11話 文化祭(中)
「じゃあ、これを頼むね。それで、かわいい執事さんは何をしてくれる?」
兄さん!?兄さんまでタラシになっていたら、私はいったいどうすれば
「…お望みの通りに」
「それじゃあねぇ…う~ん…この後僕と一緒に文化祭を回らないかい?」
拒否権がないではないか。…裏方のほうを見ると、委員長が親指を突き立てていた。断ってはいけないんだろうな。
「…かしこまりました」
また女子の悲鳴が上がる。はぁ…いちいちうるさい。
一応風堂貴人に声をかけておく。
「風堂貴人、少しシフトを抜ける」
「おう。俺に任せろ!」
何をだ。任せるものなんて何もない、はずだ。
兄さんとともに店を出る。
少し店から離れると、小声で話しかけられる。
「白璃」
「なんですか」
「ずっと独りにしてしまって済まない」
「…あなたはしたいことをしていただけだ。私が止めることはできない」
「ああ…。何か、したいこととか、ある?」
「いえ、特に」
兄さんは、困ったように額へ手をあてると先導していた佐藤、とやらに聞く。
「何か二人で遊べる出し物はないかな?」
「…」
「あ。はい!!ええと2-Bが出している、2人で挑戦ラブラブゲーム…とかはどうでしょうか」
ちょっと待て!?
なんだその恐ろしい題名のゲームは!
そんなものを勧めるな!
「そうだねぇ、それがいいな。いいよね?」
「…」
少し非難する眼になってしまったが頷いておく。
3階へ上がると、1フロア貸切り状態というとてつもなく広い2-Bの出し物が待ち受けていた。
…なんなのだ、この恐ろしいピンク色のハートでデコレーションされた、入り口は。
この入口からしてもうすでに嫌な予感しかしないぞ。入りたくない。全身から滲み出してみるが、止まってくれる気配はない。むしろ面白がられている気がする。
誰か助けて。
兄さんに手を引かれ覚悟も決めないまま、ピンクの世界へと入ることになった。
「おお!?白璃か!…執事かぁ…」
雅人が受付をやっていた。何をやっているんだ生徒会長。生徒会の出し物はいいのか。
「何か、悪いか」
「いや、別に?で…ああ、2人来たぜ!」
雅人は奥へ叫ぶと満足な顔をして私をジロジロと上から眺める。
「なんだ?」
「いーや。かわいいなぁ、と」
「…」
気でも狂っているのか。執事姿にかわいい、なんてあっていない。
「ここって何をするのかい?」
「あー…カップルがベタベタするところ。2人でゲームしたり、同じパフェ食べたりする」
「へぇ。面白そうだねぇ」
面白いのか!?面白くないだろう。
「じゃあ~、おんなじパフェ食べようか?」
「…了解です」
兄さん…。兄さん、おもしろがっているでしょう。楽しいんだ?
という訳で、机に案内された。されてしまった。
目の前には巨大なパフェ。
…甘い物はあまり好きではないのだが。
「白璃、ほら、あーん」
「しません!!」
やめてくれ!生徒の視線が突き刺さる!!…腐っている感じの。違う違う。
「いいじゃないか。ねぇ?」
「嫌です」
誰か、本当に助けてくれ!!
「覚悟を決めて、ほら~」
完全に遊ばれてしまっている。
「白雅さん…」
「嫌だな、他人行儀なのは。兄さん、とか…お兄ちゃん、とか」
「…兄さん」
「お兄ちゃんで」
佐藤さんは、完全に顔を赤くしている。
…申し訳ない気分でいっぱいだ。
「……お兄ちゃん、いい加減にしてください。帰りますよ、こんなことさせるようなら」
「ええ、それは困るよ。…仕方ないねぇ」
良かった、諦めてくれたか。
「鎖で縛っちゃおうか」
「なっ!?」
「冗談。本気にしないで?」
「…失礼しました」
一瞬、本気でやるかと思ってしまった。
というか顔が、マジだった。恐ろしい。兄さんはいったい何を目指しているんだ。
そんなこんなで、兄さんとの楽しい(?) ひと時は終わり。
シフトへ戻ってきた。
「よぉ、楽しかったか?」
「…パフェを、食べさせられるのが楽しいというのなら」
「頑張ったな、白璃」
「貴様に褒められてもうれしくない」
「白野さんって、ツンデレ!?」
風堂貴人に話しかけられて、仕方なくホームベースにとどまっていたら、委員長が目を輝かせて会話に入ってきた。なわけないだろう。
「…」
とりあえず、睨んでおこう。
「いや、白璃は、ツンデレじゃねぇよ。…デレねぇし。まだツンツンってとこだよなぁ」
「貴様っ、何を言って!」
「あー、風堂君も白野さんも、もう今日は抜けていいから、ミスコンでてきてよ。店の宣伝してきて」
「委員長!?何を言って…」
「ほら、白野さんはメイド服にお着替えしましょ」
