成長率0%と追放された俺、世界唯一の“成長奪奪”スキルで気づいたら人類最強になっていた件
「――アレン・グレイ! 成長率、0%ッ!!」
神官の絶叫にも似た宣告が、厳かな雰囲気だったはずの王立儀式場に響き渡った。
静寂。そして、次の瞬間。
「ククク……0%だと?」
「マジかよ、あのグレイ辺境伯の嫡男が……」
「万年最下位だったわけだ……才能ゼロだったとはな!」
侮蔑と嘲笑の波が、祭壇に立つ僕、アレン・グレイに容赦なく突き刺さる。
“成長率”。
この世界では、それが人間の価値を決める全てだった。
16歳の成人儀式で神から与えられるこの数値が高ければ高いほど、将来は約束される。
冒険者として、騎士として、あるいは貴族として。
平均が50%。優秀とされる者で100%超え。
王国最強の勇者様は、歴代最高の500%を叩き出したと聞く。
そして僕は、0。伸びしろ、なし。才能なし。
人生の終わりを宣告されたも同然だった。
「固有スキルは……《成長奪奪》……? 解析不能……なんだこのゴミスキルは」
神官が吐き捨てるように言う。もはや僕への敬意など欠片もなかった。
ああ、やっぱり僕はダメなんだ。
昔から何をやってもダメで、いつもみんなに迷惑ばかりかけてきた。
その理由が、今日、はっきりと示されただけだ。
「アレン様」
冷たく、鈴の鳴るような声。
振り返ると、そこには僕の婚約者、公爵令嬢のクラリスが氷のような瞳で立っていた。
「この話、なかったことにさせていただきますわ。わたくし、もっと強い方と結婚して、家を盛り立てていかなければなりませんので。あなたのような“ゼロ”の方は、正直、無理です」
「……そ、そうだよね。ごめん、クラリス。今まで迷惑かけて」
僕が謝ることじゃないはずなのに、自然と言葉が口から出ていた。
追い打ちをかけるように、実の父親であるグレイ辺境伯が血走った目で僕を睨みつけた。
「我が家の恥だ! 貴様のような出来損ないは息子ではない! 今すぐその汚らわしい姿を消せ! 勘当だッ!」
「お、お父様……」
「誰がお父様だ! 出ていけぇッ!!」
貴族としての地位も、家も、婚約者も、一瞬で失った。
儀式場にいたクラスメイトたちは、腹を抱えて大笑いしている。
昨日まで「友達だ」と言ってくれていたはずの顔も、そこにはあった。
その後、冒険者ギルドに駆け込んでも結果は同じだった。
「は? 成長率0%? 役立たずはいらん。足手まといはギルドの評判を落とすんでね。とっとと失せな」
ギルドマスターは、まるで汚物でも見るかのような目で僕を追い払った。
着ていた礼服は引き剥がされ、みすぼらしい平民の服を投げつけられる。
財布も身分証も全て取り上げられ、文字通り裸一貫で王都の門から蹴り出された。
タイミング悪く雨が降り始めていた。冷たい滴が、泥と涙で汚れた頬を伝っていく。
(ごめんなさい、ごめんなさい……僕が、出来損ないだったから……みんなに迷惑をかけて、嫌な思いをさせて……ごめんなさい……)
誰に謝るでもなく、僕はただ心の中で繰り返し続けた。
こうして、僕の孤独な放浪生活が始まった。
◇
王都を追放されて三日。
ろくに食べ物も口にできず、僕は森の中をふらふらと彷徨っていた。
もう、このまま死ぬのかもしれない。それもいいか。
僕みたいな役立たずは、生きていても誰かの迷惑になるだけだ。
そんな僕の前に、ぷるぷるとした青いゲル状の魔物が現れた。
スライム。最弱の魔物だ。
(……でも、僕じゃ、勝てないかも)
成長率0%の僕だ。きっとスライムにすら負けるに違いない。
それでも、腹の虫は正直だった。ぐぅ、と情けない音が鳴る。ここで死ぬくらいなら、せめて……!
僕は震える手で、近くに落ちていた手頃な木の枝を拾った。
スライムが、ぴょん、と跳ねて体当たりしてくる。
「うわっ!」
咄嗟に、目を瞑って木の枝をめちゃくちゃに振り回した。
手応えは、ない。
恐る恐る目を開けると、そこには何もなかった。
いや、違う。スライムがいた場所に、小さな魔石がキラリと光っている。
「え……?」
僕が、倒した……?
