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17話 ここは…?

「ここ、は…」


 何のかはわからないが、ほのかに甘くホッとするようなにおいがする。ぼんやりと、目を開いた。知らない天井だ。木彫りの…きれいな。

ここは、どこだろう。

さっきの…どこかで聞いたことのあるような声の女性の家だろうか。

 額に冷たい布があてられて、顔をのぞき込まれる。見覚えのある目に、焦点を合わせて気が付いた。風堂だ。あれ?


「白璃、目ぇ覚めた?」

「っ!?ふ、どう?なん、で…」


風堂が、なんでいるの!?

驚いた。慌てて上体を起こすと、眩暈がして前(つまり風堂の方)にたおれてしまう。ボトリと額にあてられていた濡れたタオルが布団に落ちた。


「ちょ、白璃!無茶すんな!個人的には役得だったけど!じゃなくて、お前…高熱で意識不明だったんだからな!」


風堂に受け止められベッドに戻される。くっ、軽々と…こうも、余裕そうに抱えられると思うものがある。悔しい。

触れてきた手のひらのひんやりとした体温に頬を擦り付ける。うん、冷たくて気持ちいい。

 答えてもらえなかった問いをもう一度投げかけた。


「ここ、は…どこ」

「俺の部屋」


風堂の部屋、だと?笑えない冗談だな。

聞き間違いであることを祈り、もう一度聞く。耳も、おかしくなってしまったのかな。


「…すまない、今おかしなことが聞こえたようだ。ここは、どこだ?」

「だから、俺の部屋」


聞き間違いではなかったらしい。なんてこった。確かに、見舞いに来た時に見たモノがある。嘘じゃ、ないみたい。

風堂の、部屋…?


「なぜ…」

「お前が倒れた時に母さんがいて、家に連れて帰ってきたから」


そうか、道理で聞き覚えのある声だったわけだ。

風堂の母親だったか。そうじゃなくて。


「そうか…」


ここにはいられない。

迷惑をかけてしまうだろうから。もぞもぞと動いて、布団を押しのける。だるさは、あるが我慢できないほどではない。いける。


「白璃、どこへいくんだ!?」


風堂を押しのけてベッドから降りる。向かう先は、とりあえず部屋のドア。

頭がくらくらして、倒れそうだが…。モノ、壊さないで行けるといいな。


「さ、ぁ…?」

「風邪が治るまで俺の家にいろ。白璃を虐待してるような奴らのところには、俺が戻らせねぇ!」


な…んで。

力が抜けてカクン、と前にたおれそうになったところを、風堂に抱きかかえられ強制的にベッドへ寝かされる。またか。そんなに軽いのかな、やっぱり悔しいな。


「何故、知って…」

「服がぬれてて母さんが着替えさせたときに、見たって」


まずい。隠さないと、いけなかったのに。意味もなく、殴られた箇所を隠すように腕を回す。ばれた。ばれたら、殴られる。また、痛い。


「白璃?顔色悪いぞ」

「大、丈夫だ」

「良いから寝てろっての。灰崎ん家に電話して許可はもらった」


起きあがろうとすると、風堂に押し戻される。ボフンと枕に沈み込んだ。風堂の、においがする。…変態かよ。

今、なんだかありえないことを聞いた気がする。


「え」


叔父、が?許可した?なんで。ありえない。嘘だ。きっと、また聞き間違いなんだ。また、懲りずに起き上がろうとしたら、今度は抱きしめられた。それじゃない。


「驚いたか?そこのバカ弟がどうしても、というから。怪しい男風の声で灰崎とかいう奴の家に電話をかけてやったら、即OKだった」


風堂を見つめても、本当かわからなかった。しばらく、見つめあっていると雅人が部屋に入ってきた。とたん、この体制が恥ずかしくなる。風堂の腕の中から抜け出そうともがくも、全然緩まない。雅人に面白そうな目で、見降ろされる。