「ちょ、待て!?」
委員長に襟をつかまれ、更衣室へ引きずられていく。
無理やりメイド服を着せられた。
…なんだか大事なものを色々と失った気分だ。そんなに裾を短くしないでくれ、という抗議は受け付けてもらえなかった。動作に気を付けないといけないな。
「風堂君~!かわいいでしょ?」
「…あ、ああ!!」
「顔が赤いぞ、風堂貴人。委員長も、何を考えているのだ」
「別にー、宣伝してきてくれれば、いいなぁって」
食えないやつだ。
どういうわけだか知らないが、委員長の言葉に風堂貴人が乗せられたので、仕方なく、2人で行内を回り、ミスコンの会場へ向かう。
「なぁ、白璃?」
「なんだ」
「…不服なのか?」
「なにがだ」
「……悪かったって」
「は?」
「………よっし、ミスコン会場に着いたぞ。飛び入り参加、してこい!」
それが嫌だと言っているのに。
『飛び入り参加、大歓迎!!』
「ほら、行ってこいよ。…委員長、怒るとマジ怖いんだから!」
「…仕方ないな」
スッと立ち上がり、舞台へ上がる。
…すごく不本意だ。
すかさず司会者がマイクを渡してきた。
『学年クラスと氏名を!』
「白野白璃、2-Aだ」
『メイドですね!』
「委員長の脅迫だ。…はぁ」
「図書委員長!!がんばれ!!」
『我が校名物の雪女!?』
だから…なんなのだ、それは。
というか、誰の声援だ。さっきのは。横目で見るが、流石に誰かまではわからない。でもサッカー部ぽかった。
「白璃!!優勝しないとぶっ殺されるぞ!!」
風堂貴人のありがたくない、声援。
適当に振舞って、審査結果を待つ。もうどうにでもなってくれ。
『優勝者は…!!我が校名物雪女の白野白璃さんです!!』
…だから、名物にしないでくれ。誰が言い出したのだ。
「白璃!!最高!!」
風堂貴人が、ブンブンと手を振って悪目立ちしている。
…他人のフリをしよう。
『サッカー部キャプテンの風堂さんとは、どういう関係で?』
「赤の他人だ」
『即答!?いや、だってがんばって応援してらっしゃるのに…それはなくないですか?』
「…では、クラスメートだ」
これでいいだろう?文句は言わせない。
『ツンデレという奴ですね?』
「違う」
どいつもこいつも…。
『ゴホン。では、一言』
「2-Aでは、執事、メイド喫茶を開いているから、来い。…おそらく風堂貴人がおもてなしをしてくれる」
「え、俺!?白璃じゃねぇの!?」
…。違うし。
フイとソッポを向き司会者へマイクを返す。
『やっぱツンデレだ!!という訳で、ミスコンは終了!!白璃さんに会いたかったら2-Aへ遊びに行こう!!』
舞台から降り、風堂貴人のもとへ行く。
「白璃、ひどくね?」
「ほんの少しの仕返しだ。やられてばかりなのは不服だからな」
「…あー…ほんと、悪かったと思ってるんでいい加減許してください」
「許してもらえると思っているのか」
「思ってる!!」
なぜそこだけ自信満々に言うのだ。
「…まぁ良い。さっさとシフトに入ってしまおう」
「え、ちょっと遊ぼうぜ」
「委員長に怒られても知らないからな」
「あ…それはヤダな。わかった、もどろっか」
「それが良い選択だ」
さて、現在の時刻は、4時45分。
文化祭1日目の終了時間は5時だから、もうすぐ終了して、生徒だけが参加できる中夜祭になるな。
中夜祭で兄さんが歌うのだ。兄さんは歌がうまいから楽しみだ。
客が引いたのを見て風堂貴人が叫んだ。
「おっし、今日は終了!!外行って、中夜祭出るぞー!!!」
「おー!!」
そして、ノリの良い…又は文化祭のテンションにあてられた奴等が風堂貴人の言葉に叫びを返す。叫んでいる馬鹿どもは放っておくことにして、シフトに入っていた女子たちと、外へ出る。
『さーさー待ちに待った野外ライブだぜ!!今年のゲストはー!!』
中夜祭ではなく野外ライブだったらしい。司会が溜めを入れる。
盛り上がる生徒たち。
一歩引いたところで見ている自分に気づいてしまった。気づかなきゃよかったのに。私のばか。
『なーんーとー!!白雅さんです!!』
ワァ!!と沸く会場。
そんなに有名になったのか…。
兄さんが歌った歌はよく知らない歌だったけれど。凄く綺麗な歌詞だった。
「白璃、あのさ…後で渡してぇモンがあんだ。少し残っててくれね?」
「?ん。わかった」
風堂貴人にコソリとささやかれたので頷いておく。
渡したいものって、なんなのだろうか。
『皆、文化祭は楽しんでるかい?』
兄さんの問いかけに、
「イエエエエー!!」
と歓声が大きくなる。
う、うるさいな…
『じゃあ、みんな明日ラスト一日を楽しもう!!
