21話 おわかれ
あれから数日が過ぎた。
養子組については、兄さんの仕事が安定するまでという変則的な条件で組ませてもらった。
今は、風堂の家に住んでいる。風堂が常に付きまとってきて迷惑だったりする。後、少しだけクラスメイトと話すようになった。
ただ、女子がやたらと私に風堂との関係を聞いてくるのにはウンザリしている。そんなに気になるのか。何ともないと否定しているのに、どうして信じてくれないんだ。
「はーくり~」
「なんだ、風堂」
「なぁなぁ、テスト、俺がんばっただろ?学年2位だぜ!」
「私の教え方が上手だったからだろう?」
後ろから抱き着いてきた風堂を引きはがしてフフンと勝ち誇ってみる。風堂は少し勉強を手伝っただけで、90位前後から2位まで成績を上げた。なんというか…驚いた。
「だよなぁ。俺一人じゃ2位とかムリだしぃ」
「一生2位にとどまっておけ。貴様のような馬鹿に負ける気はしない」
「ムゥ…いつかゼッテー主席とってやる!」
「せいぜいあがけよ」
ビシリと指を突き付けられたので、その愚かな挑戦を受けておく。これで、次のテストは負けるわけにはいかなくなった。負けるつもりはもとよりないが。
部活に遅れる、と飛び出していった風堂の後姿をボーと眺めていると、教室に残っていたらしい利恵と数人の女子…ええと名前は確か、後藤さんと松村さんと内田さんだった、と思う…に話しかけられた。ここ数日、ずっとそうだ。私と話していてもそんなに面白くないと思うけれど、違うらしい。
「やっぱり白璃さん、風堂君と仲良しよね。同居しているんでしょ?」
「そうだが、別に仲は良くないと思う」
「いやいや、そんなことないでしょ。あ、別にやっかんでるわけじゃあないんだよ?ただ、風堂君も変わったなぁって」
風堂が変わった?最初からあんな奴だったと思うが、違ったのか。白璃ちゃんに惚れたからかもね、なんてクフクフ笑う内田さんに首を傾げた。風堂が私に惚れているわけないだろう。何もしないし。いや、その、ほら、この間のアレコレはなかったことにしたんだから、何もないんだ。
「あんなこととか、そんなこととかしてるのよ、貴人様と」
ツンケンと灰崎が口を挟んできた。アレを引き起こしていて、平然とクラスに交じっている灰崎の神経が少しうらやましくもある。私なんて、教室に入るのにすごく勇気が必要だったのに。ため息をついた。
「バカじゃないの!白野さんがそんなことできるわけないでしょ!」
後藤さんの強い否定に何とも言えない気持ちが湧き上がってきた。…何も、そこまで否定しなくてもいいと思う。なんだか複雑だ。やろうなどと思うことはないだろうが。
「ねぇ、どうなの人殺し。何か言ったらどう」
「何か、勘違いをしているようなので言っておく。私は風堂のことが好きなわけではない。嫌いじゃ、ないだけだ」
どうして皆、そういう方向へ持っていきたがるのだろう。
そんな、言われると勘違いしてしまうじゃないか。私が風堂を好きだ、とか風堂が私を好きだとか思い込んでしまう。そんなこと、ありえないのに。ありえないったらありえないんだ。
「人殺しの罪は重いのよ」
「だから?一体いつ、私が人殺しをしたっていうの」
「あんたが生まれなければ、あんたの両親は死ななかった。そうでしょ?ねぇ、人殺し、いーえ親殺し」
な…んで、こいつこんなバカなことを言っているんだ?