「なんて返事だったと思う?」


おかしそうに雅人は笑う。何が面白いのか理解できなかったが、それを聞く元気もない。疲れた。


「あんなクズいらないから、構わない。…だとさ。面白いんで録音させてもらったよ。どっちがクズなんだか…」

「ふざけんじゃねぇ。白璃のどこがクズだっていうんだよ!つぅか不愉快だからその話俺の前ですんなって言っただろ」


叔父に怒っている風堂。トクトクとなる音は、風堂のものか私のものか。憤る風堂が動いたおかげで、腕の中から出られた。深呼吸をして乱れた呼吸を整える。


「本当に、そんなことを、言ったのか?」


ピタリ、と動きを止める2人。その隙に、ベッドから抜けだす。

ヒタヒタとはだしで歩く。床の冷たさが気持ちいい。2人とも、なぜか追いかけてこないから、ゆっくりとドアへ前進する。うん、でられるかもしれない。戻らなきゃ。どこに?わからないけど、もどらないと。


「なんだ、ショックか白璃チャン?意外だな」

「いや。あの叔父が、そのようなことを言うとは思わなかっただけだ」


部屋の外は寒かった。違う、かも。部屋が暖かい、のかな。冷える廊下に、身震いをする。

っう、あ。気持ち悪い…。

それに、寒い。体温、がほしい。布団でもいい。ずるずると壁に寄りかかってしゃがみ込む。せっかく、出られたのに。家に、帰らなきゃ。進まな、きゃ。


「タカ、白璃チャンをベッドに運んでやれ。限界っぽいぞ」

「あ、おう」


フワリと首と腰の下に手を入れられて体が持ち上げられる。ヤダ、帰らなきゃいけないの。帰りたい。うちに、帰りたい。兄さんが待ってるんだ。だから、帰る。フルフルと首を横に振る。それさえも億劫で、疲れる。でも、帰るんだ。


「風堂!なにするの!おろして!やだ!やだってば!!」

「いやだ」

「ど、して…どう、て。帰りたい。帰らなきゃ。兄さん、に、さん」


ギュってして。ぬくもりがほしい。兄さん。


「…あとで、呼ぶからさ。そんな、泣くなよ」

「泣いてないっ!」


また、ベッドにおろされた。なんだか、すごく屈辱を感じて睨み付けてやると、風堂も雅人も顔をほんのり赤くして、ソッポを向いた。勝った!


「あー…白璃チャン?それはやめておけ。いや、やめろ」

「自覚してねぇから無駄だぜ、兄貴。…他の男には、すんなよ」

「何の話?」

「…わかんねぇなら、別に良い」

「なんか欲しいもんはあるか白璃チャン?」

「帰り、たい」


おうち。

見下ろしてきていた風堂と目線が合う。ゆっくりと、風堂は、首を横に振った。

どうして。おうちに、かえりたいだけなのに。


「白璃。疲れてるんだよ。今はさ、寝よう。な?」


温かい、もので視界をおおわれる。暗くなったそれに、意識が飛んで行った。

かえり、たい…な、あ。



 どうやら、寝てしまっていたようだ。なんだか、体の重さがとれたみたいで熱が下がったのかな、と思う。意識を失う前の醜態は思い出さないように封じ込めた。発狂、しそう。あんなの、わたしじゃない。

