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16話 見舞い

 結局、風堂とは一緒にいられないと判断をした。こちらにとって害にしかならないからだ。

 風堂には気付かれず、灰崎には気付いてもらえる範囲で、奴を避けよう。いや、風道に気付かれてもいいんだ。避けていることを気付いて、風堂がかまってこなくなるのが一番良いのだから。なのに…嫌われたくないと思った。自分から避けるのに、嫌われたくないなんて虫が良すぎる。

どことなくよそよそしい態度で風堂と接していたら、奴も何かに気付いたのか、私に近付かなくなった。


これで、良いんだ。私は、一人で良いのだから。独りがいいんだから。

でも、どうして…悲しいのだろうか。胸に走るズキズキとした痛みはなんだっていうのか。

理由に気付きたいが、気付いてしまえば…もう一人には戻れないだろうと思う。だから、考えることを止めた。

 

 図書室で、例のごとく騒ぐ女子たちを見ていると、利恵がやってきた。珍しい。今まで来たことがないのに。どうしたんだろう、本でも借りに来たのか?あ、違う。私に用があるみたいだ。


「白璃ちゃん、お願いがあるんだけど」

「…なんだ、利恵」

「風堂君が今日、風邪で休んでるの。今まで一回も休んだことのない風堂君が」

「だから、どうした。風堂のことなど、私には、関係ないだろう?」


 パンっと手を叩いて拝まれることから始まった会話はなかなかに不思議なものだった。なんで私に頼むんだ。そうか、それで…隣の席が空いていたんだな。風堂、調子悪いのか。


「そ・こ・で!白璃ちゃんに、今日出た風堂君の課題を届けに行ってもらいたいんだけど、良い?」

「なぜ、私が」

「仲がいいじゃない?それに…まぁ、色々とあるのよ」

「…断わる」


風堂とは、関わりたくない。だが…決心が、少し、揺らいだ。少しくらいなら、いいかな。でも…。でも、やだ。

それに、色々との色々がすごく嫌な予感を放っている。この間から、外れてくれない予感を信じることにして断る。少し悩んだけども。


「ねぇ、本当にいいの?この間の写真…みんなにばらまいちゃおうかなぁ」


この間の写真?なんだ、それ。

眼を妖しく輝かせた利恵が取り出したのは、数枚の写真だった。それを、カウンターに突きつけられる。伏せられたソレをめくりたくなくて、利恵をにらんだ。

大体、写真ごときで私が動くわけ…


「なんの話だ」

「文化祭で風堂君とチューしてたやつ。良かったら差し上げるわよ?」


そういえば、そんなこともさせられたな。いや、していない。キスはしていな…頬だから、セーフなんだ。

 写真、か…。思うところがないわけではない。


「…わかった。行ってやろう」


 だけど、これで風堂に会う口実ができた。違う!そうじゃない。そうじゃ、ない。嬉しくなんて、ない。ないったらない。

利恵に頼まれたから仕方なく見舞いに行くわけで、私が、その…寂しいからだとか、会いたいからだとか、そういうのではない。


「フフ」

「何が、おかしい?」

「ううん、なんでもないよ、白璃ちゃん」

「そうか…なら良い」



 利恵に地図を貰い放課後、風堂の家へ行く。

成程、灰崎の家を小さいと言えたのは、この大きさの家だったからか。納豆の大きさだった。おそらく後ろの山も所有地に含まれているのだろう。町外れの一角全てが、風堂の家だった。大きすぎる気がしなくもないが、考えないことにする。

そういえば、風堂の家に来るのは初めてだ。いつも、奴が来ていたからな。

恐る恐る、チャイムを鳴らす。


『はぁい?どちら様ですか?』


多分、風堂の母親の声だろう。違うかも、使用人さんとかだったらどうしようか。連絡とかなしで来てしまったけれど…入れるのか?

そこら辺は、利恵のことだから抜かりないんだろうな。妙な信頼がある。


「貴人君と、同じクラスの白野と言います。今日配布されたプリントを届けに来ました」

『待っててね、今開けるから』


ドアを開けて出てきたのは、若い女性。美人だ。まっすぐな黒髪に、見とれる。いいな、うらやましい。いや、銀髪が嫌なわけではない。好きだけど…黒髪にもあこがれがあるんだ。仕方ない。


「ごめんなさいね、わざわざ。雅人にでも預ければよかったのに」


ああ、その手があったな。盲点だった。

ポン、と心の中で手を打った。利恵も、言ってくれればよかったのに…意地悪だな。


「いえ。私も、その…少し、ふど…貴人君が心配だったので」

「そうなの?まぁまぁ…。上がって頂戴。貴人は寝ているわ」

「そうですか」


 風堂の母親にプリントを渡してさっさと帰ろうと思ったのだが。

彼女に案内され、うまい断り文句が浮かばず断れないまま奴の部屋の前に…いる。通りすがりに何人かいた使用人さんらしき人たちは皆、ほほえましそうな顔をしていた。なぜ。


「あの、プリントを渡せれば、良いので…寝ているのなら、わざわざ」

「いいのよ。貴人が風邪をひくなんて滅多にないんですから」

「そしたら、なおさら…」


よくないのでは、と言う前にドアが開け放たれた。風堂の押しの強さは母親譲りなのか…っ。風堂の母親に押し切られ、彼女と一緒に中へ入る。


「貴人~。かわいいお客さんよ」

「え…」


私を見て目を丸くする風堂。だから嫌だったのに。そっぽを向く。高そうな机が置いてあった。迂闊に触らないようにしよう。


「…風邪を引いたと、聞いたが大丈夫か?」

「えっとぉ、大丈夫だぜ?元気だよ。なんで白璃が…」

「私が来たら、いけないか。利恵に頼まれた」


ポリポリと気まずそうに頬をかく風堂を見下ろす。おお、なんか新鮮でいいな。上からのアングルの風堂は、ちょっとだけ幼く見えた。髪がセットされていないのも、新鮮だ。なかなか…でなくて。でも、元気そうでよかった。ただの風邪なんだな、きっと。熱も下がっているようだし、明日は学校に来るだろう。


