第1章 星位昇格試験
「あー、よかった。いったんよかった。」
星位昇格試験の前日。
担任に手渡された一枚の紙を見て、エレナ・ノクティスは小さく息をついた。
「何がよかった、だよ」
すぐ隣から、不満そうな声が飛んでくる。
「今回から面接には監察官か、その代理が同席するんだぞ? こっちは一週間前から緊張してるってのに。どんな心臓してるんだよ、お前」
のぞき込んできたのは、同級生のアンソニー・セリヴェルだった。
栗色の瞳がよく光る、爽やかな好青年。
同学年では随一の人気を誇る男子学生である。
――外見だけなら。
実際のところ彼は占星術の話になると止まらない、粘着質な研究オタクだ。
いつその事実を学院中に暴露してやろうかと、エレナは時々真剣に考えている。
とはいえ、今回の星位昇格試験を受ける同学年は二人だけだ。
ここ数週間は、予想問題を出し合い、互いに星盤を読み合い、評価を投げ合う――そんな関係にもなっていた。
「よかったのはね」
エレナは紙を軽く振った。
「ちゃんと申し込みが受理されてたこと。そういうこと」
アンソニーはしばらくこちらを見つめたあと、ふっと肩を落とした。
「……お前、そういうところあるよな」
追及は諦めたらしい。
彼はすぐに担任の方へ向き直り、明日の試験内容の確認に意識を移した。
エレナはその横で、もう一度紙に視線を落とす。
よかったのは、本当は別のことだった。
試験官の名前に――見覚えがなかったこと。
エレナの祖父母はかつて、占星府の中枢――王室局に所属する占星術師だった。
だがある出来事をきっかけに辞職し、今は国の東端の辺境で領地を治めている。
山がちな土地ではあるが、風土に合った作物と工業が少しずつ育ち、静かに栄えている場所だ。
エレナはその故郷を、心から気に入っている。
祖父母が王室局を去った直接の原因は――当時の監察官の決定だった。
アルヴェリオン家。
あるいはスタルフォード家。
王族に近い血筋から、優れた占星術師を数多く輩出してきた二つの名門。
占星府の中枢は、今も昔もほとんどがそのどちらかの家系で占められている。
もし今回の監察官が、その家筋の人物だったなら。
祖父母のことを覚えている可能性もある。
もちろん、星位試験は公平であるべきものだ。
過去の事情が評価を歪めることなど、本来あってはならない。
それでも。
「……」
エレナは小さく息を吐いた。
とりあえず――いったん安心。
ま、二大家の人間じゃないからって、偏見がない保証にはならないんだけど。
心の中で自分を励ましながら、エレナは紙を折りたたんだ。
担任との確認を終えたアンソニーが振り返る。
「行くか」
「うん」
二人は並んで教室を出る。
明日は星位昇格試験だ。




