1話 私は。
『ある本を手にすると恋が叶う』
私が去年から通う高校には〝恋″にまつわる噂が上級生から下級生へと代々伝えられて行っている。ちなみにいうと七不思議の一つだ。
最初に流したのが誰なのかもわからないほど昔からある噂なのだとか。
まぁ、それが誰だろうと私には関係ないことだし別にかまわないが。
問題なのは噂に出てくる〝ある本″の部分だ。
叶いそうにない恋に悩むうら若き乙女たちは考えた。
――本。そう、本だ。きっと図書室にあるんだ。
…と。そしてそれはある事柄とイコールで繋がれた。繋がれてしまった。
つまり、
《図書委員になれば本が見つかる!》
と。
この学校にはそんな噂があるせいで図書委員になりたがる女子が多い。良いことなのか悪い事なのかはわからないが、蔵書の多い図書館に憧れて入学した文学少女達にとって迷惑であることは確かだ。
私がこんな事を冒頭部からツラツラと綴っているのにも訳が有って。
要は現実逃避の一種なのだ。
「…と、言う訳で皆さんお待ちかねの図書委員長から挨拶です!」
……そう、今日は新入生歓迎会の日。
タダの図書委員で良かったのにやりたくもない委員長に何故か選ばれてしまった私は、壇上から騒いでいる1年から3年を見やり、放送委員が差し出してきたマイクを受け取る。
「…私は2-Aの白野白璃と言う。皆もおそらく知っての通りこの学校には恋を叶える本が有る。これは図書委員長として断言してやろう」
一端私が言葉を切るとさっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返っている。
静かになった生徒等をしかと見る。現金な奴は嫌いじゃないぞ。好きでもないが。
「だが。図書委員をやるつもりならば、きちんと仕事をしてもらわなければならない。貴様等がまだ見ぬ恋に憧れるのは構わない。大いに結構。しかし、しかし、だ。仕事をまじめにやることは最低条件として外せない。以上が守れる生徒ならば、歓迎しよう」
言いたい事だけ言って話を適当に締めくくり、放送委員にマイクを渡して席へ座る。あれだな、あとで何か言われるかもしれないな。
その後はなんだか色々話して終わった。朝早いというのにどっと疲れが押し寄せてきた。新学期なんて嫌だ。
私は1人、教室へ戻る。人と群れるのは嫌い…否、苦手だからな。
私の他、誰もいない教室で本を読んでいると女子達が戻って来てキャアキャア騒ぎだす。一気に騒がしくなった教室に、静かな図書室へ逃げ込みたくなるが、グッとこらえる。
それをぼんやり眺めて、何が楽しいのだろう?と考える。
私だって小学4年くらいのときは群れていた…ような気がする。群れる、という言い方はなんだか動物的なのでグループ行動、と言ったほうが聞こえがいい気がする。
恋だってしていた…はずだ。
もう…そんな気持ちを抱くことは無いだろうが。
また本に目線を戻し、数ページ読んでいると、急に視界が奪われた。伝わる体温に溜息をつく。コイツも、よく飽きないな。
後ろから目隠しをされたのだ。
そして、1部の生徒には〝雪女″とも呼ばれている私に目隠しをするのは、あいつしかいない。
「風堂貴人、止めろ。本が読めない」
「ち。何でわかんだ?」
少し低く、でも何処か心地よい男子の声が降ってくる。
声の持ち主は目隠しを止め前に立った風堂貴人。
「私が他人と触れ合わないからだ」
「寂しー奴」
「貴様に言われたくない、チャラ男。舌打ちはしないし、ボタンは全部締める。ネクタイもキチンとする。ピアスは外す、髪も染めない」
風堂は、上ボタンを2つ開けネクタイをゆるく結び、銀のネックレスをしていて青い石が付いたピアスを付け、上の方だけ茶色っぽい不思議な髪色をしている。
…だらしない。
「な、これは地毛だ!白璃は俺の母さんかっての!」
「それは失敬」
ついつい。憤慨している風堂貴人を見ると注意したくなるのだ。
「つか白璃の方が髪染めてんじゃねーの?後、カラコン」
「失敬だな、風堂貴人。私のこれは、ハーフだからだ」
背中まで垂れた自分の銀色の髪の毛をクルクルと触りながら私は風堂貴人に言う。
