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22話 真っ白な世界

 う…ん?

ここは…どこ、だろう。痛まない体に首を傾げつつ、独りぽつんと立っている周囲を見ます。

 確か、階段から落ちたはず。だとしたら、病院…ではないな。上下左右、何処を見ても白い世界が広がっていた。なんとなく察する。私…死んだのか。ごめん、兄さん。泣いてくれるかな…。

 でも、誰もいなかった。死んだら、母さんと父さんに会えると思っていたのに。暖かい花畑的な何かがあって父さんと母さんが待っていてくれていると思っていた。何か、天国ってそんな感じだと…ああ、そうか。天国になんて、いけなかったんだ。だから、誰も、いない。独りきり。私にはお似合いだ。

自嘲して、とりあえずまっすぐ歩いてみることにする。しかし、どこかで見たような白さだ。何だったかは思い出せないのだが。

 真っ白な世界に響いた声にびっくりして立ち止まった。誰もいないと思っていたが…じゃ、ないな。上から響いてくる声は反響がかかっていて、別のところで話しているみたいに聞こえる。


《白璃なんて、いなくていい!!》


これは…風、堂の声?

好きだと、思っていたのは…私だけ、だったみたいだ。思い上がって、やっぱり裏切られた。まぁ、私のほうだって大嫌いだといったからお相子なんだろう。それで、いい。仕方ないことだと思う。私は、感情を表に出すことが苦手だから嫌われて、しまったのだろう。

それでも。嫌われていてもいいから最後に、風堂と話したかった。


『ちょ、諦めないでよ、白璃!』

「恋愛論理…?」


 唐突に目の前に現れた私に目を見張る。

焦ったような顔をしていた。表情筋がよく仕事をしている私に、これは自分じゃないと思った。断じて、違う。なりたい私でもない。

では、誰か。これを、私は知っている。

 そうか、どこかで見たことがあるような風景だと思ったら、恋愛論理が最初に現れたときの…あれだ。

 でも、なんで。だって、燃やされてしまったのに。


『燃やされたのに、出てきてるんだ?って顔してるね。恋愛論理を舐めないでよねっ。恋する乙女が居る限り、何度でも僕は蘇ってみせるよ!』

「そう、なのか」

『ってゆーか、勝手に殺さないでよ!』

「すまない」


 コイツは、変わらない。ニコニコと私と同じ顔で、私は浮かべない表情を浮かべて立つ恋愛論理に小さく笑った。

しかし、蘇る本か…不思議なものも、あるもんだな。


『諦めたらそこでおしまいだよ!全く…君は生に対する執着心が無さすぎる!』

「…なぜ、生きないと、いけない。生きていても、良いことがないだろう?」

『白璃…』

「私が何をしたというの。それに、生きていても、仕方ない」

『でも!でもでも!死んじゃダメだよ!貴人君が悲しむでしょ!』


どうだか。だって、嫌われてしまったんだから。悲しむわけがない。もう、いいんだ。ほっといて。


「風堂貴人は、私が死んでも悲しまない」

『どうしてフルネーム呼びに戻ってるの!?二人の間に何があったの!?』

「貴様に教える必要はない。それに、放っておいてくれ。もう…誰かと一緒にいたくない」


裏切られたら、悲しいのは…傷つくのは、私だ。もう、人と一緒にいたくない。独りがいい。


『ダメっ!それ以上考えちゃ!!のまれちゃうよ!』

「もう、嫌なんだ!」


 放っといてくれ。お願いだから。

近づいてくる恋愛論理の瞳が怖くて、後ろへ下がる。泣きそうな私の顔が視界に入って、身をひるがえした。知らない。揺れる青色は、他人のものだった。あんな顔、してない。したことない。違う、違う!!