風堂たちは、なぜか優しくて、看病をしてくれている。このままここにいたら、本当に迷惑になってしまう。早く、家に帰りたい。


「白璃さん、入るわね?」

「はい」


 風堂の母親が、部屋に入ってきた。手には、お椀を持っている。この人も、帰らせてくれない筆頭だ。無論、風堂が一番ひどい。抱きかかえてまで帰らせてくれないんだ。


「おかゆ、食べられるかしら?」

「あ…はい」


ホカホカと湯気を立てるおかゆを彼女はベッドの脇にあった机へ置いた。おいしそうなにおいが、する。おなか、減った。食べても、いいのかな…。


「ああ、そう。私は鈴音というの。よろしくね」

「え、と…はい」


鈴音さんは、スプーンにすくったおかゆをフーフー冷ましてから私の方に差し出してきた。パクリ、とかぶりつくには少し抵抗がある。


「白璃さん、ほらあーん」

「いえ、あの…自分で食べられます」


高校生になって、そういうのは遠慮したい。


「いいじゃないの」

「…その、迷惑ですし、すぐに、出ていきますから」

「何を言っているの?あなた、そんな体調でどこへ行く気?また、倒れたいの?」


少し、強い口調で鈴音さんは、私へ言ってきた。倒れたいんじゃない。帰りたいんだ。

よかった、おかゆのことからは意識が逸れたようだ。でも、食べれない。机に置かれた蓮華を恨ましげに見つめる。勝手に動いて持ってきてはくれないかな。


「そう。それでね白璃さん」

「なんですか?」

「あなたを、私の両親が養子として引き取りたいみたいよ。昏睡状態で私が運んできたのを見て、ね」


養子?なんで、そんな話が。

突拍子もないことに、首を傾げた。養子になったら兄さんの妹じゃなくなってしまう。それに、わたしなんか、子供にほしくないだろうし、迷惑になってしまう。


「私を…?」

「ええ。あなた以外に、いないわ」

「でも、叔父は…」

「心配無用。儂は兄のおこぼれに預かった馬鹿に負ける気はしない」


いつの間にか、部屋に立派な白いひげをもった老人がいた。風堂の祖父だろう。強そう。

呑まれないように、息を深くはいた。大体、叔父が許すわけもないんだ、こんな話。


「叔父は、なんと言っていましたか?」

「あれは、貴人が君に」

「ジジイ!?何言おうとしてんの!?」


風堂の祖父が言おうとした言葉を、入ってきた風堂が叫んで聞こえないように打ち消した。聞いてみたかったのに。


「おっと口が滑った。とにかく、君はくだらない嫉妬に巻き込まれたのだよ。どうかな?」


魅惑的な誘い…否、命令だろう。だが…。兄さんの、妹でいたいし、迷惑をかけたくない。養子縁組って、大変なはずだし。

それに。


「私に、関わると、みんな…死んでしまうから」

「はぁ?何言ってんの?」


頭がボーっとして、うまく回らない。

私は何を言っているのだろう。ううん、何を言いたいのかなんてわかってる。私なんかに、関わると死んじゃうんだ。みんな、みーんな、死んじゃった。私の、せい。私の。


「だって、母さんも父さんも、私がわがままを言ったせい。私を守って、目の前で死んじゃった。私が居なければ。みんな幸せなんだよ。風堂だって、どうせ…いなくなってしまうのだから。無茶すれば、早く死ねる。死ねば、誰にも迷惑にならないんだから、はやく…」


死にたかったんだ。ずっと。独りで寂しくて自業自得で辛くて…死ねば、いいやって思ったのは偶然出なかったはず。きっと必然のことだった。私なんかにかかわるとろくなことがないって、離れて行ってほしかった。ほしく、なかった。


「白璃!そんな風に、一人で抱えてたのかよ!」

「貴人、落ち着きなさい」

「儂らは出ていくからの。若い2人でよく話し合いなさい」


…は?

どうして、怒ってる風堂を置いて出ていくの。怒られるの、やだ。

湯気を立てているおかゆをにらむ。結局食べれなかった。


「そうやってずっと抱えてたのか?」

「ふど、…」

「俺は、絶対。絶対、白璃のそばにいる!」


これ以上聞いてはいけない。聞いてしまえば、一人でいられなくなってしまう。なら寝てしまおう。

風堂は何かを言おうとしていたようだが、薄れゆく意識の中では聞こえなかった。聞かなかった。


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