その瞬間、脳内に直接、声のようなものが響いた。
《経験値を獲得しました。レベルが1から100に上がりました》
「…………は?」
幻聴だろうか。レベルが、1から100? ありえない。
Sランク冒険者が一年かけてようやく到達できるかどうか、というレベルだ。
この僕がスライム一匹で?
(きっと、壊れたんだ。僕の頭も、ステータスも……)
そう思おうとした時、茂みの奥からガサガサと音がした。
現れたのは、緑色の醜い肌をした小鬼――ゴブリンの群れだった。
五匹、いや、十匹はいる。Cランク冒険者パーティでも苦戦する数だ。
「ひっ……!」
終わった。そう直感した。恐怖で足がすくむ。
ゴブリンたちが汚い棍棒を振り上げ、一斉に襲いかかってきた。
「いやああああああああっ!」
まただ。僕は生き汚く、目を固く閉じて、ただがむしゃらに木の枝を振り回した。
風を切る音。何かが砕け、吹き飛ぶ衝撃。
やがて静寂が訪れ、僕はゆっくりと瞼を上げた。
そこは、地獄絵図だった。
ゴブリンだったものが、肉片となって森中に撒き散らされている。
僕が立っている場所を中心に、まるで爆弾でも爆発したかのように地面が抉れていた。
《経験値を獲得しました。レベルが100から500に上がりました》
「……え、えええええええ!?」
もう、何が何だかわからない。
僕は震える指で、宙に『ステータス』と唱えた。
目の前に半透明のウィンドウが現れる。
名前:アレン・グレイ
Lv:500
HP:99999/99999
MP:99999/99999
STR(筋力):9999
VIT(体力):9999
AGI(敏捷):9999
DEX(器用):9999
INT(知力):9999
LUK(幸運):9999
スキル:《成長奪奪》
全てのステータスが、測定限界を意味する『9999』でカンストしていた。
信じられなかった。僕が? この僕が?
成長率0%の、出来損ないの僕が?
(きっと、これは夢だ。都合のいい夢を見ているんだ。疲れているから……)
僕は自分の異常な力を信じることができず、ただ戸惑いながら、その日を境に人目を避けるように生きていくことにした。
その頃、アレンが去った王国では、未曾有の国難に直面していた。
「馬鹿な!? この私が、ただのオークに苦戦しているだと!?」
王国騎士団長が、普段なら一撃で屠れるはずの魔物に押し込まれていた。
「ぐっ……剣が、重い……! 魔法の威力が、昨日までの半分以下に……!」
勇者パーティもまた、格下の魔物相手に壊滅寸前の被害を受けていた。
原因不明の『弱体化』。
それは騎士や冒険者だけでなく、職人から農民に至るまで、王国中の全ての人間に降りかかっていた。
人々は力を失い、国力は日に日に衰退。
その隙を突くように、今まで沈黙を保っていた魔王軍が、突如として侵攻を開始したのだ。
防衛線は次々と突破され、王都に魔の軍勢が迫る。
パニックに陥る王城で、一人の老賢者がついに真実に辿り着いた。
「突き止めましたぞ、陛下! この国を襲う弱体化の呪い……その原因を!」
老賢者は、震える手で一枚の古い文献を広げた。
「先日追放されたアレン・グレイ様……彼の固有スキル《成長奪奪》は、ゴミスキルなどではなかった! その効果は……『周囲に存在する人間の成長、経験値、ステータス上昇の一部を、永続的に吸収し、自らの力とする』というとんでもないものだったのです!」
王城は、水を打ったように静まり返った。
「つまり……我々がこれまで強くいられたのは……アレン様が、我々の成長を肩代わり……いや、彼の存在そのものが、王国全体を強化する巨大なブースト装置となっていたからなのです! 彼が王都を去ったことで、我々は本来の……いや、成長を奪われ続けた、本来以下の力に戻ってしまったのだ!」
その事実は、絶望となって国中を駆け巡った。
自分たちが“役立たず”と罵り、追放した少年こそが、この国の守り神だったのだと。
「薪割り、一丁お願いします」
僕は辺境の小さな町で、日雇いの仕事をしながらなんとか食い繋いでいた。
強すぎる力は、日常生活では邪魔でしかない。薪を割ろうと斧を振り下ろせば、薪どころか地面が割れてしまう。
だから、いつも指でそっと薪に触れて、内部から崩壊させるようにして割っていた。
