8話 休日の昼下がりに
布団の上で目が覚めた。…どこからが夢だったのだろう。
時間を見てみれば、日曜の午前10時だった。そんなに寝ていた気はしないのだが…精神世界にいたのだからその様なモノだろうと、割り切ることにする。
今日は暇だし、家にいても…何かしたいことがあるわけではないので、土手にでも行ってボーっとしていようかと思う。別に、サッカー部の練習場所が川べりにあるから、とかそういうわけじゃない。
と、言うわけで。ご飯を炊き、おにぎりを作ってみた。弁当に詰めてみたら思っていたより多かった。まぁ良いか。
土手の斜面に座り流れる川をボーと眺める。そよ風が吹き、心地よい。ただ、髪がサラサラと乱れるのが厄介だったが。…しかし、いくらそよ風と言っても、まだ4月後半なわけで。まだ肌寒く、風邪でも引いてしまいそうだ。
「流石に寒かったか」
スカートをはいてきたのが失敗だったな。ジーンズならもう少し暖かかっただろう。
川を眺めていると、何処からか声が聞こえてきた。
「よし、シュート!」だの「ナイスシュート!!」だとか。明らかにサッカー部だな。ちょっと見てみよう。…ちょっとだけだ。
昨日、仲間割れもどきがあったようなものなのに、次の日練習か…。大変だな。
…風堂貴人が居るのは良いが、なぜ渡辺が居る?サッカー部ではなかったと記憶しているが。実はサッカー部だった、とか。面白いな。
「あの2人に接点なんてあったか?」
去年も今年も2人のクラスは違ったはずだ。私みたいに、本の貸し借りという接点があるはずもない。
首をかしげて見ていたら、2人が同時にこちらを振り返った。どうやら、見つかってしまったらしい。競うように私の方へ向かってくる。踵を返して去ろうとしたところで、肩をつかまれた。とても、振り返りたくない。後ろを見るのが怖い。
「…」
逃走失敗。肩に置かれた手は風堂貴人の物だった。
諦めて、2人に向き直る。何の用事があるというのだろう。立ち話もなんだというので、土手を降りたところにあるベンチへ移動した。立ち話で全然問題がなかったのに。座って話すような立ち入った話をしたくない。
「白璃!!生徒会長と会うのかよ!?」
「…会うが、何か?」
「危険だぞ!?」
「何も2人きりで会うわけではないし、渡辺もいるのではないのか?」
何が、どう危険なのだろうか?
風堂貴人に関係してくることでもないのに、なんでわざわざ口を出してきたんだろう。
「全く、ひどいですよねぇ、貴人君。うちの生徒会長がエロいって言うんですよ」
「だってアイツ自分の部屋にいろいろと問題なもん置いてあんだぜ?」
「風堂貴人は、生徒会長と知り合いなのか?」
「知り合いも何も兄貴だし」
…3年生なのに、生徒会長をしているのか。凄いな、風堂貴人の兄は。
しかし、こいつの兄、か。とたんに会いたくなくなってきた。
相槌を求めているような視線に、適当に言葉を投げかける。興味もない。
「へぇ」
「な…知らなかったのかよ!?」
「まぁ、興味などなかったからな」
「生徒会長、悪い人じゃありませんし」
「ほら、渡辺もこう言っているぞ?」
肩をすくめた。渡辺も困っているような表情だ。本当に困っているのかはわからないが。
風堂貴人は、ㇵッと渡辺を見てから
「なんで渡辺は名字呼びなんだよ!?」
と、聞いてきた。そんなことを聞かれても…別にどう呼ぼうが私の自由じゃないか。
「そこそこ親しいからか?」
「なっ、お、俺は!?」
「…目障りな奴」
「え、疑問形じゃなくて言い切っちゃうの!?ヒデェ!!白璃ヒデェよ!?」
ごそごそと食べかけだったおにぎりを弁当から取り出して、風堂貴人の叫びをBGMに食べる。相変わらずうるさいやつだ。耳栓がほしくなる。
「白野さんは、昼食を食べに?」
「まぁ、そんなところだ。家にいてもつまらないからな」
さぁ、と土手に心地よい風が吹く。
「気持ちが良いですね」
「ああ」
「そういえば、白野さんの誕生日はいつですか?」
「…確か、6月14日、だったと思う。…まぁその周辺だろう。なぜ?」
誕生日…か。あまりいい思い出がない。誕生日がいつだろうと歳を重ねるのに変わりはないのだから、わざわざ祝う意味が分からない。
「いえ、気になっただけですので」
「そうだ!白璃、練習見てけよ!な?」
「そうですよ、暇なのでしょう?貴人君にしては珍しくまともなことを言いましたね」
「ひどいな!?」
…なぜ、私を誘うのだろう。一緒にいても面白くないだろうに。
ところで渡辺はどうしてここに。聞くタイミングを逃した謎が、深まる。名前呼びだし、2人は仲がいい、のか?