『白璃っ!』


私の腕をつかもうと、伸ばされた手を叩き落とし遠くへ走り出す。

 誰とも会わずに、済むように。

 もう、悲しい思いをしないように。


『待って!』


聞こえない。聞きたくない。


 息が切れるまでひたすら前へ走って、もう追いかけてきてはいないだろうと後ろを振り返った。意外と近くまで来ていた恋愛論理を拒絶する。

棘だらけの枝が、恋愛論理と私の間に現れ、隔てていた。茨を超えることはできないのだろう恋愛論理はしきりに呼びかけてくるが、意識的にシャットアウトする。聞きたくない。

 これで、一人。独り。

もう、誰とも関わりたくない。

 その願いが伝わったのか、茨が成長してドーム状となって私を覆い隠した。白い世界が、子供が落書きしたみたいな茨に包まれて見えなくなった。恋愛論理の姿もだ。

 誰も来ないでほしい。悲しい想いをするのはもう嫌だ。

 でも…一人は嫌だ。だって、1人きりは寂しい。

相反する私の思考。

 グルグルグルリと輪を描く。

廻った先にあるのは、答えのない同じ思考。だって、独りがいいけれど1人は嫌なんだ。辛い思いは嫌だけど、寂しいのも嫌なんだ。暖かさが、欲しい。けど、怖い。

 生きたくない。階段から受け身を取れずに落ちたのに、どうして生きているんだろう。死んだと思ったのに、ようやく死ねると思ったんだ。どうして、殺してくれなかったのだ。


《いなくなって、せいせいする!》


 突如として響いたのは…また、風堂貴人の声。

どうしてそんなことを言うの。そんなに嫌いなら最初から嫌いだと言ってくれればよかったのに。下手に、関わってこないでよかったのに。ほっておいてくれればよかったんだ。そしたら、こんなに悲しくならなかった。胸が張り裂けるような痛みは、感じなかった。その他大勢のままでいてくれたら、私の感情がここまで揺れ動くことはなかったんだ。


《白璃なんて》


嫌だ!やめて。聞きたくない!

耳を手で覆っても、声は消えない。聞きたくない、という願いがかなうことはなかった。


《無表情だし、無口で理解できねぇんだよ。キモチワルイ》



 どうして。どうして、気持ち悪いなんて言うの。じゃあ…だったら!手を伸ばさないでよ。翻された手に、悲しむのは、いつだって伸ばされた私なんだ。

伸ばした彼らが、苦しむことはない。悲しむことはない。気まぐれに伸ばした手を、気まぐれで引っ込めただけだから。そこには、何も残っていない。でも私はそうじゃない。つかんだ手が、消えてしまって、辛い思いをするんだ。そのたびに、もうやめようとして、だけど…誰かの気まぐれがなくなることはない。

 バカな私。

もう、いい加減私なんかのことを好いてくれる人がいないってことぐらい、諦めて受け入れればいいのに。どうせ、私は独りなんだ。

 今回だって風堂貴人を信じた私が馬鹿だったんだ。結局、今までの奴らと大して変わらなかった。やっぱり皆、私を裏切っていく。私を傷つけて満足して去っていくんだ。独りがいいって、言ってるじゃない。それを、無理やりそばに居続けて、温かさを思い出させて、どうして見捨てるの。じゃあ最初から手を伸ばさないでよ。思い出させないでよ。見捨てるくらいなら、何もしなくていい。

 どうせ、私は無表情だ。キモチワルイなんて言われなれていたはずなのに、なぜ…こんなにも、胸が痛いのだろう。涙が、止まらないのだろう。いつものことなのに。わかっている。風堂貴人を、好きになっていたからだってことは。だから、こんなにもつらいんだ。


 どのくらい時間がたったのかはわからない。太陽もなければ付もない世界だから。だけど段々と、姿が薄くなって来ている気がする。気のせいではないんだと思う。手のひらをかざすとうっすらと向こう側が透けて緑色っぽく見えた。…透けて、る。きっと現実(?)の体が弱ってきているのだろう。

このまま、消えて、しまおう。そうすれば、誰も困らない。私なんていなくなったところで誰も泣かない。そのくらい、知っている。


「白璃っ!」


 また、だ。

私が貴様に、何をしたと言うのだ。毎日のように響く風堂貴人の声。もう、たくさんだ。もう、わかったから。思い上がってしまっていたことぐらい、とっくの昔に分かったから。

 もう、やめて。

耳をふさいでうずくまった。そんなことをしても、聞こえなくなるわけじゃないけど。


「聞こえてんのか、白璃!」


 うるさい、黙れ、消えてくれ!

