23話 恋が叶う
「…ん、ん…?」
目が覚めたようだ。つんと鼻につくような病院独特の香りがする。驚いた顔のナースと酸素を送っている…酸素マスク、というのだったか、が視界に入ってきた。どうやら、ちょうどナースがいる時間だったようだ。パタパタと慌ただしく、ナースさんは動き回りだす。状況はわからないので、もう一眠りしてしまおうと思う。ちょっと、疲れた。
もう一度起きると、医者がいた。話を聞くと、どうやら私は半年ぐらい意識不明だったらしい。ということは、意識を失ったのが11月だったから、今は5月か。
いやいや、ちょっと待て…。半年?半年もあんなところに閉じこもっていたのか、私は。正直、耳を疑った。面会謝絶…の前に、起きたことを誰にも知らせていないそうだから誰も来ない。
…暇だ。
半年も眠っていたのか…。実感はわかないが、体力は相当落ちているだろうな。それに…学校も、中退状態だろう。
医者曰く、私は体の方は回復していたのに、目覚める気配がなかったらしいのだ。いつ起きるかわからない生徒に、席をとっておく学校はいないだろうからな。まぁ、別にいいか。いい、か…?
1日経つと、風堂と兄さんが部屋へ同時に飛び込んできた。いつの間に仲良くなっていたんだ、と目を見張る。
「白璃!起きたの!?」
「白璃!良かった!」
「ちょ、2人とも、静かにしろ。ここは病院で…」
「「そんなの関係ない!!」」
…息ぴったり。
「心配したんだよ。君が意識不明の重体だって聞いて。君が運ばれた病院を探すことから始まったんだから」
「え?」
探すって一体…?
「お前を落としたのが、灰崎だったから。父親が共犯でさ、白璃隠しやがってよぉ。灰崎はベタベタしてくるし、もー最悪」
「そ、そうなのか…」
「君は僕に残された唯一人の家族なんだから、勝手に死なないでよね。わかった?」
「…兄さん、ごめん」
「まぁいいや。僕は仕事あるし、2人っきりで話したいこと、あるんでしょ?外の空気でも吸いつつ話してきなよ」
《2人きり》を妙に強調して、兄さんが病室から出ていった。どうして、おいていくんだ。なんで、風堂と2人きりに…っ。
「…そ、それで、風堂、言いたいことって…?」
兄さんのバカ!余計なことを言うから、変に意識してしまうだろ!
風堂に限ってそんな訳がないのに!
「んー…屋上にでも行く?室内にずっといても退屈だろ?」
「う…そうだな。車いすを、押してもらえると助かる」
「りょーかい」
風堂に車いすを押してもらい病院の屋上へ移動する。屋上は庭園になっていて、人で賑わっていた。
「それで…?」
「ん。こー言うのはさっさと言っとかないと、先に盗られちまうかもしんねーからさ」
風堂は片膝を立ててしゃがむと、珍しく真剣な表情になる。風堂の変な行動のせいで、変に注目を浴びだした。待て、勘弁してほしい。変人を見るような目で見られているのに、なぜ気が付かない。
ドキドキと高鳴る胸は、絶対に注目されているせいだ。決して、風堂からの言葉に期待しているとかそういうわけではない。
「な、なんだ?」
「白璃、…俺と、結婚してください!絶対幸せにするし、生涯愛するから!!な?」
っ、う…!私が、そういう直球な言葉に弱いのを、知っているのか!
ある意味期待通りだったと言えば期待通りだったそれに、顔が火照る。はずか、しい。それに、嬉しい。すごく、嬉しい。
「…わかった。私も、貴様と一緒にいたい」
「っしゃ!!」
喜ぶ風堂。
私も嬉しい。
「…だがな」
「ん?」
「ここは、屋上で、人がいて。貴様がとった変な行動で注目されていて。
そんな注目された状況でプロポーズしてくるとは、な…。
よっぽど噂になりたいと、見た。
明日には、面白いくらいに話が広がっていると思うぞ」
「あ…」
気付いていなかったか。
頭を抱えてうずくまり、自らの醜態を恥じている風堂を見下ろす。
かっこ良かったけどな。
「兄さんに、伝えないと…」
「げっ、やめろよ!あの人怖いんだぜ!?白璃の病院見つけるまで死ぬかと思ったことが何度あるか…」
…兄さん、何をしたんだ?
「…そういえば、学校」
「あー!?…そのぉ…?」
「別に、気にしていない。高校レベルの勉強など、学ばなくてもわかるからな。仕事をする時に、中卒だとバカにされるから通っただけだ。
それに」
風堂が養ってくれるのだろう?と笑いかけると風堂の顔が赤くなる。
「っ、そ、そういえば!ほら、これ白璃の本なんだろ?」
風堂が照れ隠しで押し付けてきたのは、『恋愛論理』。
「これ…は」
「気づいたら俺の机にあった不思議な本」
風堂から本を受け取り、胸に抱え顔をうずめる。
そうでもないと、泣いてしまいそうで。
もう、読めないかと思っていた。
「白璃?とりあえず、部屋に戻るか。なんか、妙に注目されてて気まずいんだよな」
「…それは、貴様のせいだろう」
病室につくと、風堂にベッドへ寝かされる。
「…風堂、これが学校に伝わる本だ」
「え、マジ!?」
「ああ」
パラリと適当なページを開き風堂に見せる。
「名前呼びから始める…」
「キスから始めろ…?」
…。
「読む人によって浮かぶ文字が違うらしいな」
「みてぇだな」
面白い。
ますます面白い本だ。
「…キスから始めろって、頭は大丈夫か?」
それに、キスは無理やりしてきただろ。
「大丈夫に決まってる!俺はお年頃なの!仕方ねぇの!白璃が家にいたときは、理性保つの大変だったんだよ!?」
「そうか、それは悪かったな」
ん?
本がだんだん薄くなっていっている。
「役目が終わったんで消えるんだろ、学校のどっかに」
「そうだな」
本は透明になり、どこかへ消えた。
「2人の幸せを応援するよ!自分に素直で!おめでとう、白璃!」
というメッセージを残して。
きっと「恋」に悩む奴のところへと。
「ふふ…こういうのもなんだか悪くないな。そうだろう…貴人」
思わず笑みがこぼれる。
顔が、赤くなる貴人。
「あ、ああ」
「赤いぞ ?」
「まー、仕方ねぇ。白璃が可愛いせーだ」
貴人は、私の前より短くなった髪をいじりながら、サラリと恥ずかしいことを言う。
顔が赤くなるのを自覚。
とっさにうつむく。
「照れてるとこもかわいい」
「あ、ありがとう」
調子が狂うな。
幸せだ。
「白璃、早く元気になれよ!ずっと待ってる!」
「…ああ」
『ある本を手に入れると恋が叶う』
本当に、その通りだったみたいだ。




