15話 はしる亀裂
すいません、夏休みは割愛させてもらいます。
こちらも蒼国物語と同様に、作るめどの立っていない番外編にて、いつか乗せようと思います。
ついに2学期となった。なってしまった。
夏休みは、風堂貴人と兄さんと海へ行ったり、夏祭りへ行ったり、遊園地に行ったりして、たくさん遊んだ。久しぶりだ。こんなにも遊んだのは。
灰崎の家へ住むことになってから数日が過ぎる。
灰崎は偉そうに命令してくるし、叔父は睨んでくるし…。思っていた通り、居心地は最悪だ。でも、叔母は何も言ってこない。唯一の安全地帯となっている。何も言ってこない代わりにかばっても紅が、元より期待なんてしていない。できない。
学校で風堂貴人が一緒にいようと引っ付いてくるから家に帰ると癇癪を起した灰崎が殴ってきて、翌日その痕を見た風堂貴人が心配してきて、さらに引っ付いてくる…なんなのだろうか、この無限ループは。一体、どんな行動を起こせば終わるんだ。風堂貴人も気づいてほしい。
気づかないからこうなっているのだが…どうするべきか、思案している。
さて、今私が何をしているかというと。叔父に睨まれたので、頼まれた買い物をしている。…これではただのパシリではないか。いや、引き取られたのだから家のことをするのは当たり前か。それと、買い物は嫌いじゃない。
「白璃?白璃じゃん!」
「っ風堂貴人!?な、なんで…」
頼まれたものはすべて買ったので帰ろうと外へ出たら。
今、一番会いたくないやつに、会ってしまった。
「あ、俺があげた奴つけてくれてんだ。嬉しいなぁ」
「…後ろから声をかけられると驚く」
「悪ぃ。んで、白璃がなんでここに?お前ん家なら向こうのスーパーの方が近くね?」
あれ、聞いていないのか?
「貴様は知らないのか?灰崎が私を引き取ったことを」
コイツは見ていたはずなのだが…音は聞こえていなかったということだな、割とどうでもよかった。殴られているところを見られていたのだから話を聞いていない云々は関係なかった…。
「…は?」
「なんだ、そのマヌケ面は。灰崎は従姉妹だぞ」
「そ、そうだったのか…。知らなかったぜ。で、保護者が居るのになんで白璃が買い物してんの」
「さぁ?遅くなると怒られるから、私はもう行きたいのだが」
ほんっとうに、どうでもいいことばかり聞いてくるなコイツ。それも、ピンポイントで答えたくないことを。何のレーダーが搭載されているっていうんだ。
早々に身をひるがえしてその場を…風堂貴人から離れようとする。
が、腕をつかまれた。振り返って睨み付ける。またそれか、放せ。そんなに私の腕はつかみやすいのか。
「っ、なんの真似だ」
「いや…?なんか白璃が消えちまう気がして…」
「私は消えたりなどしないから放せ」
消える?何の冗談だ、やめろ。
振りほどけない。むしろ力が込められていっている気が。ミシリと嫌な音が鳴った。
「貴様っ…!」
痛い。何の不満があるんだ。
「風堂、だ」
…は?