いつもとは、少し違った感じの風堂貴人の声。怒っているようだ。今までは、どこか機械的な声だったのに。でも、…聞きたくない。どうせ。


「っ、白璃!!返事しろ!いつまでも、そんなとこに引き込もってんじゃねぇよ!!」


 小さな破壊音がした。なんの、音。

目の前の白を赤く染めた液体を凝視する。なん、で。上から垂れてきたそれは、血のようだった。

血っ、なんで…!?

とうとう、幻覚まで見せるようになったっていうの。体を抱きしめて、顔を膝の間にうずめた。こうすれば、何も見えないし何も聞かないで済む。


「白璃!頼むから、死なないでくれっ。俺のそばから、いなくなるなよ…」


な、んで、そんなことを、いきなりっ…

消え入りそうな声で言うんだ。今更言われたって、もう無理だ。だって、だって。寂しいのには慣れた。独りでいい。風堂貴人なんて知らない。知らない、んだ。


「白璃が、ずっと寝てるから…学年末、主席とっちまっただろ!こんな形で主席とったって、嬉しくっねぇんだよ!起きろよ、バカ!こんな、所で引きこもってないで…っ!!」


イヤだっ、もう、ヤダ!来るなっ、放っといてくれ!

私は独りがいいんだ!貴様といると、一人になれなくなるだろう!

想いに反応してか、茨が増えていく。覆い隠してくれる茨に、安心する。暗闇に、恐怖する。


「ハク…っ!?」


鈍い音がして、風堂の声が聞こえなくなった。

諦めてくれたんだとホッとして、構えを解いた。

だけど、ぽたぽたと上から垂れてくる血が収まることはない。

まさか…。最悪の予想が、脳裏をよぎる。

死んだ、わけでは…ないよな。

この期に及んで、風堂なんかの心配をしてしまった自分を嘲笑った。だって、あいつも変わらなかった。自分は違うとか言ったくせに裏切った。ほかの人と、キスをしていた。

大嫌い。

 大っ嫌い。

風堂なんて大嫌いだ。


「白、璃!こんなとこに閉じこもってんじゃねぇ!!そんなに死にてぇかよ!!」


風堂の声。

鳴り響く破壊音に、願うように強く想う。茨に壊れないで、と念じる。いつまでも私を一人きりにさせて、と。この世界に、いさせて。

 来るな!壊さないでくれ!

私は…私は。

1人で。独りで。


「白璃ィ!!」


私なんかのために、必死そうな風堂の叫び声。

私は、誰かを傷つけたくないから、独りでいるんだ!

それなのに、風堂が、怪我をしたら、意味が、ないだろう!!

ぽたぽたと落ちるしずくは、きっと空が泣いているからだ。私の、涙じゃない。こんなことで泣くわけが、ない。何よりも、風堂のために泣くわけ、ない。


「返事しろ!このバカっ!何が、『誰かを傷つけたくない』だ!人とふれあって傷つくのなんか、当たり前だろ!人間は、それを乗り越えるんだよ!人間、なめてんじゃねぇぞ!」


っ。うぁ…。

バキリと茨が砕け、上から風堂が落ちてきた。差し込んだ光に絶望する。外の世界は怖い事ばかりだ。

 風堂は、血塗れで。怪我をしていないところを探すほうが難しいほど。どうして立っていられるのかわからない。それなのに、浮かべられた不敵な笑みは崩れなかった。


「やぁっと、見つけたぜ、白、璃」

「ぁ…風、堂…怪我…」


「んだ、ちゃんと返事できんじゃねぇか。さっさと返事しろよな。ったく…」


近づいてくる風堂。

後ろへ逃げる私。

 だって、怖い。勝ち誇ったような笑みが。怒っているような目が。心配しているような、表情が、理解できない。なんで?だって、気持ち悪いって言ってたじゃんか。どうして。


「まだ怖ぇか、オイ?」


 コツリと踵が何かに当たり後ろへ下がれなくなってしまう。後ろを振り返ったら、その隙に何かされるだろうから振り向けないが、きっと茨の壁だ。

怖いか、なんてそんなの答えはハイ以外にない。


「だって、だって!ほかの人とキスしていたじゃないか!!そいつがいいんだろう!?そいつのこと、が…好き、何だろ!?じゃあ、ほっといてよ。私のことなんてほっといてよ。私なんかに、構わないでよ」