「そっか。いやさ、だって、避けられてるから。灰崎になんか言われてんのかなぁって」

「…それは、そうだが。バレなければ良いのだ。灰崎は幸いにも頼まれたときにいなかったからな」

「マジで?え、じゃあ今日って白璃といっぱい喋れんの?」

「5時くらいまでなら」


5時半に灰崎の家へ戻らないと、叔父に文句を言われてしまうからな。それは面倒だ。




 風堂が風邪をひいて休んだのから、3週間が過ぎた。

気付けば、奴とろくに話さぬまま、後期第一中間テスト1週間前だ。

灰崎の家での生活は、だんだんと辛くなってきている。が、まだ我慢できる。


「はぁ…」


今日は少し、体調が悪い気がする。疲れでも溜まって、微熱でもあるのかもしれない。


本を抱えて廊下を歩いていると、風堂が近寄ってきた。


「白璃!テスト勉強手伝ってくんねぇ?」

「…悪いが私は忙しい。他の人に教えてもらえ」

「頼むからさ!」

「私は、特待生だ。だから、いい成績が取れないと学費免除ではなくなってしまう。…他人に教えられるほど余裕がない」

「そっか…悪かったな」


風堂は自分が悪いわけでもないのに、謝ってきた。これでは、私が悪い事をしているようだ。なんだか、な。


「いや。気にしていない」


本を抱えなおして足早にその場を私は立ち去る。灰崎に見つかったら今度は何をされるか…。幸い人気が少なくてよかった。



 風邪気味なので灰崎の家へ早めに戻ったら、灰崎につかまった。ついてない。


「だーかーらぁ。次のテスト、私に主席を譲りなさい」

「…無理だ、それは」

「なによ、私に逆らうの?拾われっこの分際で!お父様に言いつけるわよ!」


拾われっ子では、ないが。むしろ、拾いたいと言ってきたのはそちらだ。思惑がどうであれ。


「そうしてもらって構わない。実力で主席はとるものではないのか?」

「貴人様の見舞いにも、勝手に行ったでしょ!」


ばれた。誰から聞いたのだろうか。いつ殴られてもいいように覚悟をする。今度はこけない、ぞ。


「…それが、どうかしたのか」

「あんたは、貴人様に近づいちゃいけないの!」


殴られる用意をしていたのに、殴られないで玄関から押し出され、鍵も閉められた。しまった、反応に遅れた。

私は、この家の鍵を持っていないのに。つまり家に入るな、と。


さて、どうしようか…。

もう、こんなことは、毎日のようになってきているのだが兄さんには頼りたくない。この状況をばらしたくないからな。だって、ばれたら何が何でも助けてくれる。それは、悪い事。兄さんは、自分のことを大切にするべきだ。

 はぁ…。重いため息が出る。節々も痛いし…これは本格的に熱だろうか。体調が万全ではないから、室内にいたかったな。兄さんには迷惑をかけられないから、あの家には帰ることができないし…。

本当に、どうしようか。どうもしないでいいか。歩道だけはされないよう気を付けて適当にぶらつこう。



と思っていたのに早くも困った事態になってしまった。雨が降ってきて、ずぶ濡れだ。どうして、今日ばっかり。別の日に降ってくれればよかったのに。それに、ダルいし寒い…風邪を本格的に引いたか。

雨に濡れたのが原因だな。めまいがして、まっすぐ歩けそうにない。


っ、まずい。倒れそうだ。

こんな人目のつくところで倒れたら、叔父に怒鳴られてしまう。

どこか、人目のない場所に…

しばらく、雨の中をさ迷い歩いていたら…見覚えのある通りに出た。

…確か、風堂の家の近く、だろうな。


「あ…」


膝から力が抜けて、歩けそうにない。

それに、熱いし、気持ちも悪い。濡れた服が張り付いて体温を奪っていく。肺炎にならないといいが…


「まぁ、大丈夫ですか?」


誰だ、ろう?聞き覚えがある気がするが、わからない。顔を上げる気力もなくて、地面を見たまま返事をする。大丈夫だから、放っておいてほしい。私にかまわないで。震える身体を抱きしめた。大丈夫、まだ大丈夫。少し休んだら、歩ける。歩いて、家に行こう。温かい、家…なんて、ないけど。


「だい、丈夫…だ」

「大丈夫じゃないじゃない!大変!!すぐそこだから、私の家に来なさい!」

「…ぃやだ。わたし、だいじょ、ぶだから、放っておいて…」


 きっと、もう限界だ。だが、人の手を、借りるつもりは…ない。だって、迷惑をかける。それは困る。風堂、来てくれないかな…それはさすがに都合がよすぎるか。風堂なら、私のヒーローになってくれるのかな。助けて、欲しいなぁ。


目の前が真っ黒になって地面に倒れる。これでゲーム、オーバー。


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