10話 文化祭(前)
あっという間に2か月が過ぎた。
6月に入ると、7月にある文化祭の準備期間へと入る。少々始めるのが遅い気がしなくもないが…私が知らないだけで準備自体はきっと前から進められていたのだろう。
「さぁ、文化祭準備期間に入ったぜー!!白璃も一緒に、イエー!!」
「…風堂貴人、なぜそんなに喜んでいるのだ?」
「聞けっ!!いいか!うちのクラスの出しモンは喫茶店!!つーまーりー!メ・イ・ドだ!!」
「風堂君、執事も忘れないでね」
何を力説するのかと思ったら、くだらない。執事とか、メイドとか興味もない。
「…了解、委員長」
若干テンションが、落ちた風堂貴人。
良くわからないが、文化祭は楽しくなりそうだな。
「白璃は勿論、メイドだよな?」
「…」
「白野さんは執事よ!?」
「あ、いや、私は…」
最近、灰崎を除く女子によく話しかけられるようになった。私がいない教室で一体何があったというのだろうか。
「メイドだよな、白璃?」
「何言ってるの!白野さんは男装がいいわ!無口クール男子よ!!」
…そんなことで盛り上がらないでくれ。本人が会話に参加しないでも盛り上がれるものなのだな。
「あ、あのな…」
「「どっちがいい!?」」
綺麗にハモる二人の台詞。
「…とても言いにくいのだが、私はその日に用事があって文化祭には…」
「ええー!?」
クラス中から、悲鳴が上がった。
「なんでだよ?」
「…それは、色々と…あって…」
母さんと父さんの命日だから…
別に、出てはいけないわけではないのだが…気が乗らないというか…。
「そうよねー、だって白璃、誕生日だものねぇ。パーティ開くのでしょ?」
「…まさか」
灰崎が厭味ったらしく大声で言うと、クラスが静まり返った。
大体、私の誕生日は、1か月文化祭より、早い。
「ほぉら、すぐに言えないじゃない!!図星なんでしょ!?」
うるさい。
どうして、そうやって…
「白璃、あー…文化祭は、2日あるからさぁ、次の日出てくれればいんだけど」
「わかっている。…そこまで、言うのなら…1日目も、出ても構わない。…それほど…重要な、用事ではないから…」
風堂貴人のとりなしが、無性にカチンときた。何故かはわからない。
そんな訳はないのだが…このさい別にかまわない。
「白璃、良いのかよ?無理しなくていいんだけど」
風堂貴人は、何の日なのか、わかったようだな。ほっとしたわけではない。
「いや、大丈夫だ。本当に…重要ではないから。来年も、あるし…。高校2年生の文化祭は、その日だけだから…」
「でも…」
「風堂貴人、心配しなくて良い。過去にとらわれたままではいけないからな。私も、前進していかないといけない」
風堂貴人の顔が悲しそうにゆがむ。
フルフルと首を振り、頭に浮かんだ、嫌な思い出を消す。
「誕生日、早く来るといいわねぇ、白璃?」
「しつこい」
「みんな、楽しみにしているのでしょ?原因を作ったのは、あなたよ」
「黙れ。しつこい女は嫌われるぞ」
灰崎を睨んでから、カバンをとり、教室を出ていく。
向かった先は、土手。
カバンを放り出し、斜面に座り込む。
…どうして、私は不器用なのだろうか。
もう少し、器用なら…風堂貴人にあんな悲しそうな顔をさせなくても済んだのだろうか。…何を考えているんだ、私は!風堂貴人がどんな顔をしようが、私には関係ないのに。
でも。
「あんなこと…言ってしまったから、嫌われてしまっただろうか…。気にはしないが」
「どこがだよ」
頭上から、不機嫌そうな風堂貴人の声が降ってくる。っなんで、
後ろから追いかけてきていた、のか?気づきもしなかった。それに、なんでコイツが来ている。だって、文化祭の話し合いをしているんじゃ…
「なっ、風堂貴人!?い、一体なぜ!?」
「動揺してるぞー。白璃、最近雰囲気が柔らかくなったんだよなぁ。んで、いろんな奴が、話しかけやすくなったって」
「そうなのか?」
初耳だ。それで最近よく話しかけられるのか。じゃなくて、雰囲気が柔らかくなった…?そんな、つもりは。
「で、本当は?」
「何が」
「文化祭の日、何やる予定だったんだよ?誕生日は、6月だろ」
「…貴様が予想しているので当たっていると思うが…。両親の命日だ」
「やっぱ、文化祭やってる場合じゃなくね?ちゃんと…」
「いい」
「あ、そう?…そうそう。白璃は興味ねぇだろうけどさ。文化祭、白雅っつーアイドル?来るらしいぜ。女子が騒いでた」
「白…雅?本当に、白雅なのか?」
「そう。あれ…興味あんの?」
「いや…多分、身内だ、と思う」
兄さん、ではないかな。
ちらりと前に見かけた写真を見る限り、兄さんが大きくなったら、あんな容姿になるのだろうと思われるが…。
「ふぅん」
「…風堂貴人?なにか、問題でもあるのか。不満そうな声を漏らして」
「だってさぁ。白璃が、微笑んでるから…悔しくて」
悔しい?