「別に、構わないが」
「ヨッシャ!!」
喜ぶ風堂貴人を見て、微妙な気持ちが沸き起こってくる。なんというか、…わからない。
ともあれ、練習を眺めることにした。
サッカーはやはりよくわからなかったが、風堂貴人と9番の奴が上手なことは分かった。運動ができるのって、うらやましいな。
9番は、昨日1年生側で風堂貴人に対抗するように、シュートをたくさん打っていた奴だろう。ということは1年生だな。走り回る彼らは輝いて見えた。青春…?
「白野さんって恋愛経験あります?」
渡辺は、マネージャーたちと話していたかと思うと、私へ尋ねてくる。いきなりの質問に、抱えていた弁当を落としかけた。なんで、それを態々聞いてくる。
「…ないわけではないが」
「では、噂の本のありかとかご存じで?」
クイッと眼鏡を手で押し上げ、渡辺は聞いてくる。
家においてきた本が、脳裏をよぎった。週明けには返しに行こう。そっと、棚に戻って行ってくれないだろうか。
なんて答えるのがベストだろう。なるべく嘘をつかないラインでいこうか。
「ああ、知ってはいるが?」
「み、見たことあるんですか!?」
私の返答に食らいついてきたマネージャー。がっつく様子はいまどきの肉食系女子?とやらか。やっぱり、恋をしているんだろうか。
「…たまたま」
マネージャーたちは私を取り囲んでキャーキャー言いながら、あれこれ質問をしてくる。対応する私の表情はきっとひきつっていることだろう。無表情が保てているとは思えない。中はどんななの、とかはぐらかしにくいことを聞かれても困る。
「…渡辺、どういうことだ」
「白野さんは、もう少し女の子たちと触れ合うべきですよ。そう思ったのですが余計なお世話でしたか?」
ひとしきり聞きたいことを聞いたようで、マネージャーたちは仕事に戻って行った。なんだった、んだ…。げんなりと肩を落とす。疲れた。それももとはと言えば渡辺の余計な問いかけのせいだ。見上げてみると、ニコリと笑う渡辺の顔が怖かった。いつかの風堂貴人と同じで目が笑っていない。なんだっていうんだ。余計なお世話だったが、ここで頷いたが最後何をさせられるかわからない怖さがにじみ出ていた。ツィ、と視線を逸らした。
ん?そういえば…。昨日はいた顔が足りないのに気付き忙しそうに動き回るマネージャーたちの顔を見ていく。うん、やっぱりいない。
「万年2位の奴がいないな」
「え?ああ、灰崎さんね。今日は家族でパーティーだって」
「…灰崎?」
「ええ、灰崎さんよ。彼女、真面目にマネやってくれなくて困ってるのよねぇ」
灰崎か。どこかで見た顔だと思ったら…。まさか、奴の娘と同じ学校だったなんてついていないな。忌々しい。
昨日の様子だとまじめにマネージャーをやっているようだったが、そうではなかったのか?いや、それは私には関係ないからどうでもいい。
「灰崎さんがどうかしたの?」
「いや、気にしないでくれ。なんでもない」
急に黙ってしまったので心配されてしまったようだ。心配してもらう価値なんてないというのに、いい人だな。仕事が終わったらしいそのマネージャーと2人で、部活風景を眺める。休日はいつも、ここで練習をしているのだろうか?だったら…違う、別にまた来ようとか思っていない。断じて、思っていない。
「白璃ー!!今の!今のシュート見てた!?」
「…は?」
風堂貴人と、9番の奴がど突きあいながらこちらへ来る。楽しそうだ。仲がいいんだな。でも下剋上っぽいことしようと思うんだ。いや、昨日の試合があったから仲良くなった、のか?ああ、もうどうでもいいことだ。
「ほら、先輩!白璃先輩はぜんっぜん興味ないみたいですよ?」
「む!?鈴宮には言われたくねぇ!!白璃、絶対お前のこと9番認識だって!」
「…ギャーギャー騒ぐな、風堂貴人。練習中だろう?」
うるさい。
それから地味に図星をつついてくるのをやめてほしい。どう認識していようが私の自由、だよな?