呆気にとられて言葉が出なかった。バカだバカだと思っていたが、本当にバカだったな。風堂よりもずっと、もっと。
教室のドアが勢いよく開け放たれて、風堂が入ってきた。心なしか怒っているようだ。誰かが、風堂を呼んできたみたいだ。なぜ、風堂なのだろうか。教師を呼んできてくれればよかったのに、と思う。そうすれば、この話はなぁなぁで済ませられた。…って、利恵が呼びに行ったのか。グッと親指を突きつけられても…何とも言えない。
それに私は助けを必要としていない。この程度のことで、へこたれるような軟な神経はしていないし、今までだってさんざん言われてきたことだ。
斬新性に欠けるから、点数をつけるとしたら100点満点中の3点だ。
私と灰崎の間に割って入ってきた風堂は、開口一番に灰崎を責めた。見当違いな方向で。
「オイ、灰崎!お前、いい加減にしろよ!なんだってそんなに白璃をいじめるんだ!」
「風堂、黙れ。うるさい」
いじめるってなんだいじめるって。私が一体いつ苛められていた。そりゃあ、叔父の家にいたときは不可抗力でなされるがままだったが、苛められていたわけではないと思っている。脱力するからこれ以上バカなことを言いださないでくれ。ニヤニヤとしている灰崎を見て、怒っているような風堂を見て、溜息をついた。こう、うるさいやつがいない平穏な日々がほしい。ぶっちゃけるなら中学に戻りたい。そうしたら、風堂もいな…い?し、灰崎も…いない、あれ、いたかもしれないぞ。まぁいい、とにかく今よりはうるさくなかったことは確かだ。
勝ち誇っている灰崎にカチンときた。それくらいで泣くとでも、へこたれるとでも思っているのか。私をなめるな。
「ねぇ、図星で言葉も出ない?」
「いや、お前がバカすぎてあきれていただけだ」
「なんですって!?」
眉を吊り上げて睨んできた灰崎に若干引く。おぉ怖い怖い。バカだと言われて怒るなら何もしてこなければいいのにな。
ガタリ、と風堂は椅子に座って、見てくる。私を、すっごく。めったに表情なんて変わらないと思っているが、その表情の細かな変化まで見逃さまいとでもいう風に、ずーとみてくる。正直、重い。怖い。辛い。ストーカーかよ。
「なんですって、って…なんで、私が殺したことになるんだ。ただの交通事故だったじゃないか。それを、人殺しだのなんだの言われても、な」
「だって、あんたがあの日わがままを言わなかったら死ななかったのよ!!あんたが殺したの。あんたのおかげで殺せたの」
「そうか、私のおかげなんだな」
へぇ、それは知らなかった。なんて白々しく言ってみる。親戚どもの話を聞けばあの日の事故は他意があったことぐらい、嫌でも気づく。それこそバカでも察するレベルで隠しきれていない含み笑いにさらされてきたんだ。
そんなこと。そんなの、気づいていないわけがないだろう。だから、母さんと父さんが死んだのは他でもない私のせいなんだ。誰に、なんと言われようがその思いは変わらない。私がわがままさえ言わなければ、という後悔をずっと引きずって生きていくのだと思う。
「なんで。…もっと動揺しろよ!!」
「とっくの昔に、気づいているからだ。お前に言われるまでもない」
「どうして、どうしてっ!!誰も、私を見てはくれない。お父様がほしいのはあんただった。私じゃ、ない!!」
「そんなこと、知るか」
胸ぐらをつかんできた灰崎を黙って見下ろす。叔父が私を欲しがっていただなんてのは初耳だが、それ以外はコイツの自業自得じゃないか。見てほしいなら見せればいいんだ。上っ面で隠してきたのは他でもない灰崎自身だ。それを、聞かれても知る余地もない。
「あんたなんて大嫌い!!飄々としてっ、お父様に言いつけてやるんだから。もう、あんたなんていらない!!」
「私だって、必要としていない」
泣きながら、灰崎は教室を飛び出て行った。
何というか…拍子抜けした。もっと、言われると思っていたのに、全然言ってこなかった。なんだ。
それよりも、無言で見てくる風堂のほうがよっぽど怖い。
「…ふ、どう?」
「あ、わりぃ。ついつい見とれてた」
「え、あ…そう」
何に見とれていたというんだか。意味深な言葉にうなずきつつ、利恵に軽く頭を下げた。なんにせよ、助けてくれようとはしてくれたわけだからな。風堂を呼んでくるとか、迷惑行為でもあったが。
「もう、頼ってくれねぇかな」
「もとより頼っていたつもりはない」
ぴしゃりと言い捨てた。いつも、頼っていたみたいな言い方はやめてほしい。独りで、生きてきたんだ。これからだって、それでいい。それで、いい。
肩を抱くように伸びてきた手を叩き落として、カバンをつかんだ。
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そして、季節は巡って11月になった。あれから2ヶ月が経とうとしている。色々なことがあったな、なんて現実逃避まがいのことをする。
学校から帰る途中だが、風堂は隣にいない。
だって、
…喧嘩をした。最悪だ、とはわかっている。好意を、踏みにじった。家を借りているような立場なのに、喧嘩をするなんて餓鬼みたいだ。
でも。でも…、止められなかった。
風堂が、知らない女子にキスされているのを見てしまって、胸がズキリと痛んだんだ。言い知れぬ感情が浮かび上がってきて、悲しくて、なんかもう頭の中がグチャグチャになって。
すでに気付いては、いる。これが、「恋」というものなのだろうことには。だが、この気持ちを素直に表には出さないつもりだった。だって、わたしなんかが、恋をしてどうするの。そんな、虚しいもの。このままで良いと思い直した矢先だった。
