18話 なんだった
…結局寝てしまったが、風堂は何を言いたかったのだか。話の途中で寝てしまったことを怒っているだろうか。昨日も、なぜか怒っていたし、ああいやだな。怒られるのは嫌いだ。ほっておいてくれればいい。
ドアノブが回る音がした。誰だろう…きっと、風堂だ。
「よ、おはようさん。気分は?」
「あ、と…おは、よう」
やっぱり風堂だった。意外にも怒っていないようで、ほっとする。
そういえば、この部屋は風堂の部屋だと言っていた。なら、風堂は昨晩どこで寝たのだろう。気になるも、聞く勇気は出なかった。好意は、苦手だ。
冷たい風堂の手が額に当てられた。風堂が冷たいのではなくて、私が熱いのか。
「ん、熱は昨日より下がったみたいだな。後で母さんが来ると思う。そんでな、白璃、今日は家で寝とけよ。俺は学校行くから」
「…ん」
あれ…私、今日もこの家にいてもいいの? 違う、この言い方じゃ、滞在を喜んでいるみたいだ。そうじゃなくて、うちに帰らないといけないのに。でも、うちって…どこ?兄さん、は。
「じゃ、また後でな!絶対、寝てるんだぞ!」
「あ、ああ」
し、しまった…。
断わるつもりだったのに、風堂のテンションにつられて機会を逃した。
風堂が学校に行ってからしばらくすると、鈴音さんが部屋に入ってきた。おかゆ、を持っている。そうだ、昨日は結局食べ損ねてしまったんだった。そう、自覚するととたんにおなかが減ってきた。倒れてから、何日たっているんだろう。風堂が学校に行くってことは平日だから、1日くらい、かな。
「白璃さん、体調はどう?食欲はあるかしら?」
「はい」
「そう、良かった。これを食べたら寝るのよ」
「…どうして、他人の私にそこまでしてくれるのですか?」
母さんみたいに、私の世話を焼く鈴音さんに尋ねてみる。今度は、恥ずかしがらないで食べさせてもらうことにした。昨日みたいに話をそらしてまた食べ損ねるのはごめんだ。
浮かんだ疑問を聞くと、鈴音さんの目が見開かれた。怒られる、かもしれないと首をすくめる。失礼なことを聞いた。
でも、鈴音さんは悲しそうに笑って、私の頭をなでてくるだけだった。殴ら、ないみたい。
「困ったときはお互い様でしょ?それに、病人を放っておくことはできないじゃない」
「でも…そんなこと、誰も、してくれなかったから」
今まで、私に関わろうとする人はいなかった。関わってもらいたくなくて遠ざけてきていた。だから風堂が、異例すぎてどう対処すれば良いのか、わからない。
一人で良いとずっと思っていて…実際にそれを実行してきた。
だけど。
兄さんが戻ってきて。それになによりも、風堂が私に話しかけてくるようになって。誰かと一緒にいるのもいいかも知れない、とどこか心の奥で思うようになってしまった。
違う。それではいけない。それでは、また同じことを繰り返すだけなんだ。
どんなに、一緒にいると言った人も、離れないと言った人も…数少なかった友人も、皆。私と仲良くなるといなくなってしまったから。今度だって、きっとそうなる。
私が不器用なせい…。私がいたせいで。
離れていってしまった。死んでしまった。
もう、たくさんだと思ったんだ。一人で、いようって。辛いのは、ごめんだって。
不意に、頬を強くつままれた。びっくりして、鈴音さんを見る。何が面白いのか、鈴音さんはそのまま頬を引っ張り出した。そんなに、伸びない。
にこりと笑う鈴音さんがまぶしくて、目を細めた。こんな、笑顔が浮かべられるようになれたら、好きになってもらえるのかな。
「そんな顔しないの。せっかくの綺麗な顔が台無しよ」
「…はい」
「なにか、必要なものがあったら言うのよ?黙っていなくならないでね。心配するから」
「はい…」
しつこく鈴音さんは私に釘をさし部屋から出て行った。言われなくても、帰れないのに。
にしても、暇だなぁ…すること、ないし眠くないし。
風堂が帰ってきたのは7時過ぎだった。部活、忙しいのだろうな。最終下校ぎりぎりまでやっていたんだ。
ドアのあく音に、鈴音さんから借りた本から顔を上げた。
風堂は風呂上りらしく、髪がぬれている。へちゃりとつぶれた髪のせいか、見舞いの時も思ったけれどやっぱり幼く見える。
シャンプーの石鹸のにおいが漂ってくる。汗臭くなくて、良かった。
いつも笑顔だというのに、らしくなく何やらうかない顔をしている。どうか、したのだろうか?
「風堂…どうかしたのか?」
「いや、なんでもねぇよ。白璃が気にすることじゃねぇし」
そうは言われても、気になるのが人間というものだろう。でも、放したくないようだから追及はしないでおこう。代わりに、何か…学校、のことでも聞く、か。あまり気のりはしないが。
「…学校は、どうだった?」
「あー…うん、楽しかった」
「浮かない顔、だな」
「そうかぁ?」
胡乱げな声を出す風堂。どうやら自覚していないらしい。立ち話もなんだと思ったのか、机から椅子を引き出して、ベッドの横に持ってきた。そのまま、どかりと重たそうに座る。相当、疲れているんだな。椅子の背もたれに体重を預ける風堂は、けだるそうだった。
「ああ。とても、悲しそうで、困っていて、それに…怒っている」
「あはは」
風堂はひきつった笑い声をあげる。ごまかされは、しないんだからな。
溜息をついてから、こちらを見下ろしてきた風堂の目は、いつだったか図書室に怒鳴り込みに来た時のように、妖しく光っていた。震えが走った。
「それで…どうしたん、だ?」
「なぁ、白璃。もし、もしもだぜ?俺が、お前のことをイジメることになったら、どうする?」
「イジメれば、良いだろう?どうもしない」
なんだ、そんなことだったのか。深刻に考えて損をした。何を言われたのかはわからないが…どうせ、灰崎だろう。
「白璃は、何にも悪くないのに?」
「…最初にも言ったではないか。女子のかわいい嫉妬だと」
この容姿だからな。自惚れているわけではない。実際、私はかわいくないと思っている。けれど、違うようだ。こんな私の何がいいのかわからないが、モテる。それは、今に始まったことではなくて、ずっと前から変わらない。
私に恋愛をする気が無くても、男子は恋文を渡してくる。断るが、それは関係ないようで、女子の嫉妬が、始まる。
そして、男子は都合が悪くなると手のひらを反して、女子たちと同じようにイジメをするか、見て見ないふりを、するのだ。もう、慣れた。
「俺は。白璃に笑顔でいてもらいたい」
「今の話の流れで、どうしてそうなる。…かわいそうに、とうとう頭が狂ったか」
「ちがっ!だって白璃、滅多に笑わねぇんだもん。笑ったらかわいいのに」
「気持ち悪い…。もう寝る」
私は笑えないのだから仕方がないだろう。
風堂は何か言いたげだったが。すぐに部屋から出て行った。夕飯、と廊下で騒ぐ声が響いた。…そういえば、やっぱりこの部屋って風堂の部屋なんだよな。移動しなくて、良かったのかな。鈴音さんに、聞いても笑って答えてもらえなかったけれど…あれは、動くなってことだったんだろうか。
「なんだったの…?」