私は銀髪碧眼…と日本人らしくない容姿なのだ。
ドイツ人の母の血が濃く出たらしい。
明るい父母の性格には似なかったが。
「フルネーム呼び!?1年の時同じ班だからってよく喋ったのに!?」
「よく喋っただと?」
つい、胡乱下に聞き返してしまう。
「喋っただろ!」
「あれは貴様が一方的に話していただけだと思うが」
それに私が貴様をどう呼ぼうと私の自由だ。と続けると風堂貴人は何かを小声でボソッと呟き隣の席へ座った。
「また…隣か」
「んだよ、嫌そーにして」
「…別にそんなつもりは微塵の欠片もない」
「は?それの何処が…」
風堂貴人の言葉が終わらないうちに、女の担任が教室に入ってくる。
奴は教室をグルリと見回し、私の方を見ると溜め息をついてこちらへ歩いてきた。嫌なものでも察知したのか、風堂貴人は素知らぬ顔をして、机に入っていたのだろうボロボロの教科書を読み始めた。あからさまなカモフラージュに、顔をしかめる。しかし、新学期早々汚い教科書だな。
「白野さん」
「なにか?」
そして顔を厳しくすると私を叱るつもりなのかややキツメの口調で言い出す。この担任は去年習っていない教師だった、はずだ。
「白野さん、困るんです。そうやって銀髪だと。そりゃあ、可愛いかもしれませんけどね?校則で違反になっている訳でもありませんけどね?やっぱり先生はどうかと思うんですよ。黒色にしたらどうなのかしら?」
一体、何を言っているのだろうかコイツは。理解が追い付かず、しばらく無言で眺めてしまう。わざとらしくされた咳払いに、ハッと意識を引き戻す。もしかしてだけど、私のことを聞いていないんだろうか? 職員室でボッチか。なんとなく親近感がわいた。というか、別に髪を染めることは校則で禁止になっていなのだから態々注意する必要はないだろうに、よくわからない教師だな。
だいたい、だ。少し彫が深いから黒髪が似合わないんだ、私は。いや、黒くしたことがないからわからないが、しっくりこない気がするとだけは断念しておく。
「…それは、私に両親がくれたモノを否定しろ、と貴様は言っていると捉えて良いのか」
すると、担任は口ごもりながらも弁解をしようとする。反論できないなら注意してこなければいいのに。浅い調べと上辺のみで注意してくるからこうなるんだ。
「そういうつもりじゃ…」
「なら、どういうつもりで言ったのだ。答えてもらいたい」
「先生に向かってその口調は…」
「話をそらすな。私はどういうつもりで言ったのかと聞いた」
…母も父も事故で亡くなった。祖父母はいなくて、父の方の親戚も外人との子である私を引き取りたがらなかった、らしい。母の方の親戚は不明だ。年が離れた兄がいるが、ちょっと都心へ出ると言ったきり音信不通だった。だから私は1人暮らしをしている。
「そ、その白野さんは1人暮らしで目立つから少しでも人と違うところを減らした方が良いかと…」
1人暮らしで目立つ、な。そんなわけないだろう、何人か1人暮らしをしている生徒はいる。私だけじゃないし、わざわざ言いふらしているわけでもないから目立つわけないだろう。そうやって教師側から言いふらさない限り、な。
「余計な御世話だ。そういうのを何というか知っているか?…親切に見せた差別、というのだ。以後、気を付けてくれ」
先生のバカ共ときたらそういうことしか思いつかないのか。
ガタリとわざと音を立てて席を立ち、カバンをとり、私は教室を出る。飄々とした顔で教科書を眺めている風堂貴人をにらみつけるのも忘れない。教科書がさかさまである時点で読んですらいないことがはっきりしている。貴様も巻き込まれてしまえばよかったのに。
「ちょ、白野さん!?何処行くの!」
「…保健室だ」
担任のキーキー喚く声を無視しようかと思ったが、騒がれるのも面倒なので一応答えておく。行くつもりもないが、何も言わないよりはましだろう。まし、だよな?
今日は授業が無い。この後はせいぜい部活が有るくらいだ。帰宅部の私には関係が無いが。
さて…委員長らしく、図書室にでも行こうか。