「笑っていたか?」
「ああ!!めちゃくちゃ、かわいいぜ」
…はぁ。
「そういうお世辞を言われても嬉しくない」
「……じゃ、ねぇよ」
風堂貴人の声は、強風で最初の方が聞こえなかった。
「何か言ったか?」
「い、いや。なんでもねぇ!!じゃ、また明日な!!」
なんだったんだ?走り去っていく風堂貴人の後姿を見ながらぼんやりと思った。アイツは学校に戻るのかな。いや、関係ない。私は家に帰ろう。
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待ちに待った(?) 文化祭当日だ。
ちなみに、図書委員会は、何か出し物をしたい奴がいないらしく企画が一つも提案されなかったので出し物はしないことにした。どうせ皆、クラスの出し物の方が大切なのだろう。とか言っている私も、クラスの出し物で精一杯だ。委員会など、やっている暇がない。…執事もメイドも、やらなくてはいけないから、覚えないといけないことが沢山ありすぎた。
開店した途端、サッカー部と思われる男子等が教室になだれ込んできて、大変だった。…疲れたとしか言いようがない。
「白璃、お疲れ。あいつらお前目当てだっだからなぁ。アハハ」
「笑い事ではないだろう。…執事だか何だか知らないが、迷惑だぞ、ああいう客は。貴様がきちんと言っておかないからこういうことになるのではないのか」
「いやぁ、ごめんって。ちらっと話しただけだしさぁ、こんなことになるなんて思ってないしぃ」
「…」
仕方がないな。
「執行部ですがー。注文良いですか?」
ちなみに私の服装は、執事服だ。何が悲しくて、このようなモノを着なくてはいけないのか…。
「白璃、よろしく。俺、あの人苦手」
「ちょ、風堂貴人!?」
逃げられた。
全く。
「…どれだ?」
委員長曰く、キャラづくりだとかで、私の台詞は決まっているのだとか。
…風堂貴人は素のままなのに、何故私だけ。
そんなに、変わった感じはしないが、覚えなくてはいけなかったのが面倒くさかった。
「ええと、パンケーキ、でいい?」
「?貴様が良いのならいいのではないか?」
私に聞かれても…。
後、嬉しそうに頬を染めないでくれ。同姓だから。
「フフフ…」
怖い。悪寒が走った。
「白璃!俺、変わるから…奥で休んで来い」
「…そうさせてもらう」
風堂貴人が肩に手をかけてそう言った途端に、キャー!!と黄色い悲鳴が店のあちこちから上がる。
うるさい。
さっさと引っ込むことにした。
色々な意味で疲れ果て、奥に戻ると委員長が慌てて何かを隠してから声をかけてくる。
…バレているのだが。
「白野さん、お疲れ様。人気投票見る?白野さん、風堂君と、2トップだよ」
「…そうか。…いいことではない気がするが」
首をかしげて言うと、委員長は鼻を手で覆う。
…なんなのだ?
