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3話 いつもの風景

朝。

 早々と登校したおかげか教室には誰もいない。静かだ。嬉しい。昨日読んでいた本を読み進める。主人公は、どうなるのだろうか。なかなかに面白い。

しばらくすると風堂貴人が来た。うるさいやつが来た。無視をしよう。


「おはよ、白璃!」

「…」

「白璃ー?」


本を取り上げられた。仕方なく、そちらを見る。他人に興味はないから本を返してほしい。朝からテンションが高すぎる。


「…なんだ、風堂貴人か」

「なんだってなんだよ!」

「五月蠅い」


コイツは、どうしてここまで私に構う?こんなに素っ気なくしているのに。そろそろ飽きてもいいと思う。


「白璃は、独りでいてさみしくない訳?」

「…馴れ馴れしくこちらに踏みこんでくるな」


一人でいるのが辛くなくなってしまうだろう…一回人とふれあえば、もう独りになる事が出来なくなってしまう。それは、いやだ。いつか来る別れを耐えるなんて、もうしたくないんだ。


「だってさぁ、一応………だし」


奴は小声で何かを呟く。

あまりにも小声過ぎて聞き取れない。伝える気がないのか、思わず漏らしたのか


「? 何だ?」

「いやっ!な、なんでもねぇよ!」


顔を赤くしてあわてている風堂貴人。そんなに教室は暑くないと思う。首を傾げて、問いただす。何でもないようには見えないが…。


「何でもないのか?」

「ああ!」

「…そうか」


何だったのだ?訳がわからない。

そうこうしていたら教室に人が沢山群れて入って来た。

中央に居るのは万年2位の奴だ。


「あら、貴人様。おはようございます」

「あ、ああ…おはよう」


 人気者も大変だな。まぁ、私には関係ないことだ。あっという間に、風堂貴人は女子に囲まれた。少し離れたところでやってもらいたい。後、私を邪魔物のように見ないでほしい。邪魔なのは私でなくそちらのはずだ。ここは私の机なんだからな。

様付けされているのを聞くと、悪寒が走る。絶対、嫌だな。普通に名前を呼んでもらえるのが一番うれしい。もしかして、様付けを強要しているのか。少し幻滅だな…って、別に期待もしていない。


「何か誤解をしてねぇか、白璃」


妙なところで勘がよいのだか…。責めるようなジト目にも私は動揺しないぞ。動揺、していないんだからな。


「していない」


キッパリと言い切る。何の誤解を私がしているっていうんだかわからないな。

 そもそもよく考えてみると、貴様と関わったところで私には何のメリットがないではないか。むしろデメリットしかないんじゃないか?

 こちらを見るな、女子ににらまれる。余計な恨みを買ってしまうだろう。


「…絶対ウソだろ」

「ふん」


 いちいちうるさいやつだ。黙って女子にちやほやされていい気になっていればいいじゃないか。私にかまうな。放っておいてくれ。



 その後は何の問題もなくただひたすら暇な授業の時間が続いた。放課後となるなり、図書室へひっこむ。

 今日は、周期的に渡辺は来ない。きっと風堂貴人も部活に出るから図書室には来ないだろう。…なぜだろうな、少しだけ寂しいと思ってしまったのは。

いや、気のせいだ。気のせいに違いない。ぶんぶんと首を横に振って、思考を掻き消す。それよりも、まさかの悪役と思っていた奴が味方だったなんてどんでん返しをしてくれた本の続きを読もう。そうしよう。


「おっす、白璃~!今日も来たぜ」

「今日は何の用だ?2日続けてこれるほどサッカー部は甘くないはずだが」


少し、本当に少しだけ、嬉しいと思ってしまった。

まずい、このままでは引き込まれてしまうぞ。対応を考えないといけない。無視するだけじゃ、ダメなんだ。


「ああ、それな。俺がブチョーだからさ、別に構わねぇワケ」

「…権力の乱用だな」


 構うと思うが。そんなに部長は偉くないはずだ。きちんと出ればいいのに、と思う反面嬉しい自分もいて…本格的にまずいかもしれない。

無遠慮にもカウンターの台に風堂貴人は腰かけた。そこは腰かけじゃない。訴えるも、目だけでは通じなかった。


「ハハハ、なぁにバカなこと言ってんのさ、白璃は。俺が黒と言ったら白いもんも黒くなるんだよ!」

「はぁ?」


 え、なに、こいつ…。大丈夫なのか?本当関わりたくない。でも、どうやったら遠ざかって行ってくれるのかわからない。…遠ざかってくれる、か。遠ざける方法を私は知らない。嫌ってもらうことしかできない。それは、いやだなんて思うのは甘えなんだろう。

 何か言いたげな黒い目をじっと見つめる。悩みがあるならさっさと話してさっさと帰れ。そんなに暇じゃないんだ。思いが通じることを願った。

 ヘラリと気の抜けた笑みを風堂貴人は浮かべた。そこに、昨日のような危うさが含まれていないことにほっとする。


「と、言うのは冗談でして。なぁ、相談事、あんだけどさー」

「いや、なぜ私に言いに来る?副部長にでも相談しろ」

「え、白璃だから、相談しに来たんだけど…ダメ?」

「可愛くねだるな!気持ち悪い!!昨日といい、今日といい…なんなのだ、貴様!」


悪寒が走ったぞ!?

思わず立ち上がって抗議する。台に手をついたせいで本の山が揺れた。

顔を上げて、思いのほか近くにあった顔に動揺する。黒い、真っ黒な目に呑まれかけた。


「じゃいーや。勝手にぼやいてやる」

「…図書館では静かにするのが礼儀だろう」


とたんにシュンと項垂れる風堂貴人。だから、貴様は一体何のつもりなのだ?

まぁ、いい。…仕方がないな。らしくない姿は、もうたくさんだ。


「…非常に不本意だが。貴様がどうしても、どうしても私に聞いてもらいたい…と、言うのならば、聞いてやってもよいのだが」


なぜ、私が折れないといけないんだ。

というか、何を言っているのだろうか、私は。

このようなことをしてしまったら…人と繋がりができてしまうのに。


「い、いいのか!?」

「今日だけだぞ!人も来ないし、私が暇だからな。暇つぶしだ、暇つぶし」

「おお!!ってか、マジでいいの!?」

「しつこい」

「だってさぁ…白璃、俺のこと避けてるじゃん?」

「気づいていたのか」

「そりゃあ俺も馬鹿じゃないですし?」


思わずため息が漏れてしまう。

気づいていたのなら、近寄ってくるのをやめてくれ。


「…だから、暇つぶしなのだと、言っているだろう?」

「そっか。やっぱ白璃って優しいよな。サンキュ」


そういって、ニコリと笑う風堂貴人。

若干、奴の笑顔にドキリとしなかったわけではない。気のせいだと思うことにした。だって、好きじゃないのだから。


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