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第7章 誤解

嵐が去ったあとの港は、不思議な静けさに包まれていた。さっきまで荒れ狂っていた海は、何事もなかったように穏やかだ。

濡れた石畳が夕暮れの光を反射している。


港の人々はまだざわざわしていた。


「助かったな……」


「船がぶつかると思った」


そんな声があちこちから聞こえる。


 


エレナはまだ少し呆然としていた。


(ほんとに嵐、止んだ……)


隣ではルシアンが海を見ている。


 


まるで特別なことでもなかったかのように、静かな顔だった。


そのとき背後から「監察官様!」と呼ぶ声がした。振り返ると、年配の男2人が走ってくる。


使いと主人のようで、後ろの男は豪華な外套を着ていた。


エレナが領主一族だろうかとあたりをつけて待っていると、


使いの男が「当領の領主よりご挨拶申し上げます」とあたまを下げた。


領主は続いて 「この港町を救ってくださり、感謝します」とルシアンに腰を折ろうとしたが、ルシアンは首を振った。


「大げさだ」


「嵐の警告を伝えただけだ」


 


だが領主はさらに頭を下げた。


「それでも、あなたは港の恩人です」


そしてエレナを見た。


 


「あちらのお嬢さんも」


エレナは慌てて手を振る。


 


「い、いえ、私は……」そのとき。


使いの男が、今後の準備もあるのだろう、監察官に


「大変失礼ですが、


お連れ様はお身内、その、


ご婚約者でいらっしゃいますか」と尋ねた。




時間が止まった。


 


「違う」ややあってルシアンが硬い声で答える。


同時に。


「違います!!」とエレナも叫んだ。


 


声が見事に重なった。


港の人々が笑う。


 


「息ぴったりだな」


 


「ますます怪しい」


 


エレナは顔が赤くなる。


 


「ち、違いますから!!」


 


ルシアンは完全に無表情だった。


 


「誤解だ」


 


淡々と答える。


 


だがその態度が逆に面白かったのか、周囲の笑いはなかなか止まらなかった。


 


その頃にはもう、空はすっかり暗くなっていた。


 


領主が空を見上げる。


 


「もう王都に戻るのは危険です」


 


「今夜はこの町にお泊まりください」


 


ルシアンは少し考えた。


 


「宿はあるか」


 


領主は苦笑した。


 


「監察官様を宿屋に泊めるわけにはいきません」


 


そして軽く胸に手を当てる。


 


「我が邸宅にぜひ」


 


 


港町の丘の上に、その屋敷はあった。


 


白い石造りの大きな建物。


 


窓からは港の灯りが見える。


 


エレナは少し落ち着かない気分で廊下を歩いていた。


 


(なんで領主邸に泊まってるんだろ)


 


星読みの試験に落ちたはずなのに。


 


気づけば監察官と一緒に嵐を止めていた。


 


頭が追いつかない。


 


部屋の扉を開けたとき。


 


遠くから港の波の音が聞こえた。


 


その音を聞きながら、エレナはベッドに倒れ込む。


 


「……疲れた」


 


 


翌朝。


 


屋敷の庭に出ると、空はきれいに晴れていた。


 


嵐が嘘のようだ。


 


ルシアンはすでに庭にいた。


 


手帳を開き、何かを書いている。


 


そのとき。


 


遠くから馬の足音が聞こえた。


 


屋敷の門が開く。


 


一人の青年が馬から飛び降りた。


 


明るい金髪。


懐こい笑顔。


 


エレナの目が大きくなる。


 


「アンソニー!?」


 


青年はぱっと顔を輝かせた。


 


「エレナ!」


 


二人は思わず駆け寄る。


 


「なんでここに!?」


 


「それはこっちの台詞!」


 


アンソニーは笑った。


 


「うちの両親から聞いたんだよ」


「監察官が港町に来て嵐を止めたって」


 


軽く肩をすくめる。


 


「それで、まさかと思ったら」


 


エレナを見て笑う。


 


「エレナも一緒だったんだ」


 


エレナは苦笑した。


 


「成り行きで……」


 


アンソニーは少し身をかがめて小声で言う。


 


「それよりさ」


 


にやっと笑う。


 


「監察官と一緒って大丈夫なの?」


「めちゃくちゃ怖い人って有名だけど」


 


エレナは思わず笑った。


 


「最初は怖かったけど」


「今は……」


 


少し考える。


 


「変な人」


 


アンソニーが吹き出した。


 


「それ絶対本人の前で言うなよ」


 


二人はくすくす笑う。


 


その様子を。


 


少し離れた場所で、ルシアンが見ていた。


 


ルシアンの目がわずかに細くなる。


 


近くにいた使用人が小声で言った。 


「あの方は領主様のご子息です」


 


ルシアンは静かに視線を戻す。


(なるほど)


 


開いていた手帳を閉じ、心の中で結論づける。


(恋人か)




完全に誤解だった。


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