「あいよ。アレンはいつも仕事が早くて助かるぜ」
親方は気前のいい人で、僕みたいな流れ者にも優しくしてくれた。
しかし、そんな穏やかな日々は、突如として終わりを告げる。
町の入り口が、やけに騒がしい。
見に行くと、そこには豪華な装飾の施された竜車が停まっていた。
そして、竜車から降りてきた人物を見て、僕は息を呑んだ。
「アレンッ! 我が息子よぉっ!!」
「アレン……様……!」
ボロボロの鎧を身につけ、憔悴しきった顔で僕の名を呼んだのは、父、グレイ辺境伯と、元婚約者のクラリスだった。
二人は僕の姿を認めると、駆け寄ってくるなり、その場で土下座をした。
「アレン! 私が、この私が愚かだった! お前の偉大な力に気づけず、酷い仕打ちを……! 頼む、どうかこの国を、この愚かな父を救ってくれぇぇっ!!」
「アレン様! わたくしが悪うございました! 成長率などという表面的な数字に惑わされ、あなたの本当の価値を見抜けなかった……! どうか、どうかもう一度、わたくしにチャンスを……! あなたの隣にいる資格を……!」
父は号泣し、クラリスは涙で美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら僕に懇願する。
周囲の町民たちは「え?」「この地味な兄ちゃんが?」「辺境伯様と公爵令嬢が土下座してるぞ……」と唖然としている。
僕は、二人の言葉を聞いて、全てを理解した。
ああ、そうか。やっぱり、僕のせいだったんだ。
(僕のスキルが、みんなの成長を奪っていたんだ。僕がいたから、みんなは弱くなって……僕がいなくなったせいで、国が危ない……? まただ。また、僕がみんなに迷惑を……)
僕の存在そのものが、呪いなんだ。
父とクラリスの言葉は、僕にはそう聞こえていた。
「……わかりました」
僕は、静かに頷いた。
二人が、パッと顔を上げる。
「僕がいると、皆さんの成長を奪ってしまうんですね。ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
「ち、違う、アレン! そういうことでは……!」
「原因は、魔王なんですよね? その魔王を倒せば、国は元通りになって、僕ももう、誰の成長を奪うこともなくなりますよね?」
僕の決意に満ちた目に、父たちは言葉を失った。
彼らが何かを言う前に、僕は踵を返した。
目指すは、北の魔王城。全ての元凶を断ち切るために。
僕が誰にも迷惑をかけず、静かに生きていくために。
魔王城は、瘴気に満ちた絶望の要塞だった。
しかし、僕がその門をくぐった瞬間、淀んだ空気が浄化されていく。
僕の無意識に発動するスキルが、城の魔力すら吸収しているようだった。
「何奴だ! 我ら魔王軍四天王が一人、獄炎のベルフェゴールの領域を荒らす愚か者は!」
最初に現れたのは、牛の頭を持つ巨漢の魔族だった。
その身体からは灼熱のオーラが立ち上っている。
「すみません、通してください。急いでいるんです…」
「ふざけるな人間! 我が地獄の業火で骨も残さず……」
ベルフェゴールが何かを叫びながら突撃してくる。
僕はただ、まっすぐ前を見て歩き続けた。
彼我の距離がゼロになった瞬間、ベルフェゴールは僕に触れることすらできず、僕の身体から発するすさまじいプレッシャーだけで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失った。
「うわっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るが、完全に伸びている。
仕方なく、僕は先を急いだ。
その後も、疾風のゼピュロス、深海のダゴン、幻惑のモルガナと名乗る四天王たちが次々と現れたが、結果は同じだった。
僕が歩くだけで彼らは失神し、僕がため息をついただけで魔法は霧散した。
まるで、嵐の中の蝋燭の火のように、彼らの存在は僕の前ではあまりにも無力だった。
そして、ついに最上階の玉座の間に辿り着く。
そこには、禍々しいオーラを纏った、漆黒の鎧の巨人が鎮座していた。
「よくぞ来たな、人間。我が名は魔王ゼノグラード。貴様の無謀なる挑戦に敬意を表し、我が手で絶望という名の死を与え――」
「あの、すみません」
僕は、魔王の長ったらしい口上を遮って、深々と頭を下げた。
