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第2章 監察官ルシアン・ヴェリオナ

呼ばれて入った面接室は、待機していた部屋に比べて静かだった。


円形の部屋の奥、三人の試験官が並んでいる。

中央に学院の教授。その隣にもう一人の教授。


そして、端。


黒い外套を纏った男が、背筋を伸ばして座っていた。


監察官ルシアン・ヴェリオナ。


待機室で見たときより、距離が近い。


近くで見ると、その印象はさらに鋭かった。


黒に近い濃灰の髪。

整いすぎているほど整った輪郭。

冷たい灰銀の瞳は、氷の刃のように光を返す。


彫像のような美貌、という言葉が浮かぶ。


だが、そこにあるのは美しさよりも―圧力。


近づけば切れる。そんな刃物のような雰囲気。




(……すごい人だな)


エレナは思う。


年齢は三十代前半と聞いている。

だが空気の重さは、それ以上だった。


この男が占星府の最高位に立つ理由が、説明されなくても分かる。


「エレナ・ノクティス」


中央の教授が名を呼んだ。


「はい」


「座りなさい」


椅子に腰を下ろす。


試験は、静かに始まった。


 


「星位昇格試験を受けた理由は?」


「星読みの幅を広げるためです」


「具体的には?」


「占星府の実務では、長期予測の精度が重要になると聞いています。

 学院の研究だけでは見えない部分を、実務で学びたいと思いました」


教授が頷く。


「将来、占星府に勤めたいのか?」


「はい」


質問は、穏やかなものだった。


星読みの基本姿勢。

研究分野。

将来の志望。


エレナは落ち着いて答える。


教授たちも、淡々と頷きながらメモを取っている。


面接は順調だった。


ただ一人を除いて。


 


監察官ルシアン・ヴェリオナは、一度も口を開かない。


椅子の背に軽く寄りかかり、腕を組んでいる。


その灰銀の瞳だけが、静かにエレナを観察していた。


視線は冷たい。


だが、完全に無関心というわけでもない。


何かを測るような目。


その視線が、妙に気になった。


 


教授の質問が一段落したところで。


不意に、低い声が落ちた。


「未来予測で最も重要なことは何だ」


室内の空気が変わる。


声の主は、もちろん。


監察官ルシアンだった。


教授が一瞬だけ驚いた顔をする。


本来、監察官は面接に口を出さない。


立会いが主な役割のはずだ。


だがルシアンは、そんなことなど気にしていない様子だった。


視線は真っ直ぐ、エレナを捉えている。


エレナは少し考え、答えた。


「可能性を捨てないことです」


沈黙。


ルシアンの眉が、わずかに動いた。


「違う」


声は静かだった。


だが断定だった。


「最も重要なのは、誤らないことだ」


指先で机を軽く叩く。


「占星術師は国家の判断に関わる。

 限られた情報の中で、最も確率の高い未来を読む」


「外さないことが、第一だ」


エレナは少しだけ首を傾げた。


「ですが未来は分岐します」


ルシアンの視線が鋭くなる。


エレナは続けた。


「星の動き。

 人の選択。

 予測外の出来事」


「未来は一つではありません」


「だから私は、“もしも”の可能性も読むべきだと思います」


教授が、ちらりとルシアンを見る。


空気が少し張りつめた。


 


「占星術は占いではない」


ルシアンの声は低い。


「空想の未来を並べる仕事でもない」


エレナは、少しだけ言葉を選んだ。


それでも、引かなかった。


「ですが」


「最良の未来を作るためには、最悪の未来も知る必要があります」


沈黙。


教授はこれまでの受験者になかった対応に

内心冷や汗をかいていた。

(なんで監察官が質問してるんだ…)


 


ルシアンはしばらくエレナを見ていた。


やがて、ゆっくりと言う。


「では答えろ」


紙が一枚、机の上に置かれた。


簡易の星図だった。


「現在の配置だ」


「このまま推移した場合、何が起きる」


エレナは星図を見る。


答えはすぐ出た。


「北方の交易路で衝突が起きます、三ヶ月以内に」


ルシアンは頷く。


「それが最も確率の高い未来だ」



エレナは星図を見つめたまま続けた。


「ですが、もう一つ可能性があります」


ルシアンの眉がわずかに動いた。


「言え」


「嵐です」


エレナは星図を指した。


「この星が、少しだけずれる気がします」


「もしそうなら、海流が変わります」


「交易船は港に戻るので、衝突は起きません」


沈黙。


教授たちも、星図を見直す。


理論的には、説明が難しい。


ルシアンが問う。


「理由は」


エレナは少し困った顔をした。


「まだ分かりません」


「でも」


「星がそう動く気がします」


普通なら、減点だ。


占星術は理論の学問だ。


だが。


ルシアンは、数秒黙ったあと。


ほんのわずかに、口元を緩めた。


それは笑みというほどのものではない。


だが確かに、さっきまでとは違う表情だった。


「……面白い」


小さく呟く。


そして椅子から背を離した。


「面接は以上だ」


教授たちが一瞬戸惑う。


だがすぐに頷いた。


「エレナ・ノクティス」


「はい」


「下がってよろしい」


エレナは立ち上がり、軽く頭を下げる。


扉へ向かう。


背中に、あの灰銀の視線を感じた気がした。


 


扉が閉まり、室内に静けさが戻る。


教授の一人が咳払いした。


「監察官」

「先ほどの受験者ですが……」


ルシアンは椅子に深く座り直す。


指先を組む。


灰銀の瞳が、ゆっくり細くなる。


「ノクティスか」


静かな声だった。


ルシアンは星図をもう一度見下ろした。


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