生徒のときにしか味わえない醍醐味があるからね!!全力で、盛り上げていこうぜ!』
兄さん…それは、私に言っているのか!?と思うのは身内だからか?思い上がりかもしれない。が、そうは思えない何かがあった。
そんなに、つまらなそうにしているように見えたのか!…気を付けよう。
「白璃?疲れたのか?」
「いや、そういうわけではない。…それに貴様の方が疲れているのではないか?」
こっそりとため息をついたのが風堂貴人に見つかってしまったらしく、心配された。
有難迷惑だ。
「まぁ…今日は大変だったよな。執事さんに注文!ってのが、俺らに回ってくるからよぉ…」
「…貴様がモテるからだろう」
「白璃にもいっぱい回されてたけど?何人に食べさせたよ?」
「…50人はいた、と思う」
「モテてもいいことねぇぜ?」
「嫌味か、それは」
「や、違うって。…お疲れ様、白璃」
「貴様もな、風堂貴人」
しんみりとした空気になる。
その後は、兄さんが歌って、会場が盛り上がって終了した。
「白璃!これ、やる!」
風堂貴人が、校門での別れ際に、立方体のものを放り投げてきた。
それは、きれいに放物線を描き、私の手の中に納まる。
「え、風堂貴人…?あ、ありがとう?」
「おー!!今日は頑張ったな!また明日も頑張ろうぜ!!」
「あ、ああ」
風堂貴人は言うだけ言って走り去ってしまった。
…これは、なんなのだろうか。
奴が投げてきたのは白い箱に青いリボンでラッピングされたプレゼントボックス? のように見えた。
「おや、白璃。男子からプレゼントでももらったのかい?」
「え、あ…」
頭上からの声に顔を上げると、帽子を深くかぶり銀髪が見えないようにした兄さんだった。髪を隠すだけで随分と印象が変わるものだな。
私がよほど驚いた顔をしていたのか、兄さんは頼んでもいないのに、ここにいるのはなぜなのか説明し始めた。
「もう僕は必要ないから帰れだって。ひどいよね。むしろ邪魔だからさっさと消えろ、とかまで言われちゃったよ」
「…そうですか」
「と、いうわけで愛しの白璃のところへ来てみました!」
…ダメだこの人。早く何とかしないと。
「目立ちたくないので離れてください」
「一緒に帰ろう」
ダメだ、この人私の言っていることを全く聞いていない。聞く気もなさそうだしな。
「…わかった」
「ほら」
手がスッと目の前に差し出される。
…手をつなげ、と?
「私はもう子供ではない」
「いーから」
「嫌だ、と言っているのだ」
「わがままな子なんだから~。ホラ」
結局、兄さんを押し切ることはできなくて手をつなぐ羽目になった。
「そういえば、白璃」
「何?」
「明後日、君のクラスで行う打ち上げ会に誘われてね」
「…誰にですか」
「誰って、この僕にそんなバカなことを言える人間なんて、灰崎家のクズどもぐらいだろう?というか灰崎華香以外に誰か思いつくのかい?」
兄さんは、暗い夜道で灰崎のことを私に愚痴りだす。
…私に言われても困るのだが。
「あのブス、僕が白璃の兄だってこと知らないみたいだぜ?私の従弟だから来てくれますよね?だとよ。ハッ…吐くかと思った」
「兄さん…口が悪くなってる」
ちなみに兄さんと私は10歳離れている。ということは兄さんはもう27歳?お、おお…大人だ。
「ま、白璃はそれに比べてかわいいし、なんか見ないうちに大人っぽくなって美人になってるし、頭良いし。白璃も打ち上げ出るんだよな?ってか出るよね?」
「…風堂貴人に呼ばれるだろうし…奴は家を知っているから迎えに来そうだしな」
「…さっきの男?何、恋人?」
「違う」
「ま、まぁ白璃ももう高校生だもんね。最後にあったのは8歳だったし…彼氏が居てもおかしくないよね」
なんだか自分の世界に入り込んでしまったみたいので放っておこう。
この状態の兄さんに声をかけてろくなことになった記憶がないからな。
「…兄さん、家に着いた」
「ん。懐かしいなぁ…8年ブリだっけ?母さん、父さんただいま。今、帰ったよ…」
少し、沈んだ調子で兄さんは家を見てつぶやいた。
「…兄さん?」
「いやぁ、らしくもなく少し悲しくなってしまったよ。実家っていうのは良いもんだよね」
「…悲しいなら、泣けば、いい」
「妹が泣いていないのに、そんなことできると?」
「それもそうだな」
「一人にしてしまってごめんね、白璃。これからは僕が隣にいるから」
ギュと抱きしめられる。
…そういうことは、家に入ってからにしてもらわないと、誤解されしてまうだろう。
「それは…困る」
「どうして!?」
「…兄さんは、兄さんの道を歩かないといけないだろう?私なんかに構って、それを疎かにしてはいけない。でないと、何のために8年間家に帰って来なかったのかわからなくなってしまう」
「…ごめんね白璃。寂しかったでしょ?」
「そんなことはない」
キッパリと否定をしておく。寂しくなかったと言い切ったら嘘だけど。いいんだ、別に。
「そっかぁ…ほんと、大人になったね白璃。美人だよ」
「ありがとう、兄さん」
照れくさいな。