「あなたが、全ての元凶なんですよね? あなたさえいなくなれば、僕はもう誰にも迷惑をかけずに済みますか?」
「……は?」
魔王が、心底困惑したような声を漏らす。
その隙に、僕は決意を固めて魔王に向かってゆっくりと歩みを進めた。
「何を言っている……? まあいい! 愚かな人間め、我が力の前にひれ伏すがいい! 終焉の黙示録ッ!!」
魔王が両手を掲げると、玉座の間全体が揺れるほどの膨大な闇の魔力が集束する。
空間が歪み、世界そのものが終わってしまうかのような、究極の破壊魔法。
闇の奔流が、僕に向かって殺到した。
「うわっ、眩しいな……」
僕は咄嗟に、顔の前に手をかざして光を遮った。
すると、僕に触れた闇の魔法は、まるで朝日を浴びた霧のように、跡形もなく掻き消えてしまった。
「な……馬鹿な!? 我が最強の魔法が……手で払われただと!?」
魔王が、生まれて初めて見せたであろう驚愕の表情で硬直する。
僕は、そんな彼に構わず歩み寄り、その巨大な鎧の肩に、そっと手を置いた。
「これで、終わりにしましょう」
その瞬間、僕のスキル《成長奪奪》が、明確な意志を持って発動した。
《対象:魔王ゼノグラードの成長、能力、魔力、存在概念そのものを吸収します》
「がっ……ぎ……あああああああああああっ!?」
魔王の身体が、急速に力を失っていく。
屈強だった肉体はみるみるしぼみ、鋼鉄の鎧はぶかぶかになって崩れ落ちる。
鋭かった角は力を失って根元から砕け、巨大な翼は塵となって消えていく。
「わ、我が力が……成長が……魔力が……“ゼロ”に……? こ、こんな……ことが……」
絶対的な支配者だった魔王は、やがて何の力も持たない、ただの矮小な存在へと成り果て、最期は砂のようにサラサラと崩れ落ちて消滅した。
玉座の間に、静寂が戻る。
僕は、魔王が消えた空間を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「これで、よかったのかな……」
魔王が倒されたという報せは、瞬く間に世界を駆け巡った。
王国を覆っていた弱体化の呪いは嘘のように消え去り、人々は力を取り戻した。
魔王軍は霧散し、世界に平和が訪れた。
その全てが、たった一人の少年によって成し遂げられたのだと誰もが知っていた。
王都は、救国の英雄アレン・グレイを迎えるための祝祭の準備で、かつてないほどの熱気に包まれていた。
国民は皆、彼の帰りを今か今かと待ちわびている。
グレイ辺境伯も、クラリスも、王城のバルコニーで民衆と共にアレンの凱旋を待っていた。
今度こそ、彼を丁重に迎え入れ、犯した過ちを心から詫びるのだと、固く誓っていた。
しかし、いくら待っても英雄は帰ってこなかった。
代わりに、王の執務室の机の上に、一枚だけ、そっと置き手紙が残されていた。
『僕がいると、また皆さんの成長を奪ってしまいます。
もう誰にも迷惑をかけたくないので、一人で静かに暮らそうと思います。
皆さん、どうかお元気で。さようなら』
そのあまりにも優しく、そして悲しい決断に、王も、側近たちも、ただ涙を流すことしかできなかった。
知らせを聞いたグレイ辺境伯は自らの領地で、クラリスは豪華な自室で、ただ一人、愛すべき息子の、そして愛すべき人の名前を呼びながら泣き崩れたという。
それから、数年の時が流れた。
世界の誰も知らない、辺境の地の、さらに奥。
そこには、地図にも載らない小さな村があった。
一人の黒髪の青年が、穏やかな笑みを浮かべて畑を耕している。
彼が手をかざすと、痩せた大地は瞬く間に緑豊かな土壌に変わり、植えられた種は目に見える速さで芽吹き、豊かな実をつけた。
彼のスキル《成長奪奪》は、もはや誰の成長も奪わない。
ただ、大地を豊かにし、作物の成長をどこまでも促進させる、祝福の力として使われていた。
「ここでなら、僕は誰の迷惑にもならない」
アレンは、澄み渡る青空を見上げ、そっと微笑んだ。
その表情は、少しだけ寂しげで、けれど、どこか満ち足りていた。
世界は、英雄アレン・グレイの名を永遠に忘れることはないだろう。
彼がもたらした絶対的な平和と、そのあまりにも優しすぎた魂のことを。
そして、彼がどこかで今も静かに笑っていることを、誰も知ることはなかった。
完