「あれはっ!!不意打ちだったから、避けられなかっただけだ!それに女子に暴力降るわけにもいかないだろ。俺がほしいと思ったのは…っ!!ってか、もしかして…や、もしかしなくてもそれで、不機嫌だったのか」


 不意打ちだったからだなんて、言い訳だ。そんなこと、言われたって許さない。私が好きだっていうなら、私だけを見てよ。そうじゃないと、その感情が信じられないでしょ。ほかの人にも注げるような愛なら、いらない。私だけを見て、私だけに想う愛じゃなきゃ、嫌だ。

 不意に言葉を切った風堂に、嫌な予感がして脇を通って逃げ出そうとする。後ろがダメなら、正面突破すればいいんだ。だけど、ダメだった。通りざまに足を引っかけられて転んだところを抱き留められる。すっぽりと、奴の腕の中に納まってしまった私は身動きすらできなくなる。…失敗、した。

 ふぅん、と呟いて奴はニヤリと嫌な笑顔を浮かべた。ゾワリと悪寒が走って鳥肌が立つ。なんだかよくわからないけれど、このままではいけない。もがくも、拘束は全くゆるまなかった。


「やっとだ。やっと、捕まえた」

「なにす…!?」


 近付いてきた顔に警戒して目を逸らさないでいたら、そのままゼロ距離になってしまった。かさついた唇が、あたった。見下ろしてくる目が怖くて、逃げるように目を閉じた。暖かいものが唇に当たってゆるゆると唇を開くよう促してくる。絡み合う熱に、おかしくなりそうだ。腰に回された腕の二の腕あたりをつかんでゆすぶった。


「んぅ、ん…ぁ、ふど、それ、や」

「なんか…かわいいな」

「いきなり、何するの!」

「ん、これでお前が知らないやつにキスされてたことチャラな」 


 ようやく離れた風堂は、真剣な表情で私へ告げてきた。トロトロに溶けそうな思考が、しゃんとする。

…別に、してほしくて言ったわけじゃない。嫌だっただけだし、チャラになるかって言われたらそういう問題ではないんだと思う。

 でも、なんだろう。その、…いや、ではなかった。我ながら、ちょろい奴だとは思う。

瞬きをして、目の前に立つ風堂を見上げた。


「戻ったら、言いてぇことあんだ。だから、絶対!戻ってこいよ!」


なんで。ひどいことをした私に、そんなにも必死で伝えられるの?

貴様ががんばる必要はないだろう?

大体、私は大嫌いだって言ったんだ。それなのに、どうして。

わからないよ。


「また、酷いこと言うの?」

「言わねぇよ。で、返事は?」

「わかっ…た」

「よぉし、いー子いー子」


思わず気おされて、頷いた。にっと笑う風堂の顔は、見知ったものだった。さっきまでの、別人みたいな風堂はいなくなっていた。

 子供ではないのだから、頭をなでられてもうれしく、ないんだからな。断じて。


「じゃ、白璃。もう時間らしいから俺、こっからいなくなる。必ず、帰ってこいよ」

「ああ…わかった」


 ふぶいた風に目を閉じた。開けると、風堂の姿は消えていた。だけど、風堂がくれた体温は、確かにここに…。

私も戻ろう。風堂に、会いに。

だけど帰ってしまうその前に一つだけ言っておかなければならないことがある。


「…恋愛論理、ありがとう」


風堂を差し向けたのはコイツの仕業だろうから。これだけは、伝えておこうと思うんだ。


『いえいえ。どーいたしまして』


柔らかい声が響いてきた。

ああ、…敵わないな。



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