「あ、白璃先輩!俺の名前わかりますか?」
9番の奴がキラキラした目で見てくるので、記憶を探る。
確か、図書室のカギをもどしに行ったとき職員室でチラ見した新入生一覧表の、あ行ではないのに一番上にいた奴だ。無造作に机の上に放ってあって、それでよいのかと思った記憶がある。コイツの写真だった、はず。確か、名前は…
「…鈴宮大輝、だったか?」
「え、知ってたんですか!?」
「…なぁ、俺は?」
風堂貴人の質問は無視して、鈴宮の問いに答える。
「職員室に置いてあった新入生一覧の一番上に載っていたから…目に留まっただけだ」
「って、それだけで!?」
「…ダメだったのか?」
何かいけなかっただろうか。なんとなく、目に留まっただけだ。帰国子女のマークがあったせいかもしれないが。
「俺、なんか幸せ!!白璃先輩、美人だし!」
「ちょ、鈴宮!?」
「鈴宮君!?」
私が美人だなんてお世辞に決まっている。…でも、母さんも美人だったから少しだけ嬉しいかもしれない。気のせいか。
何故か慌てている様子の2人は、鈴宮を離れたところに引っ張って行って3人で騒ぎ出した。ぽつんと置いていかれた私はすることがなく、地面へ視線を落とした。あ、…アリの巣。
「二人とも、どうしたんだ?」
「いやぁ…」
「別にですね…その…」
しばらくして戻ってきた2人に聞くが、何とも要領を得ない答えが返ってきた。
?変な奴らだ。
「先輩!」
鈴宮に抱き着かれた。急になんだ、こいつは。すごく汗臭い。あ、これ無理な奴だ。暑苦しいやつは嫌いだ。
「先輩かわいいです!!」
「殴り飛ばす!!鈴宮覚悟しろぉ!!」
「やですよおぉだ。フドー先輩には負けたくないんですから!」
…何の話だろうか。そっちのけで騒ぎだしてくれた風堂貴人たちに安堵する。
「…はぁ」
なぜ、最近こうも厄介ことばかり…
また地面へ視線を落とすと、アリの巣が消えていた。鈴宮のせいだ。アイツが、抱き着いてきたから壊れてしまったんだ。ため息が漏れる。気分転換にと外に出てみたのに、かえって沈み込んでしまった。なんだかな。
「キャプテン、もう練習終わりです」
「お?おー、んじゃ各自解散!」
案外、適当だ。
一人、また一人…とサッカー部の奴らは名残惜しそうに帰っていき、残るは渡辺と風堂貴人、私だけになった。完全に帰る時期を逃した。
「おやおや…僕は、お邪魔なようなので帰りますよ」
渡辺も帰ってしまった。
誰もいない土手に、風堂貴人と二人っきりとなってしまう。話すことなんて何もないのだからな。話しかけてくるなよ。でも無言で歩くのは嫌だな、せっかく隣に人がいるのだから。
とりあえず誰か走ってこい。願いもむなしく、人が通りがかる気配すらない。なぜだ。
困った、話すことがない。気まずい沈黙が落ちるだけだ。
こうなるなら、風堂貴人がさっさと帰ってくれればよかったのに。
「なぁ、白璃」
いきなり話しかけてくる風堂貴人。1人で帰る気は、ないらしい。一緒に歩け、とばかりに腕をつかまれて引きずられる。暴力、反対だ…っ。
「なんだ」
「お前さー、俺のこと避けてねぇ?」