「気にしないの!」
「わかった。そうしよう」
「白璃!!ヘルプ!!助けろ!」
風堂貴人の叫び声が聞こえたので、少しだけ顔を出して、奴の状況を見る。
…面白いことになっていた。
両手に花、の状態だ。
良いではないか。
面白そうなのでもう少しだけ眺めていることにする。
「白璃~!!ちょ、待って!俺にケーキ食わせても面白くねぇよ!?」
「いいのよ、風堂君」
「よくねぇって!!」
…なんだか、不愉快だ。
「風堂貴人…何、遊ばれているのだ?」
「…好きでこうなったんじゃねぇよ」
「ほら、貴様等も、退く。メニューの一番下の欄に、『好きな執事さんに、やってもらいたいことをやってもらえる』というメニューがあるから、それを頼め」
風堂貴人の周りに群がっている女子たちにメニューを見せ、下らない注文品の名前を言う。
「白璃、助かったぜ。サンキュ」
「貴様のためではない。店が回らなくなるだろう。それに…そういうことをされるのならば、きちんと利益になるようにしろ」
「…へい」
風堂貴人は渋々ながらも納得したようなので、その場を離れようとしたら、群がっていた女子に袖をつかまれる。
「…なんだ」
「執事さんに注文ですー、こ・れ」
先ほど示した欄を指し、その女子は続ける。
「風堂君に頬でいいからキスしてもらってもらえない?」
…何を言い出すのだ、この女子は。そんなことしても、何の得も生まれないのではないか。なぜ、望んだ。
チラ、と風堂貴人の方を見ると、顔が赤くなっている。赤面されても困る。
「…人権の問題もあるし。風堂貴人は…しないだろう?」
「や、でも、俺、白璃がいいなら別に!」
「なに?」
何を言っているのだ、貴様は。せっかく、逃れようと思ったのに。
まだ始まってから2時間も経ってないのに、問題ごとはごめんだ。
「ほら、ねぇ…ダメかしら?」
「………仕方がない。頬にだし、一瞬だけだぞ?」
「それでいいの!!」
いやいやながら了承すると、歓声で店がつつまれる。いや、その反応は訳が分からない。少し、風堂貴人を睨み付けておく。不本意だ。非常に。
「…」
「ええとぉ…悪い、白璃」
「貴様…」
あほだろう。風堂貴人が顔を近づけてきたので目を軽くつむると、頬に柔らかい感触が一瞬あたり、すぐに離れた。
…シャッター音が、聞こえてきたのだが聞こえなかったことにしよう。
ついと、上を向くと赤唸っている風堂貴人の顔が視界に飛び込んでくる。
「…は、白璃」
「キスの一つや二つくらい、したことがあるのではないのか?それに頬だ。気にしていない」
それに、満更でもないからな。…何を考えているんだ、私は。
やはり、文化祭のテンションにあてられたようだ。でなければ、このようなバカなことを思うわけがないからな。
「むぅ、なんだよ余裕そうに!お前、したことあんのかよ?」
「キスぐらいならあるが。ファーストキスなど、とっくの昔に済ませてある」
これは、事実だ。
もう、思い出したくない過去の話になるが。ふんぞり返ってみた。なんとなくで、意味があるわけではない。
「えっ、マジで!?」
「…ほら仕事をしろ。ただでさえ貴様にひかれた客が来るのだから、貴様が働かなくてどうする」
「ハイハイ」
なぜか不服そうに風堂貴人は、シフトへ戻る。
…私は休憩していても良いよな?
「白野さん!!良いもの見させてもらったわ!ナイスよ!!」
興奮している委員長。
「…落ち着いてくれ」
「エヘヘヘヘヘヘヘヘ」
…怖い。
休憩をはさみ午後のシフトに入ると、執行部の腕章をつけた女子が一人店の奥へ入ってきて、委員長に話しかけていた。
「文化祭ゲスト係だけどー、今からゲストの白雅さん、来ても大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。少し、時間をください」
「はい」
委員長が店へ出ていき風堂貴人へ何やら耳打ちする。
風堂貴人は頷くと、店の中央に新しく机と椅子を引っ張り出してきた。
「白野さんも接客頼める?」
「ああ、わかった」
「お願いねぇ~」
入ってきた銀髪蒼眼で長身の男性は…。
ビンゴ、兄さんだ。
兄さんは、私の顔を見て少し目を見張ると、すぐににこやかな笑顔を浮かべ、私を手招く。
「こんにちは、白雅さん」
女子の歓声がうるさいのは、きっと兄さんの人気が高いからだ。
…私が関係しているわけがない。
そうに、違いない。
「……白璃、だよね?」
「そう…です」
「ん。忘れたことはないから…」
コソリと周囲に聞こえないよう兄さんは呟く。
「では、ご注文は?」
「んー…君、とかは?」
「さぁ?食べ物を注文していただけるとよろしいのですが」
「わかったよ、冗談だって。拗ねてしまったかな?」
「いいえ?」
「おすすめは、何?佐藤さん」
ゲスト係の女子に兄さんは尋ねる。
「あ、この店のおすすめは…好きな執事さんに、やってもらいたいことをやってもらえるメニューですね」
…まだ、引きずるのか、それを。そのネタはもういいんだが。ネタ、なんだよな?
「白璃、…嫌なら俺代わるけど」
「風堂貴人か。大丈夫だ、このくらい問題ない」
「そぉ?んじゃ俺引き続きシフト入ってるから困ったら声掛けろよ」
「ああ」
風堂貴人が、すれ違いざま小声で囁いてきたので返事をしておく。
女子の黄色い悲鳴が聞こえたのは、気のせいなのだ。絶対にそうなのだ。




