4話 風堂君、粘りました。
「それで、何を悩んでいたのだ?」
「大したことじゃねぇんだけど。1年の野郎どもが、サッカー部をさ乗っ取ろうとして、試合を仕掛けてきたんだ」
たいしたことじゃない…?大したことのように聞こえたが。乗っ取るって、相当なことでもない限りたどり着かない思考だろう。何があったんだ、サッカー部。大丈夫なのか?いや、大丈夫でないから風堂貴人が悩んでいるんだろうな。
でも、それだったら…。
「2年が勝てば良いではないか」
「ところがさぁ、やる気が出ねぇんだと」
「…知るか!そのようなこと。貴様が、やる気を出せる環境にしないのがいけないのではないか」
くだらない。内情をよく知らないがために、そこまで深刻なようには思えなかった。確かに大したことじゃない。だって、新入生と2年なら、2年のほうが実力があるってものだろう?それに、部活に入りたての1年に、権力を譲るっていうのか。
というか、バカバカしすぎるだろう、心配して損した気分だ。少し前までのシリアスを返してくれ。
「そぉ言わないでさぁ、ちょぉっと俺のこと助けると思って試合ん日、見学しに来てくんね?」
「はぁ?」
「白璃が来てくれれば、やる気が出んだとよ。ったく、あいつらふざけやがって…」
なぜ私が見に行くとやる気が出る。…風堂貴人も変だとは思っていたが、サッカー部も変人が沢山いるのか。むしろ変人だからサッカー部に所属しているんじゃないか?そうでなければ、私が云々といった話は出てこないはずだからな。
それにしても…。
「試合を見に、か」
「ダメか?」
「…いいだろう。暇つぶしついでに行ってやる。いいか、ついでだからな。ついで」
「…ツンデレ」
ムッ…失礼な。私のどこがツンデレだ。デレのかけらもないだろう。
あまりにも必死に私なんかに頼み込んでくる不動貴人が哀れに見えたから妥協してやっただけだ。決して、自分から行きたいと思ったわけではない。なれ合うつもりなんか、ない。
「違う。私はツンデレではない。不愉快だ」
「わ、ワリィ…」
「たまには、そういうのも悪くないしな」
どうせ家に帰っても一人だ。それなら、たまには…な。いいかもしれない。
ふっと読みかけの本に目を落とした。しおりを挟んで閉じる。
「ヨッシャ!!経緯はどうであれ、引きこもり白璃、引き出してやったぜ」
「…」
なんだ、引きこもり白璃とは。そんなに引きこもっていないはずだ。はしゃぐ風堂貴人に何も言えなくなって、溜息をついた。最近、溜息をついてばかりだ。
「はぁ…。それで、いつなのだ?」
「んーと、明後日」
明後日…は土曜日か。
「わかった」
「あ、白璃の家迎えに行くから」
「そうか…って、待て」
さらりと言われた風堂貴人の言葉に一瞬思考が追い付かなかった。迎えに来る?何の冗談だそれは。面白くもなんともないぞ。
「ンだよ?」
「サラリと言われてつい流しかけたが、なぜ貴様が私の家を知っている」
「小学4年?くらいん時に一回遊びに行った」
…こいつの記憶力は一体どうなっている。遊びに来た?小学校が同じだった記憶もないが…本当か?胡乱下に見るが、胸を張っているコイツが嘘をついているようには見えなかった。本当、なのか。
「…では、頼む」
「オゥ!じゃな、白璃!!また明日!」
騒がしい奴だ、本当に。
さて、私も適当に時間をつぶしたら帰るか。
翌日。
家を出ると、風堂貴人が家の前の道路に突っ立っていた。間抜けだな。…ではなくて。どういうつもりで、なんのようだ。
「あ、白璃!よかった~、家ここで合ってたな!」
「風堂貴人…何故ここに」
「え、明日迎えに行くのに、間違ってたら嫌だなって」
へらへらと笑う風堂貴人に怒る気力を失った。怒っても無駄だろうしな。言っていることは正しいし。
「…そうか」
「嬉しい?」
「そんな訳…」
ないのだろうか?自問している場合ではない。ないったらないんだ。うつむいて答えをはぐらかす。地面には、奴の影が落ちていた。
「ま、いーや。じゃ、一緒に行こうぜ」
「…」
嫌、と即答できない自分がどこかにいるのだろう。返事に迷った挙句沈黙で返した。にっと笑って、奴は答えない私の先を歩き出した。
「ほら、どーしたんだよー?」
「あ、ああ…」
いつの間にかずいぶんと前を歩いていた風堂貴人の後を追う。違う、一緒に行っているわけではなくて、たまたま歩く方向が一緒で、たまたま同じ時間だっただけ、などと手遅れな言い訳を脳内に浮かべた。
「じゃ、白璃!俺朝練あるから」
校門で風堂貴人と別れ、私は図書室へ行く。
鐘が鳴っても、教室へ、移動しない。悪い生徒だとは思う。でも、今日は図書室に居たい気分なのだ。こんなわがままが通用するのは司書の先生が手を回してくれたおかげだ。ありがたい。いつか恩返しをしたいものだ。
というか、ぶっちゃけてしまうと教室に行って、万年2位の奴に絡まれるのはごめんだ。
何冊か、カウンターに積みあがった本を読み終わったころ、扉が凄い音を立てて開いた。突然響いた騒音に、耳鳴りがする。
それが、誰なのかは見なくてもわかる。私に構う人なんて、あいつしかいないのだから。