「別に…」
何を言い出すのかと思ったら。避けていないと思っていたのか?思い上がりも甚だ激しい。避けているにきまっているじゃないか。と、直接的には言えなかった。言いたく、なかった。嫌いなりたいけど嫌われたくない私のエゴだ。
「昨日、なんも言わずに帰っただろ?」
「…何の関係もない私があの場にいても場違いなだけではないか」
「んなことねぇよ」
「どうだか」
貴様が思わなくても、灰崎あたりは思っただろうが。というか、確実に思っているだろう。睨まれるのはごめんだ。
「あのさ、俺…思い出したんだよ」
いきなり何の話だ。なんとなく、この先を聞きたくないと思った。でも、促さないわけにはいかないんだろう。早く帰るために。
「何を」
「小5…だったかなぁ。両親、事故で亡くした奴のこと」
バカだと思っていたが…本当に馬鹿だったか。なんで、それを態々聞いてくる。確かに私だ。だけど、「はいそうです」なんて頷けはしない。
特にコイツ相手には。
「それは、大変だな。まだまだ親に甘えたい時期だろう?可哀そうに」
「そうなんだよ。名字は…確か、白野、だったんだよ。なぁ、こういうの聞くのってどうかとは思うんだけどさ、お前、両親死んでんだろ」
怒っても、いいだろうか。いいんだろう。いいよ、な?でも、怒り方がわからない。風堂貴人とは逆の方向を見ながら歩く。
「…本当に、どうかと思うぞ。これで、私が生きていると答えたらどうするつもりだったんだ」
「答えなかったじゃねぇか。なぁ?ずっと独りでさ、寂しくないわけ?」
「さぁ…もう、ずっと独りだから」
忘れた。と、言うと風堂貴人は悲しそうな顔をする。どうして、貴様が悲しむんだ。やめろ、憐れむな。私は可哀想な子じゃない。
「どうして白璃は強いフリをしてるんだ?本当は、寂しいんじゃないのか?」
「…私は、保護者が居ないから、いつだって標的にされた。親戚にも狙われた。友達、と言ってくれた奴だってどこかへ行ってしまうからな。一人でいることを願った。そうすれば、もう悲しくも、辛くもならないだろう?」
なぜ、こんな奴に私はずっと隠し通そうと思っていたことを話しているのだろうか。結局、裏切られてしまうのに…。
急に、頭をクシャリと撫でられた。
「一人、寂しくなったら俺んとこ来いよ。話し相手になってやる」
「!?」
そんなこと言う奴、初めてだ。
驚いてマジマジと風堂貴人を見ていたら、奴は顔を少し赤くするとソッポを向いた。
「昨日のお礼だからな!!勘違いすんじゃねぇぞ!!」
捨て吐くように台詞を残して、走って帰って行ってしまう。
言われなくても勘違いしないから大丈夫だ!と叫び返した。ら、心なしか旬としているように見えた。
「あ…」
少し寒くなってきたし、風堂貴人も帰ってしまったし帰ろう。
…って私は今、何を、考えた?
「さっきのって一体…」
風堂貴人は信じてもよいのだろうか。
今度、裏切られてしまったら、私は…
壊れてしまうだろう。きっと。
「信じる…か…」
辛いのは嫌いだ。
なぜ私は一人なのだろう?と一体何度考えたことか…。
「帰ろう…」




