるのか? といった質問を投げた。それに対して商人は、
「ええ、本当ですとも。ただし、もしも夢を観られたのなら、代金はきっちりと払ってもらいますからね」
そう首肯した。青年は、それならば、自分が試そう、と名乗りを上げた。周りの人々は、『やめた方が良い』だの『俺がやろうとしたのに』だのと、口々にいった。
そんな彼らを見て、商人は満足そうに何度もうなずく。そして『では、こちらへ』と青年を手招きし、青年はそれに従った。
「心の準備は良いですか? ……では、いきますよ」
言うと彼(彼女?)は、青年の眼前に『夢玉』をかざした。青年は、眩しそうに目を細めると、そのまま眼を閉じてしまい、動かなくなった。ざわめく観衆の中、商人は自分の手の中にある『夢玉』に目をおとした。先ほどまでの美しい色彩を放っていた『夢玉』は、石の様にくすんだ色へと変化していた。
青年を動かんくした張本人は、肩をすくめると、落ち着きを払った声で、
「落ち着いて下さい。今この青年は、夢を観ています。夢から覚めるまで、少し待とうではありませんか」
そう言い放ち、観衆を宥めた。
――――それから一時間ほどたった頃に、青年は目を覚ました。
「如何でしたかな、夢の旅は?」
商人にそう尋ねられ、青年は『余りにも不思議な夢だった。この玉は本当に素晴らしいものだ』とこたえた。その言葉にコートの男(女?)は、それは好かったと言い、下ろしていた荷物を背負うと、そのまま立ち去ろうとした。
青年は商人を呼び止め、『代金は?』と訊ねた。
「それでは、今回は特別で、貴方が昨夜視た夢を私にください」
彼(彼女?)は自分の顔の前に人差し指を出し、そう答える。それは一体どうすればいいのか、と青年は首をかしげる。
「なに、簡単ですよ。ただ貴方が観た夢を私に話していただければ、後はこちらで勝手に頂きますから」
そう言って外套の男(女?)は、先程の色が消え、くすんだ『夢玉』を取り出した。それを見て青年は、それは? と問いかける。
「ああ。これは、先程あなたに夢を視せて、中身が空っぽになった『夢玉』ですよ」
空っぽ? と青年はオウム返しする。
「ええ。ですから、これからこの空っぽの『夢玉』に夢を入れたいと思います。先ほども申した通り、あなたの観た夢を話してくだされば、あとはこちらで夢を貰いうけます。夢を入れる方法は、企業秘密ですけれど」
それならばと青年は昨夜に視た夢を商人に語った。継ぎ接ぎ(つ は )だらけで、所々が曖昧になっている、青年の夢の話を、商人はイヤな顔ひとつせず聴いていた。
青年があらかた話し終えると、
「有り難う御座います。貴方の夢はちゃんと、この『夢玉』の中に入りました」
そういって、青年に手のひらに転がる『夢玉』をみせた。
商人の手の中にある『夢玉』は、くすんだ色から、最初の色とはまた違った色を放っていた。
それでは、と言うと商人はそのまま、どこかへと行ってしまった。
後に、その商人は〝夢玉屋〟と名乗り、世界中を旅して、夢を売買していった。
夢玉屋は、時には人々に多彩な夢を売り、時には希有な夢、良くあるようなな夢を買い集め、時に集めた夢を特殊な方法で育てていった。
彼(彼女?)に出会った人々は、夢を売買する様から夢玉屋ではなく、〝夢商人〟と呼んだ。
これが、『夢商人』という都市伝説。その冒頭(原点)である。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。二話目を御期待下さればありがたいです。