何も、言ってこないから話を振った。見れば、ひざに手をついて肩で息をしている。走り回ったんだろう。もしかして私を探し、ていたのか。思い上がりにすぎないだろうけれど、浅はかな期待が浮かんで消えた。違う、そんなわけはないだろう。期待するな、裏切られるだけだ。
「風堂貴人、今は授業中だろう」
「白璃こそ。図書室にいたのか」
息を切らして、カウンターへ近づいてきた。この動作も、もう3回目となるのか。わずかに感慨深いものがある。本を借りるわけでもないのにカウンターに近づいてくるのはコイツくらいだ。
「別に…授業を受けなくても、点数は取れるからな」
「へぇ…今度、勉強教えてくれよな」
こいつはバカだったか…?そこそこ優秀な頭は、両親から引き継いだものだろう。
笑っているはずなのに、にこりともしていない目に悪寒が走った。どことなく怒っているように見える。でも、それがなぜだかはわからない。
「まぁ…気が向いたら」
「サンキュ!…じゃなくて!白璃の机が無かったんだけど」
「いつものことだろう?気にすることではない」
「だけど!」
全てを言わせず、口をはさむ。言われる筋合いはない。憐れまれる理由も、絡まれる訳も、だ。
「女子のかわいい嫉妬だろう。気にするだけ無駄だし、実害はないからな。放っておけ」
昔から、女子とは仲良くなれない私は「イジメ」というものを受けていた。こうして図書室へ閉じこもってしまえば害はない。教室があるところから虚位のある図書室までわざわざ来るやつはいないから。…目の前に立っている奴は、来たが。
「…る」
「何だ?」
「実害はあるだろ!なんで、何もいわねぇんだよ!」
「そうか」
何故コイツは関係のない私のことでこんなにも怒っているのだろうか。どうして他人のことで、そこまで怒れるんだろう。疲れるだけじゃない。怒って、泣いて、喚いて…でも、その先には何もないんだ。疲れが、残るだけ。
「なんで白璃はそんなに冷めてんだよ!もっと、怒れよ!悲しめよ!自分のことだろ!?」
自分のこと…か。自分なんて、もうどうでもいいだけの存在なのに、どうして放っておいてくれないんだろう。
「そう、だな」
「なんで…悲しくないのか?」
「もう慣れた。なんとも思わない」
それに私は独りでいるために、〝感情″を壊して…手放してしまったからな。
《悲しい》も、《怒り》も、もう浮かばない。
そのかわり、《嬉しい》も、ほとんど、思うことがなくなっているが。
自業自得だろう?ああ、でも最近はうれしいとか悲しいとか、思った。久しぶりに、揺れ動いた。風堂貴人のせいだ。余計な、真似をしてくる貴様の、せい。
「白璃!」
いきなり怒鳴られて、驚いた。
私のために、こんなにも怒ってくれた人など、いなかったから。
いたけれど、いなくなってしまったから。
「な、なんだ?」
「俺が、女子なんて何とかしてやるからさぁ!!」
「別に良い。放っておけば、その内終わるのだから」
「俺が、嫌なんだよ!」
「…どうして、貴様は赤の他人である私のためにそんなにも怒っていて、どうにかしようとしている?」
「それは…白璃には言えねぇよ」
顔を若干赤くしてそっぽを向く風堂貴人。
ああ、そういうことか。なんとなく理解した。でも、きちんと理解しようとは思わない。知りたくない思いは知らないままでいい。それを知ったら、戻れなくなりそうだ。だというのに。
…チャラ男のくせに、
「チャラ男のくせに…」
そんなこと、言わないでくれ。少しだけ、期待をしてしまうから。
「なっ、チャラ男じゃねぇぞ!」
「…図書室では静かにしろ」
「あ、汚ぇ!」
ギャンギャンと風堂が喚く。うるさいのは変わらない。いや、このうるささに救われ…違う、そんなことはない。よぎる思いを否定する。一瞬の気の迷いを本気にしてはいけない。今までもそうだった。これからもそうしなくちゃいけない。
「…私は一人で良いんだ。女子のかわいい悪戯など、気にするだけ無駄だから」
「それでも!」
「だから、放っといてくれと言っている!わからないか?」
しつこい風堂につい、私は声を荒げた。しんとした図書室に反響して消えていった。怒鳴った私に驚く風堂を見て、我に返る。
「…悪い、取り乱した。後で、教室に行くから…帰れ」
「え、あー…ん。わかった」
風堂は、あっさりと図書室を出て行く。その後ろ姿は何か、悩んでいるようだった。
「一人…」
少し、寂しいかな。違う、そんなことはないさ。
慣れているのだ、こんなの。居場所がないなんて基本的なことは。
イジメだって慣れたし、独りだってなれたから。何だって、慣れられないことはない。
今更、誰かに踏み込まれるのが辛い。
今まで築き上げた「私」が崩れそうだから。
「ならば…」
踏み込ませなければ良い。
さらに強く高い壁を作って。自分を防御して。
それで…良いんだ。いいんだ、よね?答えのない問いを呟いた。当然、答えは返ってきすらしない。
「私なんていない方が、迷惑はかからないから」
少し、自嘲して。
さぁ、教室へ行こう。