癇癪を起したように風堂へ当たってしまった。場所が図書室で、なおかつ人がいなかったのがせめてもの救いだろうか。
もうわからない。自分が何をしたいのか、何を求めているのか、わからなくて嫌になる。自分でも不器用な奴だと嘲笑うほどに、気持ちを打ち明けるのができないんだ。
きっかけは本当に些細なことだった。なのに、口論が続くうちにどちらも譲ることができなくなってしまって、大事になってしまった。
だって、風堂が。風堂が、怒ったんだ。無表情で、怒っていた。
大嫌い、と言ってしまった私のせいだ。本当は、そんなこと思っていないのに、止まらなかった。言ってしまった言葉は取り消せない。はずみだったんだ、なんて言い訳は無用だ。違う、違うの。別に、嫌いなわけじゃないんだ。
後悔をしても仕方がないのだが…。謝ろうとは何度も思った。けど、風堂を見ると体が竦んでしまって動けなくなる。怖いんだ。風堂に、きらわれるのが。嫌われたと認識するのが、怖い。自分から大嫌いと言ったくせに都合がいいやつだとは思う。けど、…けど。
謝って、それを拒絶されてしまったら、今度こそ私は壊れてしまう。そんな、予感がするから余計に。
こうして、うだうだと悩んで謝れないまま数日が過ぎてしまった。
風堂の家にいるのが気まずくて鈴音さんに訳を話して、自分の家に泊まっている。不思議なことに兄さんは何も聞かずにいてくれた。温かい紅茶を、入れて受け入れてくれた。バカな私。安心して、行為にすがって、それでもひとりで生きているなんて。バカな、奴。
このままではいけない。そう思って、覚悟を決めた。
謝ろう。
嫌われても、仕方ない。意地を張るのも臆病になるのもやめた。
結構な面持ちでサッカー部を見に行ったのだが、風堂はいなかった。部活が終わるのを待って、一緒に帰りがてら謝ろうと思っていたのに、肩透かしを食らった気分で、気が抜けてしまった。鈴宮に居場所を尋ねてみると部長の癖にサボりだと言われたので校内を探してみることにした。
そして、気付いたのだが私は風堂のことを…何も知らなかった。あいつがどこによくいるのかも、何処が好きなのかも、わからない。
愕然とした。あいつは私のことをとても詳しく知っていて。ストーカーかと呆れたが、嬉しくもあったのだ。誰も私のことなど気にもかけなかったから。
屋上も、教室、中庭、図書室…と思いつく場所には行ってみたのだが、全く見当たらなかった。…先に帰ったのかもしれない。きっと、そうだ。
そう思い、私は帰路につく。へこんだ気分でとりあえず学校を出てしまった物の、家へ帰る気分では全くなかったので、高台の公園へ向かうことにした。本でも読んでしばらく時間をつぶそうと思う。
程よい夕暮れで、人が通らない静かな道を、うだうだ悩みながら歩く。
本当に、嫌われていたらどうしよう。許して、もらえなかったら?
うじうじと悩みながら階段を上っていると、後ろから灰崎が上ってきた。すごい気迫で私を追いぬかしていったものだから、一瞬誰だかわからなかった。
「あっれぇ。人殺しの白璃じゃない。まだ生きてたの?今日は貴人様の後ろにいないのね」
「…灰崎か」
今は、会いたくなかった。にしても、まだ私に絡んでくるのか。あんなに、泣き顔見せて。私は、風堂に泣きついた後すごく気まずい思いをしたっていうのに。やっぱり、こいつ図太いな。
とても長い階段をやっと登り切ったところで一つ呼吸を整えると、灰崎が立ち止まって道をふさいでいた。通行の邪魔だ。無視して脇を通ろうと思ったら、先回りされて結局、通れなかった。無理やりでも話を聞かせたいのだろうか。なんて迷惑な奴だ。
「そうそう、面白いもの聞いちゃったんだぁ。教えてあげる♪貴人様、あんたのこと大嫌いだって。さっさと死んじまえ、だってさ」
顔をしかめた。どうせ嘘なのだろうとは思う。たとえ嘘だろうと分っていても…嘘じゃないかもしれないが、死んじゃえなんて言われるのはうれしくない。
「だからね、貴人様のお願い事、叶えてあげるのよ」
「は?」
にっこりと笑った灰崎は、私に向かってカバンを投げつけてきた。咄嗟に手で叩き落とすと、灰崎自身に肩を強く押された。思ってもいなかった攻撃によろめく。バランスを取ろうと、足を一歩下げたところで、踏み場がないことに気づく。
そうだ、後ろは階段だった。
何とか二段下の足場に足を乗せることはできたが、ひやりと肝が冷えた。より一層崩れたからだに、脇にあった手すりをつかんで転げ落ちるのを避けようとする。
結論から言うと無理だった。手すりをつかむより早く、灰崎にもう一度突き飛ばされたのだ。大きくかしいだ体は、そのまま宙に浮かんだ、んだと思う。よくわからない。
「サヨウナラ、白璃」
スローになって、見える、灰崎の口の動き。
音が遠のいていく。受け身なんて、取れないなんて冷静に考えた。後、灰崎の癖に運動神経良すぎる。わけて、ほしかった。
ああ…これはさすがに死んだ。
そう、思ったら。風堂の憎たらしい笑顔が浮かんできた。これは完全に死亡フラグが立った気がする。
…風堂に、謝りたかったな。ゴメンって、ありがとうって、もっとちゃんと伝えておけば、良かった。後悔ばかりが思い浮かぶ。
ドサリと音がして、激痛が走った。骨が折れたかもしれない。風堂に、会いたいな。今度こそ、きちんと風堂にごめん、って言うんだ。
「ごめ…ん……」
ごめん、風堂、兄さん。2人とも、泣いてくれるかな。
遠ざかっていく意識の中で、ずっと謝っていた。風堂に、届けばいいのに。