いきなり何を言い出すのだ、コイツは。思わず、力が抜けた。
引っ張られて、後ろにたたらを踏む。くるりと回されて、風堂と正面を向いて見合う形になった。それでも、手は解けない。なんてことだ。
「いつまでもフルネームで呼ぶんじゃねぇ」
「わかったから、放せっ!」
周りの目が突き刺さる。案外、生暖かい目で見守られているように感じてより一層気まり悪くなる。
「白璃、なに、灰崎にパシラれてんの?お前、俺に頼ってくんないワケ?なぁ」
いつもにもまして真剣な風堂の顔。どきりとしたとか、そういう冗談はなしだ。はねた心臓はきっと、驚いたから。そうに違いない。いやそうだ。
「し、かた、ないだろう!」
「逃げんな!白璃は自由に生きたいんだろ!」
「…そうさ、私は逃げたのだ。貴様とこれ以上一緒にいるのが怖い。このままじゃ…」
まっすぐに見てくる風堂の目から、目をそらした。その事実を、認めるのは嫌だったけれど、知っていた。
いつか、一人で生きれなくなってしまうだろう。
「人」と居るのが当たり前になって…。
それでは、ダメだ。
ダメ…なんだ。
「白璃…」
「大丈夫だ。本当に、困って、どうしようもなくなったら、頼る…から」
力が弱くなった風堂の手をはがし、灰崎の家へ戻ろうとする。やっと、解放された。でも、嬉しくないのはなぜだろう。
「また、明日な!今の、絶対だぞ」
「…ああ」
風堂につかまれたところは、赤くなっていた。
触れると、そこの部分だけ、少し肌の温度が高くなっている。
…風堂の手が、熱かったから、だろうな。
灰崎の家へ戻る途中、灰崎の家の方向に、火を焚いているのか煙が上っているのが見えた。すごく嫌な予感がする。大概、こういう悪い予感は的中してしまうもので。覚悟を決めて家に帰ることにした。
しかし、たき火は禁止されていたと思うが。自由人、だな。それで済ませていいものかはわからないが。気にしてはいけないのだろう。
「ただいま帰りました」
「うむ」
…珍しく機嫌が良いな。さらに嫌な予感が増す。何だっていうんだろう。早く、この人の前から退出したい。聞くな、と何かが告げる。
「ああ、お前の物が片付かないみたいだったから、こっちで処理してやった」
「なっ!?」
「庭で、私の愛しい華香が燃やしている」
「そんな」
嫌な予感は、煙の正体は、これだったか。私の私物なんて、少ししかないのに。その、少しも許してもらえないのか。
「何か、言いたいことでもあるのかい?」
「なんでそんなことをする」
答えはなかった代わりに、庭が見える部屋まで連れていかれる。見たくなくて顔をそむけると、頭をつかまれて庭を見せられる。恋愛論理が、炎に落とされそうなところだった。
信じられない。本を、そんなにも簡単に燃やせるなんて。
ふ、と暗い思いが沸いた。自分が燃やした本が、恋を叶えてくれる本だったと知ったら、灰崎は泣きわめくだろうか。ざまぁ、みろ。
そうじゃ、なくて。
「やめろっ!それは!」
止めようと、もがくが叔父に邪魔をされる。
「どいてくれ!あれは…燃やすわけにはいかないのだ!」
恋愛論理は、登録処理がされていなかった。
なので、叔父の家で読もうと図書館から持ってきていたのだ。それが、あだになるなんて。バカだった。バカな、私。油断しなければよかったのに。本くらいいだろうなんて思わなければ。
全部、私の目の前で、燃やされていった。
貴重な4人揃って撮った写真も、本も、兄さんがくれたプレゼントも…全部。
全部、全部失くなった。
せめてもの救いなのは、家に、一番大切なものはおいてきていた、というところだろうか。
それでも燃やされたものが大切なものだったことには変わりがない。
「あ…、ひど、い」
どうして。なにがいけなかったの。逆らわなかったのに。こうなるだろうから、逆らわなかったのに。
呆然と、燃えカスを見つめる。何も、残っていない。金属製の物は、後で回収できるだろうか。さすがに焚火程度では燃えないで、原形をとどめているはずだ。
「私の貴人様に近づいたのが、いけないのよ!」
風堂と、仲良くなったのが、いけないのか? だから嫌だったのに。
私に近づくな、と言ったのに奴は近づいてきて。
その結果が、これだ。
灰崎のくだらない嫉妬心で、燃やされてしまった恋愛論理。
もう、嫌だ。どうして私だけ、こんなに頑張らないといけないのだろうか。
そう考える自分が何よりも、嫌だ。
困っているのが私だけでないことを、知っているのに。風堂だって何かしら頑張っていることが、つらいことが、あるのに。
それを知っていても、人に罪をなすりつけたくなる自分の弱い心が嫌だ。
だから、一人で生きていこうと、決めたんだ。
兄さんが帰ってきて、風堂と会って、それが、難しくなってしまっている。
一人で生きていけば、誰かに罪をなすりつけることも、誰かのせいで自分が悲しむこともなくなると…そう思ったのだ。
足から力が抜けて、しゃがみ込んだ。
「今日は、外で寝なさいよね!あんたと一緒の屋根の下で寝るとか考えらんないわ!」
締め出された。…もう、疲れた。




