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7話 夢の中

そして、独りきりの家。


「…母さん。母さんは恋、したよね。どんな感じなのだろうか?私も…できるだろうか」


小さくつぶやくと、カバンが光り出した。

いや、カバンの中身だな。またも起こった怪奇現象に苦笑いが浮かぶ。笑うしかない、というやつか。


「…噂の本か」

『恋愛論理』を取り出してみる。

 なぜ家にあるかというと、昨日のどさくさで持ち出してきてしまったからだ。仕方ない、いっぱいいっぱいだったんだ。持っているものの確認なんてしなかった。よく見てみると、図書室の登録処理がされていなかったし、持ち出しても大丈夫なのだろう。

本は、昨日同様勝手にめくれた。ページがスルスルとめくれ、またも中心付近で止まる。好きだな、真ん中。


「…思いは叶う…?」


だと、良いが。

また、ページがめくれ、後半の方で止まる。


《心配するな、君の言葉は届くから》


…親友のA子ちゃんポジションか?

本を持ったまま、床へ座った。気を抜くと眠ってしまいそうな眠気が襲ってくる。今日は、何もなかったがいろいろあった。眠くなるのも仕方ない。


「告白をするつもりはない」


というか好きな人などいないのだぞ?

次のページへめくれる。


《それはもったいない》


「…言っていることでもわかるのか」


あまりにも的確な言葉が乗ったページばかり開くので、つい尋ねてしまった。


「…そうだろうな」


答えがあるわけがない。本なのだから。

しかし、何かを求めていたのかもしれない。無意識に。


「…寝よう」


眠いからこうなる。起きたら、気のせいだったで終わっているはずだ。そうにちがいない、いやそうなれ。



気づくと、フワフワと白い靄が立ち込めるところにいた。


「…夢か?」


《意識だけの世界だよ》


女性…というか、おそらく私の声が頭に直接響く。


「…テレパシーかそれとも何か別のものか?それで、意識だけの世界、とは?」


なぜ私の声なのかも尋ねたい。おおいに。姿も見せてもらいたい。どこに向かって話せばいいのかわからない。


《わぉ、驚かないんだ?こんな子初めてだよ!》


「別に驚くことではないだろう。それで一体なぜ私はここにいる?」


《僕は恋愛論理!君、白野白璃に恋愛を指導しに来た妖精さんさ!》


…なんだろう、凄くイタイ。


「貴様の素性は聞いていない」


目の前に、私そっくりの奴が現れる。無表情で、かわいげがない。何を考えているのかわからない。やっぱり、こんな私を好きになる人なんて現れるわけがない。…いや、好きな人はいないから、好きになってもらう必要もないんだ。


「…本のくせに」


《もう!どうして君は驚かないの!!》


「で、本題は?」


《ゴホン!!そんな白璃ちゃんに、良いお知らせです!》


そんな、ってどんなだ?勝手に盛り上がっているのは、ほっておいていいんだろう。


《風堂貴人君を呼びましたー!!ヒューヒューパフパフ!!…じゃ、僕はこれで》


言いたいことだけを言って消えた恋愛論理。意味が分からなくて途方に暮れる。風堂貴人を呼んだって、どうして?固まっていると、上のほうに穴が開いて、人が降ってきた。風堂貴人だ。


「え、白璃!?ここ夢だよな!?」

「…意識だけの世界、らしい」

「え、そーなん?なんで白璃がいんの?」


夢の中でも通じ合えているの?なんてほざくから鳥肌が立った。なわけないだろう。


「貴様に引きずり込まれた」

「俺のせい!?」


…いい塩梅に混乱しているな。


「フ…」


少し面白くて、小さく笑う。


「笑った…白璃が!?きっと夢なんだ!そうだよ夢なんだよ!!って、え?なんで白璃が夢に出てくんだ?」

「落ち着け、私だって…笑う」

「そうなのか!?…ま、いーや。二人っきりだなぁ」


う…悪寒が?先日の図書室での事変を思い出した。あれは、もういいや。味わいたくない。


「風堂貴人、何を考えた」

「いんや、きれいだなぁと」

「はぁ?…ついに頭が壊れたか」

「女の子っぽい服着てると美人だぜ?制服だと色気なくってさぁ」


何の話なのかさっぱりついていけないので首をかしげ、内容を考える。


「あー、服だよ、服!白ワンピかわいーなぁって!」


白ワンピ?

なおも首を捻っていると、なぜか鏡が出てきた。なんでもありなんだな。

ひざ上ギリギリといった裾の白い肩だしワンピースに淡い水色のカチューシャをして髪を垂らした格好の私が映る。似合って、ない。


「不服だ…」

「かわいいからいいじゃんか!」

「脱いでしまおうか」

「やめろよ!?それはやめろよ!?」

「…冗談だ」

「うぉう!…かわいいぜ、白璃!」

「なっ」


 珍しくまじめな顔で風堂貴人は私に言ってくる。っ、照れる、だろう。らしくもなく。


「あ、照れてるーかわいー。なぁ、ハグしていー?」

「え?あ、いや、その…」


ギュッと急に風堂貴人が抱き着いてくる。セクハラだ。やめろ、とも額が校則は解けそうにない。こんな時ばかりは非力な自分が嫌になる。


「やっぱ女の子なんだなー。いつも一人でいて他の女子とは違う感じがするけど。こーゆーとこ、女の子っぽいなー」

「え?ちょ、貴様何言って」

「白璃さー見てて心配なんだよな。こう…放っとけない感じ」

「…貴様に心配してもらう必要はない」


風堂貴人はそのまま私の肩に頭を落として呟く。夢、思考?の中だというのに、体温が伝わってきて胸が痛んだ。罪悪感だろうか。


「強いんだろーけどどっかでポッキリ折れちまったら立ち直れなさそうな弱さもあって…みたいな?」

「そんな訳ない…」


と、思うが…。いや案外風堂貴人の言っていることも当たっているのかもしれないな。

偽りの強さ、というものだろうか。真の強さがほしいわけでもないが、強く見えればそれでいい。


「白璃っていい匂いすんだな。他の女子とは違うなぁ」


感心した私が馬鹿だった。

どこのおっさんだ、貴様は。


「…くすぐったい。いい加減離れろ」

「え…ヤダ」


ヤダって…


「ではどうすれば離れる」

「…!…キス…しろよ」

「…は?」


今、コイツはなんと言った?聞いたことが信じられなくて思わず聞き返す。冗談、だよな?


「だからぁ…キス、しろよ白璃」


命令形…?


「嫌に決まっているだろう」

「じゃあはなさねぇ」


こうなったら力づくで離れてやる。


「帰宅部の女子の力がサッカー部キャプテンの男子にかなうとでも思ってんのか、お前」


ム…


「…ちぇ、名案だと思ったのにさぁ。白璃がそんなに嫌ならいーや」


かなりあっさりと風堂貴人は私から離れた。


「…」

「なんだー、寂しーの?」

「ち、違う…そんなことはない…」


はずだ。


「ま、んじゃまた明日」


風堂貴人が消えた。


「…どうやって帰ればいい?」


《帰り方は…んーん?ああ、帰らせてあげる》


今の間は一体…?


「ああ、よろしく」


《じゃね。またいつかー》


…軽い奴。


次の瞬間、見慣れた天井が目に飛び込んできた。


「…少しだけ、努力をしてみようと思う」


《がんばれ》とページに文字が浮かび上がった。


「本のくせに…まぁ良い。しばらくよろしくな」


《OK》


…本のくせに。


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